64.王都襲撃Ⅰ
──王城、王の執務室。
「では、ようやくジルアお嬢様と仲直りなさったのですね」
「うむ……」
「それは何よりです。……しかし、その割には浮かない顔をされてますが」
「……結局のところ、問題を先送りにしただけだからな」
リュグネシアの国王──マーカサイト・クヴェニールはため息を吐き、肩を落とした。
「天と氷の龍痣だと? そんなもの、手に入る訳がないだろう……。自分で口にしておいて、それがどれだけ無責任な言葉なのか……!」
「どれだけ荒唐無稽であろうと、可能性が0でない以上は賭ける価値があるでしょう。現にジルアお嬢様もそう判断したのですから」
「だがな、参謀長……あの天帝龍と氷絶龍だぞ? ──無理だ。一片の望みすらない」
「確かに彼の龍達は人類との関わり合いが全くと言っていいほどにありませんが、それは伝承や伝聞での話です」
「……伝承は真実を語るものだ。特に人の世に災いを齎す類のものならば尚更だ」
王は片手で顔を覆い、表情を隠して呟いた。
それを見かねてか、参謀長は王に向き合った。
「『今を生きる我々にとっては、実際に確かめてみなければ分からないことだ』……貴方の言葉ですよ、王。忘れましたか?」
「……緑竜の時のことを言ってるのか。あれはあくまで戦意を上げる為の方便であって──」
「それでも緑竜は倒されました。名のある竜を討伐したという事実に変わりはありません」
「あれはルノアの力があってこそだ。あの時王国に3つの龍痣があったからこそ、私は奴と戦う覚悟ができたんだ」
「であれば彼の英雄を呼び戻せばいい。それだけの事ではありませんか」
「簡単に言うがな! ルノアとの間に何があったかはお前も知っているだろうジェフリー! ルノアが今更私に力を貸すとは到底思えん! それに、地母龍の龍痣の後継も──……いや、違う。こういう事を話したい訳ではないのだろう」
王が立ち上がり、両手で机を叩きつけたが、すぐさま冷静さを取り戻した。
「……分かっている、これはただの私のわがままだ。……ジルアに危険な事をしてほしくないから、無理だと決めつけている」
「貴方だけのわがままではありませんよ。親ならば誰しも思うものでしょう。子を特別扱いするのは」
「……そう、だな」
「それに、案外すんなりと上手くいくかもしれませんよ? 今の王国にはルノア殿こそいませんが、アルル嬢がいらっしゃる。彼女ならきっとジルアお嬢様の力になってくれるでしょう」
「むぅ……アレはアレであまり頼りたくはないのだが……」
「大丈夫ですよ。不可思議な関係性ですが、仲自体は普通の友人同士ですから」
「そういう問題ではないのだがな……」
しかめっ面をする王に対し、参謀長は涼しい顔のまま書類に目を通していた。
暫し王と参謀長は黙っていたが、その静寂を破壊するかの如く、部屋の外からけたたましい足音が近づいてきた。
「何だ一体騒々しい……」
「ミセラ嬢に1金貨賭けましょうか」
「賭けるんじゃない」
やがて足音が執務室の前で止まり──バンッ!と勢いよく扉が開け放たれた。
参謀長の予想通り、乱入した人物は、王国騎士団団員のミセラであった。
「王様っ!! 緊急事態です!!」
「……礼節の話はさておき、聞こう。何があった、ミセラ」
***
「冒険者レイルが消えた、だと……?」
「そっ、そうなんですぅ!! ホントに、こう、煙みたいにボワァ~~~って感じでムサン? しちゃって!!」
「──アプレザル! 聞こえるか!」
ミセラの要領を得ない説明を聞きながら、王は卓上に備え付けてあった通信用の魔晶珠を操作し、アプレザルに呼びかけていた。
『聞こえておりますじゃ』
「冒険者レイルの部屋の防備は今どうなっている?」
『あの坊やの部屋ですか? ──……あらまぁ。これは……異なことに』
「消えているのか!?」
『結界内の魔術式が揺らいでおりますじゃ。これは……闇の龍気か……? いずれにせよ、遠隔では何が起こっているのか把握できません。直接確認する必要がありますじゃ』
「何だと……?」
「あっ、そうです!! 黒いもやもやがボワァ~~~ってレイルから出てきたと思ったら、いきなりシュゥーッて消えたんです!!」
「……」
「……」
『……』
ミセラがどれほど緊張感のない言動をしようとも、これ以上ないほどに緊急事態であった。
「……すまんが婆や、直接出向いて確かめてくれるか。私もすぐに向かう」
『御意に。しかしこうも短期間に二回も結界を破られると、自信を無くしてしまいそうになりますのう』
「馬鹿を言うな。アプレザルで駄目なら他の誰でも無理だったろうさ」
アプレザルはリュグネシア王国付きの宮廷魔術師であり、王国──いや、現存する魔術師の中でも最高峰の実力者である。
そんなアプレザルでも対処できないとなると、もはや誰にも打つ手がない。
「ミセラ、お前も付いてこい。道中詳しい話を聞かせてくれ。参謀はすまんが再び代理を頼む」
「承知いたしました」
「王様、おぶりましょうか!? その方が早いですよ!!」
「いらん。自分の足で行く」
王が席を立ち、外套を羽織った。
そして扉を開けようとしたところで、はたと動きを止めてミセラの方へ振り向いた。
「ミセラ、お前かなり騒がしくここまでやってきたようだが……まさかジルアにこの事を聞かれてないだろうな?」
「えっ。一番初めに姫様に伝えましたけど」
