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backup  作者: 黒い映像
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69.ドラゴン三分クッキング

人は飛べない。

空を飛ぶための翼を持っていないからだ。


では、なぜ青髪の女騎士ミセラ・ラジリエントは空中に飛び出したのか。


自由落下が始まり徐々に加速していく中、彼女の身体は空中で急停止した。

──彼女の足裏には剣があった。

剣脊と柄頭(ボンメル)に両の足を乗せて、空中に浮いていた。


ミセラ自身が浮いているのではない、剣が宙に浮いているのだ。


「全速力で行きますよーっ!!」


身体を前に屈めると、ミセラを乗せた剣が勢いよく飛び出していく。

凄まじい速度で風を切り、側面の外壁部から正門前へと飛翔する。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 




「応援はまだ来ないのか!?」

「何も来てねえよ……」


辺りは地獄に等しかった。

正門は破壊し尽され、多くの兵士が瓦礫の中に埋もれていた。

生死を確かめる余裕すら無い。


瓦礫の山の上に佇む竜は、その大きな瞳で城の方角を見つめている。


──突如地中から現れたその竜は、出現と同時にその場にあるもの全てを粉砕して回った。

正門はもちろん、勇敢にも対抗しようとした王国兵たちすらも容赦なく薙ぎ払った。

そうして満足した竜は王城に向けて侵攻しようとしたが、王城の魔術障壁に阻まれてそれはできなかった。

いくら竜と言えど、宮廷魔術院の総力を結集した防御障壁を突破することはできない。

数分ほど凄まじい威力の攻撃を繰り出し続けていたが、やがて諦めたようで、今度は王城を睨み付けながらその場に留まるようになった。

大層ご立腹の様子で、鼻からは怒りを示すように荒ぶる吐息が漏れ続けている。


それを瓦礫の山の隙間から観察する影が二つ。

生き残っている王国兵たちだ。


「エリンの奴、無事に王城にたどり着けたんだよな……?」

「分からん、最後まで見届けてる余裕がなかったからな。……エリンを抜きにしたって、こんな有様になってるのに一向に誰も応援に来ないのは異常事態なんだが」

「急にあんなモンが地面から現れた時点で異常が極まってンだよ……! 何だってんだ、クソッ!」

「おい静かにしろ、気付かれるだろうが」


ひそひそと小声で会話する二人。

瓦礫に身を隠して、山の頂に居座る竜の様子を窺っていた。


「……ん? なんだアレ……? 何か空を飛んで──」


『皆さーん!! 大丈夫ですかー!!!???』


突如、上空から大きな声がした。

二人が驚いて空を見上げると、そこには──……、


「なん……? 女の子が飛んで……!?」

「あの鎧、王国騎士だ。やっと援軍が来たか」


銀の騎士鎧──王国騎士団の証である、地母龍の紋章が入った──を身に纏った女騎士が、声を張り上げて呼びかけている。


『今から(ドラゴン)を討伐します!! もう少しの辛抱です、待っててください!!』


「え……? 待ってくれ、あの子が竜と戦うのか? 一人で!?」

「騎士団は王国兵(こっち)と違ってスキル持ちが多いからな。一人でも強いだろうが……竜は流石に無理じゃねえのか……?」


『GURURURURU……!』


竜も大声を出して接近してくるミセラの存在に気付いたようだ。

大きく口を広げると、口腔内に極光(レンズフレア)が発生する程のまばゆい光が収束する。


「やべぇ! 竜の息吹(ドラゴンブレス)だ!」

「この距離だと俺たちもヤバい! 逃げるぞ!」


キィィィィン、と甲高い重点音が辺りに響く。


そして、光の奔流は放たれた──……。




***




「ラッキーです!! 飛ばないタイプ!!」


正門前に居座る竜を見て、真っ先にミセラの口から出た台詞がそれだった。

彼女の言う通り、蛇のように地上を這いずり回る地竜と呼ばれるタイプの竜が正門前に居座っていた。


「飛ばないんなら話は早いです!!」


そのまま降下して、正門前の竜に向かって一直線に向かう。


「う……酷い……! 声がまだ、たくさん聞こえて……!」


降りるにつれて、辺りの光景と声が響く

正門前の惨状を目にしたミセラは、流れ続ける悲痛の叫びの思念に顔をしかめた。

彼女の心には他人の大きな感情がダイレクトに流れ込む。

たとえそれが痛みや悲しみの感情であったとしても。


けれど、それが多く聞こえるということは、まだたくさんの人が生きているということ。

ミセラは己を奮い立たせるように、胸の前で拳を強く握りしめる。


「皆さーん!! 大丈夫ですかー!!!???」


大声で呼びかけると、思念の波が少しだけ和らいだ。

それと同時に竜の大きな眼がこちらを捉えて、睨み付けられる。


「今から(ドラゴン)を討伐します!! もう少しの辛抱です、待っててください!!」


竜の口が開き、竜の息吹(ドラゴンブレス)の予兆を見せた。

光が口腔内に集まっていき、眩しいほどに輝く。


「チャンスですっ!! 一瞬でカタを付けますよ!!」


それを見たミセラは、あろうことか竜に向かって突っ込んでいく。


──竜の息吹(ドラゴンブレス)

