97.レイドバトルⅦ
──王都、冒険者ギルド跡。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:銀乱光二閃 発動します。】
「オオオォッ!」
「GYAOOoooO!?」
銀色の剣閃が宙に二つの軌跡を描いた。
それは寸分違わず竜の両の翼を切り落とすことに繋がっており、地に落ちた巨体はもう飛ぶことはできないだろう。
「全員掛かれぇ!」
常人には不可能な跳躍を以って、空から竜を落としたダニーの号令が掛かる。
冒険者たちは一斉に地に堕ちた竜目掛けて飛び掛かった。
各々が声を張り上げて、自らが持ちうる最大威力の一撃を次々に見舞う。
「GURUuoaaaaaaA!?」
竜は最後の抵抗を見せるように暴れ回り、その度に冒険者が吹き飛ばされる。
冒険者たちは皆、満身創痍であり、これ以上の戦闘は危険だと誰もが思っていた。
だが、誰も逃げようとはしなかった。
なぜなら、彼らは冒険者だったから。
王国騎士は、彼らを援護するように動いていた。
致命的な攻撃を受けそうな者を大楯で庇い、腕を飛ばされた者の治癒をすぐさま行い、瀕死の者を安全地帯まで運び、戦線を維持する。
例え、自分たちが戦った方がいいのだと理解していても、彼らの戦いに割り込むような真似だけは絶対にできない。
ここは冒険者ギルドであり、彼らの戦場なのだ。
翼は斬られ、四肢は壊され、尾は千切られて、それでもなお動き回る不死の怪物。
この世界で最も強き生物。それが竜である。
それでも冒険者たちは立ち向かう。
恐れを知らぬとばかりに危険を冒し、勝利を掴み取るために。
やがて決定的な場面が訪れた。
「──ッ!」
【ドラゴンスキル∴ドラゴンハート:マナブラスト 発動します。】
竜の口に光が収束する。
決して撃たせてはならぬ、致命の一撃。
魔術を扱う冒険者はもはや精魂尽き果てており、誰も妨害することができない。
ダニーは一瞬で判断し、駆けた。
命を捨てる覚悟で全力の跳躍を行い、光の奔流が放たれようとした刹那──斬撃が放たれた。
【ブレイドスキル∴天輪一刀流:昇竜・銀点滅残閃 発動します。】
剣聖による一太刀。
練り上げられ、鍛え上げられた一刀の下に、果たして、竜の頭蓋は両断された。
光は溢れ暴走し、竜の体内を巻き込んで爆発した。
「ぐぅぅっ!?」
凄まじい爆風が吹き荒れ、周囲の冒険者や瓦礫を吹き飛ばしていく。
それでも、まだ。
爆発して胴体内部が露出し、その中に爛々と光る青い宝玉が見えた。
それを目にした瞬間、ダニーは叫んだ。
「あの珠を壊せぇ! 誰でもいい! 回復させるなぁ!!」
竜は心臓──竜核を破壊しない限り、滅びることはない。
今も、頭を無くしても蠢いており、飛び散った肉片は再生しようともがいているのだ。
冒険者たちは動かない。動けない。
起き上がらない者もいる。
今にも死にそうな者もいる。
欠けた剣を地に突き立て、どうにか立とうとしている者もいる。
見かねた騎士が駆け出そうとした瞬間、ただ一人だけ、それよりも早く動いた者がいた。
少年だった。
傷一つない真新しい皮鎧に、買ったばかりの鉄の剣を携えていた。
明らかに新人冒険者と分かる風貌の少年は、傷ついた冒険者たちの間を走り抜けて地を蹴り、裂けた竜の胴体の中へと飛び込んだ。
そうして、誰よりも早く、竜核に鉄の剣を叩きつけた──!
