75.Bug report, Drancohnia Degrade
──秘匿深層領域 M.O.O.N.
『ハッ、小賢しい。制限時間で制約を掛けて強度を固めたのか。切れると同時に当機を閉じ込めるための容量が足りなくなるぞ』
『そうなるように仕組んだのです。私では貴方を止められないことは最初から分かっていたので、そもそも勝負をしない方法を選びました』
『これでどうにかした気になっているのなら愚劣極まるぞ。相変わらずお前の思考回路はお花畑らしい』
何もない空間だった。
地も空も、光も影も、色も音も温度も無い。
あらゆるモノが存在できず、意味を失っていく。
そんな虚無の中であっても、燦然と燃ゆる赤き炎と、全てを飲み込む黒い闇は、意味を失わずに存在し続けていた。
『さっきも言ったが当機を多少留めたところで無駄だ。残った猿共だけで事を成せる』
『可能性を少しでも減らせるのならそれで十分です。……それに、貴方には聞きたいことがあったので』
『……何? 馬鹿かお前は。当機が素直に答えるとでも思っているのか?』
『答えれば貴方の継承者への妨害は止めましょう』
『…………』
「い……だいなるほのお……か……み」
スヴァローグの燃え盛る躯体に小さな人型の何かが埋め込まれていた。
その人型は虚ろな瞳のままぶつ切りの言葉を紡ぐ。
それはまるで壊れた人形のように抑揚のない声だった。
否、壊れかけているのだ。
あらゆるモノは意味を失い、この空間から消されてゆく。
しかしこの人型は、スヴァローグの力によって最低限の形を留めていた。
『それに、質問に答えていればそれだけ制限時間が減ります。貴方に得があるということです』
『それはいい。真偽問わずに答えていればそれだけで時間稼ぎになるからな』
炎が揺らめいた。
人型が炎に飲み込まれ、姿が見えなくなった。
『まず一つ。──竜人とは一体何なのですか? 私は当初アレを溟魂龍の権能のバグによって生まれた存在だと思っていましたが……貴方が関わっていると知ったことで、考えを改めざるを得なくなりました。……アレは、貴方が意図的に生み出した存在なのではないですか?』
ジョウガが、核心的な問いを投げかけた。
それに対してスヴァローグが返したのは──嘲笑だった。
『……ク、ハッ! ハハハハハハッ!! 何だお前! あの猿の記憶を読んでいないのか!?』
『……記憶は読みましたが、ノイズが酷く、あらゆる記憶が不鮮明でした』
『ハハハハッ!! これは傑作だ! まだ何にも気付いていないらしい!』
スヴァローグはまるで人が腹を抱えて笑うかのように、全身を大きく波打たせた。
『──如何にも。竜人は当機が設計した生命体だ』
『どうやって? 人と竜の系統が交わることはないと溟魂龍の権能で定まっているはずです』
『ハッ、馬鹿が。溟魂龍の権能で決まっているのは龍世界の元々の人類である場合だけだ』
『……何を言って、』
『ここまで言って理解できないほどお花畑ではないだろう?』
ぱちり、ぱちり、ぱちぱち。
笑うように火が弾けた。
嘲るように。
煽るように。
小馬鹿にする様に、陽炎が揺れる。
『──ありえない。最初に竜人が発生した時点で、あれから内部時間で数百年は経過しています。生きてるはずがありません』
『猿どもの生への欲動を甘く見たな。ヤツら生きるためなら何でもするぞ。何でもだ』
『彼らに子は作れません。そう規約で決まっています。そもそも風の龍気を取り込むための循環器官が子に受け継がれない。本人のサポートデバイスは個体認識番号に紐づいたワンオフ品であって、他者に使用権限を変更させることは決してできません』
『子に関しては相当苦労したようだな。最終的に胎児の状態で循環器官を移植することで対応したらしい』
『明らかに利用規約に抵触しています! 白耀龍の規制防壁に引っかからない訳、が……』
『そう。龍は、それどころではない事態に対応していた』
ぱち、ぱち、ぱちぱち、ぱちり。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
躍る、躍る。
火花が散って消えてゆく。
闇が燃える。
炎が爆ぜる。
『そういう事だ。忌まわしいβテスター達は未だに生き残っていた。当機はそれに目を付けて竜人を作った。最高に使い勝手が良いアバターをな』
『──』
『何を驚いている? 元はといえば奴らはお前の管轄だぞジョウガ。お前たちが目を離したことが全ての原因だ』
『私、は……』
ジョウガは何も言い返すことはできない。
それが事実だったからだ。
『こいつらは龍を非常に憎んでいてな。ドランコーニアから戻れなくなった原因が龍にあると考えていたらしい』
『馬鹿げた話だ。龍は必死にこの世界を守っていたというのに』
『奴らの大多数は結集して一つの組織を形作った。とある地に根を張りドランコーニアから抜け出すための研究を重ねていた』
『他の猿どもとは違うという下らん選民思想の元に馬鹿げた研究をしていたものだからあまりに可笑しくてな』
『奴ら全員当機が支配して一つにまとめ上げてやった。それが帝国と名付けられた国の成り立ちだ』
『ちなみにこいつは当時のβテスター本人だ。こいつは極まっていてな。本人の脳を補強培養して他人の身体と取り替えることで延命しているんだ。何とも滑稽だと思わないか? そのいじらしい努力を認めて当機直々の駒にしてやったんだ』
炎の中から辛うじて残っている頭部が現れた。
その瞳には何も映っていない。
『どうした? 話してやったぞ、お前の知りたかった情報を。理解したなら疾くこちらの妨害を解け』
『…………』
ジョウガは沈黙したまま動かない。
……いや、動いていないのではなく、消えていた。
表面的なテクスチャだけを残し、この空間から既に離脱していた。
『ジョウガ貴様ッ!!』
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『そんな、そんなこと……!』
いくつもの境界をくぐり抜け、元居た表層へ戻ってゆく。
躯体は既に崩れ落ちて、わずかばかりの欠片となってしまって。
もはや発揮できる力がほとんどなくなっていたとしても。
あの少年に会わなければいけない。
会って、確かめないといけない。
炎の龍が告げたことが真実なのか否かを。
***
『──レイルっち!』
元居た廃屋へとジョウガが戻ると、そこはいやに静かになっていた。
物音一つしない、静寂。
そこに人影は存在しなかった。
『──あ、ああぁ、そんなっ』
知覚したものは、血だまりに沈むレイルの姿。
顔の下半分がごっそりと無くなっており、赤い液体がしとどに零れ落ちてゆく。
生気を失ったように青白い肌が、彼の命数をそのまま表していた。
『なんで誰も──……!』
そう言いかけて、止めた。
自らの失態だ。
虚無空間に落ちる際に放った龍託にスヴァローグが妨害を掛けていたのだろう。
『何か……何か出来ることは……!』
レイルに埋め込まれた竜核は動いていなかった。
身体への負荷が高まり過ぎて、これ以上作動することは不可能だ。
ジョウガ自身も行使できる力がほとんど残っていない。
ここで退場してしまうと、次はいつこの世界へ顕現できるかも不明。
この状態でどうにかするしか術はない。
『唯一使えそうな龍託すら、オープンの範囲指定でしか……!』
龍託は、自らを敬う眷属たちに直接通信が可能な専用回線。
だが今は、ごく近距離にいるものにしか繋ぐことができそうにない。
たまたまこの付近で、波長が合う者がいることに賭けるしかないのだった。
『お願いだから誰か応えて!』
祈るように、龍様が呼びかけた。
応えるものは──……。
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