86.女の敵は女Ⅲ
「随分と博識だな。帝国軍のくせに魔術に興味があるとは思わなかったが」
「年季が違うのよ。文字通り、ね。王女様には何のことか分からないでしょうけど」
完全に冷静になってしまった、帝国軍の女研究者。
舐め回すような視線。
たった今、私を初めて認識したかのような素振り。
「私達にとって魔術は廃れた術理よ。未だ未練がましく発展を続けようとする様には、多大な哀れみとほんの少しの敬意を抱くわ」
「そうかよ。魔術を捨てた割には泥臭い攻撃しかしてこないんだな」
「何を言っているの? 私は──」
言いかけて、女は言葉を詰まらせた。
「──いえ、そう。そうよ。私にはこの炎の龍の力があるのだから、外付けの技術に頼らなくても問題は無いの」
何かを納得した様子で独りごちる女。
様子がおかしいが、それ以上追及できることもない。
それよりも、なんとか会話の主導権を握ってこちらの話を逸らし、相手の情報を引き出したい。
「その力とやらはさっきから私に何のダメージも与えられないみたいだし、お得意の機械技術でも使ったらどうだ?」
「残念ながらこの高温の体に耐えうる兵装は数少なくてね。今の私はこの力以外丸腰なのよ」
高温の身体。炎、溶岩へと変質する肉体。そしてそれらを自由に操作する能力。
魔術では決して成しえない現象だ。
能力への対処を考えないといけない。
炎と溶岩、そのどちらにも共通するのは高温ということ。
炎の龍の力である以上、それは当たり前のように感じるが、何ができて何ができないのか、それを明確に知ることは重要だ。
さっきは水属性で攻めてみたが、ダメージを与えられたようには見えない。
高温には冷却という安易な発想だったが、ヤツが思いの外高温過ぎて水がほぼ蒸発してしまったのかもしれない。
操れるのが炎だけだったら対処は楽だったんだが……。
「それにしても、王国は独自の名称を付けるのがお好きよね。メカニカルなんて単語、こっちに来てから初めて聞いたわよ」
「敵性技術の名付けなんざ軍のお偉いさん方がテキトーに決めたもんだ。帝国じゃ正式名称は何て言うんだ?」
「我が帝国では普遍的技術過ぎて、それら全てを一括りにした単語なんて存在しないわね。各兵器ごとにしか名称は存在しない。──そう、例えば、あなた方が竜械人と呼ぶ、あの生体兵器なら」
「!」
──竜械人。
レイルの血によって、人から竜のような怪物へと後天的に変化させられてしまった、生体兵器。
禁忌の人体実験により生まれた存在。
「第四十八号試作型竜人機──という正式名称が存在するのよ」
「……」
いや、長いし。分かりにくいし。
それならウチの竜械人の方がシンプルでいいだろ。
「けれど、もうあれについての名称なんてどうでもいいわね。全て廃棄処分よ。試作を経て一つの完成を経たのだから」
「何だと?」
完成? 竜械人の、完成?
あの竜のなりそこないのような生物の、完全体……?
「ええ。そもそもアレは、私が0番君を何とか有効活用できないかと試行錯誤していた時に、偶然できた失敗作だったのよ」
……通信は戦闘直後からずっと広域通話状態のまま起動し続けている。
恐らく向こうでも同じ状態でこちらの会話を傍受しているはずだ。
核心に迫る内容なだけに、この話は絶対に聞き逃せない。
「知能が低すぎて制御不能という致命的な欠点があるけれど、敵地に投げ込んで使う特攻兵器としては十分使えたわね。これはあなた方も前の戦闘で思い知った通り」
饒舌に帝国の内情を語る女。
それが意図しての振る舞いなのか、あるいはただの語りたがりなのかは判断できなかった。
油断せず、相手の一挙一動を見逃さないよう、常に注意を払う。
「けれど、私が目指したモノとは程遠かった。だって知能が無いんですもの」
「……オマエが言う完成形ってのは、人の知能と、竜の肉体を持ち合わせた生物ってとこか」
「ご名答! そういう事よ! 炎の龍が示された、この世界で究極の生命体の形──それが竜人なの!!」
竜人──直球過ぎるネーミングだったが、それ以外に表しようもない。
この世で最も強い生物である竜と、この世で最も知恵のある生物である人。
それらが合わさった姿こそ、完成形なのだと。
「……さっき私を襲ってきた、帝国の兵。アレが竜人なのか?」
「あら。どうして分かったのかしら。もしかして……目の前で変身でもしたのかしら?」
「そんなところだ」
「ふうん……ま、当たりよ。彼こそが不完全ながらも完成した、最強の生命体。竜人よ」
不完全ながらも、完成した……?