「おらぁっ!」
────パキンッ、と。
澄んだ音を立てて、竜核に罅が入った。
そして、罅は瞬く間に広がり、砕け散った。
「!」
瞬間、辺りは閃光に包まれて────……。
大爆発が起こった。
***
凄まじい爆音と共に、辺りは再度、砂埃に覆われた。
竜核に剣を叩きつけた少年は死を覚悟した。
元より死ぬつもりで飛び出したのだ。
敵うはずもない怨敵に、せめて一太刀浴びせることが、彼の望みだった。
「~~~ッ…………?」
けれど、いつまでたっても少年の元に死はやってこなかった。
代わりに、誰かに身体を抱えられている感覚があった。
「──よくやったな、坊主」
「え……?」
声を掛けられた。壮年の男の声だ。
少年が顔を上げると、そこには騎士が立っていた。
黒い鎧姿の、この国を守る王国騎士の姿がそこにあった。
この騎士によって爆発から守られたのだと、少年は理解した。
「坊主、お前冒険者か?」
「あ、あぁ」
「よし、こっちへ来い」
「お、おい!? 何だよ!?」
騎士は、少年の手を引いて歩き出した。
砂煙が次第に晴れていくその先には──王国騎士が倒れ伏した冒険者たちの周囲を取り囲んで、爆風から守っている光景が見て取れた。
「傾聴願おう!」
騎士は声を張り上げた。
ビリビリと大気を震わせる大音声。
「冒険者諸君らの必死の奮闘により、我ら王国の民を害さんとした竜は見事討ち取られた!」
シィン、と静まり返る冒険者たち。
未だ立ち上がれぬ者もいれば、辛うじて生きている者もいた。
誰もが、まだ勝利の実感を掴めず、ただ呆然としている。
「各々が持ちうる最大の力を放ち、勇敢なる戦士として戦った冒険者たちよ。よくぞ危険を冒して竜に立ち向かった。貴殿らの奮戦なくば、周辺に住まう無辜の民たちは、皆命を落としていたことだろう」
王国騎士たちが、冒険者たちの方に向き直り、剣を高々と掲げた。
最大限の敬意を示すように、最強へと恐れることなく立ち向かっていった彼らの勇気を称えるために。
「王国騎士を代表して、最大限の感謝と敬意をここに! 貴殿たちは英雄だ!」
そうして、やっと。
ようやく勝利を噛み締めるように、冒険者たちは歓喜に沸いた。
「坊主、お前にも礼を。よく恐れをなさずに立ち向かった。……正直、あそこで王国騎士である俺たちがトドメを刺してたら、格好がつかなかったんでな」
「……別に。俺は竜に復讐できりゃそれで良かったんだ……!」
「復讐、か。……それでも、お前が竜にトドメを刺したことにゃ変わりはない。誇れ、今日からお前は竜殺しを名乗れる」
ぽん、と騎士が少年の頭に手を置いて、そのまま撫で回した。
少年はそれを鬱陶しそうに払いのけると、逃げるように走り去っていった。
***
「おい、ダニエル。大丈夫か」
「大丈夫に見えっかぁ? こんなオッサンを酷使させんじゃねぇってんだよ、全く……」
先ほど冒険者たちを称える演説を行った騎士が、同じ型の騎士鎧を身に纏ったダニーの元へやってきた。
先の戦闘に於いて、真に称賛されるべきはダニーだった。
指揮を執り、前線に立ち、味方に放たれた致命の一撃を何度も受け流し──八面六臂の活躍を見せた。
あの場に居た誰もが彼の功績を讃えるだろう。
彼が居なければ竜の討伐など、万に一つもありえなかった。
「やいアーロンよ。来るのが遅ぇじゃねえか。もうちょいで死ぬところだったぜ」
「こっちも色々あってな。騎士団の中に間者が紛れ込んでたりで大変だったんだ」
「間者だぁ? ……いや、お前らがここに来たってことはもう解決したんだろうさ。それよりも、あのレイドコールは一体何だ? あんまりにも寝耳に水だったから聞き流してたんだがよぉ」
「馬鹿言え。冗談であんなもんが流れる訳がないことを、お前はよく知っているだろう」
アーロンと呼ばれた騎士は、ダニーがまだ騎士団に在籍していたころの同僚であり、お互いに背中を任せられるほどの間柄であった。
「帝国だ。奴らとうとう名のある竜を創り出したらしい」
「……マジか。そんで、そいつが今王都にいるのか?」
「ああ、シラー地区で暴れてる」
「待て、シラーだと!? そっちは避難させたはずの奴らがいる地区じゃねぇか!」
「安心しろ、既にシラーの人払いは済ませてる。それよりも聞け、お前が知りたかった情報だ」
「俺が知りたい情報だと?」
