62.名探偵アルル
レイルの部屋へと続く廊下を走る……!
「崩れて消えたってどんな風に!?」
「こう、何というか~……ぱさっとしてふわぁ~って感じでなんか糸みたいに解けて? 消えた? みたいな……!?」
「ミセラの説明ヘッタクソなんだよ! もっと具体的に言え!」
「そうとしか言えないんですよぅ!! と、とにかく急にそんな風に消えちゃったんですって~~~!!」
アルルと共にレイルの部屋に向かおうとした矢先のことだった。
ミセラが走って私の部屋の前にやってきて、レイルが部屋から消えたことを告げた。
ミセラが言うには、夕食を部屋に運び、レイルと話してる最中に突如消え失せてしまったらしい。
説明が全く要領を得ないけど、逃げたとか最初から居なかったとかじゃなく、突然レイル自体が煙のように掻き消えてしまったということは理解できた。
……というかいつの間にかミセラがレイルの世話役になってたらしい。
聞いてないぞそんなの。
「部屋には結界が張られてたはずだ! 婆やには伝えたのか?」
「まだですぅ! 一番最初に姫様に伝えなきゃって思いまして!!」
「それはありがとうな本当に! じゃあ次は父上に報告してきてくれ! 婆やにも伝わるはずだから!」
「わかりましたぁ!!」
キキィーーー! と急ブレーキを駆けて、反対方向へとミセラが走り去っていく。
それを一瞥もせず、レイルの部屋へと急ぐ……!
「……? おい、アルル!」
階段を一段飛ばしで駆け下り、再び走り出そうとして、アルルが付いて来ていないことに気付いた。
足を戻してみると、アルルは階段の踊場の窓から外を見たまま突っ立っていた。
「何してるんだ? 早く行くぞ!」
「あ、はい」
声を掛けると我に返ったように窓から離れ、こちらに向かってきた。
そこの窓からは外の城壁しか見えないはずだ。
「外に何かあったのか?」
「外というか……う~ん。説明が難しいので黙秘します」
「???」
歯切れの悪い返事だったけど、今はそんな事気にしている場合ではない。
再び走りだして、目的の部屋へと急ぐ。
レイルの部屋はこの階のほぼ端の位置にあると聞いた。
余っていた侍女や執事用の部屋を緊急で仕立て直したらしい。
「……っ。ここだ」
走ってたどり着いたその部屋には、かなり厳重な魔術結界が張られていた。
封鎖、探知、減衰、隠蔽、反射、遮断……もしかしたらそれ以上あるかもしれない。
様々な種類の魔術を混成し、結界として展開されていた。
私の部屋に張られていた結界よりも更に厳重だ。
「ほぼ独房みたいな部屋ですね。これ王様の部屋よりも厳重な防御じゃないですか?」
ただの壁に偽装された扉を見て、アルルがそう言った。
「……これ、アルルにも見えてるのか」
「ん? はい。アプレザルさんの作った結界ですよね?」
「……」
常人なら見破ることさえ出来ない隠蔽魔術のはずなんだけど……。
アルル自身の魔力が馬鹿高いから出来る芸当なんだろうか。
にしたって、なんでそんなに魔力が高いのかの理由が分からないんだが。
別にアルルの事情を探ろうとはしないけど、気になるのは気になるんだよな……。
「まぁ、いい。入るぞ」
「? はい、行きましょう。といっても誰もいないんですよね」
「ミセラが寝惚けて頓珍漢な事を言ってなければな」
とは言っても、予感めいたものはあった。
──恐らく、レイルはこの城の中にはいない。
外に出ていた時にすれ違ったあの人影がやっぱりレイルだったんだ。
一応ノックしてからドアを開ける。
