92.レイドバトルⅡ
死術師のスキルに『リインカーネーション』というものがあった。
RPGゲームを山ほどプレイした俺たちのようなβテスターにとって、その名前に聞き覚えがないはずがなかった。
そう、このスキルはつまり、『転生』できるはずなのだ。
はず、と曖昧な表現を使ったのは、それが本当に可能なのかどうか分からないからだ。
俺が知っている限りでは、『リインカーネーション』を使ったβテスターはいない。
というのもこのスキル、習得に必要な条件が長らく不明であった。
習得に至った俺でさえも、なぜ使えるようになったのか全く分からなかった。
それはドランコーニアに閉じ込められて数十年の月日が経った頃──、俺が60歳を超えた辺りのことだった。
***
「おぉぉ……」
すっかり掠れた声が喉から出た。
身体は骨が浮き出て痩せ細っていた。
髪は白髪混じりで、肌はしわくちゃ、目は落ちくぼんでいた。
すっかり老人と化した俺は、震える指でブレスレット型サポートデバイス『オルタネイト』から投影されたホログラムディスプレイを操作していた。
そこに映る所持スキル画面には、確かに『リインカーネーション』の文字があった。
歓喜に打ち震えた。
再び、やり直すことが出来るのだ。この朽ちた身体を、若々しいものにすることができるかもしれないのだ。
迫りくる死の恐怖を味わうこともなく、新しい人生を歩みだすことができるかもしれない。そう思うだけで涙が出た。
故郷に帰れず、家族に会えず、新しい家族を作ることも叶わず。
復讐を誓い、研究に没頭する同志たちのような強い精神力や能力が無い自分に、ようやく訪れたチャンス。
『転生』を行えば、呪われた体質からの脱却を図ることができるかもしれない。
同志たちの、寿命の問題が解決できるかもしれないのだ。
スキルの内容を熟読する。
この『転生』は一から赤ん坊として生まれ変わるのではなく、既存の肉体へ自らの魂を移し憑依させるというものであった。
俺はすぐさま同志に若く体力のあるNPCを用意してもらい、『転生』を行った。
結果は──成功だった。
目の前にあったのは朽ち果てた老人の姿。そう、老いぼれた自分の姿が自分の目に映っていた。
鏡を見るまでもなく分かる。俺は若い青年になっていた。
「やった……成功したぞ!!」
思わず叫んだと同時に、凄まじい量の記憶が脳内に流れ込んできた。
そう、若い青年の記憶だ。
俺が横入りした後、元の人格がどうなるのか考えなかったわけではない。
消えてなくなるのが自然だろうという安易な結論に達して決行したが、それは間違いだった。
元の人格は残っているのだ。
俺と、元の人格が混ざり合ってしまった。
「おおぉえぇッ」
猛烈な嘔吐感に襲われて、俺はその場で盛大にぶちまけた。
だがそんなことに構ってはいられなかった。
俺/僕は、何だ? 僕/俺の名前は? 古川蓮だ。違う! 僕はノトス・ローガスだ!
「あぁ、クソ! 頭が割れそうだ!」
頭を掻きむしる。痛みと共に記憶が流れ込んでくる。
なんだこれは! やめろ! 入ってくるな! 俺/僕の邪魔をするんじゃない!
消えろ! やめて! もうやめて! これ以上入ってこられたら、壊れてしまう!
お願い! やめて! やめてください! お願いします! 助けて!
「はぁ……はぁ……! 消えろっ! 消えろ! 俺が主体だ! 俺が主導権を握るんだ!」
俺は古川蓮だ! 日本の東京に住んでいて、中小企業で働いていて、たまたまあのドランコーニア・オンラインのβテスターとして選ばれ、そして閉じ込められた男だ!
クラスは死術師! 全く人気の無い、不吉で不気味なクラス! 当然だ、死体を操るなんて気持ち悪いに決まってるからな!
けれどそれが良かった。人気の無い職業ということは、誰にも注目されずに済む!
けれど、そう、『転生』ができるのだ! 死術師は! そして俺は『転生』した!