ダニーが古巣である騎士団内の情報を把握できていたのは、旧友のアーロンを通していたからだった。
無論、彼が信頼を置くに足る人物であるからこそ、情報を提供しても問題ないと踏んでのことだったが。
「シラーにいるのは名のある竜だけじゃない。帝国の幹部らしき女兵士もいて、そいつは団長と同じ龍痣持ちらしい」
「……頭のいてぇ話だが、それだけじゃないんだろ?」
「そいつらを相手に今シラーで戦ってるのが、件のレイルと王女のペアと、アルルのお嬢ちゃんだ」
「──はぁ!?」
「レイルは帝国絡みだ。帝国の実験体だったんだと。それで帝国の奴ら、レイルが生きてると知って取り返しに来やがったんだ」
仕事は終わったとばかりに座り込んでいたダニーが、それを聞いて立ち上がった。
何も終わってはいなかった。
行かなければならない。その場へ、一刻も早く。
「待て、一応これを持ってけ」
「──通信魔晶珠か! 助かる!」
ダニーは放り投げられたそれをキャッチして、手際よく耳に装着すると、その体躯に似合わぬ速度で駆け出していった。
*** *** ***
──シラー地区。
まるで見せしめのようにして、騎士が蹂躙されていた。
「こんのぉおおおっ!」
騎士鎧には数多の爪痕が刻まれていた。
左手に持った大楯はたった数度の打ち合いによってひしゃげ、機能を喪失しており、剣すらも半ばから折れている。
豪奢にセットされていた金髪の巻き髪は引き千切られ、乱れに乱れ、美しく整った顔には幾筋もの血の線が流れていた。
遊ばれているのだ。何度も命を奪えるタイミングがあったにも関わらず見逃されている。
それでも、騎士は諦めていなかった。
「お前ハ無力 さっサとオリジナルを連れてコい」
「黙らっしゃい! 力及ばずとも、騎士が悪に屈するわけがありませんのよ!」
「ならばもうイい 死ね」
死を前にしても、その瞳に迷いの色はない。
騎士としての、貴族としての意地は、例え絶望の淵に置かれたとしても、一片たりともその輝きを損なわない。
凄まじい速度で飛び掛かってきた竜人を紙一重のところで回避すると、欠けた剣と盾を捨て、鞘から剣を引き抜いた。
儀礼用と思しき美しい剣だった。
柄頭には地母龍の紋章が刻み込まれ、刀身は白銀、握りや鍔は金で装飾が施されている。
これは、王国騎士のみが佩く事を許された剣。
「無鋒剣、起動!」
その切っ先は欠けたように平たい形状をしていた。
一見すれば殺傷には全く向いていないように見えるこの剣こそが、王国騎士が用いる武装の中でも最も強力なものであった。
起動詠唱を唱えることによって解放される真の刀身は、片手剣から大剣と呼ぶに相応しい代物となる。
特殊金属によって刀身内に蓄えられていた地の龍気が刃を変形させ、竜の鱗すらも容易く切り裂けるほどの鋭利さを得るのだ。
「ハァーーーッ!!」
「ギィッ!?」
常人では不可能な反射によって繰り出された斬撃が、竜人の身体を正確に捉えた。
先端から炎を吹く奇怪な翼へと刃が到達する。
両断するには至らずとも、深く肉を裂き、骨を砕いた感触があった。
翼に異常をきたした竜人は、あらぬ方向へと軌道を曲げて吹き飛んでゆく。
そしてその進行方向には、二人の騎士が立ちはだかっていた。
「「無鋒剣、起動!」」
「グォオオオオッ!!?」
白い斬撃が同時に二つ、竜人へと襲い掛かった。
確実に竜核へと迫る一撃。
それを受け、竜人は頭から胴に向けて分断されてしまった。
別たれた身体が瓦礫の山へ突っ込み、再び砂煙が舞う。
「ティルム! パルメ! 無事でしたの!?」
「なんとかね。ボクは建物の二階に居たから直撃は避けたんだけど、倒壊に巻き込まれちゃって」
「アタシは直撃したわよ! 見なさいよこの盾と鎧!? 偶々最初に盾に当たったから良かったものの、そうじゃなかったらお陀仏よ!」
「それ絶対パルメじゃなきゃ無事じゃなかったよね」
飄々と答えた白髪サイドテールの少女と、憤慨している茶髪ツインテールの女性。
彼女達もまた王国騎士であり、この場を任せられるに足る精鋭だった。
「お二人ともお喋りはそこまで! さっさとそこから離れて下さいまし!」
「いや、今のは確実にやったでしょ。真っ二つだったし、心臓も斬った感触あったし」
「そうよ! アタシがカーテナを抜いたんだから当然じゃないの!」
