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backup  作者: 黒い映像
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89.君の名前は?

「肩車を、しよう」

「何がどうなってそんな結論に至りやがりましたか?」


りっちゃんが肩を抱いて俺から距離を取ってしまった。

もちろん理由はあるからそんなに引かないでほしい。


「単純に接触面積を増やせば効率も上がると思うし、肩車だったら戦闘中もりっちゃんから龍気(マナ)を供給できるだろ?」

「私を乗せたまま戦うっていうんですか? ダブ アー のパクリじゃないですか。そういうのはジルアとやってくださいよ」

「いや、そのダ ルア ツとやらは知らないけど。おんぶとか抱っこだと片手が塞がっちまうんだよ。りっちゃんが上でサポートしてくれるなら、俺は両手で戦える」

「んん……。まぁ、肩車なら……微笑ましい感じで許されますかね……?」

「誰かに許しが必要なのか?」

「当ったり前でしょうが。私にだって心に決めた人がいますし、レイルさんだってジルアが……あーもういいです。全然理解出来てない顔しやがってますねこのクソボケは」

「え……ゴ、ゴメン……」


何が何やら分からないけど詰られてしまった……。

俺がりっちゃんを肩車するのにジェーンの許可がいるんだろうか……?


「あーもう、ほらとっととしゃがんでください」

「お、おう!」

「よっ、と。……んー、これどこ持てば良いんです?」

「どこでもいいよ。立つぞ?」

「わわわ」


りっちゃんの軽すぎる重みが肩に掛かる。負担にもならない。

脚を抑えて一息に立ち上がると、りっちゃんが慌てる声が聞こえた。


「おおーっ……。視界が一気に高くなりました。思えば肩車されたのは初めてかもしれません」

「脚抑えてなくてもバランスは取れそうか?」

「はい。あんまり激しい動きをすると頭を掴んじゃいそうですけど」

「それくらい大丈夫──」


「アルル、オマエーーーッ!!」


「……」

「……」


空の上からジェーンの大声が響いた。

ジェーンの方を伺うと、その端正な顔が憤怒の形相に歪んでいて、明らかに俺たちを睨んでいた。

何で?


「やっぱりダメじゃないですか! ジルアーっこれは違うんです! 仕方なくやってるだけなんですよ! 勘違いしないでくださーい!」


わたわたと俺の頭の上で手を振りながらりっちゃんが弁明している。


「なぁりっちゃん、何でジェーンはあんなに怒ってるんだ?」

「クソボケナスは黙っててください!」

「ひでぇ」


会ったばかりだというのにここまで嫌われる経験はあまりない。

いや、ミセラにも嫌われてたんだった。

辛い。


「うわわ」

「! 地面が揺れて──あいつの仕業か」

「ちょっと、落っことさないでくださいよ?」


揺れの発生源はあの女が立っていた場所だ。

ジェーンの魔術によって川に早変わりした道路が盛り上がる。

赤熱化した土塊が形を成し、溶岩の巨人へと変貌した。


「うわぁ、リアルようがんまじんです。……お姉さんが付いてるとはいえ、本当にあんなのと渡り合えるんでしょうか」

「……」

「……助けようとか、ほんの少しも思ってないんですか?」

「俺は、ここでジェーンを助けるよりも、やらなきゃいけない事があるから」


俺は、俺の役割を果たすべきだ。

どんどんと近づいてくる大きな力の波動から、ジェーンを、みんなを、守らなければいけない。

さすがのジェーンであっても、あの悪魔と同時には捌き切れないだろうし、そもそも俺はあの女と相性が悪すぎる。


『無理になんでもかんでもこなそうとするな。オレがいるんだから、自分にできるコトだけやりゃあいいんだよ』


──オマエはバカなんだから、一つのことだけに集中しろ!


「やれることだけに集中しないと、ジェーンに怒られちまう」

「……はぁ。あー、もうお腹いっぱいです。一々自分たちだけが分かるエピソードみたいなのひけらかすのやめてくれませんか」

「別にひけらかしてるつもりはないんだけど……」


りっちゃんがすごく刺々しい。

……りっちゃんからしてみれば、俺はぽっと出の得体の知れない男だし、そんなやつがジェーンのことを詳しく知っているような口ぶりで話すのが気に食わないんだろうな。

うーん、何とか仲良くできないものか。


「あ、そうだ。りっちゃんに一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんですか。もう悠長に話してる時間はないですよ」