僕に!
「ぐぅおおおおぉっ!!」
死術師のスキル、『魂撃』を発動した。自分に。
いや、僕に向かって。
「がああぁっ!! があっ!!」
痛い、苦しい、辛い、怖い、悲しい、憎い、悔しい、どうして、なんで、死にたくない、まだ生きていたい、もっと生きていたかった、ずっと生きたかった!
嫌だ、死ぬなんて絶対に嫌だ、ずっと、俺は/いいや死ぬのは僕だけだ!!
「ガアアアァッ!!」
そうして僕が死んで俺だけが生き残った。
NPCの身体で、元の身体を捨てて。
***
「おめでとう、同志フルカワ。あなたの偉業は私達にとって大きな希望となりました」
俺の『転生』の件は極秘とされた。
目の前にいるこの女性、ホシザキによって。
彼女はβテスターの中でも数少ない女性であり、その上βテスターのまとめ役として皆から頼りにされている存在だ。
ドランコーニアに閉じ込められたと知るや否や、当時15才という若さの少女であった彼女は、凄まじい勢いでβテスターたちの生活基盤を作り上げていった。
彼女を中心に、ドランコーニアに閉じ込められたβテスターたちは結束を深め、この世界から脱出するための手段を探っていた。
『賢者』という上級クラスに属している彼女は、そのクラス名の通り、非常に頭脳が明晰であった。
加えて非常に美しい容姿をしていた。
冴えない中年男性がメンバーの多数を占めていたせいで、いわゆるオタサーの姫状態であった。
彼女が指示を飛ばすだけで士気が上がる。半ば神格化されているのだ、彼女は。
そんな彼女も今や少女から脂が乗り豊艶な色気を纏う女性へと成長を遂げていた。昔も今もβテスターたちにとっては垂涎の的だ。
NPCに腰を振る遊びは最初こそ楽しかったが、次第に空虚に感じられた。
βテスターにとってはやはり中身が重要なのだった。
「しかし、私達の中で『転生』を使えるまでに育った 死術師は、もはやあなた以外存在しておりません。私達が今更クラス変更して習得も難しいでしょうしね」
「そうですか……」
「そこでです。あなたにはそのスキルを使って、私達の研究を手伝ってもらいたいのです」
「研究を?」
「はい。『転生』は強力無比なスキルです。他人の身体を乗っ取れるということは、他人に成り代われるということですからね。つまり、潜入工作ができるというわけです」
「なるほど」
俺は同志ホシザキの直属の配下となった。
彼女の言う通りに『転生』を繰り返し、様々なNPCの身体を乗っ取り続けた。
***
それから何年か経ったころ、同志たちは血を継ぐ術を編み出した。
血を継ぐ術とは、βテスターの赤子を誕生させることだ。
βテスターはこの世界にとって異物だ。オルタネイトがなければ生きることさえままならない。
そう、息さえできないのだ。この世界では酸素の代わりに風の龍気を吸って呼吸を行う。
俺たちβテスターは、オルタネイトを介してあらゆる生理活動を代替していたのだ。
しかし生まれたばかりの赤子にそんなものは存在しない。
サポートデバイス『オルタネイト』はβテスター一人一人に与えられたワンオフ品であり、研究を続けているが複製は未だ以って不可能だった。
βテスターの男女たちが性交し産んだ赤子たちは、産声を上げる間もなく死んでいった。
それはNPCに産ませても一緒であった。
βテスターの血が入る限り、血を継がせることも叶わない。
そのことにようやく確信が付いたのは、数百体もの嬰児の死体の山を築き上げてからだった。
俺たちはゲーム開発者と神気取りの龍たちにあらんかぎりの罵倒と怨嗟をぶつけた。
そして長い年月を経て、一つの解決策を編み出した。
呼吸を行う前の胎児に、この世界の呼吸器官を移植するという荒業だ。
そうすることでやっとこの世界に順応することができる。
そうしてようやくβテスターたちの血を継ぐ嬰児たちは産声を上げた。
この狂った世界で、復讐を成し遂げるためだけに産まれてきたのだ。
