58.帳は下りて地獄が顕るⅢ
『それより、さっきの地下通路だけど、本当に何なんだろうね』
それは俺も気になっていた。
あそこは何のために作られたものなのか。
なぜあいつらはあんな場所に隠れ住んでいた?
「分からないけど……あの通路、奥に続いてたよな? どこに続いてるのか気になるんだけど……ジョーガちゃん、あの影を伸ばして探索するやつで分からないか?」
『途中で行き止まりだよ。アイツらがいた部屋以外に別れ道はない。龍技を使うまでもなく、ウチはそういうのが分かるの』
……ジョーガちゃんが言うなら、間違いないんだろうけど……。
何かが、気になる。
自分でもよく分からないけど、何かが。
「……ごめん、もう一度戻って確かめてもいいか?」
『む。ウチの言うことを信じられないの?』
「そういう訳じゃないけど……でも、やっぱり何か気になるんだよ」
あの地下通路は、何か……嫌な空気がしていた。
こういう時の勘は、大抵の場合当たってしまうのが嫌なんだけど……。
でも、さっき見たいな奴らがまだ潜んでいたら、被害に遭う人達が増えてしまう。
見て見ぬフリはできない。
『ふ~む……まぁ、今の状況なら、レイルっちの方が感覚が鋭いか。ウチはレイルっちの視界をリンクさせてるだけに過ぎないし』
「俺の視界を……りんく?」
聞きなれない言葉だった。
『ん、何でもない。よーするに、今はウチよりレイルっちの直感の方が鋭いってことだよ』
「か、龍様よりってのは流石に言いすぎだろ……?」
『今のウチはだいぶ出力を抑えてるからね。そこまで万能でもないよ』
「そうなのか……!?」
出力が低い状態で、今までの無法な技の数々を使ってたのか……?
『龍様はそんな簡単に表には出てこれないからね。何かしらの制約や縛りを付けた状態でしかこの世界に関われないの。龍様と言えどそんなに無茶はできないんだよ』
「そういうもんなのか……」
『……いや、まぁ、そんなの知ったこっちゃねぇ! ってカンジでずっとこっちに出っ放しのヤツもいるけどさ。アレは例外。無視して』
「お、おう」
龍様にも色々いるみたいだ……。
***
再び廃屋に忍び込み、床下の隠し階段へ。
「夜目が効くとはいえ、真っ暗なのは怖いなぁ」
『ナニそれ。レイルっち、そんなおっきな身体してるのに怖がりなの?』
「よく言われるけど……怖がりだよ、俺は。暗い所とかアンデッドとか普通に怖いし」
未だに苦手な事ばっかりだ。
冒険者なんかやってるけど、本当はモンスターと戦うのだって怖い。
傷付けるのも、傷付けられるのも、全部全部、怖い。
それでも、俺には戦うことくらいでしか役に立てないから。
『……そっか。キミの身体は、その心臓の力に耐えられるように肉体の方が変質したんだ。昔のキミはもっと小さかったもんね』
「やっぱり、この心臓のせいなのか。めちゃくちゃ急に成長したから普通じゃないとは思ってたけど」
『……そうだね。普通の成長じゃない。……でも、大丈夫だよ。きっと全部元通りになるから!』
ジョーガちゃんが明るい声でそう断言した。
「全部元通りって……この身体も?」
『うむ。ぜぇーんぶ元通りになる! ……実は、レイルっちの身体を治せる方法なんだけど……初めから一つだけ心当たりはあったんだ』
「え……」
初めから?