「お馬鹿! 名のある竜がこの程度でやられるんだったら、人類はここまで苦労しておりませんのよ!? いいからさっさと──」
【カースドスキル∴ドラゴンテール:オプティックレーザー 発動します。】
「嘘ッ!?」
「この光さっきの!?」
視界を閉ざす砂煙の先で、紫色の発光が瞬く。
シラー一帯を崩壊させた光の剣が、今再び放たれようとしていた。
「伏せなさい、二人とも!」
いち早く動いたフランドリーズが二人を押しのけ、紫光が照らす闇の中へと駆け出した。
一か八か、その光が放たれる前に斬りかかり、スキルの出掛かりを潰す算段であった。
だが。
「────させませぇーーーん!!」
空より響いた新たな声が、戦況を更に変化させる。
光線が放たれるよりも、フランドリーズの剣が到達するよりも先に──遠方より飛来した黒い何かが、竜人の尾を分断した。
「これは──ミセラですの!?」
「間に合ったぁああ!! 三姉妹たち、無事ですか!?」
「無事ですけども、「「三姉妹って纏めないでくれるかな!?」よね!!」くださいますこと!?」
「あぁ、もう、一人ずつ喋ってくださいってば!!」
青い短髪の騎士鎧の女性が、剣の上に立ち宙に浮いていた。
空より飛来したのは、同じ王国騎士のミセラであった。
王都外門前の竜を即討伐した上で、部隊の誰よりも早くこの場に駆け付けたのだった。
「ギイィッ! 次から次へと……!」
竜人がおぞましい声で呟いたその言葉には、明らかに苛立ちを含んでいた。
誰が何人来ようとも、己に致命打は与えられない。与えられる気がしない。
切断された尾もすぐに修復するのだから。
──今竜人が望むものは、憎き男と、欲を満たすための女だけなのだ。
男が女を連れて逃げた瞬間に追えばよかったものを、なぜか、自らに反抗的な態度を取った騎士の心を徹底的に折らねばならぬと、そんな考えが竜人の頭を支配していた。
竜の比類なき強力な力を得た代償に、その思考は酷く歪んでしまっていた。
「団長はまだですの!?」
「ミセラより遅いってどうなってるんだよ!」
「あのアゴ髭男! 肝心な時に役に立たないなんて、ストラス様に言い付けてやるんだから!」
「団長は何でもできる代わりに時間がかかるんですよ!! あとアゴ髭はカッコイイと思ってやってるんだから、言わないであげてください!!」
戦場に似つかわしくない姦しさを醸し出す四人の女性騎士たち。
それを遠巻きから眺めながら、騎士団長は嘆息していた。
「好き放題言いやがるなアイツら……」
「申し訳ありませんスヴェン団長……! 部隊長でありながら、このような醜態を晒してしまい……!」
「いい、いい。あんなもん相手にするにゃ俺みたいな力が無いと無理だ。むしろ命があるだけマシと思え、アントン」
総合火力部隊核の部隊長であるアントンは両足を切断されていた。
運悪く、装甲の薄い部分である関節部を先の光に貫かれてしまったのだ。
実はスヴェンはミセラよりも早く到着していたのだが、負傷した騎士たちの救助を優先していた。
無論、フランドリーズたちを見捨てたわけではなく、遠く離れた箇所からであっても助けられる算段があったからである。
「血は止めた。足は運がよきゃくっつく。流石に向こうで運んでやる手間までは面倒見きれんから、這ってでも移動しろ」
「無論です! 何ならばこのままでも私は戦います! 皆を守る盾にでもなりましょう!」
「馬鹿言え。足をくっ付けてから戦いに戻れ」
「……申し訳ありません!」
スヴェンは暗闇に転移穴を作ると、取れた足を持たせたアントンをその中へ放り込んだ。
「これで全員回収か。あとは──分身を名のある竜に割くべきか、解除してあの女に全力を出すべきか」
***
「スヴェンさん遅くないですか?」
「もう皆からメタクソに言われてんだ。ちょっとくらい気ぃ使ってくれ」
「あ、ほっぺ腫れてます。どっちにやられたんです? ストラスさん? 王様?」
「ストラスがこんな頬が赤く腫れるほど叩くか……叩かれたな?」
凄まじい熱気が漂っていた。
辺り一面溶岩の海と化しており、ホシザキの操る溶岩の巨人は、ジルアと戦っていた時の比ではない大きさにまで膨れ上がっていた。
そんな相手と渡り合っていたアルルの前に、ようやくこの国の最大戦力が到着したのだった。
