68.王都襲撃Ⅴ
ミセラが窓を飛び越えていった後を、兵士二人が驚愕の表情で見つめていた。
「飛っ……飛んで……!?」
「だ、大丈夫なんですか!? ここ五階ですよっ?」
「大丈夫だ。アレは飛べる」
その驚嘆に対し、古株の騎士は何でもないように答える。
「ミセラ嬢自身が言ってましたが、影の郷──マホロバの民なのですよ、あのスヴェン騎士団長殿と同じくね。かの黒淵龍が治める郷で生まれ育った者達は、皆が特殊な技能を所持しているのです」
「我らが騎士団の主力が外様になっているのは皮肉だがな」
「スヴェンは既にリュグネシアの民だ、入り婿だからな。──ではなく、話が逸れた。とにかくミセラのことは心配しなくていい。今は次をどうすべきかだ」
参謀長の言葉に茶々を入れる古株の騎士。
それに王は釘を刺し、話を戻す。
「まずは通信の復旧を待つべきでしょう。この事変の全容が明らかにならねば、動こうにも動けませんからね」
「そんな悠長なことをしている場合ではないが……迂闊に動けん状況なのは確かだな」
「……王よ。先ほど敵の狙いは別の何かと推測したが、当ては有るのか?」
古株の騎士が王へと問いかける。
「ああ。……先ほどまで半信半疑だったが、もはや状況証拠的に一つしかない。参謀、先ほどのミセラの話と龍託の話を共有してやれ」
「はっ。先ほど、ミセラ嬢が黒淵龍より龍託を賜りました。断片的にしか聞き取れなかったらしいのですが、それによれば、『王都』、『竜』、そしてあの冒険者『レイル』の名前が出ました。……そして今現在、王都に竜が現れて、冒険者レイルは部屋から消えて行方不明の状況となっています」
「なんと……アプレザル婆様の結界魔術がまるで効いてないのか」
その事実に古株の騎士は顔を曇らせる。
王国兵の三人は対照的に困惑顔だった。
騎士と兵、それぞれ派閥が違うために詳しい事情を知らず、話について行けていないためだ。
「彼が自ら部屋から抜け出したのか、敵に連れ去られたのか、その辺りの詳しい事情は未だ不明です。……現状としては、敵の目的は王ではなく彼である可能性が非常に高いですね」
「であるならば、敵はほぼ帝国と見ていいだろう。又候あの竜械人が飛び出てくる可能性もあるワケだな」
「うむ……。早急に戦闘体制を整えておきたいが──待て! アプレザルが来た!」
ひゅおん、と、魔力の扱いに聡いものにしか感じ取れない程度の魔力波が部屋の中に伝わった。
アプレザルが城内限定の転移を行う際の魔力反応だ。
王が背後を振り向くのと、アプレザルが執務室内に現れるのはほぼ同時。
「緊急事態です。マーカサイト王よ」
「分かっている! 通信はどうなった!? 直ったのか!?」
「まずはこちらを」
アプレザルが懐から取り出したのは、手の平大の魔晶珠。
「王と繋がっております。報告を」
『はっ、こちら宮廷魔術院本部、監視塔です! ご報告いたします!』
魔晶珠から切羽詰まった様子の女性の声が聞こえてきた。
『先ほど淵鐘三刻四半時、王都各地の魔力探知波から複数の大型敵反応を感知しました!』
『識別子は竜!』
『その反応数は五! 五体です! 総勢五体の竜が魔力探知波により検出されています!』
「五体だと!?」
声を張り上げた王。
その報告を受け、周囲にいた兵達も同様にざわめく。
「静粛に! 竜が出現した場所はどちらですか?」
『出現地点は、王城正門前、冒険者ギルド、インタリオ地区兵舎前、ファセット地区、王都外門前! 以上の地点より反応を感知しております!』
「──婆や! スヴェンに連絡を取りたい! これで繋げるのか!?」
王の問い掛けに対し、アプレザルは首を振った。
「いいえ、無理です。どうやら通信魔術を妨害する波長がどこかから流されているようでして、これを断たぬ限り通信魔術は使用出来ません」
「では今繋がってるこれは……まさか旧式か!?」
「そうですじゃ。魔力の線を繋いだ旧式の通信方法になります。これなら妨害の心配なく通信が可能となります」