「レイルさあん。王女様の大好きなレイルさんいらっしゃいますかぁ」
「……」
後ろでボケたことを言っているアルルを無視して部屋の中に入った。
ミセラの言っていた通り、部屋にレイルの姿はなかった。
……が、
「なん、だ……この龍気……」
部屋に踏み込む前から感じるほどに、おぞましい龍気が充満していた。
──闇の龍気だ。
目視できるほどの黒い靄となった龍気が部屋の上部に滞留している。
こんなところで闇の龍気が自然に湧くはずもない。
あまりにも場違いなその光景に、思わず足を止めてしまう。
「うわあ。すごい事になってますね。ここまで闇の龍気が濃密な空間は迷宮の深部にだってないですよ」
「あっ! おいこらアルル!」
能天気にも無防備に部屋に入っていくアルル。
「こんな闇の龍気が充満した空間に入ったら危険だぞ!」
「大丈夫ですよ。この龍気自体に悪い影響はないですから」
「何でそんな事が分かるんだよ……」
濃い龍気が漂う空間というのは、人間にとっては毒のようなものだ。
特に闇の龍気は、有害な影響を及ぼすというのが確認されている。
さっきアルルの言った通り、迷宮の深部には闇の龍気が濃く立ち込めていて、長く留まるだけで心に悪影響を及ぼす。
そのせいで深い迷宮に潜る際には対策は必須なんだけど……。
「迷宮の龍気はそういう障害物として機能しているだけですよ。指向性を持たされているんです。対してこの龍気はなんの指向性を持たされてもいない、純粋な龍気です」
「……どこでそんな事を知ったんだ?」
「え? えーっと……何かの本で読みました」
「……良いけどさ、別に」
その言い訳二回目だからな……?
龍気に指向性があるなんて初めて聞いた事だ。
アルルがそういうのならそうなんだろうけど……。
……くそっ、分からない事が多すぎてイライラしてくる……!
ずかずかと部屋の中へ進むアルルの後に続く。
……一応対心結界は展開しておくことにする。
「……そもそもなんでこの部屋に闇の龍気が滞留してるんだ?」
「それは分かりませんよ。この部屋で大量の龍気を必要とする何かをしたんじゃないですか?」
「……大量の龍気を?」
魔力ではなく……?
こんな純度の高い龍気なんてどう使うっていうんだ。
魔力に還元できないほどの高密度の龍気なんて、まるで使い道が思い浮かばない。
しかもそれをこんな場所で大量に……?
「王女様、何をしたかを考えるのは無駄ですよ」
「え……?」
「王女様の知識を貶す訳じゃなく、このドランコーニアには、人に解明されていない術理はまだまだ沢山あります。王女様が考えていたのは魔術の領分だけなのでは?」
「それ、は…………そう、だな」
言われてみれば当然のことだった。
この世には魔術だけじゃない。
呪術、聖霊術、錬金術……それに、帝国の機械技術。
私の知らない様々な術理は存在する。
ここで行使された何かがそれらに当てはまるのなら、ここで考えるのは無駄な事だ。
「ですから、考えるべきは──」
「──理由、だな。どうやったのかは置いておいて、なぜそうしたかを考えないといけない」
「む。決め台詞を取られてしまいました。理解が早いようで助かりますけど」
「何膨れてんだ……とにかく、だ。この部屋からレイルは消えて、この場には純度の高い闇の龍気が残っていた。ここから導き出される答えは……」
膨れっ面のアルルを置いて、思考の海に沈む。
──レイルは城下街にいた。この部屋ではなく。
けれど、先ほど消える直前まではミセラと喋っていたという。
時系列的には離れている。城下町へ行った後、部屋に戻った?
