第二十五話 魔法少女
だが、しかし。この呼吸法、実はかなり厄介である。
何故なら、全ては自分のイメージの問題であるからだ。
『正解か不正解かは正解を得るまで分からない』のだ。
例えば野球の投球フォームならば正解をイメージしやすい。何故なら、プロの動きを視覚的に見る事が出来るからだ。自分の手を足を腰を体幹をどのように動作させればいいかの答えはそこにある。これを習得するには反復運動という名の修行と運動神経が要求される。運動神経は持って生まれたものであるから、投球フォームを真似たところで全員がプロ野球選手のように早く正確な投球が出来るわけではない。しかし、下手なりに投げることは出来る。
が、この呼吸法。全てがイメージの世界である。
例えば「鳥の気持ちになって羽ばたいてみろ」と言われた人は、各々で心の中で鳥になったイメージを作って羽ばたくだろう。しかし、そのときイメージした鳥の気持ちと言う物が本当に鳥の気持ちと一致するのかと言えば、そんな確証はない。もしかしたら鳥は空を飛ぶときに空を飛ぶことなんか考えていないかもしれないし、はたまた実は孔雀明王経を唱えながら飛んでいるのかもしれない。
全ては本当に鳥になってみなければ実証できないことだ。
そう、つまり『正解か不正解かは正解を得るまでわからない』のだ。
精霊を体内に取り込む呼吸法もこれと同じである。
実際には姿のみえない精霊が外気から体内を通って循環するイメージも人によっては想像する事はたやすいかもしれない。
だが、それが実際に精霊が通る形にあっているのかなど、精霊を体内に取り込むことが成功してからでないと正しいイメージが出来ていたかどうかなんかわからないのだ。
正解を導き出せるまで不正解を繰り返すしか方法がない。なんとも残酷な修業ではないか。
俺はアスモデウス神の祝福のおかげで呼吸法もイメージもなしに魔法を発動できる。
美野里はこの雲を掴むような呼吸法をすぐに会得できるだろうか?
しかし、こればかりはやってみなければわからない。先生も「それでは実際にやってみましょう」と言って実技を始めることにした。
実技を始めるために魔法訓練場に移動すると、なんと、ここで男女はいったん別れてそれぞれ更衣室で着替えだというのだ。
普通の制服とは違って魔法訓練で事故が起きないように耐火耐水耐電の加護が加えられた、まぁ、いわば体操服ならぬ魔法操服に着替えてから訓練場に集まることになっているそうだ。
一応男子の制服は軍服ベースに作られていてそのまま戦場にも立てる。だから、体育とかそのままで大丈夫なんだけど、体育の授業が実質おまけ教科になっている女子は可愛いだけの制服しか着ていないので、これに着替える必要が絶対にある。
男子も服を着替える理由は、まぁ、恐らく女子の前でのお色直しということなんだろう。
「美野里。一緒に着替えようぜ!
男同士、気兼ねする必要はないよな?」
俺はそう言ってきやすく誘う。出来るだけ自然に友達同士らしく。
もちろん。俺の狙いは決まっている。
ガーターベルトだっ!!!
着替えるときに必ずガーターベルト姿の可愛い美野里を拝める。
しかし、当然、美野里のことを聖女様と崇めている同級生たちと一緒にいるときにそんなことは出来ない。いま、ここで。俺達だけの訓練時間の今だけでしかチャンスはないのだっ!!
