56.帳は下りて地獄が顕るⅠ
薄暗くなってきた王都の城下町を歩く。
「ジェーン、約束を破って外に出て大丈夫なのかなぁ……」
『ジェーンちゃんの気持ちも考えてあげなよ。レイルっちを助ける方法を頑張って探そうとしてるんだよ、きっと」
「でもなぁ……王様と上手くいってない感じだったし……あれ以上溝が出来たらマズイと思うんだよなぁ……」
高い城壁を目印に、出てきた門を目指す。
ジェーンの後を追うという選択肢もあったけど、どこに向かったのかすら分からないので諦めた。
「う~~~ん……」
『心配してるなぁ……まぁ、気持ちは分かるよ。手の掛かる子って放って置けないもんね』
「それって、前言ってたりっちゃんって子の事か?」
前にジョーガちゃんが話に出していた子。
察するに彼女も同じ龍なんだろう。
『そうそう。あの子はホントも~! 手が掛かっちゃうのなんの! 好奇心旺盛だからすぐに何処か行っちゃうし、色んなことに首を突っ込んで問題を起こしちゃうんだよ……。ウチがどれだけ後ろで手を回してるかなんて知らないだろうし……ホント困った子なの」
「……ジョーガちゃんはりっちゃんの事、大切に思ってるんだな」
口では何やかんや言っていても、言葉の節々に愛情が滲み出ている。
『まぁ、人で言う家族みたいなモノだからね。末の子だし色々と気に掛けてるんだよ』
「家族、か……」
もう名前も顔も覚えていない弟妹たちの事を思い出す。
あいつらのためならどれだけ辛いことがあっても耐えられた。
「手の掛かる子ほど可愛いって言うもんな」
『だねぇ。……レイルっちがジェーンちゃんを構いたくなった理由も、そういうところじゃない?』
「うーん……? 言われてみれば……」
確かに、ジェーンにはつい世話を焼いてしまう。
色々と危なっかしいところがあって目が離せないんだ。
「そうかもな。弟や妹みたいなもんだな、ジェーンは」
『……レイルっち。今のジェーンちゃんに言ったら絶対勘違いされるから言わない方がいいよ』
「え?」
何を勘違いされるんだ……?
***
「……ん?」
『どったの?』
視界の端に揺れ動く影を見つけた。
その先を辿ると──……、
「……あいつら」
『またぁ? この街の治安どうなってるのさ』
破落戸のような風貌の男が、女性の腕を掴んでどこかへ連れて行こうとしている。
女性の方は明らかに嫌がっているように見えた。
その腕には──特徴的な刺青。
十中八九昼間見た男たちの仲間だろう。
……ミーシャさんを送っていって本当によかった。
「助けよう」
『まぁ、見て見ぬフリはできないよね。レイルっちは』
距離が遠い。全力は出せないので小走りだけど……。
これ以上距離を開けられると見失って面倒になるな。
……言ってる間に男が角を曲がってしまった。
『大丈夫。ウチが追跡できるよ。程ほどでいいから』
「ジョーガちゃん何でもできるな……!」
『まぁ仮にも龍……えと、長生きだからね!」
「……ジョーガちゃんって龍様だろ? 詳しくは聞かないけどさ。今更取り繕わなくても大丈夫だよ」
『……エ、エヘヘ。まぁそういう前提で色々話しちゃったもんね……。ホント今更だよね!』
隠してたんだろうけど、今までの話から何となく分かってた。
というか俺の頭の中でだけ喋ってたり、龍技を使える時点でとんでもない存在なのは明白だった。
「ジョーガちゃんって何の龍さまなんだ? 俺が思うに光の龍様だと思うんだよな。優しくて明るいし」
『え゛。えーーーっと……。そ、そこのところは秘密でオネガイシマス……。あ、そこの道を左ね』
「? わかった」
歯切れの悪い反応を返してきたジョーガちゃん。
もしかしたら違ったのかもしれない。
でも、今までの言動からしてもそれっぽいんだよな。
世界のルールを破った龍を探すという使命感も、光の龍の悪を裁くという話から来てるのかと思ってたんだけど。
「……いないな」
人通りの全くない路地裏。
王都の外壁が近くに見えるところから察するに街外れのようだ。
古びた廃墟のような建物が幾つも連なっている。
『建物の中に連れ込まれた。レイルっちの立ってる場所から左の三つ目の建物』
「了解」
どう考えても奴ら、女性を連れ込んで暴行するつもりだろう。
この手の輩は後を絶たない。冒険の最中にも何度か見かけたものだ。
早く助けてあげなければ。
『ちょっと待って。中に大勢いたら今のレイルっちじゃ危険だよ』
廃墟の扉に手を掛けようとしてジョーガちゃんに止められる。
確かにそうだった。
今の俺は魔術による封印で激しい動きができない。
「でも、今から衛兵を呼んでくるわけにもいかないしなぁ……。ジョーガちゃん何とかできるか?」
