80.いつだって君は、眩く煌めく
(これはもう──無理だ)
ジョウガは悟った。
たまたま波長の合う人間が二人もいて、レイルを助けに来てくれるという奇跡が起きた。
レイルが死の淵から戻ってくるという奇跡が起きた。
三度目の奇跡は……起きそうもない。
『形勢逆転……いやそもそも当機が優勢だったので変わりはないか。気分はどうだジョウガ?』
燃え盛る廃屋が語り掛けてきた。
『まさかお前が自ら定めた事を放棄するとは思わなかった。それほどにその猿が大切か?』
『……当たり前でしょう。彼が本当にβテスターの子孫だったのなら、私たちは彼に計り知れないほどの弊害を押し付けてしまったことになる』
人間というものを理解できていなかった、未熟な自分が起こした過ち。
許されぬ罪業。
『──龍と猿を同等の存在として考えるんじゃない。虫唾が走る。お前がどう思おうと勝手だが、それをさも総意のように語るな』
気炎が立ち上がる。
周囲の建物にも炎が伝播していく。
炎の龍痣を継承した女が、レイルへと近づいていく。
もはや逆転の芽は……。
「……ん? なぁに? その顔」
女が突然立ち止まり、そんなことを言い出した。
「なぜ傷を治さないのかしら。なぜそんなにも死にそうな様子なのかしら」
女は心底理解できないとでも言うように首を傾げた。
「おかしいわ。君は私の最高傑作なのよ? その程度の傷など一瞬で治せるはずなのに」
『──アレは何を言っているのですか? 肉体が限界を迎えているのに、これ以上彼に何が出来ると思っているのです?』
ジョウガは思わず疑問の声を零してしまった。
あまりにも不可解な言動に、何か意味があるのではないかと勘繰ってしまう。
『ああ、コイツは単純に理解を放棄しているだけだ。今にもくたばりそうなそこの猿を、人智を越えた存在だと本気で思い込んでいる』
『……どういうことですか? 貴方が竜人の製造方法を教えたのではないのですか?』
『馬鹿を言うな。当機は火種を与えただけだ。思考し、試行することにこそ意味があり、それでこそ知は昇華されてゆく。最初から答えを教えるなど愚の骨頂。それではいつまで経っても進化の時は訪れない』
饒舌に語る炎の龍──炎昇龍スヴァローグ。
知性体に叡智を与えるもの。
文明を昇華させる存在。
人の歩みを見守り、導いてくれるはずの龍。
今は、その在り方を見失い、人を滅ぼそうとしている。
(……気付いていないのでしょうか。人を滅ぼすと言っておきながら、知性体に知識を与え、進化させるという在り方を変えられないことに。……私たちは自分自身の在り方を決して変えられない。そういう風に設計されたのだから)
人を滅ぼした後、龍は存在意義を見失う。
その果てには……きっと滅ぼした人類と同じ終わりだけが待っている。
『……つまり、あなたの継承者は彼を特別な存在だと誤認しているということですね。彼は今に死んでしまってもおかしくない状態だというのに』
『ああ。あの試作体はβテスターとのハーフだったから運よく成功して生き残っているだけだ。言っただろう、コイツらは選民思想を拗らせてβテスター以外の人種は全て劣等種だと思っている連中だ。試行は全て原住民で行っている。そんな奴らだからこそ答えに辿り着くのが遅れてしまっているのだが……まぁいつかは気付くだろうさ』
『……その条件がβテスター達に理解できていないのなら、どうやって彼が選ばれたのですか?』
『単なる偶然としかいいようがないな。組織から抜け出して、原住民との間に子を産んだβテスターの子孫が居た。その息子があの試作体だ。そいつが人売りに出された所をコイツらが買い取った。それだけの話だ』
『……』
『どうした? 下等生物の身の上を思って気を落としたか? ──馬鹿め。何度でも言ってやるが傲慢だと言うのだ、その感情は』
吐き捨てるように、炎の龍がそう言い放った。
人間に対する憎悪の炎が燃え上がるように、勢いが増していく。
『龍にとって奴らは家畜と同じだ。奴らが屠殺される家畜を見ても何ら思うところがないように、何も感じなくていい』
『上位存在である龍が相互理解など求めるものではない』
『……お前は何度失敗したら間違いだったと気付く? 当機は二度で十分だ』
──二度の失敗。
人間による悪意の混入。
人と龍の悲しいすれ違い。
言ってみれば、たったそれだけ。