***
同志ホシザキが少女の姿を取り戻した。
すわ『転生』を行ったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「『脳』を移植したのです。この身体はNPCのものですが、頭脳だけは元のままなのです」
俺には考えられないことだったが、彼女はやってのけたのだろう。
それくらい、彼女の頭脳は、知識は、技能は、優れていたのだから。
「この技術は、あなたの『転生』を研究して転用させてもらっています。少しばかり時間が掛かってしまいましたが……」
「お役に立てたのなら、光栄です」
この頃になると、βテスターたちのほとんどは老衰を迎えて死んでいた。
研究に携わっている者は、血を継いだものを除いて、俺とホシザキの二人だけになった。
「同志フルカワ。あなたの悩みも分かっています。『調整』を行いましょう」
俺の悩みとは、『転生』の副作用だ。
俺は『転生』を繰り返し続けた。
最初の失敗を繰り返さないよう、元の人格はコナゴナに砕いてから乗り移った。
けれど、それでも記憶というものは残っていた。念入りに破壊してもなお、記憶が残って、混じってしまう。
同志ホシザキは、それを身体に残った記憶と称した。血液や肉体にも記憶は残っているのだという。
それはどうしようもないことだった。少量だが、しかし確実に混ざってしまうのだ。
毒のように俺を侵す記憶の海に耐えながら、『転生』を続けた。
この頃の俺は、自分が何か分からなくなることが多かった。
俺は、誰だ? 俺は、古川蓮だ。
そう、俺は古川蓮だ。
でも本当にそうなのだろうか。
俺は本当は……。
「同志フルカワ──いえ、古川蓮。私が、私だけがあなたを知っています。この狂った世界で、私だけがあなたの本当の正体を知っているのです」
少女の姿になったホシザキが──あの星咲柳凪が、俺を抱いた。
『調整』という名目の、性行為が行われた。
身体を交わらせて、甘い囁きで、俺を、俺たらしめる言葉を紡いでもらった。
「私たちだけが、復讐の炎を継いでいくことができる。無念の内に死んでいったものたちの願いを、想いを、受け継いでいける」
俺たちは自我を保つために、何度も交わり続けた。
変わる姿と、変わらない意思を抱いて。
*** *** ***
『ハハハハハッ!! これは驚きだ! βテスターだと!? そんな姿になってまで生き長らえているというのか、面白い! いいぞ! その燃え上がらせた復讐の炎、当機が有効活用してやろう!』
*** *** ***
戦術兵器第四十八号──竜人を蘇らせるというプロジェクトは、炎の龍より与えられた、何よりも優先すべき勅命だった/本当にそうだったか?
竜人は、その名の通りドラゴンとヒトの因子をその身に宿した生命体だ。
この世界で最強を誇る種族と、最悪の知能を持つ種族の掛け合わせ。竜人は種族としての戦闘能力だけでネームドと同等、あるいはそれ以上の実力を発揮したという。
だが、既にこの世界からは失われた種族でもあった。
炎の龍はその遺骸をホシザキに与え、蘇らせるための大御言を授けた。
ホシザキはその能力を最大限に発揮し、わずか十年という短い期間で竜人の復元──いや、量産への筋道を立てた。
そう、蘇らせるのではなく、再誕させるのだ。
その方法は人体に竜核を移植するというものであった。
それも心臓の代わりに竜核を埋め込み稼働させるのだという。
俺には理解できない発想だったが、ホシザキにとっては至極当然のことだったらしい。
なんでも、ドランコーニアの人間はリアルと異なり、その生体構造がかなり緩いらしいのだ。そういえば呼吸器官の移植もすんなりと成功していたなと思い出す。
脳の移植に関してもだ。脳は『魂』を閉じ込めておく箱に過ぎないのだと、昔『 』をした後に聞かされた気がする。
なので、竜核を移植することに関しても、何の問題は無いはずなのだとホシザキはそう言い切った。
