63.崩壊する夜
──王都、冒険者ギルド。
「いや~、しかし奇遇だなぁ! まさか王都でミーシャちゃんと会うなんてなぁ!」
「あはは……」
受付カウンターを挟んでの会話。
普段の気弱そうな表情とは違い、愛想笑いを貼り付けたようなミーシャの姿。
彼女の前で喋る樽腹の男──ダニーは、ミーシャにとっては気心の知れた存在であった。
「まっさかミーシャちゃんも王都に河岸を変えるたぁ、一体どんな風の吹き回しだい?」
「いえ、そんな……そういうお話を頂いたからっていうだけですよ」
「なぁんだ。ようやっとレイルを諦める気にでもなったかと思ったんだが」
「んなあっ!?」
途端、顔を真っ赤にして、書いていた書類を盛大に書き損じてしまったミーシャ。
「へっへへ! その様子だとまだレイルに未練があるみてぇだなぁ」
「なななな、何を言ってるんですか!? わ、私は別に……!」
「おいおい、別に今更隠さなくても良いじゃねぇか。リシアじゃほぼ周知の事実だしなぁ」
「そんな事実ございませんっ! ……もうっ! 書き損じちゃったじゃないですかぁ、ダニーさんの拠点移動届」
「だっはっは! 良いんだよ、ゆっくり書き直してくれや。ミーシャちゃん臨時で入ったんだろ? 後ろのなっげぇ列なんざ気にしなくていいさ」
──ダニーの言う通り、ミーシャは現時点では王都の冒険者ギルドの職員ではない。
用意されていた職員寮の部屋へ向かう途中、手が足りていないからと臨時で手伝いを頼まれたのだった。
「ですけどぉ……」
「よーく見な。並んでる奴らの八割は、新顔のミーシャちゃんにとりあえずコナ掛けとこうとする野郎共ばっかりだ」
「え……うわ」
ダニーの背後をちらりと覗き見ると……ニヤ付いた男冒険者達がわらわらと群がり列を成していた。
「顔見知りの俺と話してる方がマシだろ?」
「ですね……」
ミーシャは書き損じた書類を捨て、真新しい用紙に一から記入を始めた。
非常に遅遅としたスピードで、だったが。
「そんで一体どういう心変わりだい。レイルのことまだ諦めてねぇんだろ?」
「いえ……そのぅ……それがですね」
もにょもにょと言葉尻を濁すミーシャ。
「レ、レイルさんも王都で活動するみたいでして……」
「──何?」
「あっ、そうです! レイルさん無事だったんですよダニーさん! 知ってましたか?」
「いや……待て、それをどこで? 誰から聞いたんだ?」
「誰って、レイルさん本人からですよ」
「待て待て待て」
思わずといった様子でカウンターに身を乗り出すダニー。
「レイルと会ったのか? どこで?」
「王都ですよ。ファセットの辺りで偶然出会いまして」
「……それは今日の事か?」
「はい、今日のお昼前に会って……さきほどギルドの前で別れましたね」
「レイル一人だったのか? レイルの他には誰も?」
「え……? はい、お一人でしたけど……」
それを聞くと、ダニーは口に手を当て考え込んだ。
「ダニーさん、レイルさんと連絡を取ってないんですか?」
「…………」
「……ダニーさん?」
「──ん? あ、あぁ、悪い。……スマン、ああ言っといてなんだが書類早めに書いてくれるか?」
「は、はい! 分かりました」
ミーシャは慌ただしく動き出し、書類を書き始めた。
その様子を横目に、ダニーはミーシャから言われたことを頭の中で反芻する。
(レイルが一人で出歩いてただと? 副団長殿から聞いた話とは随分状況が違うじゃねぇか……。あいつまさか勝手に抜け出して──)
ゴオオォン────と、ダニーの思考を中断させるように、大きな間延びした音がどこかから聴こえた。
「……なんだ、今の」
「分かりません、けど……建物の下から聴こえたような──キャッ!?」
「うおっ!?」
次の瞬間、ギルドの建物が大きく揺れた。
ギルド内のところどころで悲鳴があがる。
「地震だと!? この王都で!?」
「ひゃあぁぁっ!」
突如ギルドを襲った揺れは数十秒間ほど続き、次第に収まっていった。
冒険者達は不安そうな表情を浮かべながら、各々避難していた場所から顔を出して辺りの様子を伺っていた。
「収まった、か……? ミーシャちゃん大丈夫か?」
「いたた……椅子から落っこちちゃいました……」
「怪我は?」
「だ、大丈夫だと思います……」
よろよろと立ち上がり、服についた埃を払うミーシャ。
「い、一体何が起こったんですか……?」
「地震だ! どいつが使ったかは知らんが、この王都でそんなもんが使われるなんぞ前代未聞の出来事だぞ!」
ダニーは注意深く周りを見渡している。
他の冒険者達も同様で、皆一様に警戒していた。
「気を付けろ! 次が来るかもしれん!」
──この王都は、地母龍の加護により守られている。
地母龍が司る地の属性の力は、王都内では無効化される。