……違うな。そこは消えた理由に関係ない。
「……王女様、案外驚いていないんですね。レイルさんが居なくなった事。もっと取り乱すかと思っていたのですが」
「ん──あぁ、そうか。言ってなかったっけ」
「言ってなかった? 何をですか?」
城下町の王立図書館前で、レイルと思わしき人影と出くわしたこと。
この事が無かったら確かに今の私はもっと取り乱していただろう。
アルルにそこのところの経緯を話していなかった。
***
「認識阻害、ですか?」
「ああ。ほら、私がここから出ていく時拝借するって言ってた龍器の指輪の話をしただろ? それで展開できる古代魔術なんだ」
「……」
アルルはそれを聞くと何やら考え込む仕草を見せた。
なぜか認識阻害の古代魔術──影霊の韜晦に興味を持ったらしい。
あの人影をなぜレイルと判断したか、っていうところに突っ込みが入るかと思ったんだけど……。
「何か気になるのか?」
「気になるというか……こうも証拠が揃うと……うぅむ」
「証拠? 何のだ?」
「いえ、認識阻害もこの闇の龍気も、黒淵龍由来のものでしょう?」
「──そう、だな。確かに」
「では黒淵龍自体がこの状況を作り出した可能性がありますよね?」
「……ん? え? いや、待て待て待て。なんでそうなる」
「可能性の一つとしては十分あり得るでしょう。黒淵龍にレイルさんが攫われた……あ、いえ、この場合助けたんですかね?」
「ちょっと待て! どうして龍が急に話に入ってくるんだ!?」
アルルがさらっととんでもない推測を口にした……。
「まあまあ、落ち着いてください王女様。あくまでこれは仮定ですよ。ただ、状況的に見て可能性が高いのはその線じゃないかと私は思うわけです」
「……何の真似してんだそれ」
指で何かを挟むような手付きを口の前に持ってきて語るアルルの方が気になって、つい突っ込んでしまった。
「探偵と言えばパイプです。私最近探偵モノにハマってるんですよ」
「……んで? 探偵アルルサマのその突飛な発想のワケを教えてもらっても?」
一々突っ込むのも面倒になってきたので、話を先に進めることにした。
「簡単な事です。順を追って考えていきましょう。まず、レイルさんがここを去った理由についてです。もし外に出られる方法があったとして、どうしてレイルさんは部屋を出て行ってしまったのでしょうか?」
「それは……そもそもレイル自身が部屋を出ようとしたんじゃなく、誰かに攫われたとか。……は、ないな。アイツ普通に歩いてたし」
「そうですね。さっきの王女様の説明だとレイルさんには自由があったと見受けられます。なので、レイルさん自身の意思と能力でここを出たか、ここから脱出できる方法を持った何者かと協力関係にあったか。このどちらかと思われます」
「……前者はないな。アイツが私の知らない力を持ってたとしても、この結界を壊さず通り抜けるような能力じゃないと思う。絶対力技だ。だから結界に何かあったら絶対婆やが気付いてるはず」
「では後者の可能性ですね。ここから脱出できる能力を持った何者かと接触した」
「その何者かが黒淵龍だって言うのか?」
「ですです。そう考えるのが一番可能性が高い。大体、こんな濃度の龍気を扱えるのなんて龍様以外いませんよ」
「……それは……そうなんだろうけど」
今なお部屋を漂う闇の龍気は、そこだけ夜が訪れているかのよう。
これほどに濃い龍気なんてものは、確かに龍様にしか扱えないのだろうけど……。
「……納得いかない。何で急にそんな龍様が出張ってくる? 大体、認識阻害も私が付けてた指輪を使ってただけかもしれないじゃないか」
「確かにそれを使った可能性もあるのはありますが、その指輪の所在は今はスヴェンさんが持ってるんですよね? スヴェンさんがレイルさんにそれを渡す理由が今のところないんですよね」
「う……確かにそうだけど」
「それに、黒淵龍は昔から人間との関わり合いは盛んでした。最も人間側に寄り添っている龍様と言ってもいい。王女様も知っているでしょう? 影の郷の話」
「そりゃあ知ってるけども」
影の郷──リュグネシア王国内部に存在する秘境。
黒淵龍が管理する地であり、身寄りのない子や行き場のない者が招かれる場所なのだという。
