72.虹の橋が架かるⅢ
赤黒色の異形の右手が更に変化する。
膨張、変形し、剣のように長く鋭い爪が生え揃っていく。
「想定とは違った展開だが……リュグネシアの第二王女だけではなく、第一王女も確保できればそれだけの価値はあるか」
そう言って、レネグだった男は右手を振りかぶり、部屋の入り口の結界に叩きつけた。
「ぐっ!?」
衝撃波が再び部屋を貫通する。
結界は未だ砕けていないが、その機能の大半は意味を失っていた……。
「ジル、窓から逃げて!」
「ああその方がいい。この結界を出てくれた方が話は早い。ほら、とっとと逃げ出せ」
「ッ……!」
コイツは……レネグじゃ、ない……?
今の立ち居振る舞いは明らかにレネグとは別人だ。
……でも、じゃあ、さっきの声は何だ?
『私から離れろ』と言ったレネグは、確かに私の知るレネグ本人のものだった。
「……オマエ、レネグをどうした……?」
「答えてやる必要も無いんだが……まあいい、答えてやる。──殺したよ」
あまりに簡潔で、躊躇なく答えられたその言葉。
再び腕が振り下ろされて、衝撃波が部屋を伝う。
「ころ、した……?」
「ああ。当の昔に死んでいるんだその名前の男は。そうして俺が心と身体を……身分を奪った」
「──」
心と身体を、奪う?
レネグは殺されて、別の誰かが、レネグの身体の中に潜んでいる……?
……知らない。聞いたこともない。
そんなこと、できる、はずが……。
「……オマエ、帝国の、兵か……?」
「そうだ。お前が血眼になって探していたその帝国兵士だ」
あっさりと。
誰かがそう言い切った。
瞬間、血が沸騰して、視界が真っ赤に染まっていく。
アルルと姉さんの前に出て、杖の標準を真中に定めた……!
「身内の王国騎士が帝国の回し者だった気分はどうだ?王女殿下殿」
「ッ……! ジル、私が残ってこいつを食い止めるから! 貴方はアルルちゃんと窓から逃げなさい!」
「馬鹿言わないで! 姉さんがアルルと逃げろ! ──私が戦う! コイツは絶対に私が倒すッ!!」
姉さん一人だけ置いて逃げるなんて、馬鹿なことできる訳がない!
私が戦わなきゃいけないんだ!
「血気盛んなのはいいが少しは実力を弁えろ。こっちは手加減が難しいんだ」
バキリと致命的な音が響き、結界は役割を終えた。
帝国兵が、部屋の中へと侵入してくる……!
「一つだけ言っておこう。お前が探しているレイル・グレイヴの身柄は、こちらが預かっている」
「何だと!?」
レイルが既に帝国の手の内に囚われてるだと……!?
「良く考えて行動することです、ジルア様」
「ッ! 今更レネグの真似をしてんじゃねぇっ!」
クソ、どうする!?
抵抗したらレイルが……!
けど、こんなところで大人しく捕まるわけにだっていかない……!
「交渉材料に傷を付けたくはないからな。大人しくしていれば手荒な真似はしない、と言っておこう」
「……」
……まだ、出来ることはある。
「……オマエ、さっき私だけを狙ってたみたいなこと言ってたろ。なら、私だけ連れていけ」
「ジル!?」
「ほう? 驚きだ。こちらが逆に命令されるとは……なぜ私がその要求を呑まねばならん?」
コイツはなぜだか知らないが、私を先に狙っていて、何かの交渉の材料にしようとしていた。
私の身柄は、人質としての価値があると判断されているってことだ。
「私の要求が呑めないのなら、私は自死を選ぶぞ」
「……ほう」
杖を自分の喉に突き当て、私はそう言った。
姉さんが息を吞む音が聞こえたけど、声を出さない辺り本当に賢い人だと思う。
コイツの目的は生け捕りだ。
なら、その目的のために私は殺せない。
「道理だ。確かに死なれては困るな」
「だろ、だから──」
「すまんが時間がないのでな」
──瞬間、目の前から姿が掻き消えて。
次に聴こえた声は──背後から。
「手荒になって悪いが、こΓ Δ Θ Λ Ξ Ο Π
Σ Φ Ψ Ω α β γ δ ε ζ
η θ ι κ λ μ ν ξ ο π ρ σ τ υ
φ χ ψ ω Ё Б Г Д Ж З И Й К Л П У Ф Ц
Ч Ш Щ Ъ Ы Ь Э Ю Я б в г д е ж з и й к л м
н о п р с т у ф х ц ч ш щъ ы ь э ю я ё ∀ ∂ ∃ ∇
∈ ∋ ∑ √ ∝ ∞ ∟ ∠ ∥ ∧ ∨ ∩ ∪ ∫ ∬ ∮ ∴ ∵ ∽ ≠ ≡ ≦ ≧ ≪ ≫ ⊂ ⊃
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
ちっぷす。
虹を見ると幸運が上がるというのは本当です。
虹彩龍が幸運の値を操作しているのです。
賭け事に悪用してはいけませんよ?
