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backup  作者: 黒い映像
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52.親子の楔Ⅲ

「つまり……私の魔術師としての才能は、王族として生まれたから得た才能であり、冒険者としてその力を振るうのは間違ってる……って言いたいの?」

「そうだ。魔術の才だけではないがな」


……そんなこと、考えたこともなかった。

魔術は私にとっての当たり前だったから。

それが、王族として生まれたから得たものだというのなら……この力は、相応しい場所で発揮しなければ……いけないのかも、しれない。


「……お前が城から出る前は、高等魔術院で魔術の研究をするのがいいかと考えていた」

「高等魔術院って……母上と同じ?」

「そうだ。エファートもそこに席を置いていてな。アプレザルと共に様々な魔術の発展に寄与してきたのだ」


高等魔術院……母上と同じ仕事……。

少しだけ興味はある。

けど、やっぱり私は……。


「お前は頭がいい。他にも道は色々とあるだろう。……だがな、王族としての立場も考えねばならぬ。人の上に立たねばいかんのだ。それが力を持った者の責務だと覚えておいてくれ」


……人の上に立つことなどない冒険者として生きることは許されない。

暗にそう言っているんだろう。


「相応しき場所に力が行き届いていなければ、それは歪みとなる。歪みは放置しておくといずれ決壊を迎える。何事も同じだ。お前という力を持った人間が、冒険者として目的無くそこらを彷徨(うろつ)いたままだったら、いずれ厄介な事態を招いていただろう」