「うん。それでも、一つだけ」


既に敵の気配は王都内に侵入して、真っ直ぐこちらへと向かってきている。

だけど、どうしても聞いておきたい。

りっちゃんと出会って僅かな時間しか経っていないけれど、気になることがあった。


「りっちゃんって、オジサンの娘なのか?」

「おじさん???」


りっちゃんが首を傾げるような動きが伝わってきた。

どうにも伝わってないらしい。


「その”おじさん”とやらは、不特定多数の壮年成人男性を指す言葉として受け取らせて頂いて、要するに私が人の子かどうかという話ですかね?」

「いや、待ってくれ。そんな難しい話じゃない」


言葉足らずで誤解を与えてしまったようだ。


「オジサンっていうのは、あの人が自分のことをそう呼んでるだけなんだ。あ、あの人っていうのは、俺の恩人というか、とにかくそんな感じの人で」

「あー、はい。みなまで言わずとも理解出来ました。あの人はまだそんな無駄な抵抗を続けてるんですね……」

「無駄な抵抗?」

「いえ、こちらの話なので。それで、えーっと、私が”おじさん”の娘であるか、でしたっけ」


りっちゃんが前傾して、俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。

七彩の瞳に吸い込まれそうになる。

だけど、その顔立ちや髪色は、やっぱりどこかあの人に似ていた。


「改めて自己紹介を。私はアルル・コンシェールと申します。虹の英雄ルノア・コンシェールの実の娘ですね」


そう、はっきりと、りっちゃんが名乗った。


「やっぱり……! オジサンとりっちゃんは親子だったんだな!?」

「ええ、そうなんですけど。……というか、他のことの方が気になりません? なぜ虹の龍気(マナ)が渡せるんだとか、そっち方面の」

「俺にとっては、りっちゃんがあの人の娘であることの方が重要なんだよ」


大恩ある人の家族だ。

興味が湧かないはずがない。


「……そうですか。まぁ、事情を説明しろと言われても、とても長い長ぁ~いラノベ一冊分くらいのお話を語らなければいけなくなるので、そちらはまたの機会にということで」

「あぁ、いつか聞かせてくれ。今は──アイツを倒すことだけに集中しよう」


風を切るような鋭い音が響いたと思うと、凄まじい衝撃波を伴って何かが落ちてきた。

それが地面に落ちると同時に轟音が鳴り響き、大地に亀裂が走り、揺れる。

砂煙が舞い上がって視界が奪われた。


その光景が、いつかジェーンに聞いたことを思い起こした。

空より墜ちて、地上に災いを齎すという凶石の話だ。

それが今のコイツに他ならないのだと、確信した。


土埃の向こうから現れたのは、真紅の翼。

折り重なるように畳まれた翼は、まるで棺のようにも見えた。


「──確かに聞いたぞ」


翼がゆっくりと開いていく。

その正体が露わになる。

……やはり、俺の顎を蹴り飛ばした男だ。


血のような赤い眼光と視線が合った。


「虹の英雄の娘だと?」


口角がつり上がって、耳の先まで裂けて歪んだ笑みを浮かべていた。

それはもはや人間が作れる表情ではなかった。

装着していた鎧はボロ雑巾のような有様で、素肌が見えるところには赤い鱗が生えていた。


「ハ、ハハハッ!ハハハハハハハ!」


一体何が面白いのだろうか。

俺は、怖い。

戦うしかないのだと分かっていても、戦うのが怖い。

もし、俺が戦って勝てなかったのだとしたら、皆を守れない。

ジェーンを、守れない。

だから戦うんだ。

面白いことなどただの一つもない。


「天運は未だ俺に味方をしているようだ」


よく見ると、男は傷だらけで今にも倒れてしまいそうだった。

身体中に裂傷を負っており、腹部の皮が剝がれて筋が見えてしまっている。

だが、男の気力に衰えは見られない。

むしろ、その溢れゆく生命力は、今まさに燃え盛っているように見えた。


「よくも蹴り飛ばしてくれたな、アルル・コンシェール。おかげでこの有様だ。ただの一撃で死に体だ」

「そのままお亡くなりになっていた方がよろしかったのでは? 後、もしかして私も標的の内に入ってます?」

「ああ、虹の英雄の人質に使わせてもらおうと思っている。アレは少々暴れすぎた。我が帝国にとって不俱戴天の仇と言えるだろう」

「うわぁ……お父さんに敵わないからって人質取るとか、超ダサくないですか?」


煽るなぁ……。

戦闘前に煽るのって一般技能なんだろうか。

ジェーンも容赦ないくらい口が悪くなるし。


「そうだな。ああ、そうだ。我ら帝国は卑劣な策を用いる他なくなってしまった」


翼を羽撃かせて、残っていた土煙が完全に吹き飛んだ。


「愚かな(かみ)が、下等種族に過ぎたるものを与えてしまったが故に」


禍々しい気が充満する。

大気が震えていた。


「俺は、俺たちは、決して(かみ)を許さない。奴らは何も分かっちゃいない。自分たちが何をしたのか、分かっていないのだ」

「大体の事情は伺ってますが、敢えて言いましょう。何も分かっていないのは、あなたたちの方です。何も理解しようとしないから、こんな馬鹿げたことを始めてしまったんでしょう」


りっちゃんの言葉は辛辣だった。

怒気が含まれている。

そして、同時に悲哀も感じられた。


「黙れよ小娘が。ただのNPCに過ぎないお前たちには何も分からない。何百年もの時を彷徨わされた我らの恨みなど、分かるはずがないだろうがッ!」

「そんな区別をしている時点で間違っていますよ。私たちは全て同じ生命体なのですから。それさえ認められたら、あなたたちは間違えなかったはずです」

「ああぁあ黙れ黙れ黙れ」


眼からドロリと血が流れた。

両の瞳がそれぞれあらぬ方向を向いて、呪詛のような言葉を口にした。


「頭が割れそうだ分離しそうだ亀裂が入る割れてしまう俺は俺だ私じゃない俺なんだ私は私ではない俺なのだ俺であって俺でない俺であるのは俺だ俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺【カースドスキル∴ドラゴンハート 自動展開します。】


途端、男を中心に赤黒い空気が渦巻き始めた。

それは瞬く間に巨大な渦となり、空間を埋め尽くしていく。


「……うーん。ちょっとこれは、想定以上のヤバさです。あのまま精神崩壊して自滅してくれませんかね」

「俺が頑張るから、そんな心配しないでくれ」


そんな言葉を口にしたけど、正直言って自信はない。

俺は英雄でも勇者でもない。

ただの冒険者だ。

けれど、ジェーンの相棒だから。

ジェーンの背中を守らなければいけないから。


「統合/変化しようたった一度きりの奇跡だがここで使わなければならないのだそれが俺/私の役目なのだから」


ミシリと空間が歪んだ。

とてつもない力の波動が押し寄せて、圧に押し潰されそうだ。


「──変身」


強風がピタリと止んだ。

世界から音が消え失せた。


赤黒の天幕が消えた向こう側に、見たことのない生命が立っていた。

読了いただき、ありがとうございます。

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