じゃあ、なんで…………なんて、聞くまでもないことか。
「初めから知ってて言わなかったって事は、試したくてもできないとか、試すのが難しいような方法なんじゃないか?」
『……うん。ちょっと強引なやり方だからね。きっと今のドランコーニアに色々混乱を生むと思う。……でもね、ウチは、それくらいの事をしたってキミを助けたいと思ってるんだよ』
「──」
言葉も出ない……なんていうのは、正にこのことだろう。
龍様が──ジョーガちゃんが、そこまで言ってくれるほど、俺は……。
「どうしてそこまで、俺なんかのために」
『理由は単純! ウチがキミのことを気に入ったから!」
ドン! という効果音が聞こえてきそうな勢いだった。
あんまりな理由に笑ってしまいそうになる。
「なんだそれ……。俺、ジョーガちゃんにそこまで気に入られるようなことしたのか?」
『うん。だって見てて面白いもん、レイルっちは。それに善い子だし、真っ直ぐで優しいからね』
「自分ではそういう評価、よく分かんないけどさ……龍様がそんな私情で動いて大丈夫なのか?」
『ウチたちにだって心があるからね。贔屓くらいそりゃあするよ』
龍様にも心があるなんて、今までのジョーガちゃんとの付き合いで十二分に分かったことだ。
知りたかったのはそこじゃない。
「俺を助けることで、ジョーガちゃんの立場が危うくなったりしないのか?」
結局のところ俺は。
他の人に迷惑を掛けてまで、自分が助かりたいとはどうしたって思えないんだ。
「俺を助けるのがどんな方法かは知らないけど、他の人に迷惑を掛けるくらいなら、俺は──」
『あーもう、うるさいうるさい! そういうのも全部分かった上でウチはキミを助けるって言ってるの!』
言い切る前にピシャリと遮られてしまった。
『キミがどれだけ拒んでもウチは助けるからね。ウチに目を付けられた時点で諦めるしかないんだよ!』
「そんな横暴な」
『龍様は横暴なのっ!』
どうにもジョーガちゃんは意見を曲げてくれないようだった。
……俺が拒否したところで、龍様には敵わないのだけど。
『キミの未来を──物語を、もっと見たい。……これまであった辛いことや悲しいことに負けないくらいの、完全無欠のハッピーエンドを見届けたいの』
「……それは、期待が重たいな」
ハッピーエンド、ときたか。
……考えたことすらなかった。
俺の終わり方は、どうしたらジェーンが悲しまずに済むかってことだけを考えてたし、先の事なんて……。
『考える時間は十分あるよ。だからさ、ホラ! こんなところなんてさっさと抜け出して、さっさとお城に帰ろっ! ウチのさっきの解析結果で別の方法が見つかるかもしれないしぃ……。もしかしたら、ジェーンちゃんがあっと驚くようなレイルっちを助ける方法を見つけてるかもしれないしさ!」
「そう、だな……。よし」
俺も、こんなところには長く居たくないしな。
さっさと確認して城の部屋に戻ろう。
難しい事を考えるのはそれからだ。
***
鉄梯子から地下通路に降り立つ。
相変らず、灯はさっきの部屋の扉下から漏れ出てる光だけ。
「さっきの部屋は……変わりないな」
相変らず喋り声が響いている。
『うん。無限ループしたままだよ』
「……後で衛兵を呼んでおくから、その時には解除してやってくれ」
流石にあのまま一日中は可哀そうだ……。
『甘いなぁ……あいつらどう考えても人の一人や二人は殺っちゃってるよ? カルマ値がそれくらいあるもん』
「カルマ値とやらが何かは知らないけど、人の罪を裁くのは法の仕事だよ。俺たちがする事じゃない…………って、ジョーガちゃんは龍様だから、そんなもん関係ないのか」
龍様が直接裁いたのなら、これ以上ないくらいに公平な審判なのかもしれない。
『まぁ、レイルっちがそうしたいならいいんじゃない? ウチはそういうのテキトーだから。……熱心に人を監視しては罰を与えるようなヤツもいるけどね。アレはもうなんか偏執的でキモい領域に入ってるから』
