53.親子の楔Ⅳ
国の宝を個人のために使う訳にはいかない。
そんなの、当たり前の話だ。
……できないって分かってて、どうしてこんな話をしたんだ。
話してくれたことは嬉しいけど、結局助けられないんじゃ意味がない。
「私はこの国の王だ。国を、民を守る義務があり、責務がある。それゆえ、個よりも全体を生き長らえさせることを優先しなければいけない」
「……そりゃ、父上はそう言うしかないだろうな」
国を治める王として当たり前の判断だ。
国としての全体と個人の命、どちらかを切り捨てなければならないのなら、国を取る他ない。
誰だって同じことを考えるだろう。
それが、何よりも大事な人の命でなければ。
「聞けジルア。このオーヴムは王国の存続に必要不可欠なものだ。王国で現在保有しているオーヴムは使うことはできん。……言っている意味が分かるか?」
「え……? …………あ」
そうか。
代償に捧げられるオーヴムは別にこれだけとは言ってない。
「ここにあるオーヴムじゃなくても、いいってこと?」
「そうだ。……とは言っても、所有者のいないオーヴムの数は限られている。先ほどは言わなかったが、オーヴムはこの世界を象る八機の龍の数だけ存在している」
龍の数だけ……一機につき、一つのオーヴムがある。
「今王国で所有しているのは、地・闇・虹……は除外しよう。ルノアは王国の戦力として数えるべきではないな」
英雄ルノア……先代の騎士団長。
朧気だけど記憶はある。
ぱっと見は普通の青年だったように思う。
けれどその実態は、あの緑竜をも倒した王国最強の竜殺しの騎士だ。
王国の英雄として未だに語り継がれている、ともすれば父上よりも有名な人物。
王家とも親交が深かったらしいが、その頃の私は物心が付いてなかったくらい幼かったので、あまり覚えていない。
彼は私が5才くらいの頃、騎士団長の座をスヴェン義兄さんに譲り渡して騎士団を去ったと言われている。
詳しい事は知らされていないけれど、とても悲しいことがあったみたいだ。
同時期に母上が卒去された事もあり、この頃の王家は本当に大変な時期だったらしい。
「炎の龍痣を持っていたと思しき人物はルノアが倒したと聞いている。帝国の地は元は炎の龍を奉っていた小さな島国だった。おそらくオーヴムは帝国上層部の手に戻っているだろう」
「地・闇・虹に炎はダメ。なら、残るは……溟・天・光・氷の四つ?」
「溟は連邦が所有している。光の龍のオーヴムだが、あれこそが件の代償として捧げられたという話の発端らしい。実際、文献でも光の龍の龍痣を持つ者の記載は一つもなかった。恐らく、代償として捧げられたオーヴムは二度とこの世に顕現することはないのだろう」
「それじゃあ……残るは天と、氷か」
「あぁ、その二つだけは未だどこの国も所在が掴めていない。だがあの二機……天と氷の龍は……人に対して非常に苛烈だ。オーヴム自体を人の手に渡らせていないやもしれん」
天と氷の龍……天空を統べる龍と、極北の凍土に巣くう龍。
片や空を封鎖し、片や北の大地を覆い尽くす、絶対の存在。
領域を犯す者は何者であっても死から逃れられない──と、されている。
そんな存在が人に力を与えるかと言うと……父上の言う通り、無い可能性の方が高い。
「待って……結局これ、無理なんじゃ……?」
「可能性だけで言うならほぼ不可能に近いだろうな。だが、あるかどうかも分からない古代魔術を探すよりも、よっぽど現実的だ」
「それは、そうかもしれないけど……」
「オーヴムを探す許可は出そう。だから、帝国との戦いに加わるという馬鹿な考えは止めてくれ」
「──……」
それが最大の譲歩だと言わんばかりに、反論すらさせないような威圧感を放つ父上。
……実際、帝国と戦ったとしても、レイルを救う手立てを帝国が持ってるかすら分かってない。
なら、現実的なのは……オーヴム探しの方、だろう。
「分かった」
「約束だ。必ず守れ。今後帝国の者と出会ったとしても、戦わないようにしろ」
「……父上がそこまで言うなんて、珍しいね。天と氷の龍よりも帝国の方が恐ろしいみたいな言い方して」
「ああそうだ。あの苛烈な龍々よりもよっぽど恐ろしい。奴らは精神性が人の領域を逸脱している。……いや、そもそも人ではないのかもしれぬ」
「人じゃない……?」
帝国兵はモンスターか何かだとでも言うのか?