「アプレザル媼、旧式の通信魔晶珠はどれだけ在庫が残っていますか?」
参謀長が問いかけると、アプレザルは眉間にシワを寄せながら答えた。
「それが……城内の通信魔晶珠は全て新型に置き換わっており、旧式は全て市井に卸されてしまっておりますじゃ」
「──話が出来過ぎています。敵はやはり内部の人間が関与していると見て間違いありませんね」
「今は捨て置け! アプレザル、通信を妨害している波長がどこから流されているのか特定はできないのか!?」
「試しましたが難しいですじゃ。複数のダミーの波長が同時に流されていて、巧妙に発信位置を特定できないようにしてありました」
「なんだと……! クソ、通信を復活させる当てはないのか!?」
「ありますじゃ」
「あるのか!?」
その核心的な問い掛けに対しては、肯定した。
「王の通信魔晶珠をお出しください」
「ッ……これでいいか?」
王は耳に付けていた魔晶珠を取り外し、アプレザルの前に差し出した。
「──はい、これで宮廷魔術院本部との通信が可能となりました」
「宮廷魔術院だけ? 何をした?」
「旧式の通信方法へ切り替えました。婆が直接触れて魔力線接続を行わなければなりませんが、これで既存の通信魔晶珠を物言わぬガラクタから復活させられますじゃ」
「アプレザル媼、こちら通信可能範囲と最大通話人数はどうなりますか?」
「範囲は魔力線を断たれぬ限りどこまでも。人数は出来るだけ多く、としか今は答えられませぬ。通信網の構築と維持にも相当量の魔力が必要な想定ですじゃ。恐らく婆はこれで手一杯となるかと思います」
「分かった、それでいい。ここに居る通信魔晶珠保持者は全員婆やに切り替えを行ってもらえ!」
王の号令で執務室内の人員は慌ただしく動きだした。
「──監視塔! 障壁のレベルを最大まで上げろ!」
『権限Ⅳ以上の認証識別子を持った者しか入退城が不可となりますがよろしいですか?』
「構わん! クヴェニール王の権限で許可を出す!」
『承知いたしました。これより王城全ての魔術障壁レベルをⅡからVへと引き上げます』
「出来る限り迅速に行え!」
『承知いたしました』
通信魔晶珠越しに捲し立てると、今度は見張りの任に就いていた騎士と兵に命令を下す。
「アーロン、カーティス! 切り替えが終われば、騎士団本部と王国軍司令部に出向き、全員大広間へ招集するように伝えろ! いいか? 二人で組んでいけ! 一人で行動はするな!」
「はっ!」
「王よ、間者の件は考えなくていいのか?」
「最早対応を考えている時間がない! 今動かねば王都が終わってしまう! 不審な素振りを見せるものが居ないか警戒は最大限に行い、迅速に行動しろ!」
「承知した。行くぞカーティス」
「了解」
見張りの騎士──アーロンは、同じく見張りの兵カーティス少尉を伴い執務室から飛び出した。
「今から大広間へと移動する! マーリーとエリンは護衛を頼む! いいな!?」
「は、はっ!!」
「はっ!!!」
重装備の新兵──エリン一等兵は、凄まじい速度で事が進んでいく状況に戸惑いながらも、なんとか返事を返す。
マーリー二等准尉に至っては、もはや展開について行けておらず、感情がハイになっているのか、興奮気味に声を上げた。
「参謀、大広間を緊急の対策室とする! 騎士団の指揮権はスヴェンが戻るまでお前が取れ! 同時に兵の指揮も行う事になるだろうが、並行して間者の対策を考えてくれ!」
「承知いたしました」
「婆や! まずはストラスとジルアの二人の確保を頼む! ジルアは冒険者レイルの部屋、ストラスは自室のはずだ! 確保後、直接大広間へ迎え!」
「承知」
矢継ぎ早に指示を出す王の指示に従い、アプレザルが再び転移しようとしたところ──、マーリー二等准尉が危ういところで先ほどの会話を思い出し、口を挟んだ。
「あっ!? お、王と魔術師殿! 王女殿下は第二王女様の部屋に向かわれております!」
「何? どういう事だ?」