龍気(マナ)を圧縮して打ち出す、竜の基本攻撃にして必殺技。

単純な原理ながらもその威力は絶大で、これを防御できるかどうかが竜と戦いになるかの一つの目安でもある。


ミセラは一体どのようにして竜の息吹(ドラゴンブレス)を防ぐつもりなのか。


「いきます、小夜嵐!!」


──彼女の背部に取り付けられた六つの鞘が交差するように横に倒れ、そこから剣が次々と飛び出していく。

握り(グリップ)が存在しない、全て刀身で構成された、計六振りからなる彼女の専用武装。

銘は小夜嵐。

黒い硝子のような刀身それぞれが宙に浮き、独立して動いている。

まるで翼のように広がった刀身が、ミセラの前方へ紋を描くようにして並んだ。


……充填の光が止んだ。


『GAAAAARRRAA!!!』


凄まじい雄たけびと共に、光の奔流が押し寄せる。

ミセラは光に包み込まれ──、


「効きませーーーんっ!!」


光はミセラの手前で掻き消されていた。

黒い障壁のようなものに阻まれて、竜の息吹(ドラゴンブレス)は彼女に届くことなく霧散してゆく。


竜の息吹(ドラゴンブレス)を打ち終わったと同時に黒い障壁は消えた。

いや、元の形に戻ったという方が正しい。

六対の黒い刀身がミセラの前方に並び立っていた。


刀身を高速旋回させて、竜の息吹(ドラゴンブレス)を防いだのだ。


──ミセラのスキル、物体操作によるものだった。

彼女は手を触れずとも、意識だけで物体を自由自在に操ることが出来る。


動かせる範囲は視認できる箇所まで、力も非常に強力、可動範囲は無制限……と、かなり反則じみた性能を持つ強技能(スキル)だ。

同時操作数は七つで、彼女は主に専用武装の六本の剣と、騎士団の証である無鋒剣(カーテナ)を操って戦う。


……だが、刀身を高速旋回させただけでは、竜の息吹(ドラゴンブレス)を防ぐに至らない。

通常ならば剣の方が先に壊れてしまうだけだ。


彼女の専用武装小夜嵐は、魔力はおろか龍気(マナ)までをも吸収できる性質を持つ。

その刀身は闇魔晶(オブシディウム)と呼ばれる鉱石で作られており、闇の龍気(マナ)に長期間晒された魔晶(エフェメリウム)が変質した、希少鉱石だ。


「今です!! 行っけ―!!」


黒き流星が放たれた。

まるで意趣返しのように、開いたままの竜の口へ六対の刀身が高速で飛来する。


『GAAAA!?』


竜は驚きの叫びを上げて反射的に口を閉じようとするも、一瞬だけ遅かった。

流星は既に竜の口腔内に入り込んでしまっていた。


「切り刻みますッ!!」


ミセラが右手を指揮をするように振ると、竜の口腔内に垂直で並んでいた六対の剣が、花開くように真横に広がっていく。

言うまでもなく、竜の臓腑に刃を突き立てながら。

これまで味わったことのない内側からの激痛に、竜は絶叫を上げた。


「大、旋、風ーーーッ!!」


『GUGYAAAAAAA!?』


右手を払うように動かすと、竜の息吹(ドラゴンブレス)を防いだ時と同じような高速旋回が竜の体内で開始される。

竜はあまりの痛みに絶叫を上げ続け、右へ左へ大暴れするが、体内に入りこんだモノなど取り出しようがない。


おおよそこれ以上ないほどに残酷な攻撃だが、一応理に適った方法ではある。

何しろ竜の外皮は硬い。

生半可な攻撃や魔術はほぼ効かないし、例え強力な攻撃であっても、その外皮によりダメージは軽減される。

ならば外皮のない内部から攻撃すればいい……と言うだけならば簡単だが、それが出来るような人間は限られている。

ミセラのように、竜の息吹(ドラゴンブレス)を防ぐ技量があり、かつ、操作性の良い遠距離攻撃能力を持ち合わせていない限り不可能だ。


「これで、とどめですっ!」


グッと右手を握りしめると、竜の臓腑を切り裂いていた刀身が外へ外へと押し出されていく。

やがて外皮に到達すると、鋸で挽くようにして削り切り、そのまま竜の体を内側から真っ二つに切断した。


竜は断末魔の叫びを上げる間もなく。

口から大量の血と、かき混ぜられた臓腑を吐いて絶命した。




***




「えぇ……」

「…………」

「待ってくれよ一分も立ってないぞあの子来てからさぁ……?」

「ッ!……っッ……!」

「何かブレス防いだと思ったら剣が飛んでって竜の口ん中入って、中から身体を切り裂いて剣が出てきたんだけど。何したらあんなこと出来んの……?」

「うっ……ふく゛ッ……!」

「おい……? お前泣いてるのか……? どうした? さっきので怪我でもしたか?」

「違゛う……! 俺、(ドラゴン)を討伐す゛るところ゛、生で初めて見た゛……! そ゛れも、あんな゛俺より若゛い女の子がさぁ゛……!」

「あ、そっちか……。いや、まぁ確かにちょっと感動する光景ではあったけどな。というか俺(ドラゴン)生で見るのが初めてだわ」

「俺゛もそ゛うだよ! 俺、あの虹の英雄に憧れて騎士団に入ろうとしたんだぜ!? スカウトされなかったから兵になったけど……! それでもいつかは、とか考えてたのに、あんなの……! あんなのと戦えるワケなかったんだよ……!! それでもあの子は勇敢に立ち向かって……!!」