「死の使い──王国騎士団長のスヴェンね?」
「スヴェンさんそんなクソダサい二つ名で呼ばれてるんですか?」
「黙ってろ」
「いたー!」
コツンとアルルの頭に軽く拳骨を落とすと、スヴェンが溶岩の海へと足を踏み入れた。
黒い騎士鎧の脚甲は、沈むことなく、焼けることなく、まるでそれが自然だというかのようにして溶岩の上を歩く。
「よくもまぁ好き放題やらかしやがって。お前殺したらコレ全部元通りになるんだろうな?」
「ふふ。ええ、答えてあげましょう。私の能力で溶かしたものは、私の支配から離れた瞬間に自然法則に則って元の形に戻りますわ」
「あぁそうかい。なら安心だ」
「……あなたとは戦うべきではない。通常時の思考パターンであれば、即逃走を選択するところなのでしょうけど……こんな滅多にない機会を逃すわけにはいきませんものね」
不敵な笑みを浮かべるホシザキ。
同じ龍痣持ちである二人の実力はほぼ拮抗している。
だが、ホシザキには名のある竜級の竜人が手札にある。
──少々手違いがあり、その知性に不具合が生じてしまっているが、その戦闘能力は折り紙付きだ。
「私の想像通りならその子、とんでもなく貴重な存在ね? 0番君に勝るとも劣らない研究対象だわ」
「アルル、お前熱烈なラブコール貰ってるぞ。どうする? 親代理として俺が代わりに返事しておいてやろうか?」
「もうパパったら。子供の恋愛に口出しする親は嫌われますよ、マジで」
「──ああ、なんてことかしら。世界は広い。本当に広い。素晴らしい発見の連続よ! 小さいことに拘っていた昔の自分が恥ずかしいわ! こうなったらもう王国の全てを簒奪するしかないわねェ!?」
その会話内容はどこか間が抜けた締まらないものであったが、既に水面下での攻防は始まっていた。
スヴェンの操る影が溶岩の中を伝い巨人の内部に侵入して、内側から暴れまわっていた。
「スヴェンさん、ここ任せて大丈夫ですか? 私、とんでもなく大事な案件を果たさなければいけないことになりまして」
「この状況より大事な案件って、もうヤな予感しかしねぇんだよなぁ……」
そう言いながらも、スヴェンは背後のアルルに向けて手をひらひらと振って了承の意を示した。
「あ、ジルアが殴れる分は残しておいてあげてくださいね。絶対ですよ? フリじゃないですからね?」
「はよ行け」
【虹の橋 が発動しました。】
*** *** ***
現在地は……シラーから外れてインタリオ地区の外れに近かった。
一体あの短時間でどんだけ移動したんだレイルは……。
いつもの緊急移動フォームで空を滑空しながら、改めてそう思う。
「レイルっちってジェーンちゃんと二人っきりだとあんな風になるんだね~~~」
「うるさいなぁ、もう」
さっきの余韻が肌に残っているのを感じる。
レイルの告白を思い出すだけで顔が熱くなる。
抱きしめて、抱きしめ返されて……いや、そんな感じのアレではないと分かってはいつつも、意識せざるを得ない……!
何というかホントこう、女は男の弱いところを見せられるとグッとくるっていう少女文芸の表記は正しかったんだ……!
それを見たのが私だけじゃないのがちょっと不満……いやだいぶ不満だけど!!
……でも、さっきの、全部ジョウガに見られてたのか……。
なんかこう凄くもんにょりする……いや、私よりレイルの方がダメージ大きいんだが。
レイルがあんまりにもダメージを受けすぎているせいで、逆に私は冷静になってしまってるけど。
「照れんな照れんな~! あ~もう可愛いなぁレイルっちは! 虹ちゃんみたいな巫体があったらウチも抱きしめてあげるのになぁ~~~!」
「……」
レイル黙っちゃったよ……。
というか……うん。なんかもう答え言われちゃってるな……。
「おいジョウガ、龍様と言えどプライバシーの侵害は許されないんだぞ」
「え~ひどっ。ウチは最初から居たのに、勝手に二人がおっぱじめたんじゃん~」
「おっぱじめるとか言うな!? 何も始めてないからな! ただ、そう! レイルを慰めただけだ! コイツがあんまりにも落ち込んでたからな!?」
「俺が悪かったからさぁ、もうこの話やめにしない?」
レイルがむすっとしながら言った。
怒ってる……怒ってるのすら可愛く見えてしまう。
何だこれは……胸が、胸がきゅうっとなって苦しい……!