「お、おう……」
ジョーガちゃんがここまで言うからには、かなりヤバイ龍様なんだろう。
……一体どの龍様だろうか。
「……この中にいるのは全部で5人で間違いないか?」
『うん。というか、奴らとレイルっち以外の生命反応がこの空間一帯には一切無いね』
ジョーガちゃんが言うからにはそうなんだろうけど……やっぱり何か、嫌な気配がする。
胸騒ぎが収まらない。
首筋がズキズキと痛むような感覚がどうしても消えてくれない。
悪党たちの居た部屋を無視して通路を進む。
『その先は行き止まりだよ。他に道はない』
「……」
その通り、通路の先には行き止まりだった。
土の壁があるだけ。だけど……嫌な気配はこの先から、する。
壁を手で触れてみようとして──、
『待って! レイルっち、ストップ!』
「!」
ジョーガちゃんの待ったが掛かり、慌てて手を引っ込めた。
迂闊に触ると危険だったのかもしれない。
『……コレ、おかしい……構成がヘン……この壁、土じゃない……燃えてる?』
「……燃えてる?」
どう見たって土砂にしか見えない目の前の壁は、ジョーガちゃん曰く燃えているらしい。
燃えている──火が出ているのならば熱さを感じてもよさそうなものなのに、一切感じられない。
『私がこんなの見逃すはず──…………ここは危険だ。今のキミが立ち入っていい場所じゃない』
「…………」
急に態度を変えた。
それは、つまり。
この先に潜む敵の正体に気が付いたということ。
……龍様の目を欺くような存在がこの先に、いる。
燃える壁──火。
炎。
ドクン、と心臓が、脈を打った。
『今のキミがすべきことは、この事を誰かに伝えることだ。間違ってもこの先に踏み込むことじゃない』
──『いつかは君も、大切な人たちを守るために戦わなければならない場面が来る』
あの人の声がした。
言葉が強く脳裏に蘇って、反響した。
──『引けない戦いというヤツだ。誰しもそういう瞬間が必ず一度は訪れる』
──『その時が来たら恐れるな。躊躇うな。君は君の持つ力の全てを使って戦え』
──『闇の中を進め。活路を掴め。どんな絶望的な状況でも希望を捨てるな。勝つことだけを考えろ』
「そうだ」
進め。恐れるな。
『ちょっと!?』
土の壁に手を進めると、壁の中を手がそのまますり抜けていく。
ジュウゥッと香ばしい音がした。
同時に指先が焼けるような痛みに襲われる。
「ぐぅっ!」
確かにこれは土なんかじゃない。
熱い。炎で炙られている。
見た情報と感じる情報が食い違っている。
『なにしてるの!! ──月光の祈り!』
壁の中に入れた右手の先が眩く発光し、指先の熱傷が治っていく。
そして再び指先はそのまま炎で炙られていく。
『なっ……本当になにしてるの!? 手を引いてってば!』
ずぶりと右手の先を壁の中に進めていく。
ジュウジュウと音を立てて炙られる右腕がとんでもなく痛い。
──それでも進め。敵を見定めろ。
『~~~っ!! もう! 影霊の黒淵!』
「!」
黒い炎のような物体が放たれて、壁を飲み込むように塗りつぶしていった。
助かった。これで燃えずに進める。
『ちょっと! 聞いてるの!? ねぇってば! 進むのは危険なんだって!』
ここは王都だ。
ジェーンの故郷だ。
ジェーンの住む場所に危険が潜んでいるというのなら。
俺が行かないと。
俺が、戦わないと。
進め。一歩たりとも引くな。
一本道の通路の先に突き当りが見えた。
扉だ。
その先に敵はいるのだろう。
『止まって! 今のキミは戦えないんだよ!? ジェーンちゃんの頑張りを無駄にするつもり!?』
「──……」
足を、止めた。
『ジェーンちゃんだけじゃない! キミのためを思ってくれた人たちの気持ちが全部無駄になっちゃうんだよ!? お願いだから馬鹿な事は考えないで!』
全部、無駄に……?