「留置場からここへ飛んだ際にお会いしたのです! 出た先が騎士団長殿の部屋の衣装棚だったもので……! それで、ここへ向かう前に、第二王女様を呼んでくるとのことでっ!」
「分かった! アプレザル、先に冒険者レイルの部屋へ向かえ! ストラスの方もジルアを探してそちらに向かったかもしれん!」
「承知………………む」
アプレザルはすぐさま転移で移動しようとしたが、その動きを止めた。
「どうした?」
「いえ……少々お待ちください」
アプレザルは目を瞑り、集中している様子だった。
しばらくすると、アプレザルの身体が薄く発光し始め、そのまま消えてしまった。
「行ったか、私たちも大広間へ急ぐぞ!」
「いえ、お待ちください。アプレザル媼がまた」
消えたアプレザルが再び姿を現した。
彼女一人だけだ。
「何があった?」
「王よ、三階付近に強力な魔力嵐が発生しております。その階にのみ転移ができません」
「何だと!?」
王がもはや何度目になるか分からない驚嘆の声を上げた。
三階──レイルが居た部屋の階だ。
今は、ジルア達が居るはずの──……、
「最短で転移できる四階から直接向かいます。安全が確認できるまで、大広間への移動はお待ちくださいませ」
そう言い残して、アプレザルは再び転移して消えた。
「何だというのだ一体……!」
その報告に王はよろめき、執務机に手を付いた。
兵たちが慌てて駆け寄ったが、それを右手で制し、椅子に座り直した。
「魔力嵐……非常に強力な魔力波が渦巻いている状態です。魔力の精密な操作が必須となる魔術は、そこにいるだけで影響を受けて使用不可となります。ですが、これは簡単に起こせるような現象ではありません。上級の魔術師が数十人がかりで強力な攻性魔術を放ち続けなければ、起こりえないようなものでしょう」
参謀長が冷静に分析する。
彼は言葉を続けた。
「ですが、魔力嵐を能動的に起こせるモノがいる。……それは、この世界に於ける規格外の生物、竜です」
淡々と事実だけを述べるように告げる。
「お、王城前の竜が魔力嵐なるものを放ったのですか……?」
「いえ、この王城に張られた魔術障壁は、形の在る無しを問わず、あらゆる害意あるものを防ぎます。例え竜が放った攻撃であろうとも防げるようになっているはずです」
「なら、なぜ王城内に魔力嵐が……?」
エリン一等兵が至極当然な疑問を口にした。
「ま、まさか既に障壁が突破されて、王城内に竜が侵入しているのでしょうか!?」
「いえ、それはないでしょう。王城の魔術障壁が破られたのならば、さすがに魔術院本部から通達があるはずです」
「竜以外の何者かが、障壁を突破して王城に侵入し、魔力嵐を引き起こしている。……そういうことだろうジェフリー」
生気の抜けたような青い顔で、王が参謀長へと視線を向けた。
「結果だけ言えば、そうなります」
あくまで淡々とした口調で、参謀長は推論を続けていく。
「……つい先ほどまでは、アプレザル媼が魔術越しに冒険者レイルが居た部屋を監視できていました。つまり、通信の切断が起こってから今に至るまでに魔力嵐が引き起こされているのです」
「なぜ今になってそんなことが起きているのか? 敵は冒険者レイルを狙っていたのではなかったのか? 冒険者レイルは敵によって連れ去られたのではない? 敵の狙いは他にある?」
「……今現在、冒険者レイルの部屋に居るのは、ジルアお嬢様とアルル嬢、そしてジルアお嬢様を探しに向かったストラスお嬢様を含めると、三人」
「敵は、その内の誰かを狙っている? 可能性があるのは、冒険者レイルと行動を共にしていたジルアお嬢様か──」
「やめろ!!」
悲鳴のように叫んで一喝した王に、参謀は推論を止めた。
「もういい、その先は言うな」
「ですが王、私たちに今できるのは考えることだけです。ありとあらゆる可能性を模索し、対応策を先んじて考慮しておく必要があります」
「分かっている。だが、今は……その可能性は、考えたくない」
「……かしこまりました」
参謀長は王の気持ちを汲み取り、それ以上は何も言わなかった。