だが現実は違った。
NPCを実験台にしたところ、拒絶反応を示して死んでいった。
適合するには何か条件があるに違いないのだという考えの元、ホシザキは多くの死体の山を築き上げた。
それから数年して、拒絶反応を起こさずに竜核を適合させた個体が発見された。
それが当時僅か9歳のガキ、通称0番。
ホシザキは喜び勇んで0番を披露したが、軍部の反応は芳しくなかった。
それもそのはずだ。ベッドに横たわり浅い呼吸を繰り返す生命体は、とても最強の種族と言えるような代物ではない。
どう見ても死にかけのガキにしか見えなかったのだから。
ホシザキはあくまでもこれは試験であり、これを足掛かりとして量産体制を整えるつもりだったらしいが、またしても思惑は外れることになる。
0番以外に竜核を適合させた個体は現れなかったからだ。
0番に類似する年代、種族を試したが、成功したのはこの0番だけだった。
0番の親族の弟妹でさえも適合しえなかったことから、ホシザキは0番だけが特別なのだと判断し、0番を有効活用するプランへと移行した。
……が、計画は頓挫した。
碌な結果が出る前に虹の英雄の妨害に遭い、ホシザキは消息不明、0番は奪われてしまったという。
虹の英雄という武力は、βテスターの持つ前世の知識をフルに活かして作り上げた近代兵器の優位性を覆してしまうものだったのだ。
俺たちはどこかで高を括っていた。俺たちが本気になれば、愚鈍なNPCどもは抗うこともできず、ただ蹂躙されるだけの存在になるだろうと。
今までそうしなかったのは、そうする必要がなかっただけであって、いつでも国家を統一することなど可能であるなどと思っていた。
けれど、それは大きな間違いだった。
炎の龍を象徴として立ち上げた新興国煌帝国は、その成り立ちと同じように、急に消し去られようとしている。
たった一人のNPCによって。
……いや、いいや、国などどうでもいい。
俺には、βテスターたちには、ホシザキが必要だったのだ。
彼女こそが俺にとって最後の希望だったはずなのだ。
彼女が消えた今、俺は何を指針にして進めばいい?
***
ホシザキは生きていた。
地底の奥深くに飛ばされ、地表に戻るまでに一年近くを費やしたのだという。
ホシザキ以外の命令を聞く気になれず、『転生』を繰り返して無為に生きていた俺は、すぐさま彼女の元へと訪れた。
「同志フルカワ、次の作戦です。この男に『転生』しなさい。人格を保ったままで、です。大丈夫、人格を分割して負荷が起こらないようにする術も編み出しましたので」
ホシザキは復帰後すぐさま帝国の現状を把握し、俺に命令を下した。
何の躊躇もなく、当たり前のように/それが当たり前だ何も疑問に思うことはない。
何も/疑問に/思うことは/ない。
俺はいつも通り同志ホシザキの命令に従い、潜入工作を行う。
今回の入れ物は、レネグ・イドリースと言った。
リュグネシア王国の侯爵家の次男坊らしい。
王国騎士としての試験を受けるべく、王都に移動中に拉致されたようだ。
「なるほど。では」
無事『転生』は成功した。
人格を残したまま入れ替わるのは不安があったが、すんなりと受け入れられた。同志ホシザキが考案した技術のおかげだろう。
とあるキーワードを唱えることで、人格を自在に入れ替えることができるのだという。
「それから、これを」
「これは?」
「魔眼を模した義眼です。『測定』のスキルが使えるようになります。この男は無能力ですが、王国騎士団はスキル持ちを優遇しますからね」
「了解」
俺は目を抉り出して義眼に付け替えた。
これで準備完了だ。
俺はレネグ・イドリースになった。
王国騎士の試験を受け、騎士団内に潜入することに成功した。
ホシザキは相変わらず0番の研究を続けている。
復活してわずか数カ月で、残っていた0番の細胞組織を培養してクローンを作りあげることに成功したらしい。
