第二十六話 ケセラセラ
「んんっ、・・・・それでは授業を始めます。
今日は初日ですので、お二人それぞれが適性のある精霊と繋がれるか試してみましょう。
美野里様は光の精霊と。剣一様は、そうですねぇ。今日は雷の精霊を体内に取り込む修行をしていただきます。」
アビゲイル先生はそう言うと深呼吸を繰り返し、自分の体内に精霊を取り込んでいく。すると美野里が「あっ」と何かに気が付いたように声を上げた。
「さすが美野里様。私の魔力の高まっていくことにお気づきになられましたか。」
そう言われて美野里は自信なさそうに答えた。
「う、うん。以前、ウルティアさんに魔法をかけていた時は気が動転していたから何も気が付かなかったけれど、今こうしてみると先生の体の中から湧き上がってくるような力を感じることができるよ。
なんというか言葉で形容しがたい感覚だけれども、確かにボクは感じている。」
「そうですね。あの時は私も、いえ、あの場にいた全員が気が動転していて、何がどうなっているのかさっぱり理解できていませんでした。
無我夢中でした。きっと異世界から来たお二人も魔力など感じ取る余裕はなかったことでしょう。
しかし、今はお判りになられましたね? これが精霊を取り込んだことによる魔力の高まりです。」
・・・・・なるほど。あの時、俺はウルティアさんを救うためにヒールLV.1をとっさに使っていた。しかし、気が動転していて誰もそれに気が付いていなかったのだろう。否。俺の魔法はアスモデウス神の祝福のおかげでこんな面倒な手続きを踏まずに魔法を発動させる。もしかしたら、そういった違いが周りに俺の魔法の発動を感じさせないのかもしれない。
となると。俺はここでやはり魔法初心者を演じなくてはならないのだろうなぁ。
なにせ、このRPGのような能力は神から他言無用を言いつけられた秘密。美野里にも知られるわけにはいかないことなのだから・・・・。
アビゲイル先生は俺がそんなことを考えていると気が付くはずもなく、美野里が魔力の高まりを感じ取った事に気を良くし、自分が見せた手本を元に自分たちもやってみろと言うのだった。
そして俺達は「さぁっ! どうぞ始めてください。」の号令で実技を始めるわけだが・・・・仕方がない。精々、一生懸命に初心者の真似事をして見ましょうか。
俺は祝福のチートに頼らず教えられたとおりの手順で呼吸を行う。
そう思って修行を始めてみるが、これがやはり難しい。それでも1時間ほどあれやこれやと試しているとなんとなくだが、形になり始めているのを体で実感し始めた。これもやはり既に2回魔法を発動させているので、俺の認識はともかく、俺の体がやり方を知っているのだろう。
先生も俺が雷精霊を取り込み始めたのを感じているようで「魔力の動きを感じます。凄いです。これなら今日中に魔法を発動できるはずです。」と太鼓判を押してくれた。
しかし美野里は大丈夫だろうか? 美野里にはチートがない。何もかもが手探り状態だ。しかも一緒に召喚された俺だけ魔法を発動できそうになっている。これはショックなのではないだろうか?
俺が心配になって美野里のほうを見ると、美野里は唇に指を当てながら考え込んでしまっている。
その困っている顔も可愛いっ!・・・・じゃなかった。どうやら美野里もこの呼吸法の難儀な点に正しく気が付いているようだった。
「・・・・これは随分と厄介な話だね。正解が見えないよ」と言ってため息をついた。
俺は肩を落とす美野里が心配になって、その背中をポンッと優しく叩いてから励ました。
「大丈夫。お前は聖女様だ。先生もさっき言ってただろ?
『聖女は召喚された時から清浄の光を使うことが出来る』と。
鳥の卵からは絶対に蛇やカエルは生まれてこない。鳥が生まれてくるんだ。
聖女の卵の美野里は絶対に聖女に成るように決まっている。そういうシステムになっているんだ。だから安心しろ。」
俺がそう言うと、美野里はいささか安心したような顔をして見せた。
「・・・・・うん。ボク頑張るよ。」
だが、励まされた美野里は深いため息をついてから一変、力強く宣言した。頑張ると。
だから心配なんだ。
美野里は自分が重責を背乗っているという事を十分に理解している。だから、きっとこいつは無理をしてしまう。
異世界召喚された時、こいつは俺を守るために群衆に力強く説教垂れた。しかし俺を連れ出そうとするその手は怯えて震えていたことを俺は忘れていない。
美野里は他人のために震えあがるほど怖くても無理をしてしまう子なんだ。まさに聖女様だな。
「頑張らなくても大丈夫だよ。
こういうのは出来るときは簡単にできてしまうし、できない間は気に病んでも出来ない。むしろヒステリックになって悪い方向にしか進まないものさ。
お前が仮にできるように成るまで6年かかっても、気に病むな? 必要以上に力むな? 自分を責めるな?
遅いか早いかなんて運の問題だ。だったら、お前に責はない。気楽に行こうぜ。
人生はケセラセラってね。」
そういって美野里の頭をグシャグシャ撫でまわすと、美野里は「あ、こら。やめろ~~。」と言って笑いながら抵抗する。少しはリラックスできただろうか?
美野里はその後、ひたすらに呼吸法を続けた。
真剣な表情で何度か呼吸法を試してみては、首をかしげて、それからまた別の呼吸法を試す。
正解が出るまで正解が何かわからない。しかも、美野里は何の手掛かりも得られていないという感じだった。
これはイライラするだろう。美野里は結局、この日は最後まで精霊をものにできなかった。
反対に俺はアビゲイル先生の言った通り、その日のうちにアスモデウス神の祝福に頼らずとも魔法を発動できた。
先生は俺が雷の精霊を十分に体内に取り込めるようになったことを確認すると「ライトニング」の魔法を発動させる呪文を教えてくれた。
「おお。雷の神。その眷属にして万象のうちの火を司りし我らが祖霊ウィル・オ・ウィスプよ。その権能をもって雷の光を前方に放ち、敵の目をくらませ我らを守り給え。」
雷の精霊を見に取り入れた状態でその呪文を唱えるとその文言通り、俺の前方に向けて光が放たれる。
先生は「1000年に一度の天才かもしれませんね・・・・」とかなり褒めちぎってくれたが、素直には喜べない。
俺が呼吸法から発動させていく魔法を使えるようになった理由はチートスキルのおかげだ。
既に手に入れている能力へのアプローチの仕方を変えているだけなのだから、他の人より早熟であって当たり前なのだ。なんだか一生懸命やっている美野里に申し訳ない。
それに俺は、どうもこの魔法の発動手順と言う物に信頼感が持てない。
俺はこの呼吸法をやらずとも魔法を発動できるし、正直、呼吸法を通じての魔法発動は、接近戦では使用できないからだ。
一瞬、一瞬で戦況が変わってしまう近接戦では呼吸法を行う時間も、イメージする余裕もないはずだ。
そう思うと魔法は集団戦用のスキルだと実感する。
つまりRPGのように魔法使いが詠唱する間に戦士がそれを守る必要があるという訳だ。
・・・・・・・
・・・・
はっ! もしかしてこの理屈をこねたら自主練と称してずっと美野里といられるのでは?
俺が戦士。お前がお嫁さん・・・・・じゃなかったお前が魔法使い。
二人の連携を上げることが勝利の可能性を上げる。だから、一緒に練習しようっ!
そうやって二人で壁を乗り越えていくうちに友情はやがて恋心に・・・・そして結ばれる二人。結婚して子供をたくさん作って幸せに暮らそうっ!!
俺の胸は希望で一杯だった。




