84.女の敵は女Ⅰ
迫りくる熱波を急制動を繰り返してすり抜ける。
一瞬だけレイル達の方を伺うと、未だにその場に留まって何やら言い合いをしていた。
(早く避難するなり逃げるなりしてくれよっ!!)
思わず叫びそうになったが、気配を感じて飛び退く。
一瞬前までいた空間に溶岩の塊が通り過ぎていった。
どうやら向こうも本気を出してきたらしい。
「あああぁぁぁどうしてこんなにもイライラするのかしら……。ダメね本当。感情は律しなければならないのよ、私。さっきまでの崇高な情緒が台無しだわ」
さっきまでの人間体はどこへやら。
眼下に映るのは、煌々と煮え滾る溶岩の怪物だった。
炎はまだしも、溶岩は制御術式で操れるイメージが流石に湧かない。
「化けの皮が剝がれたな。それが本当の姿か、よっ!」
杖を二回振るって、水属性の魔術を詠唱する。
「水、湧きて、迸る!」
設置した陣から、怪物を貫くように高圧度の水流を放射する。
だが、それすらもやはり無意味。
溶岩の怪物に触れた瞬間、そのまま蒸発させられてしまった。
アレにダメージを与えるには、単純にこちらの量が足りていない。
「頭が悪いわね、本当に……。戦闘になっていないという事すら分かってないのかしら?」
「ならさっさとオレを倒して見せろよ。そこら辺の家燃やしただけで満足することを戦闘って言うなら何も訂正しないけどさぁ」
「死ねェッ!!」
ノーモーションで放たれる溶岩弾。
この位置は避けたらマズい。
「火、発して、燃え盛り、圧縮し、炸裂せよ!」
咄嗟に杖を振って爆裂魔術を放って──、
「ウダウダウダウダうるっせェんだよッ!! 一々んな呪文唱えなきゃ戦えない時点でぇッ! テメェは雑魚なんだよガキィ!!」
「!」
爆破の煙に交じって別方向から再度溶岩弾、更に直下から怪物本体が襲い掛かってくる。
溶岩弾を避ければアイツらの方に確実に当たる。
かといって溶岩弾を防げば怪物の攻撃をモロに食らう。
「ジルアッ!」
あああ、もう、アルルが心配して私を助けようとしてる。
──この程度で私がやられるわけないだろ!
*** *** ***
「りっちゃんに触れるとなぜか分からないけど凄く力が湧いてくるんだ。りっちゃんが居てくれたら俺はまだ戦えると思う」
「ヤですよあんまり触んないでください。さっきから私の龍気が凄い勢いで奪われていってるんですから」
「あ、あのレイルさん! 代わりに私を触ってみてはどうでしょうか!?」
「あ、私も……!」
『はいはいはい皆ストップ!』
ジョーガちゃんの待ったが入った。
『あのねぇレイルっち! いくら傷が治っていってるとは言っても、今のレイルっちは普通じゃない。ここでまた無理をしたら本当に取り返しのつかないことになるかもしれないんだよ?』
「それでもだ」
言われなくても、とっくにこの身体は限界を超えているのは分かっている。
けれど、限界を超えていたとしても、立ち上がる理由があった。
「身体が治ったことで感じるんだ。──何か、とてつもなく強い敵が王都に近づいて来てる」
竜としての感覚が告げている。
今この王都内に感じる全ての力の波動。
それら全てを合わせても足りないほどの邪気を放つ、強大な存在。
天災の如き、圧倒的な力の波動。
「アレは、俺が戦わないといけない。俺じゃないとダメだ」
そう、直感的に確信した。
理解したんだ、自分の役割というものを。
「──……私が戦った方がいいって言おうとしたんですけど、これ無理ですね。私はお呼びじゃなさそうです」
『虹ちゃんまで何言ってるの!? レイルっちはもう──』
「お姉さん、これいつもの案件です。人類が戦わないといけないヤツ」
『……嘘。待って、誰が動いたの? 赤竜!?』
「違います。全く新しいオクテットIですね。これ多分、私が吹っ飛ばした人です。妙なスキルを持ってたのが気になってたんですが……お姉さん、ドラゴンのスキルを持った人間って昔いませんでしたっけ」
『竜人!? 待って、レイルっちだけじゃなかったの!?』
竜人──禁忌の存在。
俺のように竜の心臓を埋め込まれてしまった者が、他にもいる。
「ああー、竜人。ようやく思い出しました。そうです、それです。竜人がジルアを襲ってきたので私がぶっ飛ばしたのです。名前はレネグさんとか言ってましたっけ。王国騎士に変装した帝国の兵だったみたいです」
地下空間で出会った、あの女の横にいた、王国騎士の鎧を着ていた男。
顎を蹴り砕かれ、消えゆく意識の片隅で、奴が翼を生やして飛んでいく姿を確かに見た。
「やっぱりアイツか……。りっちゃん、ジェーンを助けてくれてありがとな」
