66.王都襲撃Ⅲ
ワープした先は行き止まりだった。
「うぉっ、ととっあだぁっ!?」
突入の際に勢いをつけすぎて、前面の壁に激突してしまったマーリー二等准尉。
「イッテェ~……! こ、ここは……!?」
先ほど居た竜車置き場も暗かったが、こちらはそれ以上に暗い。
その上狭い。密室──いや、箱のような何かの内部に押し込まれているようだ。
「な、何も見えねぇ!? ここは王城じゃないのか……?」
恐る恐る手で内部を探ってみると、どうやら木製の長方形の物体の中であることが分かった。
何やら布のような物体の手触りも幾つか感じられる。
「どうやって出りゃいいんだ……?」
コンコンと前の壁を扉を叩いてみるも、開きそうにはない。
「──スヴェン? 帰ってきていたのですか?」
ガチャリという扉が開く音と共に、鈴を転がすような声が響いた。
本来ならば両者とも声で分かったはずだが、物理的な隔たりのせいでそれは叶わなかった。
「誰かいるのか!? おおい、助けてくれえ!」
「衣装棚の中ですか? もう、またそんなところから出てきて……! はしたないですよ、スヴェ──」
「おわぁ!?」
「きゃあっ!?」
背後から光が差した。
マーリー二等准尉は扉と反対方向に立っていたため、体重を乗せていた扉が開いてしまい、後ろへ倒れ込んでしまった。
「ぐうおっ、痛ってえ……!」
「え……? え……?」
カコォン! と硬質な音を立てて鎧姿が一回転。
それを困惑の眼差しで見つめる、可憐な声の正体は──、
「イテテ……と、スマン助かっ……王女殿下ァッ!?!?」
──リュグネシア王国第一王女、ストラスであった。
「お、王女殿下がなぜこのようなところにっ!?!?」
「それはこちらがお聞きしたいのですが……ここはスヴェン──王国騎士団団長の私室です。なぜ軍の兵士がその部屋の衣装棚から飛び出してくるのです?」
「はっ!? そ、そういう事か! 王城の騎士団長殿の部屋の中に飛ばされたのか!」
「は、はい……? もしや、頭を打って混乱されているのですか?」
「いえっ! 頭はいたって正常です! それよりも王女殿下ッ! 至急伝えたいことがございますッ!!」
「至急? 何事ですか?」
「はい! 実は騎士団長殿、の──」
至急の報告、と前置きしたマーリー二等准尉の視線がストラスの顔から下へと下がっていき、言葉が途切れた。
「? どうかされました、…………」
ストラスが視線の先を追うように自分の身体を見下ろす。
──今宵起きるかもしれない情事に備えて試着していた、いささか主張の激しいナイトウェアランジェリー姿の自分を。
「はゃ」
瞬間、火が付いたように赤くなるストラス。
次いで羞恥心が爆発する。
「ちっ、違いますっ! これは違うんです! 私は試着の最中だっただけで、わざとこのような格好をしているわけではっ!?」
「は、はいぃっ! もちろん存じておりますともっ! ストラス王女殿下は清楚可憐美麗玲瓏!! 清涼さが形となって現れたかのような、尊き天女の如し御方! そのような破廉恥な衣装に袖を通すなどあり得ぬことであります! ですが、だからこそありえないギャップがそこはかとない背徳感を醸し出す! その魅力たるやもはや筆舌に尽くし難いッ! 要するに何が言いたいのかと申しますとその儚き白糸の如き珠肌と妖しき黒麗糸のコントラストは実に艶めかしくマリアージュしてセクシュアルなインモラルさが溢れて止まらないッ! これならばあのいつまで奥手を貫く気なのか分からない騎士団長殿も手を出さざるを──」
「もう何も言わないでぇっ!! お願いだからそれ以上は何も言わないでくださいっ!!」
「はッ! 王女殿下の仰せのままにッ!」
マーリー二等准尉はピシッと敬礼を決める。
その顔は清々しいほどに晴れ渡っていた。
──彼はストラスの熱狂的なファンであった。
「き、着替えてきます! 先ほど至急伝えたいことと申しましたねっ!? 申し訳ないですが扉越しにお願いします!」
