77.なないろ
浮かび上がる記憶に触れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、オレと、これからもパーティを組まないか?」
手に持った薄いチーズを刺したフォークを思わず落としてしまった。
まさか、まさかそんな事を言われるなんて、思ってなかったから。
「……あ、そ、そのっ、嫌なら断ってくれても構わないからっ!」
「! く、組む! 組みたいっ! 俺っ、ジェーンと同じパーティを組みたい!」
俺は既に気持ちを伝えていた。
また一緒に冒険に行こうって。
「食い付きが凄い!? オ、オマエもうちょっと考えてから返事しろ!?」
「考えた! 俺、ジェーンと一緒にもっと冒険がしたいんだっ! だからっ!」
それがこれからずっとに変わるのだと思ったら、どうしても我慢出来ず、俺は大声で叫んでいた。
「ッ!! わ、分かったから叫ぶなっ!!」
……それから。
俺の叫びを聞きつけたダニーや他の冒険者たちが駆けつけて、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎになってしまった。
途中、凄い殺気を浴びせられた気がしたが、見回しても何もなくて、不思議だった。
***
「……ここか。おーい、ジェーン。部屋に付いたぞー、起きてるかー」
「ぅ~ん……もう飲めないってばぁ……」
「ダメか。えーっと部屋の鍵……」
潰れてしまったジェーンを背負って、二階の宿部屋へ運んでいた。
途中、ギルド職員からジェーンの部屋の鍵を手渡された。
なんでも、当初案内した部屋に不備があり、急遽別室に変更したらしい。
「よっと。……おぉ、豪華だ」
俺の宿部屋とは比べるべくもなく広いし、調度品も豪華だ。
その上中にシャワーのスペースまであるときた。
共同のそれしか使ったことのない俺からすれば、まるで別世界だった。
「……ぐぅ……」
「すっかり寝入っちまってんなぁ」
二つもあるベッドのうちの一つに、ゆっくりとジェーンを下ろした。
「……」
ジェーンの指に填まっている、漆黒の輝きを放つ指輪が目に留まった。
彼はこれで姿を隠しているらしい。
つまり、これを外せば、彼の本当の姿を知ることができる。
手を伸ばしかけて……やめた。
気にはなるけど、これは信頼を裏切る行為だ。
「嫌われたく、ないもんな」
初めての仲間。
ダニーとのパーティを解散した後、色んな人たちとパーティを組んだけど、その後もパーティを組もうなんて言ってくれる人はいなかった。
単純に俺がバカをやらかすせいだ。
だから、ジェーンが初めてだった。
それに、たった一日の冒険で、あれほど鮮烈な体験をしたのはいつ以来か。
ジェーンの戦う姿はどうしようもなく苛烈で、過激で……びっくりするぐらいカッコよかった。
あの人の背中を思い出すくらいに。
「……また明日な、ジェーン」
どうか、これが夢じゃありませんように。
*** *** ***
七色の日々の記憶。
それから一年間。
冒険の日々が続いた。
ずっとジェーンと一緒だった。
何をしてても楽しかった。ずっと笑ってた。
毎日が楽しくて、次の日が待ち遠しくて仕方がなかった。
世界に色が付いた……なんて詩的な表現は俺に似合わないけど、それでも本当に世界が一変したようだった。
本当に沢山の事をした。
依頼を受けて、色んな場所に行って、モンスターを倒して、迷宮の謎に挑んだり、悪者を倒したり、悪者を倒したり、悪者を倒したり……。
……こうして振り返ると、冒険というより、その途中で出会った悪者たちを退治をしている時間の方が長かった気がする。
思えばずっとジェーンは悪者を目の敵にして、その度に立ち向かっていた。
それが気になってジェーンに聞いてみたことがある。
「んー……。なんというか、放っとけないんだよな。だってさ、アイツらのせいで誰かが不幸な目に合うかもしれないだろ? なら、その前に悪者をオレが捕まえれば、そもそもそんな目に合う人もいなくなる」
ジェーンの言う事は最もだ。
けど、そんなことをずっと続けているジェーンは、疲れてしまわないのだろうか?
