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第二十一話 天才VS天才

 何故だかわからないが異様にムシャクシャしていた俺だが、ウィリアムに近づくにつれ、その苛立ちが収まっていくのを感じていた。

 

 スラっと伸びた高身長が間延びして見えない筋肉質な体。

 美しい金の長い髪。彫りの深い顔に切れ長の青い瞳(ブルーアイズ)

 ウィリアムは、どこからどう見ても女子にモテる美少年だった。

 

 だが、その本質は天才剣士。すかした表情をしているが、その心根(こころね)には強い闘争心があることは()を見ればわかる。

 俺が一歩、また一歩と近づくたびに余裕に満ちていた彼の目が段々と真剣味(しんけんみ)を帯びて来た。


「おい・・・・。ウィリアム君・・・・本気だぞ。」

 ウィリアムが(まと)う空気が緊張感を高めていくのを、付き合いが長い同級生たちは敏感に察して(ささや)き合っていた。

 今のウィリアムは先ほどのかかり稽古をしていた時は比べ物にならないほど警戒していた。

 彼は俺が近づけば近づくほど、殺気を含んだ俺の歩き姿から俺の実力を悟ったのか、棒立ちだった足から、重心をコントロールできるように小さく曲げてバランスを取り始めていた。

 戦いの距離はまだ詰まってはいないものの、すでに戦いの心構えは出来上がっていた。


 そしてまた、俺も同様であった。

 彼が戦闘態勢を整えていくほどに先ほどの「お遊び」の時とは違って、彼の肉体が実は肉食獣に似た瞬発力を秘めた体であることを察していた。

 類まれな剣技の素質。そして身体能力とそれを十分に生かせる長身。

 その肉体に秘めた戦闘力の高さを俺も一歩近づくたびに感じていた。いや、感じさせられていたと表現した方が良いか・・・・。

 とにかく、彼は強者のオーラを放っていたのだった。


 そのオーラは俺の生存本能を刺激する。

「バカ野郎。冷静さを欠いて勝てる相手だと思っているのか?」そんな風に生存本能が俺の脳を叱責しているような気がして、段々、俺の意識は彼にだけ集中し始めていた。

 

 そうなってくると、クソガキ共が俺を(あお)る言葉も、ウィリアムを応援する女子たちの黄色い声援も、分厚いガラス越しに語り掛けられている声のようにどこか他人事で気にならなくなってくる。

 いま、俺達はお互いのことしか見えなくなっていた。


 そうして、お互いの間合いが3メートルまでに近づいた時に俺は立ち止まる。


鬼谷(きずみ)剣一だ。」

「ウィリアム・・・・・ウィリアム・キンメリア騎士爵だ。」


 二人は名乗り合っただけで、その闘争本能は真っ赤な炎のように燃え上がり、「お願いします」の合図もなしに一瞬で「バッ」と身構えていた。


 俺は剣を頭上高くに掲げる大上段の構え。脇より下がガラ空きになるが、それは敵の攻撃を誘い込む為の罠である。

 対するウィリアムは、剣を前方下段に下げ、頭部の防御を捨てる「愚者(ぐしゃ)の構え」を取る。 

 愚者とは言いつつも、これは隙だらけの頭部を不用意に狙ってくる愚者を打ち取るための罠である。


 すなわち、俺達は互いに敵を誘い込む構えを取ったのである。

 洋の東西を問わず戦闘で人が考えることは同じである証左の一つである。


 そうして睨み合う事、数分。

 俺達はやがて足の歩幅広くにステップを踏み、あと15センチ近づけば敵を打ち取れる必殺の間合いに入るという位置まで踏み込んだまま間合いを維持して、敵の動きを誘い出そうとする。

 だが、俺達はここまでの間合いの探り合いの中で目線誘導や剣先のひらめきで敵の様子を伺い、そしてそれを通してお互いの実力が伯仲(はくちゅう)であることを悟り、両者がこの隙を破るために必殺の間合いまで踏み込めない事に気が付いた。


 そう悟った瞬間、お互いはパッと後方へ飛び去り、構えを変える。

 ウィリアムは剣を両脇高くに掲げる『屋根の構え』を取った。これは日本武術で言うところの『八双(はっそう)の構え』であり、攻めと防御の両方に対応したものである。

 反対に俺は剣を肩の位置に一文字に構えて身を斜め前に沈めると、その刀身の中央部を左手で支える『中鳥(なかどり)受けの構え』を取った。一般的に言う『霞の構え』である。


