第一話 召喚された少年達
「世界の成り立ちを人類は想像でしか知ることができない。それは科学が発展した現代でも同じことだ。
人々は現実に起こっている事象を観測し、それをこれまで得た情報を元に考察し、自分たちの考えつく限りの中での最適解を選び、それを正解とする。
だが、その正解は正解と呼ぶにはあまりにも不適切である。
ほんの数十年の間に恐竜の定説が何度も覆ったり、これまで常識だった健康法が実は逆効果だったことが証明されたり、実験中に想像もしていなかった新たな物理現象が発見されたりすることが何よりも証拠だ。
観測されたことがない現象については実は述べる権利もない。それが科学なのさ。
つまりね。ボク達が信奉してきた科学は十分、不確かな情報であったことが今、証明されたという事だよ。ボク達はこれまで学校で習った知識を全く否定しなくてはいけなくなったということだ。」
セーラー服を身にまとった俺の同級生の美少年は、全てを悟ったように古代ギリシャの神殿のような建物の中から外の景色を見つめながらそう言った。そして少し遅れて、呆れたようにため息をつき
「・・・・異世界召喚だって?
まったく、馬鹿げているよね。」と言って苦笑いを浮かべた。
そう。今、彼が口にした通り俺と彼は異世界に召喚されてしまって途方に暮れている最中だ。
ああ。全く馬鹿げているよ。
異世界召喚だって? そんなのアニメの世界だけで十分な話だよ。
こんな現実離れした話。日常を忘れて日々のストレスを発散させてくれる妄想だからこそ楽しめることで、実際にこんな事に巻き込まれたら迷惑千万。多事多難の日々を送ることになるんだ。その未来は約束されている。何故なら・・・・
「男のボクが聖女様として召喚されるなんて・・・・悪い冗談だよ。」
彼はこの世界を救うと伝説される聖女様として召喚されてしまったんだ。
俺は彼の言葉に同意して、頭をもたげてうんざりしながら愚痴を言う。
「俺は勇者様だもんな。それも128人目の・・・・
まったく。何の因果でこんな目にあっちまったんだよ・・・・・。」
俺達は異世界に召喚された。それは本当にただの偶然だった。別に選ばれた勇者と聖女様じゃない。
異世界召喚当日。たまたま俺達は放課後の教室で出くわした。
授業が終わった後、ゲーム機を学校に持ち込んで没収された上に生徒指導室でとっぷりと個人的に説教を貰った俺が教室に戻った時、教室にはセーラー服を着た彼が一人いた。
「うわっ! お前、なんて格好してんだよ?
そんな趣味があったのか!」
俺が教室に入ってきたとき、普段から肩まで伸びたボブカットヘアをしている美少年は、その前髪の間から透けて見える猫のように大きな黒い瞳をまん丸にして驚いた。だが、しばらくすると我に返ったように真顔に戻り、それから俺の言ったことを理解したのか笑い始めるのだった。
「クスクス・・・・。バカみたい。
鬼谷 剣一君。君はボクが演劇部員だってことを忘れてしまったのかい?」
そうやって無邪気に笑っていると本当に美少女に見えるから不思議だ。
このやたら顔立ちが良いくせにおかしな喋り方をする俺の同級生の名は「須加院 美野里」。将来は役者を目指しているそうだ。役者ってのは変人が多いそうだが、須加院の性格もどこか浮世離れしていて、おかしな喋り方をする。
「一々、フルネームで呼ばなくていいよ。鬼谷でも剣一でも好きな方で呼べ。
あと、そのおかしな喋り方もどうにかならないのかよ?」
俺と須加院は、互いにこの高校に入って初めて会った。1年生の頃からおかしな喋り方をする女みたいな顔した美少年がいると学園中で有名だった彼の事が俺は何処か苦手だった。
なんていうか、芝居じみてる喋り方から本心を語っていない気がして不気味だったんだ。そんな風に思っていたから、俺は須加院の事をどこか遠ざけ、関わらないようにしてきた。
それがまさか放課後の教室で女装姿の須加院と出くわすことになるとはね。これが運命だったと言えばそうなのかもしれない。
今まで出来るだけ相手にしてこなかった俺に急にフランクに話しかけられた須加院は、何故だか少し照れたように笑うと
「じゃぁさ。・・・・剣一君・・って呼んでもいいかな?
君もボクのことを・・・・美野里って読んでくれたらいいからさ。」と尋ねる。
「良いも悪いも俺がそう呼べって言ったんだから好きにしろよ。
それより美野里は、なんでそんな喋り方してんだよ。」
「クスクス。ごめんね。この話し方はね、幼い頃に母が読んでいた文学作品をボクも好きになって、その影響なのだよ。ボクはね。それ以来、あの時代の・・・・なんて言うか文学作品的っていうかさ。ああいった話し方に憧れてずっと真似してきたんだよ。
するとね。君、これは全く自分でも不思議なことなのだけれども、いつの間にかこういう話し方をしないと自分の気持ちをうまく表現できなくなってしまったんだ。おかしな話だろう?」
美野里は自嘲気味にそう説明してくれた。
なるほど、このおかしな喋り方にはそんな理由があったのか。それなら仕方ないか。
・・・・いや、やっぱり変人だ。こいつ。
「そうかい、それは不便な話だな。それはそうと、そのセーラー服はなんだよ?」
「ああ? これかい?
ほら、ボクは演劇部だろう? 今度ヒロイン役に選ばれてね。今日、その衣装を貰ったのだけれども、どうせなら役作りのためにこの衣装のまま家に帰ってみようと思って着替えてみたって寸法さ。」
美野里は言い終わると「くるーん」と擬音を自分で言いながら一回転して見せ「どう? 可愛いかい?」と尋ねる。
どうしよう・・・・・めちゃくちゃ可愛い。俺の目の前の美少年はどう見てもヒロインだった。学園のアイドルとはこういう子が呼ばれるようになるんだろうなと心の中で思ってしまうほど可愛かった。もちろん、奴は男だが。
「ああ。まぁ、似合ってんじゃねぇのか?」
俺は本心は口にせずに、それでも褒めてやるだけは褒めて、その場を去ることにした。これ以上この美少女と一緒にいて何かに目覚めたら大変だ。
そう思って自分のカバンを手に取って帰ろうとした時だった。
「け、剣一君・・・・?」
と、珍しく狼狽える美野里の声に俺が振り返った時、教室の床が何やら輝き始めていた。
誰かが悪戯したかのように見たことのない文字群が教室の床一面に書かれていて、それが輝きを放っていた。
「な、なんだ。これっ!?」
異変に気が付いた時、すでに手遅れだった。俺達は異世界に飛ばされていた。
一瞬前までは学校の教室にいたはずなのに、古代ギリシャの神殿のような建物の中に俺達はいて、俺達の周りには大勢の人たちがいて、俺達を熱い目で見つめていた。
「なっ・・・・何が起きてるんだよ?」
狼狽える俺の言葉に応えるように一人の男が俺達の前に進み出てこう言った。
「ようこそパノティアへ。あなた方は我らの新たな救世主となるべくして異世界へと召喚されたのです。」
その一言で俺達は理解した。アニメで見たことがあるシーンだったからだ。
異世界召喚。ただの高校2年生だった俺達はこうして異世界「パノティア」で残りの生涯を過ごすことになったのだ。