けれど、龍が、世界が、考えを改めるほどの重大な出来事だった。
……だが、
『前にも言った通り、私は人に絶望はしていませんし、これからもその考えは変わりません。人が愚かな一面を持っていることは否定しませんが、同時に素晴らしい一面も手に入れているのです』
『ほう、ならば見せてみろ。ほら、その素晴らしい一面とやらであの試作体を助けてやればいい』
*** *** ***
髪をかきむしり、振り乱し、血走った目で、女が狂ったように叫び続ける。
「早く顔の怪我を治しなさいっ! なぜ死にそうになっている!? お前は炎の龍に選ばれた者なのよッ!?」
「おかしいおかしいおかしいわ!! お前はこんなところで死ぬはずが無いのに!!」
「お前が死んだら私が間違っていたことになるじゃないの!!」
「お前だけが生き残ったのに!! お前は特別じゃなきゃいけなかったのに!!」
「治せッ!! さっさと治せぇええええ!!!」
誰も動くことができない。
あの狂気を真正面から受け止めるものなんて誰もいない。
俺が立ち向かわないといけなかったはずなのに。
どうしてこの悪魔が、これほどまでに恐ろしいと感じてしまうのか。
……誰かが助けてくれるなんて思ってはいけない。
あの人が来るはずがない。
あんな奇跡、二度と起こるわけがない。
奪われないために強くなったんじゃなかったのか。
大切な人を守るために強くなったんじゃなかったのか。
何一つ、俺はあの人との約束を成し得ていない。
このままここで終われるわけがないのに、苦痛と恐怖がぐしゃぐしゃに混ざり合って意識が薄れていく。
「──」
『──』
「──」
「──」
誰かが何かを喋っている。言葉が認識できない。
徐々に視界が真っ暗になり、何も見えなくなってゆく。
走馬灯は見えない。
既に回想は済ませてあったから、きっとこれが終わりなんだろう。
ゆっくりと、落ちていって──……、
「レイル」
「!」
声がした。
決して忘れることのない声が。
──意識が覚醒する。
目を開く。
一瞬にして世界は色を取り戻して、何もかもが鮮明に描かれてゆく。
──感覚が再起する。
ここに居るはずのない誰かを感じようと、全身が意味を取り戻していく。
決して幻聴などではない、芯の通った力強い響きが、確かに聴こえたから。
限界を超えて身体を動かし、声のする方向へ振り向いた。
──ジェーンだ。
ジェーンが居る。
こんなところに居るはずのない、ジェーンが。
「ッ゛……!」
名前を呼ぼうとして、けれど血と息が出るだけで上手く言葉を紡げず、ただ見つめることしかできなかった。
幻覚などでは決してない。
ジェーンと、側にもう一人……白いフードの少女が、こちらに向かって歩いてくる。
──来るなと言うべきなのに、喉からは掠れた音しか出てこない。
ジェーンを守らないといけないのに、どうしてこんなことになってるんだ……!
「あら……お姫様じゃないの。私の同士が確保に向かっていたはずだけど、どうしたのかしら?」
「私がぶっ飛ばしましたよ。しばらく帰ってこないと思います」
「……ぶっ飛ばした? 貴方、何?」
ジェーンの横にいる少女がそう答えた。
どこか見覚えのある顔だった。
そうして二人が俺たちに近づいてきて──ジェーンが俺の前に立った。
俺の、目の前に──、
「──オマエが、レイルを傷付けたのか?」
「お姫様はどうでもいいのだけど……そうね。0番君の顔面が剥がれてる件なら答えはノーよ。私の同士がやったのでしょうけど」
──どうして。
俺が、守ろうとしていたのに。
俺が守らなくちゃいけないのに。
「……顔のこともだけど、違う。オマエがレイルに竜の心臓を埋め込んだんだろ?」
「それに関してはご名答。私手ずからが身体を開いて心臓を移植したの」
「そうか」
──いつだって君は。
俺の、先にいて──、
「ならオマエは、オレがぶっ飛ばしてやる!!」
──何よりも眩く、煌めいていた。
*** *** ***
主人公s、話数にして64話、日にちにして274日ぶりに再会しました…。゜(´つω`。)゜。
(16話(2022年 08月05日) - 80話(2023年 05月06日))
アホみたいに設定盛って伸ばして時間を掛け過ぎました…。
ライブ感で設定継ぎ足すのは本当に止めた方がいいという教訓でした…。