なう ろーでぃんぐ。。。
☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
⊆ ⊇ ⊿ ⌒ Α Β Γ Δ Ε Ζ Η Θ Ι Κ Λ Μ Ν Ξ Ο Π Ρ Σ Τ Υ Φ Χ Ψ
Ω α β γ δ ε ζ η θ ι κ λ μ ν ξ ο π ρ σ τ υ φ χ
ψ ω А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О П Р
С Т У Ф Х Ц Ч Ш Щ Ы Э Ю Я Ь Ъ а б
в г д е ё ж з и й к л м н о
п р с т у ф х ц ч ш
щ ыэ ю я ьれで──……………………」
【虹の橋 が発動しました。 対象者三名の内、二名の転送に成功。 一名の転送に失敗しました。】
【カースドスキル∴ドラゴンスケイル:マジックブレイク 自動発動します。龍技の無効化に成功しました。】
「何をした?」
「さてなんでしょうか。謎ですね。ぜひ解いてみてください」
帝国兵がゆっくりと振り向いた。
そこに居たのは、白いフードを被った少女──アルルのみ。
この場に残っているのは、帝国兵とアルルの二人だけ。
アルルは顔色一つ変えず、帝国兵と対峙していた。
「っていうかこっちの方が何をしたんですかと聞きたいところなんですが。なんであなたは飛んでくれないんでしょうか。人間のくせに妙なスキル持ってますし」
「……お前は、確か……第二王女が懇意にしている骨董品店の店員……だったな。第二王女の代役として重用されてもいた」
「流石スパイしてきただけはありますね。オンボロ骨董品店の看板娘、アルルちゃんです。ぜひ覚えて帰ってくださいね」
「──!」
「おっと」
帝国兵の姿が掻き消えて、アルルを右腕で斬りつけようとしたが、それは空振りに終わった。
アルルの姿も同時に掻き消えて、帝国兵の視界から消え失せたからだ。
「ていうか、すごーく怒ってるんですからね私。よくもジルアの前で私の推理をコケにしてくれやがりましたね」
アルルの声だけがどこからともなく聴こえる。
帝国兵はアルルを完全に見失っていた。
「貴様ッ! 何者だ!?」
怒号が響き渡る。
だが、その声にはどこか恐怖が含まれていた。
明らかに異常な事態が、この小娘一人によって引き起こされていると本能的に理解していたのだ。
「──小さくなっても頭脳は同じ、迷宮なしの名探偵……とはいきませんでしたけども。レイルさんがここから出たのは間違いなくお姉さんの手引きでしょうが、予想外の事態が起きているのでしょうね」
「何をごちゃごちゃ言っている!? こちらの質問に答えろォッ!」
「こっちもお聞きしたいことは沢山あるのですが。多分あなた何にも答えてくれやがらないでしょうし、さっさと決めちゃいますか」
帝国兵の口角が大きく開いた。
開いた口の中に、極光が集まってゆく。
──竜の息吹だ。
「探偵の必殺技で有名なものといえば何だと思いますか? そうですね、バリツですね。ですが、ある特定地域ではサッカーボールキックが大多数を占めるんですよ。知ってましたか?」
「!!」
帝国兵の目の前にアルルが出現した。
その足元には、光り輝く何かが──、
【虹の彼方に が発動しました。】
「せぇ、のっ」
「ガッ!!?」
アルルの振り被った足が、球状の光輝く何かを捕らえ、蹴り飛ばした。
それは瞬時に帝国兵へと迫り──その身体ごと壁を貫いて、遥か彼方まで吹き飛ばす。
「ガアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!?!?!?!!!!」
バギン、バギン、バキキキキキ!!! と、城の周りを囲む結界さえも容易く砕きながら、どこまでも、どこまでも遠くへ。
そうして、それはやがて見えなくなった。
***
「んーーー。あれで終われば話は早いのですが、そんな簡単に終わってくれなさげですね」
人間大の穴が開いた壁から帝国兵が飛んで行った空を眺めて、アルルは呟いた。
「──アイリス様! これは一体……!」
「おっとアプレザル。遅かったですね」
いつの間にか部屋の前に居たのは、宙に浮いた老婆だ。
老婆は荒れ果てた部屋を見て困惑していた。
「王国騎士のレネグさんでしたか。彼が帝国のスパイだったみたいです。私が吹っ飛ばしちゃいました」
「なんと……!? ジ、ジルアさまは……!?」
「無事ですよ。ジルアとストラスさんの二人を中庭に飛ばしました」
「それは……本当にようございました……」
アプレザルは心底安堵し、深くため息を吐く。
「アプレザル、昨日聞きに来たのはレイルさんのことだったんですね。ぼかさず全部話してくれればよかったのに」
「はっ……しかし、あまり人間側の事情に巻き込むのもどうか、などと考えてしまい……」
「ジルアが関わってるのなら、私は何だって力を貸しますよ」
虹色の瞳が老婆を見据える。
「……それに、こちらの事情が話の根幹に関わっているかもしれませんしね。見てくださいあの闇の龍気。もうお姉さん──黒淵龍が動いてるみたいです」
「なんと……やはり結界破りはジョウガ様の仕業でしたか……。しかしアイリス様、一体何が起ころうとしているのでしょうか……?」
「龍たちの誰かが何かを企んでいる……としか答えられませんね。──それとアプレザル、今の私はアルルですので。ジルアの前では気を付けてくださいね?」
「はっ、承知しております」
老婆がアルルに跪き、頭を垂れた。
主君である王を差し置いて、恭しく傅いている。
「そーゆーのもいいんですってば。──差し当たっては、まずジルアたちに合流しましょうか。いきなり飛ばしちゃったんでめちゃ混乱してる姿が目に浮かびます」
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