俺は本心を悟られぬように最大限気を使った。
だが、美野里のほうはそんな俺の考えはお見通しの様である。
スカートの裾を掴んで俺の顔を真っ赤な顔をしながら、「スケベっ!」と小さな声で拒否した。
そうして、アビゲイル先生までも呆れた目で俺に魔法操服を手渡すと、美野里を女子更衣室に連れて行ってしまった。
残念。全男子の憧れであるガーターベルトは今回もお預けの様である。
でも、ま。俺に誘われた時の恥じらう美野里の可愛い姿だけでも見れただけ有難い事だと思わねばならんな。
などと考えながら、男子更衣室で与えられた魔法操服に着替える。
パッと見た感じは普段の制服と同じだが、色が普段の赤茶系から青色ベースに変わり、背中に黒のマントを羽織るのが何だか魔法使いらしくていい。
いいねぇ、マント。多分、異世界に来ない限り一生着ることがない服だわ。
そんなこんなでちょっといい気分になって訓練場に行くと、美野里たちは未だだった。
ま、女は支度に時間がかかるしな。
なんて考えながら20分近くは待たされたと思う。ようやく現れた美野里は恥ずかしそうにアビゲイル先生の背中に隠れながら姿を見せた。
アビゲイル先生は大胆に胸元が開いたワンピース。脚部には深いスリットが入っていて、裾の間から見える黒のパンストがいやらしくテカっていた。
「すみません。剣一様。美野里様が恥ずかしがってしまって。
私は凄く似合っていて可愛いと思うのですが。」
そういって、自分の背中に隠れていた美野里を俺の前に晒すように押す。
「ああっ、せ、先生っ!!」
押されてよろける美野里は、自分を隠そうとしてくれていたアビゲイル先生の裏切りにあって恨めしそうに声を上げた。
そして、俺と目が合うと、やっぱり恥ずかしそうに下を向いてしまった。
頭にすっぽりとマントに装着されている白のフードを被り、ピンクのジャケットの下に白のYシャツ。そして胸元には大きなリボン。スカートの丈は制服の時よりもさらに短く、アビゲイル先生と同じく黒のパンストに包まれた太ももが艶やかに光っている。
膝上まであるピンクのハイヒールブーツには何か所通しているのか数えるのが面倒なほどの紐が通してあった。
そして手には小さなスティック。
そう。美野里は今、魔法少女のコスプレイヤーにしか見えない衣装を着ていたのだった。
「・・・・・可愛い。」
俺は不覚にも本心を隠せずにそう呟いてしまっていた。
それほど今の美野里は可愛かったのであった。
「えっ!?」
不覚にも美野里は俺の発した可愛いという単語に反応した。
「えっ?」
そして美野里の声に我に返った俺は自分が何を口走ったのか、そこでようやく自覚した。
「か、可愛いって・・・ボ、ボクのこと?・・・・・・」
美野里は『可愛い』という単語に反応し、恥ずかしそうに。それでいてどこか不安そうに俺に尋ねた。
俺は慌てて誤魔化した。
「あ、ああ・・・・可愛い可愛いっ!
その服っ! その服、まるでアニメの魔法少女みたいだなって!!」
とっさに思い付いたのは『服が可愛い』という言葉だった。
だが、その言葉を美野里は信じたようで、「ああっ、ふ、服ね。服のことかぁっ! あ、ははははは」と、乾いた笑いをすると恥ずかしそうに目を伏せた。
「可愛い・・・・・。」と、もう一度言ってしまいそうな自分をどうにか御しながら、俺はアビゲイル先生に声をかける。
「ああ。そ、それで先生。実技の授業ではどうすればいいんですか?」
だが、アビゲイル先生はニヤッと意地悪そうな笑みを浮かべると
「あら、 今日は初日ですし、もっとイチャイチャしてもらってても構わなかったのですよ?」などと口走る。
・・・・イチャイチャ。その単語に違和感を覚えて「い、イチャイチャ? いや。俺達男同士ですからね? 変な誤解をしないでくださいよ。」と、否定する。
美野里のほうも「そうだね。男同士だったら、おかしいよね。」と余裕の笑みを浮かべながら否定する。
そう。そうなのだ。俺達は男同士。決して変な気持ちにはならない。
なったとしてもそれは美野里が可愛すぎるから俺が美野里のことを女と錯覚しているだけだ。
その証拠に二人の胸を見比べたとき、俺は明らかにアビゲイル先生の魅惑のオッパイの方が好きだ。
・・・・すると、俺があんまり二人の胸を見比べていたのがバレてしまったのか、美野里は睨むし、アビゲイル先生なんかは俺を見ながら咳ばらいをして授業再開を告げるのだった。