「とにかく、帝国の者とは決して戦うな。約束しろ。ここで確約しなければオーヴム探しの許可も出さん」
「……。……うん、約束する。絶対に帝国とは戦わない。……それでいい?」
「いいだろう。では……今日は部屋に戻って休みなさい。今後は私室から出ることは許可するが、外出する際は必ず私に話を通してからにしろ」
「分かったよ……」
流石にここまで譲歩されては、約束を破れるはずもない。
ソファから立ち上がる。
一度頭を休ませて、考え直さないといけない。
レイルのこと。レイルを救うためにはオーヴムが入る。
オーヴムを探すために情報が必要だ。
それと、アルルに謝らないと。
後、レネグの事も。
これからやらなきゃいけないことは色々ある。
……色々あるけど、まずは──、
「父上。──今まで、迷惑や心配掛けて、本当にごめんなさい。……父上が本当のことを話してくれて、嬉しかった」
「ジルア……」
アルルの言う通りだった。
ずっと気持ちが通じ合わないままだったら、きっと私は後悔していた。
「これからも心配は掛けると思うけど……心配するだけじゃなくて、信じて見守っててほしい」
「…………」
「……」
……なんか、言ってから気恥ずかしくなってしまった。いやに沈黙が重い。
ここからどうしよ……と、困っていると、先に口を開いたのは父上だった。
「子は……いつの間にか大人になるものだな。……こんな小さな頃は、お父様お父様と私の周りを付いて回っていたのにな」
「そぉっ!? そ、んな事あったっけ……!?」
「あったとも。あの頃のお前は目に入れても痛くない程可愛かった」
「うぐぅ……ッ!!」
そんな記憶ない……!
ないよ多分……!
「もう行くから! 父上もお仕事頑張って!」
「──待ちなさい」
「何!」
もうここに居るの恥ずかしいんだってばぁ!
「これを渡すのを忘れていた」
「え?」
父上から渡されたのは、上等な手触りをした天鵞絨の小箱。
リングケースのようなその小箱の中には──小さな丸い宝石のようなものが入っていた。
「成人の祝いだ。渡す機会が無かったからな」
「これって……魔晶珠?」
魔晶珠──魔晶を加工して作られた魔道具。
魔晶はそれ自体に魔力を蓄積する効果がある。
その点に着目し凝縮加工して作られた魔晶珠は、魔術をあらかじめ仕込んでおくことで簡易な魔術を発動する魔道具となる。
普通の魔晶珠は、もっと大きな手の平大のサイズなんだけど……これはかなり小さく加工できている。
それも、かなりの高純度だ。
「まだ市井には流通していない、軍や騎士団でのみ試験的に運用しているものだ。婆やが考案した広域通信魔術がセットされている。使い方は婆やから聞きなさい」
「……すごいな、これ」
かなり高度な魔術式が、この小指の先ほど小さな魔晶珠に込められている。
パッと見ただけでも数十……いや、百を超えるかもしれないほどの入れ子構造。
……一生を掛けても仕組みを解き明かせる気がしない。
やっぱり婆やはすっごい。
「イヤリングとして身に着けられるようになっている。無くさないようにしなさい」
「うん……本当に、ありがとう。…………でも、これさ」
「何だ?」
「盗聴魔術とか仕込まれてないよね?」
トラウマものの出来事だから。
これからふとした時に思い出して叫び出すかもしれないくらいの出来事だったから。
何もかもを疑っていかないとやってられない……!