狂ったように研究に没頭する姿を見て、何か声を掛けたい気になったが、俺の口からは何も出てこなかった。
こんなことになっているのも、全てあの虹の英雄のせいだ。
炎の龍を讃えるための長年の研究成果が全て無に還ろうとしているなど、到底許せることではない。
これでは今まで死んでいった者たちの無念が報われない。
永きに渡って灯してきた叡智の炎が消されることなどあってはならないのだから。
***
「同志フルカワ、この身体に『転生』しなさい。あの第四十八号の試験体、0番のクローンから作った身体です」
「これは……」
目の前に置かれた肉体は、今の自分の肉体──レネグ・イドリースに他ならない。
整形技術によって作り替えられたのだろう。
けれど、その内側にあるものは……惨烈極まる苦痛の坩堝だ。
「大丈夫、精神は崩壊していますし、竜核による痛みを抑える薬も開発しました。貴方なら問題なく扱えるでしょう」
「……」
竜核と人体は相容れない。
だが、0番と呼ばれた試験体の肉体だけは竜核を受け入れられる。
けれど、その肉体には尋常ではない痛みが付き纏うせいで、どうしてもクローンの精神が崩壊して壊れてしまうのだという。
このクローンのオリジナル体は、未だ自我を保って動いているというのに。
クローンとオリジナルでは一体何が異なるというのか、とホシザキが珍しく頭を抱えているのをよく見かけた。
俺はそれを人格の強度が足りないのではないかと推測した。
クローンの人格は産まれたての赤ん坊と同じだ。激しい痛みに耐えうるような強度を持つ精神が備わっていないのだ。
だが、だからといって、どうこうできるものでもない。
クローンの肉体は急速成長させられるが、精神の成長は体験に基づいて作られるものであるため、おいそれと作ることなどできはしない。
だから、俺なのだろう。
俺の人格を、精神を、この肉体に『転生』させて、無理やり完成させるつもりなのだ。
「どうかしましたか?」
「俺には二人分の人格がありますが、この肉体の人格は破棄するのですか?」
「いえ、二人分纏めて『転生』してもらいます。そのためにレネグ・イドリースの肉体に整形したのですから」
「この状態で『転生』してしまったら、人格の統合がかなり難しいかと思われます」
「なぜ? そのまま乗り移るだけでしょう?」
「いえ……植物状態とはいえ、血や肉体に僅かばかり残った記憶が俺にとって毒となるのです。術式で制御しているとはいえ、既に二人分の人格がある状態で更に『転生』してしまったら、取り返しが付かない状態になる可能性が大きいのです」
「確かに、危険ではあります」
そう、今の俺は常に危険な状態なのだ。
常に自己を喪失する危険性と隣り合わせになっている。
自分と異なる人格を統合して運営するというのは、想像以上に困難なことだった。
俺の精神は既に解け掛けている。
もう何年もの間『 』を受けていない。
一刻も早く行わなければいけないと思ったが、『 』は受けられそうにない。
ホシザキが試験体のオリジナルにご執心だからだ。彼女の瞳が真に俺を向くことはもはやないのだろう。
そもそも『 』とは何だったか。とても大事なことだった気がするが、思い出せない。
ああ、そうだ。思い出せないのなら、そんなものは初めから無かったのだ。
「ですが大丈夫です。あなたの記憶が定着するようにこちらでサポートを行うわ。少々記憶に齟齬が生じるかもしれませんが、使命に支障をきたさない程度でしょう」
「……分かりました」
上官の命令には従うものだ。
例えどれだけ無茶なものであっても、一兵士である俺に拒否権は存在しない。
存在しないが……あの肉体に『転生』するということは、俺は使い潰されるということだ。
「大変名誉なことです。あなたは自らの身を持って、私たちの願いの成就に貢献することになるのよ」
「……」
本当にそうだっただろうか? こんなものが俺たちの願いの果てだったのだろうか?