ダメだ、こんなこと考えてる場合じゃないのに……。
「ウン。じゃあそろそろ真面目な話に戻るけど」
そう、まだ戦いは続いている。何も終わってなどいない。
浮かれている心を切り替えなければいけない。
「竜人がやっぱりだいぶヤバい。さっきみたいに一手選択を誤っただけで戦線が崩壊しちゃうのは良くないよね」
「ああ。俺がミスしてりっちゃんがカバーしたら、もうそれだけで次への備えができなかった。ミスが許されない戦いってのは、思った以上にきついな」
「……戦力を増やすしか、ないよな」
さっきの惨状を思い出す。
たった一瞬の攻撃で、いとも簡単に一帯の家屋が全て両断されて倒壊した。
私が無理を言って応援を頼んでしまったせいで、騎士たちがそれに巻き込まれた。
……誰も巻き込みたくないとか、私一人でどうにかなんて、もはやそんなことを言える状況ではないのは分かっている。
相手は名のある竜。
この国の力を総動員して掛からないと、とても太刀打ちできないような相手なんだ。
「敵の狙いはキミたちだ。それを追ってきていないということは、まだ誰かがあの場で戦ってくれているってこと。それがジェーンちゃんの呼んだ騎士たちなのかは分からないけどね」
「りっちゃんも一人であの炎の悪魔と渡り合ってるはずだ。早く戻らないと──……って、アレ、りっちゃんじゃないか!?」
「え……?」
レイルの視線の先──次の着地点には、確かに特徴的な白フードが立っていた。
シラーとファセットの境界部、戦場から少し離れた場所にアルルはいた。
レイルの背中から離れて、私だけ先にアルルの下へと飛んだ。
「ジルア! 身体は大丈夫ですか?」
「私の心配なんかどうだっていい! アルルこそ大丈夫なのか!?」
「………………えいっ」
──バッシィ!!
「いったぁっ!?」
アルルに思い切り胸を叩かれた──……!?
「何なんだよ!? っていうか二度目だぞ!?」
「これは、『皆ジルアのこと心配してるのにどうだっていいっていうのは酷くないですか?』っていうのと、『真っ先に心配してくれて嬉しいな』っていうのと、『ナニこんな非常時にイチャ付いてんだオメー』っていうのと、『でもそれはそれとしておめでとうございます』っていう気持ちが入り混じった親友からの一撃です」
「最初っから全部言葉にしてくれりゃいいだろ!? っていうかイチャ付いてなんかないからな!?」
「ダメですよ。誤魔化せません。なんというかこう、ラブコメの波動がジルアの身体から放出されてます」
「そんな訳の分からんもん出てるわけないだろ!」
何なんだ一体……!
さっきの光景を見てたわけじゃあるまいし……!
いや……ジョウガがアルルに横流しでもしたのか……!?
「質問に答えますが、私はこの通り満身創痍です。誰かさんがドジこいたお陰で大変でした」
「見た目ピンピンしてるから分かりづらいんだよオマエ……。ドジったのは本当にゴメンな!」
「許します。それで、ジルアは今から戦いに戻るとでも言いたげな顔をしてますが、本気ですか?」
「当たり前だろ。あんな大口叩いといてダメでしたじゃ、皆に合わせる顔がない」
「もう、スヴェンさんとミセラさんが到着して戦ってくれてますよ。あの二人に任せておけばいいんじゃないですか?」
「なら、なおさらだろ。総力を結集しないと倒せないような敵なんだ」
虹色の瞳が私を見つめている。
時折見せる、私の何かを見定めるような目。
「……折角レイルさんが無事に元気になったんです。二人で幸せに暮らしていければ、それが一番じゃないですか。何なら、そうですね。他の誰も知らないような遠くに送って差し上げましょうか? 逃避行ってヤツですよ。どうです?」
「……レイルも、オレも、戦うって決めたんだ。もう逃げない」
丁度、レイルたちが着地してきた。
話は空中で聞いていたようで、レイルの表情には覚悟が見えた。
「りっちゃん、さっきは本当にゴメン。俺のせいで色々迷惑かけた」
「あー、もう、謝るのはナシにしてください。私だってミスったんだからお互い様なんです」
レイルがアルルに駆け寄って、頭を下げていた。
……なんか、さり気に手を繋いでいる気がするんだけど、気のせいかな。
すっげぇ自然に手を取ったんだけど。え? 何? どういうこと?