「……しかし、何もかもが敵の思惑通りに動きすぎています。……思えば、騎士団長殿が騎士レネグの捜索を行うために留置場へ行ったというのも、あまりに都合良く事が運び過ぎている。ジルアお嬢様が発端とはいえ、まるで何者かが誘導しているかのように……」
顎に手を当てながら参謀長が誰に向けるでもなく呟いた。
「……騎士レネグ?」
だが、その呟きに反応するものがいた。
マーリー二等准尉だ。
「あの、参謀長殿。もしや騎士団長殿が探しに来たのは、あのレネグ・イドリース殿なのですか?」
「えぇ。彼がジルアお嬢様を手伝い、留置場へ竜車を向かわせ、その後消息を絶ったのです。騎士団長殿から聞いていなかったのですか?」
「いえ、全く聞いていなかったというか……あの、ちょっと待ってください、レネグ殿が本当に行方不明になっているのですか?」
「何やら含みがある言い方ですね。気になる事があるなら言ってください」
マーリー二等准尉が遠慮がちに質問をした。
「いえその、私はレネグ殿と昔から親交があり──は関係なく! ええと、実は私、昼頃にレネグ殿と出会っておりまして」
「──それは、どこで? いつ?」
「留置場の中です! 私が第二王女様に掛けられた眠りから覚めた後、レネグ殿が後片付けに来たというので、あの傭兵団の頭目がいる牢屋まで案内しました!」
「……それは、おかしい。その時点で騎士レネグは、騎士団の通常業務から外れているはずだ。彼はそこで何を?」
「それが、私は眠っていたので知らなかったのですが、既にあらかたの片付けは済んでいたようで、監房内に入っても特にすることがなかったのです。その後は世間話などをして別れたのですが……」
「王。騎士レネグ・イドリースを重要参考人として指名手配したほうがよろしいかと思われます」
マーリー二等准尉の報告を聞いた参謀長は、即座に王へと進言した。
「待てジェフリー、我が騎士団の団員を疑えというのか?」
「現状からして最も疑わしい存在は彼です。騎士レネグを中心として事変が起こっているのです」
「レネグは生まれも育ちも王国、それも侯爵家の出だ。帝国に肩入れする理由がないだろう」
「そ、そうです! それにレネグ殿はあの第二王女様の熱狂的なファンなのですよ!? こんなことをするなんてありえませんよ!」
王とマーリー二等准尉が揃って否定の言葉を口にする。
それを受けて、参謀長が返す。
「それまでどうであったか、という事は考えから外すべきでしょう。何せあの帝国が敵なのかもしれないのだから。──後天的に帝国の兵に改造されていても、ありえなくは、ない」
参謀長が核心を突く一言を放った。
その言葉に王は息を呑み、マーリー二等准尉は言葉を詰まらせた。
静寂が執務室を支配する。
「……何でもありなのです、帝国という世界の敵は。常識では測れない事などいくらでも起こしうる。つい最近も思い知った事でしょう、王よ」
「それは……そうだが」
帝国の所業を思い出す。
──後天的に竜へと作り替えられた人々を。
──竜の心臓を人のそれと取り換えるという、度を越えた人体実験の被害者を。
「どちらにせよ、彼は行方を晦まして捜索されている状況です。見かけたらすぐに捕らえるように──いえ、想像通りだったら未知の戦闘力を有しているはずです。最低でも部隊長以上の騎士を三人以上、兵士の場合は部隊単位で当たらせるべきでしょうね」
「……分かった、そうしよう」
王は通信魔晶珠にて先の取り決めを伝えるため、連絡を取り始めた。
「レネグ殿が敵だなんて、そんな……帝国に改造されて……?」
「そういう可能性もあるかもしれないということです。所詮推測ですが、備えはしておいた方がよろしい」
マーリー二等准尉が暗い表情で呟いた言葉に、参謀長が冷静に返す。
「……何はともあれ、今は、アプレザル媼の確認が無事に終わることを祈りましょう」
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