 その瞬間、生徒たちが叫んだ。


「な、なんだ。あの構えはっ!?」

「見たことがないぞ? あそこからどう戦うんだ? どう守るんだ?」

「何をするのか予想がつかないっ!」


 そうして、その動揺はウィリアムにも見て取れた。

 ウィリアムは初めて見る日本の構えに動揺した。動揺は隙である。

 俺は足早に大股でウィリアムに近づいた。ウィリアムは動揺のために反応が一瞬、遅れてしまい、俺が必殺の間合いに入るのを許してしまった。


 その瞬間、ほんの少し前まで自信に満ちていた美しいウィリアムの顔が(ゆが)んだ。

(しまった!)という声が聞こえてくるようだった。

 ウィリアムは反射的に『屋根の構え』から斜めに切り落とそうとした。いわゆる『袈裟斬(けさぎ)り』である。本来ならば、この袈裟斬りは屋根の構えにおいては攻撃範囲が広い技で敵を迎え撃つことができる、最善の攻撃方法である。

 

 だが、しかし。不本意な一撃でやられるほど俺の神道流は甘くない。斜め上から切り下してくるウィリアムの剣を滝を登るアユのように斜めに摺り上げて伸びあがるとウィリアムの剣を体外(たいそく)に押し払う。

 そうして敵の剣を払った我が剣は、正しくウィリアムの首元に突き付けられていた。


「一本っ!! 勇者様っ!!」

 俺たちの戦いを見ていたマクドネル師範は興奮気味に叫んだ。

 その瞬間、敗北を悟ったウィリアムは首を折って悔しそうに「くそっ!」と、吐き捨てるように言うと、青く燃える炎のような目で俺を睨みつけた。

「もう一本っ!」

「あと二本だっ! 」

 俺達は互いに睨み合うと試合本数を確認し合い、それから一気に後ろに飛び跳ね間合いを図って構える。


 今度はウィリアムは俺の『中鳥受けの構え』に近い剣を肩の高さに真っすぐ突き姿勢で構えた「牡牛の構え」を取った。

 この構えも一見、脇下がガラ空きに見えるが、必殺の間合いに入るにはこの形の高さに構えた突きの姿勢を破らねばならない。全ての剣技の中で最もシンプルで速射性があるのは突きである。故にこの構えを突き崩すのは容易ではない。下手に手を出せば、今度は俺が先ほどのウィリアムと同じ道をたどることになるだろう。

 これはウィリアムの意趣返しと言ってよい戦法だ。


 対する俺は同じ戦法がウィリアムに通じるとは到底思えず、剣を前方斜め前に構える。「下段の構え」だ。これは先ほどのウィリアムの「愚者の構え」と全く同じ構えだった。狙ったわけではないが()しくも俺達は一本目の試合とは鏡写しのように身構えてしまったようだ。


「くそ。」

 俺は誘導されたような気がして半歩下がりながら剣を胴の高さに構えて敵の顔を狙う「誓願(せいがん)の構え」をとる。反りのある日本刀でこの構えを取ると切っ先が消えてしまうのだが、直剣では、さほどその効果は得られない。ただ、間合いは圧倒的に伸びる。(※青眼(せいがん)正眼(せいがん)とも)

 ウィリアムも突きに特化した構えだが、肩に構えた分、30センチほど突きの開始位置が誓願の構えより遠くなり、技の発動が遅れる。


 だが、ウィリアムは迷わなかった。ス、ズイと早足に俺との間合いを詰めると躊躇(ちゅうちょ)なく俺の首元めがけて突き込んできた。

 凄まじい瞬発力を秘めたウィリアムの突きは俺の首元へと弾丸のように放たれる。その速度に後れをとった俺はなんとか体をよじってその突きを払いのけるのが、バランスを大きく崩してしまった。

 

 それを見逃すウィリアムではない。激しい連撃で俺を追い詰めにかかる。

 斬る、受け払う。突く、身をよじってかわす。打ち込む、横一文字に受け止める。

 恐ろしいほどの連撃で先手を取り続けるのはウィリアムであった。俺は防戦一歩だ。

 しかも、吠え盛る炎のように激しい攻撃を繰り出しながらもウィリアムの闘志はまるで氷のように冷静だった。冷静に俺を追い詰めんと隙のない攻撃を送り続ける。

 

 剣を合わすこと20(ごう)。全て俺が受け手だった。戦いの主導権はウィリアムが取っていた。

 だが、それ故に攻撃に単調さが生まれてしまっていた。俺はその隙を見逃さなかった。

 ウィリアムがオーバ―ハングの袈裟切りを放つのを先読みして合わせて飛んだ。そしてハカ戦の時に見せた足切りをお見舞いする。


「1本っ!! 勇者様の2本先取っ!」

 マクドネル師範が叫ぶが、今度はウィリアムは悔しがらない。興奮気味に「飛ぶかっ!! 異世界の剣技はっ!」と言って感心するのだった。

 そうして、いつしか対峙する俺達の目は戦いを楽しむかのように、お互いの剣技を認め合うように笑いあっていた。 

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