「かぁー、お礼を言われる筋合いなんてねえです。大体ですねえ、私はジルアの一番の親友なんですからね。いくらレイルさんと言えどそこだけは譲れませんよ」
「むっ。ジェーンは俺の一番の相棒なんだ。親友のりっちゃんと言えどそれは譲れないぞ!」
「ほほう、いい度胸してやがりますね。知ってますか? 百合の間に挟まる男は地雷なんですよ?」
『だあああぁもう話が逸れる!! ミーシャ、そいつらを離して!』
「は、はいっ! れ、レイルさんもりっちゃんさんも落ち着いてくださいっ!」
ミーシャさんに割り込まれては仕方ない。
俺とりっちゃんは渋々距離を取った。
「というかお姉さん。竜人って違法データと見なされることになったんじゃ? 確か昔そんなことになってた気が」
『──うん。存在として成り立った時点でドランコーニアからは削除される。削除されるハズだけど……絶対にスヴァローグが何かしてる』
「なーる。スヴァローグさんそういうの得意ですもんね」
話していることの大半は分からないけど、竜人が攻めてくることに間違いはなさそうだった。
「確実に竜人と戦うことになりますが、龍たちは直接戦力になることはできない決まりなんですよね」
『……虹ちゃんは微妙なとこじゃないの? 実際のとこ、その身体でどこまでやれそう?』
「わっかんないです。というかさっきからすげー勢いでレイルさんに龍気を吸われてるのがわりとマジで深刻な問題なんですよねぇ……」
「それは本当にごめん……。でも、俺が代わりに戦うからさ」
りっちゃんから貰った龍気が身体中に満ちていく。
今まで感じたことの無いような不思議な感覚がする。
身体は羽のように軽くなり、感覚が開かれていく。
まるで生まれ変わったかのような気分だ。
「今ここで戦わなきゃ、立ち上がった意味が無くなる。ここが俺にとっての引けない戦いってやつなんだ」
『レイルっち……』
「それに……ジェーンが俺を守って戦ってくれてるように、俺もジェーンを守りたいんだ」
「──」
りっちゃんが俺を見つめていた。
七彩の輝きが宿る瞳で、真っ直ぐに。
見定めるように、何かを確かめるように。
決して逸らしてはいけないと直感的に感じた。
少しして、りっちゃんが目を瞑って溜息を吐いた。
「……あの人みたいな目です。はぁ、仕方ないですねぇ」
諦めたように、呆れたように。
そしてどこか嬉しそうに。
「私がレイルさんもサポートします。ジルアと同時に見ておかないといけないのは、正直かなりしんどいですけど……まあ何とか頑張りましょう」
「──! ありがとう、りっちゃん!」
「そもそもあなたが無事でいてくれないとジルアが困るんですよ! まったく……ジルアといいレイルさんといい、二人して私を困らせる趣味でもあるんですか?」
「す、すまん……ジェーンの分も俺が先に謝っとくよ」
『……虹ちゃんが決めたのならもうウチは止めないよ。でもねレイルっち、絶対に無理だけはしないで』
「分かってる。心配してくれてありがとう、ジョーガちゃん」
身体の傷はあと少しで修復する。
強大な気配はどんどんとここに近づいてきている。
ジェーンの方は──、
「ジルアッ!」
溶岩の塊が空中にいるジェーン目掛けて降り注ぎ、足元からは溶岩の怪物となったあの悪魔が強襲を仕掛けていた。
りっちゃんは叫んで慌てていたが、俺はそれを止めた。
「ちょっと!?」
「大丈夫だよ、ジェーンなら」
「なっ、あっわっ!」
ジェーンは同時に迫り来る脅威に慌てる様子もなく──溶岩をそのまま被って、埋もれてしまった。
「あぁぁっ!!」
「大丈夫だって、それよりゴメンだけどもうちょっと力を分けてくれ」
「大丈夫って!?」
「ほら、無事だ」
溶岩を浴びても、ジェーンに一切のダメージはない。
周囲に纏っている魔力の鎧が全てを弾いているに違いなかった。
「…………はぁ~~~」
安堵したのか、りっちゃんが物凄い深いため息を吐いていた。
「ジェーンが倒すって言ったんなら、それは絶対だ。あっちはジェーンに任せても大丈夫だよ」
「……なんですかその自分は分かってますよアピールは。万が一ってこともあるでしょうが、万が一ってことも」
『も~喧嘩しないの!』
「……何というか、全然話に付いていけてないんですけど……多分りっちゃんさんとジョーガちゃんってものすごい……龍様みたいな存在ですよね? お兄さん、物凄くフランクに接してますけど」
「あはは……。私ももう色々と麻痺しちゃってますけど、レイルさんですから」
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