表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
backup  作者: 黒い映像
8/126

7.冒険の時間は終わって

『GUOOORURURU!!!』


「「!?」」


竜の咆哮が洞窟内に響き渡る。

それと同時に、鉄と鉄がぶつかるような甲高い金属音がした。


とっさにジェーンを庇うように抱きしめて、洞の入り口から隠すように覆い被さる。

首だけ振り返るように洞の入り口を見たが、どうやら俺たちが見つかった訳ではないようだった。


『GYUOOOOO!!!』


竜が戦っている。


何と?

人間と?

加勢に行かなくて良いのか?


様子が見えないので状況が分からない。

外に出るか?

けれどジェーンを連れていくわけにはいかない。

ジェーンを危険にさらしたくない。


そんな考えがグルグルと頭の中を巡り続けて、動けない。


金属音が断続的に響いてくる。

これは、剣戟の音だ。

竜の鱗に生半可な刃は突き通らない。

けれど、打ち付けられる剣戟の音には、何かを切り断つような刃音まで交じっていた。

一体誰があの怪物と戦っているんだろう。

少なくとも音からして複数人ではない。

単独行(ソロ)で竜と渡り合っている?

そんなもの常軌を逸している。

竜殺し(ドラゴンスレイヤー)戦って(そこに)いるとでもいうのか。


「レイル、絶対に外に出るなよ」


袖を掴んで、ジェーンが俺に諭すように言った。

分かってるよ。俺程度じゃ邪魔になる。


激しい戦闘音は続いている。

竜相手に戦闘行為を継続できる奴なんてのは常人でない。


……数合打ち合う音が響いたあと。

壊滅的な破砕音が轟いて、遅れて竜の断末魔が鳴り渡った。

重量のある何かが地面に倒れる、地響きのような衝撃。


戦闘音が止んだ。

誰かが、こちらに向かって歩いてくる。


「……」

「……」


俺とジェーンは顔を見合わせてどうするべきか迷ったが、ジェーンの意見を尊重して、隠れ続けることにした。

岩陰の洞の入り口から、見える距離まで近づいてくるのを待つ。


こつん、こつん。


地面に硬質な音を響かせながら、ゆっくりと、ゆっくりと、誰かが近づいてくる。

なぜか無性に緊張して、ごくり、と唾を飲み込んでいた。

何か、言い表せないほど、嫌な予感がしていた。


「もう出てきても大丈夫だぞ」


意外なほど軽やかな声がした。

男の声だ。

その声色に敵意はない。


ここにいることがバレている。

ジェーンの魔術が効果を成していない?

そんなわけない。竜にだって偽装が効いていたほどの魔術だ。

けれど、声を掛けてきたのは、竜を倒すほどの実力者であることは間違いない。


「ジェーン、どうする?」

「……」

「ジェーン?」


ジェーンは答えなかった。

それどころじゃない。

怯えて、震えていた。


「知ってるやつか?」

「……」


答えない。何かを考えているようだった。


竜を倒した何者かが更に近づいてくる。

もはや時間はなかった。


「一旦俺だけ出てみる。ジェーンはそのまま居てくれ」

「……ぇっ、あ、ちょっと待っ」


何かあれば俺が囮になればいい。

ジェーンを置いて、岩陰の洞から外に出た。


そこに居たのは──、


「──おう。やっと会えたな」

「……え?」


騎士の鎧を纏った男。

顎鬚を蓄えた、威圧感のある風貌。

見ただけで戦闘能力が桁違いだと分かる。


俺は、この人のことを知らない。


「……どこかで会ったことありましたっけ?」

「いや、こっちが一方的に知っているだけさ」


ごく自然に近づいてきて、ポンと肩に手を置かれた。

敵意はない。

けれど、重圧は感じる。

反抗することは許されない。


──人域を超えた者の圧倒的な存在感。


「レイル。姫さんも一緒だな?」

「え……」


当然のように知られている俺の名前。

そして耳慣れない、姫という言葉。

俺と一緒にいたのは、ジェーンだ。

人違いか、それとも──。


「姫さん。出てきてくれ。逃げても無駄なのはそっちが一番分かってるだろう」

「!」


脅しの言葉。

この男がどこの誰かは分からないが、ジェーンに危害を加えようとするのなら俺が止める。


「ぐ……」


肩に置かれた手を振り払おうとして、できなかった。

指一本動かすことができない。

身体に全く力が入らない。


ふと、肩に置かれた手に視線を移すと、男の手の甲には痣のようなものが浮かび上がっていた。

見覚えがある。

いつ見たものだった──……?