「……。そんな訳ないだろう」
「何今の間。ねぇ! 何今の間!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぐすん……本当にげんこつをいただくとは思いませんでした」
第二王女の私室──ジルアの部屋で、アルルは正座させられていた。
「子どもがダメなことしたら叱るのが親の責任だからな」
騎士鎧を脱いで私服に着替えたスヴェンが、アルルの前に椅子を置いて座っている。
アルルはげんこつを貰った頭部を擦り、恨めしげに上目遣いでスヴェンを見上げていた。
「親って……私の親はお父さんなんですけど」
「あの放蕩野郎の代わりだ。昔から面倒見てやってんだから、俺にはそのくらいの役割がある」
「……親代わり、ですか」
「文句あるか?」
「……いえ、ないです」
アルルは少しだけ不満げな顔だったが、素直に引き下がった。
「それにしてもびっくりしました。王様がいきなり来たこともなんですが、私の変装が見抜かれちゃったんですよ。王女様の魔術はほぼ完ぺきでしたし、私もこういう事は得意だったのですが」
「お前、そりゃ当たり前だ」
「何がです? あのストラスさんが気付きもしなかったくらい完璧な演技だったのに」
アルルが首を傾げて、スヴェンは呆れたように息を吐いた。
「……それ、あんまり掘り返すなよ。アイツ気にしてるみたいだから」
「ストラスさんは仕方ないですよ。だって私が演技したんですから。問題は王様です。何か看破するスキルでも持っていたのですか?」
「違う、スキルとかそういう問題じゃねぇんだ」
「?」
キョトンとするアルルを見て、スヴェンは苦笑した。
「親が子を見間違えるハズないだろ」
そう告げると、アルルは大きく目を開いて固まった。
そしてすぐに相好を崩し、泣いているような、笑っているような、どちらでもなさそうな表情を浮かべたアルルは、ゆっくりと顔を俯かせた。
「だから、お父さんは、私を娘だと思っていないのでしょうね」
「……お前の事情は込み入ってるから、また別の話だ」
「そうですかね? 同じ話に思えますが。きっと私という不純物が私の中に入っているのが、お父さんには我慢ならないんでしょう」
自嘲気味にそう言って、アルルは顔を上げた。
(酷ぇ顔……)
スヴェンはその様子に小さくため息をつくと、頭を掻きながら言う。
「あー、クソ……! いいか? 何度だって言うが、あの時お前は正しい事をしたんだ。お前がああしてなけりゃ全部がめちゃくちゃになってた。あいつだってお前がいなけりゃ命を断ってたかもしれん」
「……」
「それぐらい親にとって子は大事な存在なんだ。それに、あの子の感情も記憶も、お前は引き継いでるんだろ? それを必死で守ろうとしてるお前が間違ってるはずない」
「……そうでしょうか」
「あいつだってそれを分かってるからこそ、お前と距離は置いても、絶対に戻ってくる。……今は時間が必要なんだよ、あいつには」
「それは、分かってますよ」
そうは言ったが、アルルの顔は納得しきっていなかった。
けれど、先ほどと比べて多少はマシな表情を取り戻していたようにスヴェンの目に映っていた。
「──分かったなら説教は終わりだ。……ったく、姫さんの事情に首を突っ込むなって言っただろ」
「だって、言われる前にお願いされたんですもの。断れませんよ。……それに」
それまで出していた悲壮な雰囲気はどこへ行ったのか、いつも通りの調子で反論するアルル。
「私の、初めての友達からの頼みですからね。あの子のお願いはなるべく聞いてあげたいんです」
そう言ってアルルが薄く笑みを浮かべた。
表情筋があまり動かない彼女にしては、とても珍しいこと。
──ジルアの事を、大切に思っている証拠だろう。
その事を感じ取ったスヴェンは、それ以上何も言わなかった。
「それで、スヴェンさん」
「何だ?」
「私の親代わりとは言いましたけど、スヴェンさん達の本当の子供はまだなんですか?」
容赦ない一言にスヴェンは腕を組んで天を仰いだ。
見上げた先には破壊されたシャンデリアが映るのみ。
「……そろそろだよ」
「前もそう言ってませんでしたっけ。頑張ってくださいね。応援してるんで」
「……」
アルルの無責任な励ましにスヴェンは沈黙で返した。
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