65.王都襲撃Ⅱ
──王都最南端、留置場の竜車置き場。
凄まじい爆発が起こり、周囲一帯は爆風により吹き飛ばされた。
瓦礫と砂埃が舞い散って、周りの状況を確認することもできない。
その様を、裏側から見ている一人と一匹がいた。
「何で爆発した……?」
「GUGYU……」
「……やっぱり、俺が手に取ったのが原因か?」
「GYAU」
「だよなぁ。他に理由なんて思いつかねぇもんな」
はぁ、と大きくため息を吐く男──スヴェンは、傍らにいた蜥蜴竜に手を置いた。
──スヴェン達が今いる場所は、世界の裏側──陰界と呼ばれる場所。
位相がずれているため、表の世界の影響は一切受けない。
爆発直前にスヴェンが蜥蜴竜ごと陰界に移動したため、爆破による被害を免れたのだった。
「すっげぇ威力だなぁこれ……こんなモンまともに喰らった日にゃ即おっ死んでただろうよ」
未だに視界が晴れない様を、まるで現実逃避するように眺めているスヴェン。
だが、直ぐに現実に戻らざるをえない出来事が起きた。
「……あん? 何だ? 何か聴こえ、て──」
『─ ─我が眷属─ え──』
突如スヴェンの脳内に響いたのは、彼が信仰する龍の声。
「龍託か!? ジョウガ! 俺だ、聴こえるか!」
『手短かに伝え── 王都 竜 ──っています! 早 に を行 さい!』
「おい待て! 声が途切れて何を言ってるのか全然分からんぞ!」
『──レイル りなさ────────』
「レイル? レイルと言ったのか!? おい!?」
『──────────────────』
龍託はそこで途切れ、それきり声は聞こえてこない。
不安を掻き立てる沈黙だけが場に残った。
(何だ……? どういう事だ……? この爆発といい、何が起こっているんだ……!?)
混乱する頭を振りながら、何とか状況を整理しようとするスヴェン。
(『王都』、『竜』……それに『レイル』という言葉しか聞き取れなかった。……それになぜジョウガがレイルの事を知っている?)
龍様だから、という答えでは納得しきれない違和感があった。
今このタイミングで伝えられたことに、何か意味があるのではないか。
爆風による土埃が落ち着き、竜車置き場の状況が見えてくる。
爆心地と化したその場所は周囲一帯が吹き飛び、大きなクレーターが出来上がっていた。
(……何にせよ、まずは王に相談を──)
──遠方から、微かな足音。
留置場がある方から人影がやって来るのが見えた。
(鎧の音……警備の兵か)
まだ距離があるため、相手の顔までは見えない。
(……確認は必要か)
***
とてつもない轟音を耳にした警備兵は、現場へ駆け足で向かっていた。
「うおおぉ……どうなってんだこりゃ……!」
そこで目にしたものは、辺り一帯が吹き飛んだ惨状であった。
竜車も柵も、何もかもが消え去り、残骸だけが方々に散らばっている。
「誰かいるのかー!?」
警備兵の叫びに応えるものはいない。
──幸い、この竜車置き場は閑散としており、爆発に巻き込まれたものはいなかった。
そう、さっきまでこの場にいた一人と一匹以外は。
「動くな」
「うっ!?」
するりと首に当てられた冷たい感触に、警備兵は硬直する。
後ろを振り返ることすらできない。
何か、圧倒的な力で身体を縛られている。
「王国兵だな。俺は王国騎士団団長、スヴェンだ。階級と所属と名前を言ってくれ」
「き、騎士団長殿っ!? あ、お、私はマーリー二等准尉であります! 留置場警備の任務に就いておりました!」
「……お前、昼間に会ったな」
すっと刃が離れ、警備兵の身体は自由を取り戻した。
警備兵が振り返ると、生暖かい何かが顔面に押し付けられた。
「GUGYU」
「わぷっ!? 蜥蜴竜か!?」
スヴェンの隣にいた蜥蜴竜の長い舌が、警備兵の顔をべろりと舐めまわしていた。
「い、いつの間に背後を……!」
「マーリー二等准尉、姫さんから喰らった魔術は大丈夫なのか?」
「えっ。あぁ、昼間のアレですか! いやもう全然平気です!」
マーリー二等准尉──彼は昼間、ジルアが第一王女のストラスの姿へ変装していた際に、傭兵団の頭の元へと案内した人物。
案内を終えたあとに簡易的な危険物検査をしようとしたところ、ジルアによって夢幻魔術を打たれ、強制的に眠らされてしまったのだった。
「すまんな、うちの姫さんのワガママのせいで」
「なんのなんの! むしろご褒美ですよ! 惜しむらくは第二王女様のご尊顔を拝見できなかったことぐらいですかね!! なんせお写真でしかお目に掛かったことがないもので!」
「……」
スヴェンの脳裏に、ここへ来た理由である男の顔がちらりとよぎった。
「そ、それで騎士団長殿! ここで一体何が起こったんですか!?」
「爆発物だ。詳細は分からん」
そう、まったくもって分からない。
誰が、何のために、こんなことをしでかしたというのか。
(……)
たった一つ、考えたくない可能性を除いて。
「ば、爆発物ですか! なんと……騎士団長殿はそれを何かで知って、こちらに来られたのですか?」
「いや、偶然だ。昼間の騒動の時に、姫さんが団員を伴って竜車でこっちまで来ていてな。ここに付いた途端魔術で眠らされて放置されたらしい。昼間の後片付けの際にはそこまで気が回ってなくて、今ソイツを回収しに来たんだが……その竜車の下に爆発物が仕掛けられてあったんだ」
「んな……! で、ではさっきの爆発は、その騎士団員殿を狙っておられたのですか!?」
「それは分からん。……眠らされたっていう団員はここに居ない上、行方が分からん。何が何なのかさっぱりだ」
「行方不明なのですか……? 爆発物といい、もしや……帝国の者に連れ去られた……のでしょうか?」
「……」
無意識に思考から外していた、それ。
王都に帝国の兵が紛れ込んでいるという、最悪の可能性。
(さっきの龍託からして、その可能性は多いにある……。大体、さっきの爆発物にしたって、あれほどの小ささでこんな爆発力を生む代物なぞ聞いたことがない。それこそ帝国製のトンデモ兵器でもなきゃ、理屈が付かん)
だが、それでも受け入れ難い点はある。
本当に帝国兵が王都に侵入しているのか?
