87.女の敵は女Ⅳ
溶岩の海の中に引きずり込まれて──、
「閉じ込められた……」
見回すと辺り一帯赤熱化した溶岩の海。
凄まじい熱気に晒され、肌が焼けそうなほどに熱い。
外気と隔絶されてこのままでは呼吸もできない。
どちらも魔術で中和できてはいるが、長くは持たないだろう。
適当に地上に向けて爆裂魔術を発動。
溶岩の海から抜け出すのに苦戦しているように見せかけるためだ。
ついでに残っている魔術陣を自動照準で再発動。すぐに壊されるだろうけど。
ぶっちゃけ本気で抵抗すればすぐに抜け出せるし、なんなら引きずり込まれることすらなかったんだけど……状況が変わった。
「で、引っ付いてきたオマエは何なんだ?」
溶岩の海へと引きずり込まれる直前、魔力装甲を素通りして引っ付いてきた、蝙蝠のような謎生物。
見覚えはある。
さっきは一々突っ込む間すらなかったが、レイルの傍らで飛び回っていたヤツだ。
『ウチはジョーガちゃん! キミを助けるために来たの!』
フランクな口調で喋りかけてくるコイツは、ジョーガちゃんと自称した。
やっぱりさっき掛けられた声はコイツから発せられたものだったらしい。
使い魔的な存在なのだろう。
……いや待て、ジョーガちゃん……ジョウガ……?
「ジョウガって黒淵龍の真名じゃなかったか?」
『そうだよ! ウチは黒淵龍! 今はこんな姿だけど、嘘じゃないよ!』
「はぁ」
『えっ反応薄っ!? 普通はえーっ! とか嘘だーっ! とか驚いたりとかするでしょ!?』
「いや、信じてるし驚いてるぞ? ただ……まぁ何というか、ヒントは貰ってたから」
驚いてるけど、レイルの近くに黒淵龍がいるのかもしれないってのはアルルから聞かされていた。
今思えば、アルルは全部分かっていたのだろう。
『うーん……ホントに信じてくれてる? まぁ、問答無用でほっぽり出さない時点で信用してくれてるのかなぁ』
「信じてるって。……あー、えと、龍様なんだし、敬ったり畏まったりした方がいい?」
『いらないよ! ウチのことは気軽にジョーガちゃんって呼んでくれていいから!』
「うん。まぁ、そういう感じのキャラではないと思ってた」
龍様に対してこんなフレンドリーに接していいものなのかどうかはさておき。
「!」
地上の魔術陣が壊された。
アイツはレイルを狙っているのだから、いつまでもここに居る訳にはいかない。
「時間がない。一つだけ聞かせてくれ」
龍様に答えてほしいことがあった。
一応、通信は溶岩の海に引きずり込まれた時点で切っている。
向こうは私がやられたかもしれないと阿鼻叫喚になってるかもだけど、ちょっとだけ我慢しててほしい。
「どうしてレイルを部屋から連れ出したんだ? もしかして影の郷に連れていくつもりだったのか?」
『──それは違うよ。……ゴメンね。勝手な事して、心配させちゃったよね』
申し訳なさそうに、闇を統べる龍様はそう言った。
『レイルっちを部屋から連れ出したのは、ウチがこの時代の情報を得るために必要だったからなんだ。あの子の事情には、ウチの敵が関わっていたから』
「……」
『その敵の正体は──炎の龍スヴァローグ。ヤツが帝国を真に支配している黒幕だ。帝国の兵たちは全てスヴァローグに操られている可能性すらある』
衝撃的な事実が明らかになったけど……全く頭に入ってこなかった。
今レイルっちって言った?
え。何? 愛称?
龍様に愛称で呼ばれるほど仲良くなったのアイツ?
『あの子が無用な苦しみを背負ってしまったのも、全部ウチら龍様側の責任。だから絶対に助けたい。短い付き合いだけどあの子がどれだけ優しい子か知ってる。ウチはあの子を死なせたくない! ウチはレイルっちの味方をすることに決めたから! あの子の行く末を見届けたいの!』
一拍置くことすらなく言い切られた。熱量が凄い。
まさか……女の声だし、そういうことだったりするのか……!?