「オレは平気だよ。何というか、考えるより先に身体が動いちゃうんだよな。……ゴメン、レイルの方が嫌だったか? ずっとオレの我儘に付き合わせて」
そんなことはない。
ジェーンと一緒に居て楽しいと俺が思ってるから、ずっと一緒に居るんだ。
それに、ジェーンは正しいことをしてる。正義の味方みたいでカッコいいぞ。
そう答えると、ジェーンは何だか妙な動きになっていた。
ジェーンは俺の事を正義感が強いなんて言うけど、俺からしたらジェーンの方がよっぽどだ。
見てて不安になってしまうほどに、ジェーンは自分の身を顧みない。
それに、ちょっとばかしドジなところがある。
……そういえば、この時かもしれない。
ジェーンを守りたいと、支えてあげたいと、そう思うようになったのは。
ジェーンは俺に一生の借りがあるなんて言ってるけど、そんなもの、俺の方がよっぽどある。
君の存在がどれほど俺を救ってくれているのか、きっと君は知らないだろう。
君はいつだって俺の前を立って、黒いヴェールでは隠しきれないほどに眩ゆく輝いている。
俺はいつも君の後ろ姿を追いかけていたけど、何とかして君の隣に立ちたいと思うようにさえなった。
──そして願わくば。
ずっとなんて言わない。ただ、あと少しだけ。
……最期の時まで、君の道行きを、共に歩んでいたい。
*** *** ***
眩い金色の記憶。
ジェーンへのプレゼントを受け取って帰ってきたら。
とんでもなく綺麗な女の子が、俺たちの宿部屋の中にいた。
「えーっと……どちら様で?」
「……オレだ! ジェーンだよ!」
俺は本当にびっくりした。
そんなこと考えたこともなかったから、最初は目の前にいるのが誰なのか全く分からなかった。
けれど、その立ち居振る舞いや、声の抑揚、そしてその表情が俺の想像していた通りのものだったから。
彼女が本当のことを言っていることにすぐに気付いた。
「ジェーンがまさか、女だったなんて……!」
「気付くのが!!! 遅い!!!!!!」
「えっ」
「気付くのが!! 遅いっつってんだよ!!!」
ジェーンが、女だった……。
それも、今まで見たことないような、綺麗な人。
物語のお姫様がそのまま現実に出てきたらきっとこんな感じになる、というくらいに。
俺は一瞬で心を奪われた。
金色に輝く髪が、エメラルドをそのまま埋め込んだように光る翡翠の瞳が、きめ細かな白い肌が。
何もかも、何もかもが煌めいていて。
あの日見た虹よりも美しいと感じてしまった。
一年もずっと一緒にいたのに、ジェーンともっと過ごしたくなった。
もっと話してみたい。もっと笑ってほしい。
もっと、もっと──……ジェーンの全てが知りたい。
──ジェーンのことを、 になってしまった。
***
「ぐぅ……すぅ……」
「……」
それから。
ジェーンとちょっとお高めの夕食を済ませ、再び部屋に戻ってきていた。
潰れる寸前の彼女はなぜか再び魔術を解き、本来の姿になってからベッドで寝入ってしまった。
俺はと言うと……眠れるわけがなかった。
言うまでもなく、隣で眠るジェーンが原因だ。
彼女の呼吸音だけが聞こえて、なんだか妙に落ち着かない。
今までずっと同じ部屋で生活していたのに、ジェーンが女だと分かった瞬間、急に意識してしまうようになってしまった。
心臓は早鐘を打つばかりで、とてもじゃないが眠ってなんかいられない。
チラリと横目で、完全に寝入ってしまったジェーンの横顔を盗み見た。
瞳を閉じていても人形のごとく美しさが目に映る。
「よく眠れるよなぁ……」
意識しているのは俺ばかりか。
そもそも一緒の部屋で寝泊まりするようになったのはジェーンが誘ってきたのが元だし、俺の事を路傍の石かなんかと思ってるのだろうか。
……考えないようにしてたけど、多分良いところの出だよな。ジェーンって。
そういうところの人たちって、下級の身分の人にどう見られてもあまり気にしないのかもしれない。
……俺はこれからずっとこうして夜を悶々と過ごすことになるのだろうか。
けど……痛みに耐えてるよりかはずっといい。
開き直った俺はごろりと横を向いて、寝入ったジェーンの姿を堂々と見ることにした。
それから俺は夜が明けるまでずっとジェーンを見続けて、ジェーンのことだけを考え続けていた。
***
冒険の終わりは突然だった。
ジェーンはこの国の王女で、元の居場所に戻らないといけない。
「……」
竜車に揺られて、王都へと向かう夜。
俺はただ、横に座ったジェーンの右手を握っていた。
とても小さくて、冷たい手だった。
あれだけ頼りになると思っていたジェーンの手が、こんなにもか弱いものなのだと、今更知った。
間違っても握り潰さないように、そっと優しく包み込んだ。
「っ……」
ジェーンが俺の手を握り返してくれた。
それだけなのに、なぜだか胸の奥が熱くなるような感覚を覚えた。
もうお別れだというのに。
二度と手放したくないと、そう思ってしまった。
***
「俺は、帝国軍の実験体です」
もう、隠せなくなってしまった。
秘密を、知られたくなかったことを。
横にいるジェーンの顔が見れない。
ジェーンだけには、知ってほしくなかったのに。
「実験体……つまり、帝国によって何らかの人体実験を施されたということですか?」
「はい。俺の身体の中には……竜の心臓が埋め込まれています」
異物。人間ではない証。
ジェーンが息を飲むのがわかった。
当然だ。こんな化け物とずっと一緒にいたんだから。
「竜の心臓……? ……待て、詳細は後に聞く。今ここで知りたいのは、其方が未だに帝国に与しているか否か、それだけだ」
「ありえません。俺は、俺の意思で、この国で冒険者をやってました。……信じてなんて、もらえないでしょうけど」
「……いや、信じよう。皆の者、聞け! ──この者を帝国の蛮行の被災者と認定し、わが国で保護することを、ここに宣言する!」
「!」
***
聴取に連れて行かれる俺を見て、ジェーンがまた暴れ出そうとしていた。
俺は大丈夫だから心配しないでくれ、と伝えたのが最後の言葉。
最後に見たジェーンの顔は、とても悲しそうな表情。
*** *** ***
それでお終い。
それが、最期。
──そんな最期、まっぴらごめんだ!!
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