矛盾していないか?
いや、待て。それよりも──、
「その竜人とやらが完成したのなら、何でまたレイルを狙っているんだ? アイツに何を求めてる?」
「そうね。クローンからクローンは作れない。それだけの話よ」
「クローン……?」
「理解できないでしょうし、お話はここで一旦終わりにしましょうか」
『後ろだジェーンちゃん!』
「!?」
不意に私に向かって掛けられた声。聞いたことのない、女性の声。
そして背筋から殺気。
背後を確認する余裕すらなく、反射的に上空へと飛び上がる。
さっきまで居た場所に背後から溶岩の大波が降りかかって──、
「残念、前もよ」
「なっ!?」
一瞬にして目の前に姿を現した女が、溶岩へと肉体を変化させて──掴まれた!?
「お返し。あなたも地面の底へ行ってらっしゃい」
「離せテメェッ!!」
魔力放射の推力で振り払えない……!
相手の力の方が上だ!
「こんのぉぉぉぉおおおおっ!!!」
地面が一瞬にして赤熱化した溶岩の海と化していた。
その中に引きずり込まれる……!
「さぁ。あなたの力の全てを見せてちょうだい?」
*** *** ***
「あの、一つだけ聞いてもいいですか?」
どうしても気になった。
お兄さんの身体は、どうして回復魔術で治らなかったのか。
私の回復魔術の扱いが未熟だったのか。
それとも、何か別の理由があったのか。
「あの人の身体が特殊なんです。……大丈夫です。あなたの回復魔術の腕は確かですよ」
『そうだよ! ウチと虹ちゃんが保障する。ユナはきっと凄腕のヒーラーになれるよ!』
ジョーガちゃんはともかく、りっちゃんさんの前では回復魔術を使ってすらいないのに、どうしてそんなことが言い切れるんだろう。
やっぱり龍様だからなのかな?
龍様が蝙蝠と人の姿をしてるのは少し驚きだけど。
龍様のお墨付きを貰ったと考えたら、少しばかり心が軽くなったけれど……やっぱり気分は晴れない。
例え、どれだけ回復魔術の腕があったとしても。
今、助けたい人を助けられなかったら、意味がないのだから。
***
「ミーシャさん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫、大丈夫です……」
戦場となったシラーのスラム通りを抜けて、表通りへと小走りで向かう。
お兄さんと離れてから、ミーシャさんはポロポロと大粒の涙を流し出した。
たったさっき出会ったばかりのはずなのに、私たちは同じ感情を抱いてしまっている。
ちくりと胸を刺すような痛み。
たった一日にも満たない慕情なのに、鋭い刃で切り付けられたかのようにじくじくと疼く。
私ですらこんななのに、ミーシャさんは一体どれほど傷心してしまったのだろう。
──お兄さんには、もう、特別な人が居た。
「……あの人、綺麗でしたね」
お兄さんの前に立った、私とあまり年の変わらなさそうな女の子。
まるで、お姫様のように煌びやかな雰囲気が漂う人だった。
けれど、綺麗なだけじゃない。強さを持ち合わせていた。
あの悪魔みたいな存在に相対して、あの場でたった一人、お兄さんを守ろうとしていた。
私達は、傷だらけのお兄さんに庇われて、後ろで震えていることしかできなかったのに。
「……ジルア。ジルア・クヴェニール。この王国の第二王女様です、あの人は」
「だいにおうじょ」
衝撃の事実だったけど、何かもう驚きすぎて冷静になってきた。
「ずるいですよね。あんなの見せられたら、もう何にも言えないですよ……」
「……そうですね」
まるで劇の一幕のような光景。
絶体絶命のお姫様のピンチに颯爽と現れた王子様。
……さっきのは王子と姫役が反対だったけれど、あの二人に限っては、なぜかそれが当然のように思えた。
遠くで竜の吼える声がする。
脚がすくみそうになるのを抑えながら、必死になって走った。
まだ何も終わっていない──もしかしたら始まってすらいないのかもしれないけれど。
きっとあの二人がこの争いを終わらせてくれるに違いない。
だから、だから私は、私にできることをしよう。
「竜の出現場所をりっちゃんさんに教えてもらったので、なるべくその付近を避けながら、避難してきた人たちと合流して王城を目指しましょう」
「ごめんなさい……私がもっとしっかりしないといけないのに」
「大丈夫ですよ、ミーシャさん」
たったさっき出会ったばかりで、年も離れているけれど、私たちは仲間だから。
大切な人を想う気持ちで、強く結ばれた同志なのだ。
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