「……大丈夫、俺はどっちかというと味方だよ」

「味方……?」


俺が尋ねると、男はニカリと獰猛な笑みを浮かべて答えた。


「あぁ。だから安心してくれ。あと姫さんにも早く出てきて欲しいんだけどね」


ジェーンを急かすように言う男。

一体何者なんだ、こいつ。


「……レイルから手ェ放せ」

「いやあ、そういうわけにもいきませんよ」


岩陰から出てきてしまったジェーン。

くそ、なんで出てきたんだ。

別に俺なんかどうなったってよかったのに。


「久しぶりだな、姫さん。元気してたか?」

「今元気じゃなくなったところだ……」

「はっはっは! そりゃそうか」


笑い声が響いた。

男は笑ってはいたけど、ちっとも楽しそうではなかった。


「冒険の日々は楽しかったですか? 姫さん」

「……」

「俺としても心苦しいんですが、もうお終いの時間です。大人しく帰ってきてくれませんか?」

「……嫌だっていったら?」

「無理やり帰ってきていただくことになります」

「……」


苦い顔をして俯いたジェーン。


やめてくれ。

ジェーンにそんな悲しそうな顔をさせないでくれ。


奮起しろ(スパーク)

火を起こせ(フラムベル)

こんなところで立ち止まっている場合じゃないと、心臓を起動させる。


抑えられた肩を無理やり(ちからづくで)引きはがして、ジェーンの前に庇うように立った。


「……さっきから何の話をしてるんだ、あんた。ジェーンはただの冒険者だ。姫さんなんかじゃない。人違いしてないか?」


この男は強いけど、話は通じる。

俺の足りない頭で考えて、ジェーンを逃がせるように話をつけるしかない。


「おぉ……。凄いな、レイル。やはりというか、納得だ」

「……なにがだ」


俺を抑えていた手の様子を確かめながら、男は感嘆の声を上げた。

何に納得したのか、まるで分からない。


「姫さん、彼にまだ正体を明かしてなかったんですか?」

「……言えるわけないだろ」

「だから、何の話を──」


「俺の名は」


ざっ、と音もなく抜剣した細身の剣を地面に突き刺して、騎士の鎧を纏った男は名乗りを上げた。


「スヴェン・クヴェニール。王国騎士団の団長をやっている」


……。

……王国、騎士団、団長……?

スヴェンと名乗った男が本当のことを言っているのは、馬鹿な俺でも分かる。

王国騎士のみが身に着けることを許された、地母龍の紋章入りの無鋒剣(カーテナ)

そして、竜を屠るほどの腕前。


なんで、そんな奴がこんなところに。

いや、いいや、それよりも──、


「王国に仕えた騎士である俺が、さっきからそこのお方を姫さんと呼んでいる。その意味がお前に分かるか? レイル」


分からない。

だって……ジェーンは、ジェーンだ。

俺の、相棒の……冒険者の。


──『……ジルア。ジェーンじゃなくて、ジルア』

──『ジルア……』

──『……でも、ジェーンって呼んでくれ。……冒険者としての私は、ジェーンだから』


昨日の、ベッドの上でした会話が、リフレインした。


違う。

ジェーンはジェーンだ。

ジルアだけどジェーンだ。


背後を振り返る。

ジェーンがいた。


──艶のある綺麗な金色の御髪ミディアムヘア

──尋常ではないほどに流麗に整ったかんばせ

──彼女の顔のパーツは、どれもこれもが宝石のごとき美しさだった。

──まるで、物語のお姫様がそのまま現実に出てきたら、こんな感じになるといった容姿。


──……。


考えないようにしていただけかもしれない。

こんなに綺麗な人が、身分を隠して冒険者なんてものをやっている理由を。

だって、気付いたら、もう一緒になんて──、


「ジルア・クヴェニール。正真正銘の、王国(リュグネシア)の第二王女だ」


スヴェンと名乗った男の言葉が、空っぽの頭の中で何度も反響した。

***

読了いただき、ありがとうございます。

ブクマ・評価・励ましの感想などを頂けたら作者は飛び上がるほど喜びます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