「はッ! ご無礼の程、お許し下さいませ!」
早口でまくし立てると自分の部屋に戻ったストラス。
そうしてようやくマーリー二等准尉は留置場の竜車置き場で起きた出来事を説明した。
***
「緊急事態じゃないですか!?」
「そうでした緊急事態なんです!!」
その衝撃的な内容を聞いて、着替えもせずに入っていた自室から飛び出てきたストラス。
マーリー二等准尉もあまりの衝撃的光景に本来の目的を忘れかけていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! さっきから通信が通じなかったのはそういう事だったのですか!? 至急お父様──王に報告しなければ……!」
「王女殿下! 大変申し訳ございませんが、自分は国王陛下がどこにいるのか分かりかねますので、ご指示を頂ければと!」
「……そうですね! 分かりました、付いて来てください! 事は一刻を争います!」
「お、王女殿下!? その服装のまま行かれるつもりなのですか!?」
ストラスがそのまま身を翻して駆け出そうとしたので、マーリー二等准尉はそれを慌てて引き留めた。
「緊急事態なのですから、し……仕方ありません! 私の恥くらいならばいくらでも晒します!」
「しかし……! そ、そうだ! さっきの衣装棚の……あった! これを!」
マーリー二等准尉は、先程まで彷徨っていた衣装棚の中からスヴェンの上着を掴み出し、差し出した。
「騎士団長殿の上着です! これを羽織れば多少なりとも隠せるかとッ!」
「スヴェンの服をですか!? そんな、はしたないです……!」
「大丈夫です! 男はこういうのにグッと来るものですよ!!」
「そ、そういうものなのでしょうか……?」
「そういうものです! それに、王女殿下のそのような御姿を不特定多数の前に晒されることこそ、騎士団長殿にとっては耐え難い苦痛となるはずです!」
「……それも、そうかもしれません、ね……。わ、分かりました! 時間もありませんし、それを羽織ります!」
スヴェンの上着を受け取り、袖を通してみるストラス。
ストラスがスレンダーな体形であることも相まって扇情的な様相は鳴りを潜めた。
だが、スヴェンとの体格差によるだぼっとした袖と裾、そこから覗くほっそりとした手足が妙な色気を放っていた。
「ど、どうですか?」
「よくお似合いですっ! きっとあの騎士団長殿の心も鷲づかみにされるでしょうッ!」
「あ、あの、本当はスヴェンが手を出さないというより、私が──……ではなく!! い、急ぎましょう!」
「ハッ!」
ストラスが先陣を切り、スヴェンの私室から廊下へと出る。
「身体強化の魔術を使います。──セット、ブースト」
「おおっ」
ストラスが屈み脚に手を当てて、一節の短縮魔術言語を詠唱した。
瞬間、風が吹いてストラスの金糸を編んだような髪がふわりと浮き上がった。
「流石です王女殿下! これほどまでの身体強化の術式を扱えるとは!」
「……こんなもの、褒められたものじゃないですよ。ジルに比べたら──そうです! ジルも連れて行かなくちゃ!」
「ジル? どなたです?」
「妹です! 申し訳ありませんが二手に分かれましょう! 王はそちらの階段を上がって二部屋目の執務室にいるはずです! 見張りがいますので直ぐに分かると思います! 私は妹を呼んできてから向かいます! それではっ!!」
「えっ、ちょ、王女殿下ァッ!?」
呼び止めにも応じず、ストラスは風になったかのようなスピードで走り去っていった。
後に残ったマーリー二等准尉は再び一人取り残される形となった。
「ま、また置いていかれた……! あの二人似た者同士なのか!? くそぅっ、取り合えず行くっきゃねぇ!」
マーリー二等准尉は己の使命を全うするため、王の執務室へ向かって走り出した。
***
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