俺は、同志ホシザキにとって、使い潰されるような存在だったのだろうか/一兵士である俺に拒否権は存在しない一兵士であるお前に拒否権は存在しない。
「了解した」
そして俺は、クローンの肉体に『転生』した。
紆余曲折の果てに、戦術兵器第四十八号──竜人をこの身を以って完成させた。
同志ホシザキは感涙していた。
だから、これで良かったのだろう。
だから、俺は、ただ、命じられたままに……。
***
痛みで割れそうな意識を何とか保ちながら、俺は最後に残された手段を使うことにした。
「──変身」
竜人へと変化を遂げる際のキーワードは、任意に設定できると言われた。
どうでもよかったので、デフォルトのまま使うことにした。
そう、何だったか。姿を変える際はこの言葉がしっくりくるのだとホシザキが言っていた。
遥か過去、もう思い出せないくらい遠い昔。ホシザキが、この言葉を使う何かが好きだったのだと覚えている。
そのことを語る時だけ、少女のようにはしゃいでいたことを、覚えている。
そして俺の意識はバラバラになって消えた。
『転生』を使い、永き月日を生き続けたフルカワという人格は、ようやくこの世界から消去された。
*** *** ***
竜人が再誕した。
「……?」
まっさらだった。
既存の人格は残っておらず、産まれたての赤ん坊。
けれども、記憶は残っていた。
自分は何者か?
──竜人。この世界で最強の生物。
やるべき事は?
──使命の遂行を。
使命の遂行とは?
──標的の確保を。確保が敵わぬならば、一切合切の殲滅を。
「……」
視界を上げる。
目の前には、男女が一人ずつ。男の肩の上に、少女が座っていた。
そう、こいつらが標的の三人のうちの二人だ。生け捕りにしなければいけない。
残骸の記憶がそう告げている。
「おっと」
三十フィートの距離を一瞬で詰めて伸ばした腕は止められた。
男と少女の首をそれぞれ掴もうとしたが、男の両手によって防がれていた。
「a……?」
「悪いけど、簡単にはやられないぞ」
「えいっ」
【虹の彼方に が発動しました。】
「!」
バチィン! と音を立てて竜人に何かが叩きつけられた。
いや、見えている。少女が中指を折り曲げて親指の腹で抑え、龍気を爪先で弾き出したのだ。
咄嗟に腕部装甲で庇ったが、龍気の弾丸はギャリギャリギャリと凄まじい勢いで装甲を削っていく。
「……」
竜人はそれを興味深げに見澄ますと、事もなげに後方へ受け流す。
石床に跳ね当たり、弾丸は凄まじい勢いで地中へと潜り込んでいった。
「わーお。全く効いてない感出してますよアレ。当たったんならせめて吹っ飛んでくれないと困るんですが。これしか私の攻撃方法ないんですよ?」
「いや、ガードしたって事は装甲の弱いところにぶつければダメージは通ると思う。俺が奴の攻撃を絶対にガードするから、りっちゃんは攻撃を担当してくれるか」
「さっき手払われた時変な方向に曲がってましたけど、ガード務まります?」
「もう治ってる。オジサンの娘を怪我させるわけにはいかないから、絶対に守るよ」
「そういうセリフはジルアに言ってあげてくれません???」
『カースドスキル∴ドラゴンスケイル:リフレクションオーラ 発動します。』
「うげぇ、もう弱点見切りやがりましたよこの野郎」
装甲の強化よりも反射を優先した。
そうするべきだと過去の記憶が告げていたから。
「……」
竜人がもう一度二人を見据えた。
戦闘能力の分析を行うと同時に、対象への警戒レベルを引き上げた。
少女の方はかなりの攻撃力を有する。優先して対処すべき脅威だ。
けれど、なぜか目が行くのは男の方だった。
この男を見ると、なぜか心がざわついて、感情が激しく揺さぶられてしまう。
竜人は己に残された記憶を走査する。
なぜこんなにもこの男を見ると感情が渦巻いてしまうのかを。
「──────オリジナル」
竜人計画。0番。ホシザキ。虹の英雄。王女。クローン。
逆行し遡る記憶の断片。
重要な事柄には、いつも中心にあの男がいた。
「オリジナル。オリジナル、オリジナル、オリジナル、オリジナルッ!」
つまるところ。
目の前のこの男こそが今生の仇敵であったのだと、竜人は理解した。
読了いただき、ありがとうございます。
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