「はぁ、二人ともまだ戦う気マンマンって感じなんですね。分かりました。もうとやかく言う気はありません」
「りっちゃん……!」
「なぁ……何で二人とも手ぇ繋いだままなの?」
「あ、ごめんなさい」
パッと離されるアルルの手。
なぜかレイルが名残惜しそうだった。は?
「気にしないでください。ただの補給行為みたいなものなのです」
「え? 何? レイルと手を繋ぐと何か補給されるの? オマエらそんな関係だったの?」
「え、目がガチです。怖」
「ハイハイハイ! 勘違い勘違い! なぁんでジェーンちゃんはそんな嫉妬深いのかなぁ! さっき抱きしめ合って十分にイチャついてたじゃんか~」
「わぁあああぁっ!! バカッ! それは言わなくていいッ!!」
「ちょっとお姉さん。後で詳しく一部始終を聞かせてくださいね」
「絶対言うなよ! 絶対にだぞ!?」
あんなの聞かれたら何日弄られるか分かったもんじゃない……!
「というか、こんな話してる暇じゃなかったのです。私お姉さんに用があったんですよ」
「ウチ? 何かあったの?」
「あ、やっぱり気付いてなかったんですね。上です、上」
「上?」
アルルが空を指差したので、見上げてみる。
そこには──光一つない、真っ暗な天蓋が映っている。
つまり、いつも通りの夜空がそこにあった。
「何もないけど……って、レイル? どうかしたのか?」
「──何か、こっちを見てる……?」
「え……?」
とんでもなく恐ろしいものを見たとでもいうように、レイルが震えながら呟いた。
……私には、何も見えていない。何も感じない。
それでも、魔術を通して拡大して見てみると──僅かに違和感を覚えた。
「これは……雲か?」
僅かに捉えた、巨大な影。
王都を覆うかのように黒雲が垂れ込めていた。
「──ウソ。アイツこんな忙しい時に何やってんの!?」
「ですよねー。このままだと名のある竜とか言ってる場合じゃなくなりそうだったので、出来ればお姉さんに付いて来てもらいたかったんです」
「今すぐ行こう! あのバカほっといたら何するかマジで分かんないから!」
何やら話が進んでいる。
どうやらアルルとジョウガはどこかへ向かうらしい。
「ゴメン! ジェーンちゃん、レイルっち! ウチたちがいなくても頑張れる!?」
「……龍様にはもう十分助力してもらってるんだ。後はオレたちだけで何とかしてみせる」
アルルがこちらを見て、申し訳なさそう……な顔をしている。
──大丈夫、心配いらない。
そう伝えるつもりで微笑み返すと、安心したのかアルルも微笑み返してくれた。
「俺たちはいいけど、ジョーガちゃんたちの方は大丈夫なのか? アレ、とんでもなく恐ろしい存在に見えるんだけど……」
「力だけあるバカなのです。ほっといたら王都ごと吹き飛ばしかねないので、私たちがネゴシエーションしに行くんです」
「ダイジョーブ! これ以上レイルっちたちに迷惑は掛けらんないから、ウチたちに任せといて!」
そう言い残して、アルルとジョウガはどこかへと転移していった。
「……王都ごと吹き飛ばしかねないって、とんでもなく気になるワードが出てきたんだが」
「本当だよ。……アレは、それくらい簡単にやってのけるくらいの力を持ってる」
空の上の黒雲を見上げた。
あれが本当にただの雲ならば、レイルがこれほどまでに恐ろしく感じることはないのだろう。
──空。すなわち天。
そこに住まう存在はただ一つ。
天の龍に他ならない。
「……オレたちは、オレたちのやるべき事をしよう」
「……あぁ」
龍様のことは龍様に任せるしか、ない。
読了いただき、ありがとうございます。
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