「お前は……!」
「えっ!? 何かダメだったんですか!?」
王は大きなため息と共に頭を抱えた。
「王、いつかはジルアお嬢様にも伝わっていたことですよ」
「そうだとしてもだ! 今のジルアに伝えるのは酷だろう!」
「ちょ、ちょっと待ってください!! レイルは消えちゃっただけです!! まだ死んでないです!!」
「……何? どういうことだ? お前の話では人体そのものが消失したように聞こえたが」
「確かにレイルは消えちゃったんですけど、レイル自体は消えていないといいますか……!! こう、説明が難しいのですが!! レイルはまだ生きてるんです!!」
ドン!! と拳で胸を叩き、力説したミセラ。
説明を放棄されてしまった王は眉間にシワを寄せて頭を悩ませていた。
「そう判断した理由が聞きたいのだがな……」
「いつものミセラ嬢の第六感によるものでしょうね。彼女のスキルによるものですし、十分信頼に値するかと」
「それは分かっているが、こう……根拠となる部分があると助かるのだが」
「言葉による説明が難しいのが第六感というものです。この場合考えられるのは、消えたのは本人ではなく偽物だったという可能性でしょうか。アプレザル媼、そのような魔術は存在しますか?」
『──ザザ──深き闇の──己の複製を作る影分身──ザザ──ございますじゃ』
「……? アプレザル、通信の様子がおかしいようだが」
『ザザ──確かに、何かが起こっておりますじゃ──ザザ──場合によってはこちらを先に──ザザザ』
ブチン、と。
通信魔晶珠からの音声が途切れた。
「何だ? 故障か?」
「繋がりませんね。魔術は生憎専門外ですので、原因までは分かりかねますが……」
「……手持ちの魔晶珠もダメだな。大本の魔術式に不備が出たのかもしれん。こうも立て続けに何か起こると不気味だが……待ってても仕方あるまい。ミセラ、案内してくれ」
「──」
「……? おい、どうした?」
王の呼びかけに対し、ミセラは応えなかった。
それどころか、天を仰いだまま微動だにしない。
「ミセラ、一体どうしたんだお前まで」
「──龍託、です。ジョウガ様が私に何かを伝えようと──」
「龍託だと? 黒淵龍のか!?」
龍託──龍よりの託宣。
眷属たちに意志を伝達する、龍の御業。
「聴こえません……ジョウガ様、もっとはっきりと……」
「……おい、これ触れて大丈夫なのか? あのままだと壁にぶつかるぞ」
「分かりませんが……恐らく放っておいた方が良いかと」
天を仰いだままフラフラと動き出すミセラ。
だがその先にあるのは壁だった。
「竜? 王都……? レイル? なんでジョウガ様がレイルを──あだぁっ!?」
「言わんこっちゃない……おい、大丈夫か」
「いったぁ~~~!! ……んもう、王様も参謀長さんも止めてくださいよぉ!!」
「止めていいか分からなかったのだから仕方なかろうが……」
「ミセラ嬢。龍託はまだ続いてますか? 聞こえ辛いよう素振りでしたが」
「えっ。……あぁっ!! 聴こえません!! 切れちゃいました!! ジョウガさまー!?」
もっかい!! もっかい!! やってください!! と叫びながら、両手を挙げてぴょんぴょんと奇行を繰り返すミセラ。
それを尻目に王は大きくため息を吐いた。
「ミセラ嬢、黒淵龍は何と仰っていたのですか? 断片でもいいので教えていただけると助かります」
「うぅんと……聞こえてきたのは、『竜』、『王都』、そして『レイル』っていう言葉だけですね。なんでジョウガ様がレイルの事を知っていたんでしょうか?」
むぅん? と首を傾げるミセラ。
しかし彼女以上に困惑しているのはそれを聞かされた二人だ。
「冒険者レイルの事もそうだが……その前の二つも聞き捨てならんぞ。王都に竜が飛んでくるとでも言うのか?」
「現状では何とも言えませんが、龍よりの託宣です。警戒度を引き上げるべきでしょうね」
「うむ、スヴェンは……クソ、通信が使えんのか。……まさかとは思うが、通信を妨害されているのではなかろうな……」
「だとすると、敵は既にこの王城に潜り込んでいるということになりますが……恐ろしい話になりますね」
「……ジョウガ様の声も、切羽詰まっているような感じでした。私も何か恐ろしいことが起こるんじゃないかって気がしてます……」
参謀とミセラは、王の方へと視線を向けた。
己の主君の判断を仰ぐように。
王は目を瞑り、暫し思考を巡らせていた。
が、部屋の外から聴こえてきた騒々しい足音によって、王の思索は妨げられる。
「……ミセラ、構えろ」
「はっ」
王の言葉を受けて、ミセラの纏う雰囲気が変わる。
彼女の腰に佩いた鞘から、するりと無鋒剣が抜けた。
剣の握りに手を掛けてすらいない。
ひとりでに剣が抜かれ、動いている。
見えない何かに突き動かされ、剣は部屋の入り口に近づいていく。
そうして、足音が部屋の前で止まった。
部屋の前で待機している兵との話声が聞こえる辺り、来訪者は敵ではないようだが……。
やがてドンドン、と激しめなノックが響いてきた。
「こっ、国王陛下! おられますか!? 緊急です!」
「何だ。そのままで話せ」
「はっ! お、王城前に竜が出現しました!! 現在警備の兵が交戦中です!」
***
読了いただき、ありがとうございます。
ブクマ・評価・励ましの感想などを頂けたら作者は飛び上がるほど喜びます。