そんなことは、したくない。
『……レイルっち? …………レイルっち? 返事してよ……?』
けれど、この先に潜んでいる何者かが、ジェーンを脅かす存在であるのならば。
俺は──……、
「────ああ、定期報告の通りだ」
「そう。少し期待していたのだけれど」
──声を、捉えた。
ドクン、と。
一際強く脈動する心臓の動きが、まるで他人事のように思えた。
「信用を得て内部に入り込んだつもりだが、奴に関する情報はほとんど得られなかった。年齢や容姿、生まれなどの情報は皆無だ」
「相手は龍痣持ちですから、情報は秘匿されていて当然です。もっと時間を掛ければ結果は違ったかもしれませんが……これ以上時間の浪費は許さないと上層部からの軍令が出ている以上、仕方ありませんね」
扉の先、男と女の話声。
その女/悪魔の声を、覚えて/刻み込まれている。
あの地獄を覚えている
覚えている
覚えている覚えている
お覚えている覚えている痛くて痛くて痛くて痛くて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて死んで死んで死んで何度も死んで生き返って殺される殺され続ける永遠に続く拷問が永遠が終わらなくて終わりがこないと解っていて死ねないなんで
大切なもの/弟妹がゴミのように捨てられて無価値に扱われて玩具みたいに壊されて殺された消えた残っているものが無くなったどうして殺したのなにもかも失った/奪われた目の前が真っ暗に
何度も何度も何度も切って何度も何度も切り刻まれて何が面白いんだ笑いながら切り刻まれて磔られたまま放置されて苦しくて殺してくれと頼んでも許されなかった死ねない終わらない終わらないのに終わってくれないのに、それなのに、どうして、なんで
──────あいつが、
生きているんだ。
「では──予定通り今夜、作戦を決行します」
「承知した。では俺は城に戻る。合図は予定通りだな?」
「ええ。一匹失ったのは惜しいけれど。それを差し引いても成竜五体ならば、十分にカモフラージュの役目を果たせるでしょう。あの拾い物達もこの時のために生かしておいたのだし。あなたは当初の取り決め通り、」
「ああ。混乱に乗じてオリジナルとリュグネシアの第二王女の確保を行う」
────────/────────。
心臓を穿つように。
脈動が/ドクンと/強く/高鳴った。
『ダメ、落ち着いて。君がすべきことはそうじゃない』
ダメだ
許さない
それだけは絶対に許さない許されないことだ
ジェーンは俺のモノだ
誰にも渡さない奪わせなイ絶対守ルオレダケノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ【カースドスキル∴ドラゴンハート:セブンシンズ・グリード 自動展開します。】
『ダメッ!!!』
【カースドスキル∴ドラゴンスケイル:マジックブレイク 発動します。第七層時空間層における魔術による減衰結界が破壊されました。】
『止まって!!! 影劫の継路!』
【カースドスキル∴ドラゴンスケイル:マジックブレイク 自動発動します。龍技の無効化に成功しました。】
『なっ!? お願いだから言う事を聞いて!』
【カースドスキル∴ドラゴンネイル:ウェポンチェンジ 発動します。】
剣を執れ。
進め。
臆するな。
心臓が激しく脈打つ。
ドクンドクンと沸騰する血液が心臓から全身へ循環する。
それと共に発狂するほどの懐かしい痛みが血管を伝って広がってゆく。
『ダメ! イルっ ! 戦お なん 考えな で!』
誰かの声がノイズ混じりに聞こえる。
どうでもいい、関係ない。
他の事は頭の中から排除しろ。
──発火しろ。
燃え上がるほどに脈を打て。
竜の心臓よ。
俺の全てを焼き尽くしていい。
だから、大切なものを守れる力をくれ。
もう、何も失いたくない、から、力を。
『ダメッ!!』
──剣を振り上げて。
地獄に繋がる扉へ叩きこんだ。
***
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