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backup  作者: 黒い映像
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70.虹の橋が架かるⅠ

蒼い光を放つ宝玉の瞳が、私を射抜いている。

何もかもを見透かされているような、そんな感覚がする。


……いや、実際に見透かしているのだろう。

それが、姉さんの左眼に宿した龍器(アーティファクト)、地母龍の蒼玉の効力なのだから。


「……よかった、ジル本人ね」

「姉さん、どうしたって言うの、急に……()()を使ってまで」


──ほんの数瞬前、息を切らして姉さんがこの部屋にやって来た。

姉さんは私の顔を見るや否や、左眼を覆うように巻いていた魔封じのスカーフを取り払い、宝玉の瞳で私の顔をまじまじと見つめてきたのだ。


……変装魔術で騙してしまったのが後を引いているのだろうけど、それでも左眼を使う程の事じゃないと思ってしまう。


姉さんの左眼に埋め込まれている龍器(アーティファクト)は、そもそも眼に埋め込んで使う用途のモノじゃない。

地母龍の蒼玉は、本来それ単体で効力を発揮する類のアイテムだ。


姉さんの宝石の左眼は、ある不慮の事故の結末だ。

左眼を失った姉さんが、一体何を思ったのか、自分で地母龍の蒼玉を眼窩に埋め込んだのだという。

その結果としてなんと視力が戻った上、地母龍の蒼玉の効力までをもその左眼に宿すに至ったらしい。

龍器(アーティファクト)のとんでもなさが窺える一件だ。


けれどその代償として。

左眼でモノを見ると、とんでもなく魔力を消費するようになってしまった。

用途外の使い方をしているのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。

なので普段の姉さんは、魔封じのスカーフで左眼自体を覆っている。


「ごめんねジル、事が事だから……。えっと、話をする──前に、レイル君はどこへ行ったの?」


姉さんがようやく気付いたという様子で部屋を見渡した。

それを聞いて、私とアルルは顔を合わせた。


「……いなくなった」

「煙のように消えたらしいです。ぱさっとしてふわぁ~って感じで」

「……え?」

「レイルさん、消えたんです。この密室から」

「…………」


もう一度繰り返し伝えたアルルの言葉を聞いて、姉さんが絶句した。

……どうやら、姉さんの要件はこの事ではないらしい。


「ちょ、ちょっと待ってください、居なくなったって一体どういう──」

「待って姉さん、それは誰も分かんないんだ。今分かってるのは、婆やの仕掛けた結界を、誰にも気付かれずに通り抜けて出てったってことだけだ」

「後、部屋に残った謎の闇の龍気(マナ)ですね。さっきまであれが何なのかを当てる探偵ごっこしてたのです」


あそこあそこ、と、アルルが部屋の天井の隅に滞留する黒い靄を指差した。


「え、えっと……待って、ど、どうしようかしら……! 取り合えず、スヴェン──はダメでした! ええと……」


こんなに取り乱す姉さんは久しぶりに見た。

どうも、姉さんの方でも想定外の事態が起きているようだ。


「姉さんの方の用件も聞いていい? 急ぎなんでしょ? その様子からすると」

「……そう、ね。そうなの。……ジル、落ち着いてよく聞いてね」


***


「兵舎前に(ドラゴン)……!?」

「それと留置場で爆発ですか」

「そうなの。今スヴェンが対応してくれているのだけれど、敵の狙いが何なのか分からない以上、私達は避難しておかないとダメなのよ」


思った以上にとんでもない話だった……!


留置場に兵舎……王都最南端、インタリオ地区。

つい先ほどまで私がいた場所が襲撃を受けているのだという。

それも、(ドラゴン)が王都に出現するなどという前代未聞の出来事を伴って。


「なんで急にそんな……!」

「レイル君が消えたのと同様に、こちらも誰がどんな理由で事を起こしたのか、何も分かっていないのです。分かっているのは、今現在王都が攻撃を受けているということだけ」

「……ッ!」


話が急すぎる。

レイルの行方も、王都の襲撃も、展開に頭が追いついていかない。

なぜそんなことになってる……?


……頭に一つだけ浮かんだ可能性があった。


「……帝国だ」

「え?」

「奴らどこかでレイルがまだ生きていたことを知って、取り返しに来たんだ。……いや、そもそもレイルがこの部屋に居ないのも、奴らに連れ去られたのかもしれない……!」

「……そういう可能性もあるかもしれないけど、今はまだ断定できるほどの情報がありません。ジル、話は後にして、先に避難を優先しましょう?」

「避難を優先!? 私のことなんかどうだっていい!」


私だけ避難って、そんなバカなことできるハズがない……!