『……レイルっちを勝手に連れ出した挙句、あんな傷を負わせて、ホントにゴメン。ジェーンちゃんが怒るのも当然だ。でも、今は──』
「待って」
思わず遮ってしまった。
「ジョウガは、レイルの事が好きなの……?」
『──え? いや、うん、好きだよ? あんなに良い子──アッ、ちょっと待って! ジェーンちゃんが何考えてるのか分かった!』
興奮したように目の前をパタパタと飛び回る龍様。
『よく聞いてジェーンちゃん』
その声色は真剣そのもので──、
『ウチは──レイ×ジェン派だよ』
***
「あら、攻撃が止んでしまったわ。少し期待しすぎたのかしら」
赤熱の海に沈んだまま浮き上がってこないジルア。
放たれた魔術は赤海の表面を波立たせるのみに終わった。
なけなしの魔術陣も溶かされて機能消失。
「……なんて。生きているのは分かっているのよ。作戦を考えるのもそれくらいにして、そろそろ出てきてくれないかしら?」
──溶融された地面の中。未だ形を保っているモノがある感覚。
──様子は伺えないが、間違いなくこの程度で死ぬような存在ではない。
「それとも、そこから抜け出す程の出力が──」
台詞と同時に足下からせり上がる光の柱。
白い閃光が天を衝くほどに差し昇り、真っ暗な世界を染め上げた。
──飛びのいて正解だ。アレはダメージを負ってしまう。
「……馬鹿げた出力だわ。それはいくらなんでもおかしいんじゃなくて?」
「そりゃどうも」
溶岩の海から飛び上がり、再び敵を見下ろすジルア。
「その力の源泉。話によっては0番君より優先する必要すらありそうね」
「先に言っとくが、オマエに話すことは何もないし──」
「!?」
ジルアの姿が掻き消えた。否、加速したのだ。
魔力放射によって目にも止まらぬ速さで宙を駆け回り、敵の周囲を縦横無尽に飛び交う。
直後、溶岩の海が破裂した。
「オマエの話は、ぶっ倒した後に聞けばいいことだ!」
「ッグゥ!」
接近──振りぬいた拳が、女の顔面を捉えて吹き飛ばす。
そのまま大きくノックバックするが、追撃は止まない。
「オラァッ!!」
「ッ!! 魔術師が近接戦なんて、非合理的にも程があるんじゃないかしら!?」
「至って合理的だろうがよッ! これが一番オマエに効くみたいだからなァ!」
*** *** ***
ミーシャさんとユナは表通りの方へと避難していった。
ジョーガちゃんの方も、上手くジェーンの魔力装甲の内側に潜り込めたみたいだ。
後に残ったのは俺とりっちゃんだけ。
「あーっ……うぅ、あっ……あーっ」
りっちゃんはチラチラとジェーンの戦闘を見て、謎のうめき声を出していた。
「りっちゃん……ジェーンが気になるのも分かるけど、こっちにも集中してくれないか?」
「だってぇ……」
「俺の力が全然足りないって言ったの、りっちゃんだろ?」
「そりゃあ言いましたけどぉ……というか逆によくそんな無関心でいられますよね。本当にジルアのこと全然心配してないんですか?」
「心配してないってことは無いけど……」
溶岩の海に引き摺り込まれたジェーンの姿を見せられて、何も思うところが無かった訳じゃない。
「ジェーンを、信じてるから」
「ぐぎぎ……だからそういう自分は分かってるからみたいな曖昧なこと言われても私には分っかんねーんですよ。戦いの場に絶対なんてないんです。ただでさえあの子、ここぞと言う時にミスをやらかしたりするんですから」
「確かにジェーンはドジったりするところがあるけど……」
俺はジェーンのことをよく知っている。
彼女がどれだけ強くて、どれだけ頭が良いのか。
どんな考えで敵に立ち向かっているのか。
「こういう時のジェーンなら大丈夫だよ」
「だからぁ! 私はその曖昧な根拠の元を知らないからこうして不安になってるわけなんです!」
「ご、ごめん……。でも、絶対大丈夫だよ」
「むきーっ! んなあぁあっ! なぁんでこんな心が掻き乱されるんでしょうか! んぬぐぐぐ……!」
「お、落ち着いてくれよりっちゃん……!」
俺と手を繋いだまま捩じくれて妙なポーズを取るりっちゃん。
何やらすごく憤っているみたいだけど、その表情はどこか希薄で乏しい。
話してるテンションと表情のギャップが凄くて、正直まだあまりキャラを掴めてない……!
「ほ、ほら、ジョーガちゃんもいるしさ! 何とかなるよ、きっと」
「……はぁ。まあいいです。今はこっちに集中しましょう」
りっちゃんがそう言うと、送られてくる龍気の量が一気に増えた。
「レイルさんの身体は蓄えた龍気の量に比例して強くなります。私の龍気に特化した竜核のおかげですね。なのでこうして私が龍気をレイルさんに渡せば渡すほど、レイルさんは強くなるわけですけど……うーん……このペースじゃ今から来る敵の相手はだいぶキツそうです」
「まだダメか……もっと龍気を供給できる方法ってないのか?」
「こうして手を繋いでるだけでも相当頑張ってるんですけど。乙女の肌はそんなに安くないんですよ? 大体手を繋いでるだけでもジルアから何言われるか分かったもんじゃないですし」
「……単純に俺とりっちゃんの接触面積が増えればいいのか?」
なら話が早い。
「肩車しよう。俺に跨ってくれ、りっちゃん」
「待ってください」
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