71.虹の橋が架かるⅡ
「レネグ! オマエ無事だったのか!?」
「えぇ、この通り無事でございます。ジルア様から掛けて頂いた魔術はとても素晴らしいものでした」
「あ、いや、それはホントにゴメン……!」
私がブチ当てた夢幻魔術の事を言っているのだろう……。
結局留置場への道行は必要のない事だったのだから、本当にレネグには申し訳ないことをしてしまった……。
「いえ、よろしいのです。ジルア様から魔術を掛けて頂くのは私の夢でもあったのですから」
「オマエホント……ブレないヤツだな……」
私への好意を利用するだけしておきながら、夢幻魔術を掛けて置いていってしまったというのに、気にした様子もなく笑顔でそう答えたレネグ。
レネグの相変らずのブレなさはありがたいけれど、改めて本当に酷い事をしてしまったと思う。
「それでも、本当にごめん。退団覚悟で付いて来てくれたっていうのに、その気持ちも全部無視して、置いてけぼりにしてしまった。……許してくれなんて言わない。絶対に何らかの償いはさせてもらう」
「ジルア様……」
深く頭を下げた。
最低な行いをしたのだから、せめて誠意だけは示さないと。
「ジルア様、お顔を上げてください」
「でも」
「私程度の人間にそこまで気を使っていただく必要はございません。最初に申し上げました通り、私は貴方に忠誠を誓った騎士なのですから、貴方の好きに使ってくだされば、それでよいのです」
……レネグの言葉は、忠誠は、重い。
好きなように使っていいと言われて、はいそうですかと言えるほど私は図太い神経をしてない。
けれど、彼が心の底から私を慕ってくれているのは分かった。
私なんかのどこに忠誠を誓う部分があったのかは、未だに分からないけれど……。
「──話の続きは後程。今は緊急事態なのです、ジルア様」
「あ、あぁ、分かってる。今から避難するところだったんだ」
「何と、既に知っておられたのですね。城の正門前に竜が出現したことを」
「あぁ。……え? 正門前? 城の?」
想定外の返答に思わず聞き返す。
城の正門前って……この城の正門前ってことだよな……?
「はい。今現在、この王城の正門前に竜が出現しており、正門前は大混乱の様相を呈しています」
「竜が正門前にも……!?」
そんなバカな話があってたまるか。
そもそも、王都というのは地母龍に守護された土地だ。
そこに、眷属である竜たちが自らの意思で侵入するなんてのは有り得ない事のハズだ。
そのありえない事象が、留置場と王城の正門前で同時に起こっている。
……いや、まだ分かっていないだけで、もっと多くの竜が王都に攻め込んでいるのかもしれない。
「その上なぜか通信魔晶珠が使用できず、混乱に拍車を掛けています。これは恐らくなのですが、敵方から何らかの妨害工作を受けているものと思われます」
「……」
頭がクラクラとしてくる。
情報量が多すぎて、整理が追いつかない。
「皆様方、どうか一刻も早く避難をお願いいたします。微力ながらこのレネグ・イドリースが護衛を務めさせていただきます」
そう言って片膝を付き、頭を垂れたレネグ。
「そう、だな……。姉さん、アルル、行こう」
元々避難をしようとしていたところだったんだ。
ここで足を止めているわけにはいかない。
「待って、ジル」
「!」
姉さんが私の肩に手を置いて引き留めた。
一体何事かと思い振り返ると、姉さんの顔は蒼白になって、脂汗を流していた。
「姉さん……どうしたの?」
明らかに様子がおかしい。
肩に置かれた手も、心なしか震えている気がする。
「──私の眼を見てハッキリと答えなさい。貴方は王国騎士、レネグ・イドリースではありませんね?」
震えを必死に抑え込み、毅然とした態度で、姉さんがレネグに向かってそう言い放った……!?
「なっ!?」
「王女殿下……一体何を?」
姉さん、まさかレネグを疑っているのか!?
「姉さん、レネグは──」
「黙って。はっきりと答えなさい。それとも答えられませんか?」
姉さんの左眼に輝く宝石が、淡く光を放っていた。
……そんなことあるわけない。だって、レネグだぞ?
会って一日も立っていないけど、コイツはレネグ本人だ。
私を手助けしてくれた本人に間違いない。
「──このような事態です。王女殿下が危惧するのも仕方ありません。名乗って済むのならば、名乗っておきましょう」
レネグは再度居住まいを正し、片膝を付いて頭を垂れた。
そして静かに口を開く。
「──私は王国騎士、レネグ・イドリース一等騎士です。所属は諜報部隊"翼"。私の忠誠は、ジルア・クヴェニール第二王女殿下に捧げました」
……そう、レネグが言い終わる前に。
左の肩を姉さんに引かれて、レネグから距離を取るように引き剥がされた。
「貴方は騎士レネグではありません! そのようなおぞましい心を持つ者が王国騎士であるはずがないでしょう!」
「……困りました、一体どうすれば私本人だと信じてもらえるのやら」
「地母龍の蒼玉の前で嘘偽りは隠せませんよ。それにあなた、どうもおかしな気配を感じます」
今度は右の肩をアルルに引かれて、更に後ろへ下がらされる。
「ふ、二人とも待ってってば!コイツが敵なハズないだろ!?」
ありえない、そんな事。
レネグが敵だったのなら、私を助けてる訳がないんだ。
一体どうすればそれを信じてもらえる……!?
「そうです、私は『私から離れて下さいジルア様ッ!!!』────ああックソ……」
「え?」
今、何が起こった?
「レネグ?」
まるで、レネグが、別人のような顔つきに分かれた、ような──……、
「まさか残骸が邪魔をしてくるとは……思いの他意思が強いなコイツ」
レネグの顔は手で覆われて、表情が見えない。
けれど、発する声色は、確実に、レネグのものでは無くなっていた……。
「うーむ、ここまで上手くいってたんだがなァ。……まぁいいか」
「え……?」
バギン!!と、何かが割れるような音がした。
衝撃波が部屋を伝い、窓硝子が全て砕け散った。
「っ!?」
「ふぅむ? 結構力を引き出したつもりだったんだが、まだ調整が甘いか……いや、これは結界の方が固いと表するべきか」
……部屋の入り口に張られた、婆や謹製の魔術結界が罅割れていた。
レネグだったはずの誰かの右手が、赤黒い何かに変質している。
「嘘だろ……?」
「ジル離れて!」
目の前の光景が受け入れられない。
レネグが敵? そんな事あるわけが無い。
だってレネグは、私の事を助けてくれたんだぞ?
「おいレネグ!?お前本当に敵なのか!?」
まだ、何かの間違いだと。
そうであって欲しいと声を張り上げて──、
「いいえ、ジルア様。私は貴方の味方でございますとも」
「──ほ、ほら! やっぱりそうだ! 何かのドッキリなんだよこれ! な、そうなんだろレネグ!?」
いつものレネグに戻ってくれた。
これで姉さんもアルルも、レネグを許して──、
「──などというくだらん猿芝居も飽きた。人が集まる前に連れ去ることにさせていただこう」
読了いただき、ありがとうございます。
ブクマ・評価・励ましの感想などを頂けたら作者は飛び上がるほど喜びます。