なぜレネグは連れ去られた?
なぜ爆発物を仕掛けていった?
「……今はまだ何とも言えん。俺はこれからこの事を王へ報告しに行く。悪いがこいつを任せていいか?」
「はっ! お任せを!」
「助かる。なるべく早く人員を連れて──」
蜥蜴竜をマーリー二等准尉に預け、王城へ戻ろうとした瞬間だった。
──地面が揺れた。
「うおっ!?」
「──!」
次いで、くぐもったような爆発音が遠くから地鳴りのようにして響いてきた。
「また爆発!? しかも今の爆発音、留置場の方からですよ!?」
「……通信、繋がらねぇ」
耳に付けた通信用魔晶珠を起動させて留置場へと連絡を試みるも、エラー音声を吐き出し続けるだけ。
次いで兵舎、王城へと繋げるも結果は同じ。
間違いなく何らかの妨害工作を受けていると考えて良いだろう。
「最悪の可能性が現実になったか……!」
「て、帝国兵による攻撃でしょうか!?」
「その可能性は高い! 俺が直接制圧に向かう! マーリー二等准尉は兵舎へ戻って応援を呼んでくれ!」
「は、はっ!!」
「──影劫の継路」
スヴェンが掌を前に向けると、何もなかった空間に闇が満ち、暗黒が渦を巻き、穴が開いた。
──転移穴だ。
「──影糸の編み人形」
もう一つの掌を転移穴とは別の方角へ向けると、そこからは黒い糸状のものが無数に飛び出した。
黒糸は空中に堆積して、形を成していく。
やがて出来上がったそれは──……、
「き、騎士団長殿が二人……!?」
「分身だ。こいつから王へ連絡してもらう。場合によっちゃ騎士団総出で事に当たるかもしれんからな。そら、そっちもさっさと兵舎へ急げ!」
「! も、申し訳ない、今すぐ! おい、お前協力してくれるか!?」
「GUGYU!」
蜥蜴竜の了承を得たマーリー二等准尉は、その背へ飛び乗った。
「よし、急ぐ──」『──GUOOOOOOOOORURURUrururu.....!』
またしても、言葉を遮るように響き渡る轟音。
それも、先ほどの爆発音のような無機的なものではない。
もっと生々しい、何者かによる咆哮。
「GUGYU!?」
「うおおおおっ!?」
その咆哮は蜥蜴竜を恐慌状態へと陥らせてしまう。
背中に乗ったマーリー二等准尉を振り落としながら、スヴェンの横を走り抜けてどこかへと去っていった。
「イテテ……! だ、団長殿!? い、今のは……!?」
「……竜の咆哮だと……?」
「ドッ!?!?」
留置場とは正反対。
兵舎があるであろう方向から咆哮を響かせた、その正体を口にしたスヴェン。
「竜!? ド、竜がなぜこんなところに!?」
「……」
『王都』に『竜』。
龍託で伝えられた断片的な情報は現実となった。
だとすると、最後の『レイル』は何を指し示すのか。
(──いや、いいや! 今はそれを考えている暇はない! 今優先すべきは──何だ!?)
──王への報告か。
──留置場の制圧か。
──竜の相手か。
スヴェンに迷いが生じた。
分身を出せるのは一体のみ。
何かを諦めて行動しなければならない。
(竜の咆哮を繰り出したということは、確実に成竜クラス……! 何の用意もしていない兵舎の人員は太刀打ちすらできん。それに、もしも竜が兵舎の前に陣取られていたら、兵たちが出立することができず、立ち往生することになる。留置場地下の爆発も、帝国兵が関与していると考えていい。囚人たちを解放されて徒党を組まれたら厄介なんてもんじゃない。だが、この両方すらも囮だったら? 本命は別のところにあるとしたら? ……最悪、王が狙われていたのだとしたら?)
一度思考の渦に溺れてしまうと、際限なしに沈んでいってしまう。
──それこそが敵の意図であるとも知らずに。
「……舐めた真似しやがって」
ポツリと零れた言葉には凍るような殺意が込められていた。
そうして、スヴェンは決断した。
──掌を天へ掲げる。
「七星龍淵」
夜が下りてくる。
月の無い暗黒の空が落ちて、たった一人の手の中に凝縮されて、煌黒の剣が顕現する。
禍々しくも美しい、光を飲み込むように煌めく、漆黒の刀身。
──黒淵龍の龍器、龍尾剣<七星龍淵>。
それは、龍世界における最上の銘剣。
究極の一振り。
「マーリー二等准尉は王城へ向かえ。この状況を何としてでも王へ報告しろ。ここを通れば王城へ直通だ」
「は、え、あ、あの、留置場と竜の方は……!?」
「両方俺が片付ける」
そう言って、スヴェンは闇夜に溶けた。
後に残されたものは、暗黒が渦を巻く謎めいた黒い穴のみ。
「……え、ちょ、……えぇー!? て、展開に追いついていけてねぇけど、とりあえず行くしかねぇーっ!!」
マーリー二等准尉は意を決して、その穴の中へと飛び込んだ。
***
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