「アイツが危険な目に遭ってるかもしれないのに、私だけ避難なんてできない! 今はレイルが一番優先されるべきだ!」

「もちろん、レイル君の行方は王国の総力を上げて捜索します。だけど、今王都を攻め込んでいる相手がもし帝国だったとしたら、本当に危険なの。だから、お願い」

「……ッ」


──『約束だ。必ず守れ。今後帝国の者と出会ったとしても、戦わないようにしろ』


父上と話した記憶が頭をよぎった。

……約束はした。

だけど、それは、レイルに命の保証がされていた時の話だ。

今、この状況下で、レイルの命が危険に晒されている可能性は十分にある。

なら、私が取るべき行動は決まっている。


「……レイルを、探しにいかないと。アイツ、まだ王都にいるはずだ」

「ジル! お願いだからそんな危険なことはしないで!」

「危険なのはアイツも同じなんだよ!」


アイツは、私が守らなきゃいけない。


あんなデカイ図体してても、怖がりで臆病だから。

優しすぎて、いつも他人のために無茶ばかりするヤツだから。

自分のことをいつでも後回しにしてしまうような、そんな馬鹿だから。


だから、私が、レイルを守ってやらないといけないんだ……!


「王女様、落ち着いてください」

「!」


アルルの声がすぐ後ろから聴こえて、ハッとする。

知らずのうちに固く握りしめていた拳に、アルルの手が添えられてた。


「さっきも言った通り、これだけ濃厚な闇の龍気(マナ)は常人に扱えるものじゃありません。ですから、レイルさんがここから居なくなったことと、この騒動の首謀者は直接的に関与していません」


抑揚のない、淡々とした口調でアルルが告げてくる。

……さっきの話だと、確かにそうだった。


「それに王女様、レイルさんを探しに行くとして、当てはあるんですか?」

「それは……!」

「ないですよね? なら、一旦避難してそれから情報を集めてみませんか?」

「……」


アルルの言うことは最もだ。

レイルの行方の当てなんてない。

精々出会った王立図書館の近辺を調べることぐらいだろうが、アイツが今もその場に留まっている可能性なんてほぼない。

闇雲に探し回るなんてのは非効率的だ。


「お願いよジル。大人しく避難してちょうだい」

「……分かった」


……頭に血が昇って、考えが全然足りていない。

本当に私は浅慮で馬鹿だ。

ちょっとは成長できたと思ってのに、全然変わってない。


「……ごめんね、ジル。貴方がレイル君を想う気持ちは分かってるつもりよ。襲撃の対処と同時に、レイル君の捜索にも人員が割けないか、お父様に交渉してみるから」

「いや、こっちこそゴメン」

「大丈夫。レイル君はきっと無事よ。心配しないで」


……何で私は姉さんみたいになれないんだろうか。

もっと冷静に、ちゃんと考えて行動しないとダメなのに、いつも感情的になってしまう。

直さないといけないと分かっているのに、どうしても上手くできない。


「さぁ、行きましょう。事態は急を要しています。ジル、出来れば身体強化を使って。アルルちゃんにも掛けてあげてちょうだい?」

「うん、分かった」


姉さんに言われ、すぐに身体強化を施す。


「アルルもほら。……おい?」

「──」


アルルがなぜか棒立ちで固まっていた。

声を掛けても反応がない。

妙に思って顔をよく見てみると、


──その瞳に、七彩が宿っていた。


「アル、ル……?」


今のアルルは、アルルじゃない誰か(・・)になっていた。


「ストラスさん、止まってください。出入り口の方には向かわないで」

「えっ?」

何か(・・)が来ます。離れて下さい」


有無を言わせぬ強い口調。

出入口の方へ向かおうとした姉さんが振り返って変容したアルルの姿を認めると、即座に状況を察して警戒態勢を取った。


アルルに言われてようやく私も、部屋の外から漂う妙な気配を感じ取る事ができた。

探知魔術なんか使わなくても分かる、異様なそれ。

懐から杖を取り出して構えた。


……走ってくる音が近づいてくる。

金属の擦れる音……鎧の音だろうか。


楽観的な予想をすると、さっき出て行ったミセラだ。

もしも、違うのだとしたら……それは、この状況を作り出した()に違いない。


「……ッ!」


アルルと姉さんを庇うように一歩前に出た。

足音が近づいて、近づいて……あと一歩。




そして、扉の向こう側から現れたのは──、




「……レネグ?」

「よかった、ここにおられたのですね。ジルア様」


──レネグ・イドリース。

退団すら覚悟して私を留置場まで運んでくれた、王国騎士の姿だった。

読了いただき、ありがとうございます。

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