その為、この王都内において地震のような魔術の行使は不可能とされていた。
……だが、例外はあった。
「来るぞ! 下からだッ!!」
ダニーが張り上げた声と同時に、ギルドの床がひび割れ砕け散った。
「きゃぁぁぁぁあっ!?」
そこから這い出てきたものは──……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──王都最南端、留置場の竜車置き場。
灯りのない夜道を歩く男の姿があった。
王国騎士団団長、スヴェン・クヴェニールである。
いつものように黒色の騎士鎧を纏っておらず、平服姿だった。
「……っと。あれか」
視線の先にあるのは、繋ぎ留められてあった騎士団員用の竜車。
ジルアからの言伝──騎士団員のレネグ・イドリースの様子を窺いに来たのだった。
だが、そこに目当ての人物であるレネグの姿はない。
(姿はなし、と。何の連絡もねぇし完全にバックレやがったか。……あのヤロウ、思い切りが良すぎるぞ)
騎士団の方にも彼からの連絡は来ていない。
恐らくジルアを助けるためだけに、王国騎士としての立場を投げ捨てたのだろう。
(元から姫さんの為に騎士になっただの抜かしてたからなぁ……)
スヴェンは溜息を吐いた。
──レネグ・イドリースという新進気鋭の騎士は、若手の中でも将来有望株だった。
仕事は真面目にこなし、性格も人当りが良い。顔立ちも良く、文武両道で騎士道精神にも溢れていた。
その上家柄もあのイドリース侯爵家の次男坊ということで、それはそれは入団当初は注目の的であった。
熱狂的な第二王女のファンという彼の本性が知れ渡るまでは、大層女性陣の人気が高かったものだ。
(だけどこれで辞められちゃ困るんだよなぁ~……)
頭を抱えるスヴェン。
優秀な人材の流出という点もあったが、厄介なのは彼が侯爵家──貴族側の人間であること。
それも王族と対立している側の貴族であるということだ。
レネグ自身は王国騎士団に入るにあたり侯爵家と距離を置いたようだが、それでも貴族のしがらみからは逃れられない。
もしもこのまま第二王女のために失踪でもされたら、間違いなく面倒なことになりうる。
(捜索隊の結成と割り当て考えなきゃなんねえよなぁ……あ~クソ、この忙しい時に手間増やしやがって)
また一つ大きな溜息を吐くと、竜車に繋がれたままだった蜥蜴竜に近づいて行くと──、
「スマンな、長い間放置して」
ポン、と蜥蜴竜に手を置いた。
目を閉じていた蜥蜴竜はそれで目を覚ましたようだった。
「GUGYU……」
のそりと起き上がった蜥蜴竜。
パチクリと開いた赤い瞳で、手を置いたスヴェンの姿を認識した。
「GUGYUGYU」
「おっと、悪い悪い。飯ならすぐ食わせてやるからちょっと待ってくれ」
グイグイと頭を押し付けてくる蜥蜴竜を宥めながら、スヴェンは竜車を固定していた鎖を外そうとする。
……が、
「GUGYU!」
「おいおい、暴れるなってば」
蜥蜴竜はなおも頭を押し付けることを止めようとしない。
その様は、まるで何かを訴えかけているかのようだった。
「……ん? 竜車の下に……何かあるのか?」
蜥蜴竜の頭から逃れようとした時、竜車の車体の下に置かれた何かを見つけた。
蜥蜴竜はどうやらそれからスヴェンを遠ざけようとしているようだった。
が、所詮は言葉の通じない異種族同士。
スヴェンにはその意図が伝わらなかった。
「よっと……何だこりゃ?」
「GUGYUGYU!」
片手で蜥蜴竜を封じ込めたスヴェンは、それを手に取ってしまった。
帝国の者達が仕掛けていった、忌まわしき兵器を。
──次の瞬間。
閃光が周囲を照らし、大きな爆発音が轟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──王都上空。
「ハハハハハッ! なんと団長が釣れたか! これはいい! 天運は我々に味方していると見える!」
背中から翼を生やした異形が空を舞う。
「行方を追ってきた騎士を消し飛ばして注目を集めて──などと目論んでいたが、想定以上の成果だ! ──オイ、聞こえるか?」
耳に付けた何らかの装置に向かって話しかけると、そこから返答があった。
『ああ、感度良好』
「予定通り始めろ。出来るだけ派手にな」
『へっへっへっ、了解だ。あの王様と騎士が悔しがる顔が目に浮かぶぜ』
それだけの要件を伝えて通信を終えた異形は、口角が裂けそうなほどに笑みを浮かべた。
レネグ・イドリースという、王国騎士の顔を張り付けたまま。
「龍痣持ちがあの程度で死ねば御の字だ。仕留められずとも暫くそこで足止めされていてくれ、団長殿」
***
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