『モチ★ 任せて! ウチの龍技なら何人いようと関係ないから!』
「頼りにしてます」
龍様頼みっていうのもなんだけど。
というか龍様に敵対されるって、あいつらが何だかかわいそうになってくるな……。
***
「……お? 何だお前ら? メス連れて来れたのは俺だけかよ」
古ぼけた角灯が照らす薄暗い部屋の中に、数人の男がいた。
「うるっせぇ! 想定外の事態が起きたんだよ!」
「見ろこれ! 手が折れちまってる! 絶対折れちまってるよこれ!」
「どいつもこいつもなっさけねぇ……。ほら、こっちだ」
「きゃっ!」
最後に部屋に入ってきた男が、腕を引っぱって女──まだ成人もしてなさそうな少女を、乱暴に部屋の中に突き出した。
「おいおい、歳が若すぎるだろ! そういう趣味でもあったかお前?」
「バッカお前、若い方が締まりが良いだろ! それによぉ! こういう何も知らない無垢な娘をぐちゃぐちゃにしてヤるのが最高なんだろが!!」
「ぎゃはは、違ぇねえ!!」
下卑た笑い声を上げる男たち。
「あ、あの……わたし、家に、家に帰らなくちゃ、いけなくて……夕飯のお使いの途中、なので」
がたがたと震える少女は、辿々しい口調でそんなことを言い出した。
片手に持っていた布の包みには食材が入っており、その言葉通りお使いの途中だったのだろう。
「はっはぁ。おじさんたちのお使いも頼まれてくれよ。なぁ?」
「きゃっ!?」
男の一人が少女の腕を取り、釣り上げるように持ち上げた。
男達の目が、少女の身体を舐めるように視姦する。
「流石王都だなぁ。ん? こんなガキでもツラが良くて発育がいいし、綺麗なおべべ着てんだからたまらねぇ。そこらの村のガキだとこうはいかねぇよ」
「あぁー分かるぜ! 俺もめちゃくちゃレベルのたけぇメスが居たから狙ってたんだけどよぉ……途中で邪魔されちまってこのザマだ、クソッ!」
男の一人が手を大袈裟に振りながら言った。
その手は大きく腫れて変色していた。
「俺らも邪魔されてせっかく奪った砂金を取られちまったんだ! クソ、何だったんだアイツ……! オメェも無様にやられ過ぎなんだよ! 図体ばっかりデケェ役立たずが!」
「で、でもよぉ兄貴ぃ、アイツはヤバかったよ……! ありゃもう人間じゃねぇよ……!」
「ガタガタうっせえんだよ! あんなん魔術使ったに決まってらぁ! クソっ! ……おい! 誰からヤる!? 頭がいなけりゃまず俺からでいいよな?」
「バカ、何言ってんだ! 連れてきた俺からに決まってんだろが」
その言葉を皮切りに、男たちはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。
男たちの腕には特徴的な刺青──彼らの故郷の村章が刻まれていた。
彼らの故郷の村は既にない。
度重なる周辺地域の紛争やそれに伴う飢饉によって滅びてしまった。
何もかもを失い、生き残った者達に残された道は少なかった。
生き残った者がなし崩し的に集まり、傭兵団という名の山賊紛いの集団が結成された。
彼らは王国各地の村々を襲っては略奪を行い、その日暮らしを繰り返す。
故郷を滅ぼされたという免罪符が、彼らの頭から良識や道徳といった倫理観を奪っていったのだった。
大抵そういった賊徒の集団は、すぐさま王国の警邏組織に捕捉されるものだが、彼らは違った。
傭兵団を率いる頭目の男は狡猾だった。様々な手で王国の監視の目を掻い潜り、今日まで生き延びてきた。
だが、その頭目は今やいない。
大金に目が眩んで帝国の誘いに応じてしまった結果、意図せずして王国騎士団との戦いに駆り出されてしまう事態に陥り、頭目一人が手下を逃す形で騎士団に捕縛されてしまったのだった。
「クソ……何が今の時間帯は警備が薄いってんだ。あんなのがそこら辺にいりゃ衛兵がうろついてんのと変わりねぇだろうが!」
手を腫らした男は悪態を吐きつつ、誰が最初に少女に手を付けるかの言い争いの輪から外れ、木箱の上に腰掛けた。
それに近づくのは、先ほど仲間から役立たずと罵られた筋肉達磨の大男。
「お、大兄貴……! やっぱりあの女の言う事聞くのやめときませんか? あの女からはどうにも嫌な感じがするんですよ……!」
「じゃあオメェ、頭を助けるのを諦めるってのか?」
「そ、そんな事ねぇですが……! ほ、他の方法を考えませんか?」
「だからよぉ、俺らの脳ミソじゃそんな案でてきやしねぇんだ! そういうことを考えるのはいつも頭だったからな! その頭が牢獄にぶち込まれてんだから仕方ねぇだろうが!」
「う、うぅ……すいやせん……!」
***
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