そこは龍様が運営する地なだけあって、餓えや争いもなく永劫の平和が保たれているのだとか。
ドランコーニアの楽園なんて呼ばれていたりもするらしい。
影の郷へ行くには黒淵龍自体の案内が必要と言われているけど……。
「……もしかして、レイルは黒淵龍に見定められたってことか?」
「んー。どうでしょう。そんな強引に連れて行くことはないと思うんですけど……お姉さんは連れて行くならキチンと話を通していく几帳面な方なので」
「……」
なんかとんでもなく気になるワードが出てきたけど……突っ込んでも答えてはくれないから今は無視しよう。
「……龍様なら、アイツの身体をなんとかできたりするのかな……」
もしも本当に龍様がレイルを連れて行ったのなら。
きっとアイツの身体をそのままになんてしたりはしないハズだ。
「それは軽率に答えられませんが……今のところ上手くいってないみたいですね」
「え……? どうしてそんなことが分かるんだ?」
「だってそうじゃないですか。こんな分かりやすい証拠を残さざるをえないまま急に消えてしまったんでしょう?」
「証拠を残して、消えて……──!」
その言葉でピンときた。
「──影分身だ。古代魔術の一つ、本物そっくりの分身を作り出す術。黒淵龍はそれを使ってレイルの分身を囮にしてたんじゃないか?」
「お。よくご存じですね。私もそれを使ってたんじゃないかと思ってたんです」
「だけど、それが急に消えた──理由は分からないけど、消さざるをえない何かがあった」
「ですね。ここから先は何があったかは分かりません」
……結局のところ、全部推測だ。
もしかしたら見当違いな事を議論していたかもしれない。
けど。
もしも今の推理が的を得ていたのだとしたら。
「王女様を不安にさせたい訳じゃないんですが、どうも私はさっきからいやーな予感がしてまして。レイルさんを探しに行くなら早めに探しに行った方がいいと思うのです」
「……そう、そうだな。早くアイツを探しに行かないと……」
首筋にチリチリとした焦燥感が走る。
イヤな予感という曖昧な言葉では表現できないほどの、嫌な感じ。
ふと、部屋の端の寝台に置かれていた毛布が目に入った。
アイツが使っていた物だろう。
それを手に取ってみても、何の温もりも感じない。
たった数日離れているだけなのに、あの温もりがひどく懐かしく思えた。
「……ミセラさん遅いですね。結構経ってると思うのですが、誰も来ませんね」
「ん──確かに遅いな。こっちから直接連絡してみるか」
ジワリと目の端に浮かびかけた涙を拭って、懐に仕舞いこんでいた通信用魔晶珠を手に取った。
「おお。それはもしかして通信用の魔道具でしょうか」
「あぁ、成人祝いってヤツだ。待ってろ、今父上に直接聞いてみるから」
というか多分ミセラも同じもの持ってるんだよな。
わざわざ走っていかなくても通信で伝えればよかったのに……。
「んーっと、使い方は多分……こうして……こう、かな」
「説明書読まないタイプですね王女様」
「そんなもん貰ってないんだから仕方ないだろ……」
大体魔術師ってのは、見ただけでそれが何なのか、どう使うものなのかを理解することも重要な仕事の内だ。
「うん? なんか……ピーピーなってるけど、これで繋がってるのかな」
「そもそも繋がってないか、相手が通話中じゃないんですか?」
「通信先はデフォで入ってたもんだし……父上が通話中の可能性が高そうだな」
「まぁ王様ですしね。忙しいんじゃないですか?」
「……」
父上が忙しいのは普通のことだ。
だけど、どうにも……胸騒ぎがする。
「ここで待ってても無駄だ。直接話に──」
「誰か走ってきましたね。ミセラさんでしょうか」
ドタタタタタッ! と中々に騒々しい音が聞こえた。
緊急時だから仕方ないけど、平常時なら姉さんにお小言の五つくらいは貰いそうな勢いだ。
「ジルッ!!」
だけど、凄まじい勢いで扉を開けて部屋に飛び込んできたのは──、
「姉さ──姉さん!?」
可憐な容姿を振り乱すほどに慌てた姉さんの姿だった。
***
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