第十七話 異世界の常識
翌朝。朝がまだ白み始めた頃に突然、寄宿舎の廊下にラッパの音が鳴り響く。
そこそこの大音量で2人ほどが合奏しているらしい。よい音色でかなり良い曲のようだが、イタズラにしてはタチが悪すぎる。
「だ、誰だ? うるせぇなぁ・・・・」
俺が眠い目をこすりながら廊下に出ると、ラッパを鳴らしていたのは警備兵たちだった。
そして、廊下をよく見ると俺と同じように眠そうな目をこすりながら他の生徒たちが廊下に出ていた。
こいつらも俺と一緒で突然のラッパに迷惑しているのかな? と、一瞬思ったが、よく見ると連中は寝ぼけ眼のままで制服を着こみながら部屋の外に出てきている。
いや、どちらかと言えば・・・・これは着替えか? こいつらは制服に着替えているんだ。
俺はなんだか嫌な予感がして、一度室内に戻って制服の上着を羽織ってからもう一度、廊下に出なおした。
すると同時にラッパの音が鳴りやみ、ジョーンズ大佐が下の階からカツカツと軍靴を鳴らしてやってきた。
「おはようっ! 諸君。いい朝だ。
4階も寝坊者がいないようで何よりだっ!
諸君はこの先、為政者や軍指導者になる。寝坊などあってはならんことだ。」
ジョーンズ大佐は、そんな挨拶をしながら廊下に並ぶ生徒たちの前を階段の方から俺の部屋の前まで歩いてくる。そうして俺の前まで来ると、俺の姿を上から下まで眺めた後でズボンが制服でないことを注意するように指差すと
「勇者様。起床されているのは感心ですが、その服装は何ですかな?
『貴族たるもの早朝の起床訓練であっても優雅であれ。制服の乱れは心の乱れである』と入寮の手引きに書いてあったはずです。
本来なら、寄宿舎の周りを10周走る罰をあたえるところですが、今日はまだ入学前。特別に許可いたしますが、次回の起床訓練の際には生徒として他の者と平等に罰を受けていただきますよ。よろしいかっ!」
と、勇者相手でも規則は守ってもらうという厳格な姿勢を見せた。
俺はまだ寝ぼけている頭をフル回転させて昨晩読んだ『入寮の手引き』を思い出してみる。確かに何だかそんなことが書いてあったかもしれない。月に一度、普段の起床時間よりも早くに起床のラッパが鳴っても速やかに起きて気品のある姿を部下たちに見せられるように出来るか? ということを確かめる訓練があるとかなんとか。どうやら敵の奇襲に際した時にも対応できるようにするための訓練らしい。
ここは貴族の子供たちが入る宿舎。当然、その教育も将来、貴族として恥かしくない振る舞いを見につける為の訓練も含まれている。それはいい。別に問題はない。
しかし・・・・昨日の今日に異世界から来たばかりの者に対してこの仕打ちはあんまりではないか?
今日こんなことをするというのであれば、昨日くらいは一言言ってくれてもいいだろうに。
そんな不満を感じながらも、俺はジョーンズ大佐に向かって大きく頷いた。この先、この寄宿舎の一員として生活するのであればルールを遵守しなくてはならないだろう。
ジョーンズ大佐は「よろしいっ!」と、大きな声で返事をするとクルッと一回転して俺に背を向けると廊下中に響く威厳のある声で「訓練は以上で終了である。全員、解散っ!!」と怒鳴ると、そのままカツカツと軍靴を鳴らして去っていく。
本当に淡白な男だ。いや、徹底的に無駄を省いた一連の所作は見事。カッコいいまである。
俺はすごく感心した。
だが、その感動に水を差すように他の生徒たちの「だらしない恰好。」「あれでも勇者かよ」という陰口が小さく聞こえてくる。
生徒たちは自分たちの部屋に入りながら言ったし、誰が誰の声なのか昨日来たばかりの俺にはわからない。恐らくそれを見越しての陰口なのだろう。全く陰湿な連中だ。
友達になることは多分一生ないだろう。
起床訓練が終わると朝食の時間まですることがない。俺は今後の事を考えて『入寮の手引き』をもう一度、読み直す。改めて読むと地獄のような内容である。
やれ「食事は作法を守って優雅に行え。かつ10分で済ませろ」だの。やれ「入浴中は無駄話はせずに10分以下。速やかに行え」だの。やれ「消灯時間の遵守は健康の秘訣である。午後10時以降は私語も厳禁とする」だの・・・・面倒くさいルールまみれだ。
しかもそれら一つ一つに寄宿舎の周りを10周ランニングという罰則が付いてくる。寄宿舎の大きさを思い出すに1周600メートルはあるだろう。つまり10周で6キロか。今日のジョーンズ大佐の態度を見たら、ガチで走らせるんだろうな。
これに対して「体罰だ」なんて抗議は、魔物との生き残りをかけて争い続けているこの世界では通用しないんだろう。
「軟弱な者に生きる価値はない。」まるでそんなことを言いたげに。いや、そういう常識が浸透している世界なんだろう。
全く、面倒な世界だぜ。平和で子供を甘やかしてくれる日本が恋しいぜ。
しかし、そんなことは序の口だった。朝食の時間を知らせるベルと共に食堂に行くと「硬いだけで小麦の味を感じられないパン」「何時から煮込んでいるのかわからない色をした塩辛いだけのスープ」「カットされた果物」がテーブルに並べてあるだけ。席には部屋番号が書かれているので指定された席に座らないといけないらしい。
こんな貧相な飯を優雅に食えってのか? 俺は手に取った石のように固いパンを見ながら思う。
他の生徒たちはどうやって食うんだろうかと見ていると、手ごろなサイズにちぎったパンをスープに暫く浸し、柔らかくしてから食っているようである。しかもこの手間を加えて10分以下で食わないといけない。だから、皆、丸呑みかと疑うほど噛まずに食っている。
これのどこか優雅なのか? 普通に行儀が悪いように思えるのだが、これが文化の違いか?
真似して食ってみるが、恐ろしくマズい。これが貴族の子供の朝食だというのなら、昨日の歓迎会の食事がどれほど無理をしたものか想像に難くない。
俺はもう日本に帰りたくなった。
だが、しかしっ!!
朝食後。他の生徒たちが既に学問所に向かった時間に俺を迎えに来たアビゲイルと美野里の制服姿に俺は感動して、やっぱり日本に帰りたくなくなった。
「やっぱりスカートめくってガーターベルト見せてくれ。
この世界で生き抜くために俺には潤いが必要だ。」
「朝の挨拶の前に君は何を言い出すんだ。」
挨拶代わりのセクハラ発言は美野里によって拒否されてしまった。
でも、次は上手くやる。
なんとかして美野里のガーターベルトを見せてもらおう。
なぁに昨日の態度なら二人っきりの時に泣いて土下座してお願いしたら見せてくれるはずだ。
その時は見せてやるぜ、鬼谷剣一・渾身の男泣きをな・・・・・。