「落ち着け、落ち着けって。あ、ほらあの子降りてきたぞ。サイン貰いに行くか?」

「行く゛ぅ……!!」




***




「ひとまず安心っと……」


無事に竜を真っ二つにしたミセラが空から降りて、瓦礫の山に着地する。

亡骸を前にしても、その顔は晴れやかではない。

問題はここからだからだ。


「おぉーい!」

「!」


瓦礫の山の反対側から声が聴こえる。

見れば、二人の王国兵がこちらに手を振っていた。


「あっ!! 危ないですよ!! まだこっちに来ちゃダメです!!」

「え? でも(ドラゴン)は倒したんだろ?」

「まだです!! 竜核(コア)を破壊しないとまた復活しちゃうんですよ!!」

「コア……?」

「とりあえずそこで見ててください!!」


そう言うが早いか、ミセラは竜殺しの最も肝要たる最後の作業に取り掛かる。

六対の刀身を竜の亡骸の上部へと移動させると……、


「せりゃーーーッ!!」


掛け声と共に、一気に竜の長い身体へと振り下ろした。

ガキン、と音を立てて刃が弾かれるが、鋸を挽くように何度も上下へ刃を滑り込ませてゆく。

ギュギギギギ、と耳を劈く音を立てて、竜の外皮が削られていく。

そして竜の身体は再び切断された。


「よーし、これで探しやすくなりました!!」

「ヒェ……」

「……あの、一体何を……?」

竜核(コア)を探すんです!! 心臓の中にあるんですが、これだけ長いと心臓がどこにあるのか分からないので、こうやって細かく輪切りにしてるんです!!」


輪切りにされた竜の亡骸が剣に串刺しにされ、宙に浮いて揺らめいている。

ミセラはそれを一つずつ確認しながら、中身をくり抜いて切り刻んでいく。

その様子を見守る兵士は、あまりの猟奇的な光景に悲鳴を上げそうになった。


「ありました!! 四つ目の輪切り肉です!! これの中に……!!」


宙に浮いた肉片に剣閃が交差し、その内容物を露わにする。


「竜の心臓です!! 見てください、さっきズタズタにしてやったのに、もう心臓の傷が治りかけてます」


ミセラの言う通り、心臓に何度も斬り刻まれたような断面があったが、徐々に再生しようとしていた。

赤黒い肉片がウネウネと脈打ちながら、元の形に戻ろうとしている。


「ひぃっ!」

「……! 本当だ、竜は不死身だって言う噂は本当だったんですね」

「そうなんです!! とにかくこいつの中身にある竜核(コア)を、こうして……!!」


心臓に刃が入る。

鮮血を吹き出しながら、肉塊が切り裂かれていく。

その中心にある、まるで宝石のような輝きを放つ球体が露出する。


「出ました、竜核(コア)です。これを壊すことでやっと(ドラゴン)は死ぬんです!!」


竜核(コア)が肉塊から引き剥がされ、それを中心として小夜嵐が円を描くように回転する。


「返しますよ、竜の息吹(ドラゴンブレス)!!」


小夜嵐の刀身が光を放つ。

円の中心から凄まじい熱量の光線が放たれ、竜核(コア)を貫通した。

刀身に使われた闇魔晶(オブシディウム)が、事前に吸収した竜の息吹(ドラゴンブレス)を放ったのだ。


「……終わりです。本当はアレ、売れば数百万金貨はくだらないんですけどね」

「え゛!?」

「壊してよかったのですか?」

「いいんですよ、保存するのに大がかりな処理が必要ですし、それに……」


ミセラの脳裏を、ある男の姿がよぎった。

竜の心臓を──竜核(コア)をその身に宿した、レイルの姿を。


彼に近づいて初めて分かったのは、とてつもなく大きな王女(ジェーン)に対しての想いだ。

後の事情聴取で分かったが、彼は発狂するほどの痛みを常に受けているのだという。

その痛みを凌駕するほどに、王女(ジェーン)のことが好きなのだ。


それだけ大きな気持ちを抱えてなお、レイルは王女(ジェーン)への想いを隠すどころか、自覚しないままに終わろうとしている。


(そんなの、放っておけるハズがないです!!)


ミセラにはそれが許せなかった。


「……いえ、何でもないです。それより、生存者の救助を!!」

「それもそうだ! おい、お前も泣いてないで行くぞ!」

「お、おうっ!」

読了いただき、ありがとうございます。

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