「いや、目的無くって」

「何か目的があったのか? 傍から聞いていれば、その日暮らしで飯が食えればそれでいい、といった感じだったが」

「……」


ぐうの音も出なかった。

……しいて言えば、冒険者として生活することが目的だったから、冒険が出来れば何でもよかった。

アイツと一緒なら、どこへ行ったって楽しかった。


「ジルア、お前はもう子供ではない。既に成人している。その力をどう使うかよく考えた上で、これから進む道を決めるんだ」

「……私は……」


私の、進む道。

ずっと冒険者でいたかった。

アイツと、冒険できればそれでよかった。


けれど、それはもうできない。

なら、私が進む道は──たった一つだ。


「私は、レイルを救いたい。レイルを救うためにこの力を使いたい。──帝国と戦うために、この力を役立てたい!」

「……お前は」

「これが、私の力の相応しい使い道だと思うんだ」

「そこに戻ってくるか……」


父上が深く目を瞑り、額に手を当てて溜息を吐いた。

本当にごめん。でも、これ以外なんて考えられない。


「父上が心配してくれてるのは分かった。けど、戦う力がありながら何もしなかったのなら、それこそ責務から逃げたことになると私は思う」

「……」

「私は母上の事、性格も声すらも覚えてない。……だけど、母上も同じことを言うと思うんだ」


何か明確な理由があったわけじゃない。

ただ、ふとそう思っただけ。けれど、きっと間違いじゃない。


「……私は帝国が恐ろしい」

「!」

「冒険者レイルの件は前触れに過ぎないかもしれん。帝国の内部ではもっと恐ろしい事態になっていてもおかしくはない。……それほどまでに帝国の闇は深く、底知れぬ」


レイルが、前触れに過ぎない……。

レイルよりも酷い事になってる人たちが、帝国の内部にいるかもしれない。

じゃあ、猶更だ。


「帝国に対抗するには、相応しき力でなければ無理だ。お前では──」

「じゃあもっと強くなる! 父上に認められるくらいに!」

「……お前はまだ未熟だ」

「さっきもう子供じゃないって言った! 成人してるって言った!」

「……確かに成人してはいるが、心が未熟なんだ。お前の心はまだまだ幼いままだ」

「心だって成長してみせる! もっと大人になるから!」

「そういう問題ではないっ!」

「じゃあどういう問題なのか分かるように言ってよっ!」


声を荒げた父上に負けじと私も声を張り上げた。

昔は一喝されると泣いて逃げるしかなかったけど、今は違う。


「……」

「黙らないでよ。私に分かるように、ちゃんと教えて」

「……お前は守られるべき王族だ。前線に出る必要など無い」

「武勲で讃えられて貴族になった者だっている。王族だからといって前に出ない理由にはならない」

「…………私に、娘を死地に向かえと言わせるのか?」

「兵士の皆にも親はいるよ。私だけ特別扱いしないで」


今の私、とっても嫌な奴だ。

けど引くわけにはいかない。

アイツを救うには、帝国と戦って情報を得る事しか道は残ってないんだ。


「……一年前、同じ事で言い争いになったっけ。私を帝国軍との戦いに連れて行って、なんて事を言って」


ふと、思い出した。

懐かしい。あれが始まりだったっけ。


「……そう、だな。私は一喝してお前は泣いて逃げて……そのまま城からも出て行ってしまった」


父上に私の力を見せつけるチャンスだー、なんて考えて、意気揚々と父上に直談判しに行ったんだよな。

……なんで怒られたのか、今になって分かる。


「今の私は力を認められたいってだけの子供じゃない。レイルを──帝国に害されている人を救いたい。それが私の責務だ」


絶対に助けるって決めたから。


「馬鹿な娘でごめん。でも、これだけは譲れないんだ」

「──」


父上はそれから深く目を瞑っていた。

長い沈黙だった。

緊張で掌に汗が滲んできた頃、ようやく父上が口を開いた。


「お前を、帝国との戦いに連れて行くわけにはいかない」

「父上! 私はっ」

「聞け。──冒険者レイルを救う手立ては、帝国の情報に頼らずとも他にある」

「──……え?」


父上の言葉が一瞬理解できなかった。

……レイル、を救う手立てが、他にある……?


「レイルを助ける方法があるの!?」


ガタンと硝子張りの円卓が大きく揺れる。

無意識のうちに立ち上がって父上に詰め寄っていた……!


「落ち着きなさい」

「落ち着ける訳ないっ! そんな方法見つけてたのなら最初から教えてよ!!」

「元はこの話をするためにお前の部屋を訪れたのだがな。アルル嬢を囮にして抜け出していたのは、さてどこの粗忽者だったか」

「うっ……! し、仕方ないだろ!? こっちも必死だったんだから!」


クソ、本当に間が悪いな私は……。

アルルもレネグも巻き込んで迷惑かけて……結果的に無駄な労力を使わせてしまった。

特にレネグに至っては、騎士団の仕事すっぽかしてまで突き合わせてしまってる……。

後で義兄さんに事情を話しておかないといけない。


「そ、それで? その方法っていうのは……?」

「少し待て」


父上はそう言うと席を立ち、奥にある寝室らしき部屋へと入っていった。

すぐに戻ってきたかと思うと、両手に何かを抱えていた。

それは──華麗な彫金が施された、黄金の小箱だった。

……如何にも貴重なアイテムを仕舞ってますよ、といった感じだ。


「これは……?」

「開けてみろ」


言われるがままに円卓に置かれた小箱に手を伸ばす。

留め金を外して蓋を開くと、中にあったのは──……、


「黄金の……卵?」


そうとしか言いようのない、楕円形の物体が入っていた。


「オーヴムと言う。我らの先祖である建国の父、リュグネシアが地母龍様から三つの至宝を賜った話は知っているな?」

「うん」


絵本にも載ってるような有名な話。

単なる創作かと思われているが……これは事実だ。

連綿と続くクヴェニール王家に語り継がれてきた真実であり、実際に地母龍様から下賜された至宝は存在している。


「その話を今したって事は……これがその一つってこと?」

「そうだ。ストラスが管理する龍器(アーティファクト)、お前が受け継いだ始源魔術(オリジンマジック)。そして最後が──このオーヴムという事だ」

「これが……」


箱の中に鎮座する黄金色の楕円体。

これが地母龍様の至宝──オーヴム。

私の知らなかった、最後の一つ。


「これは、どういうモノなの?」

「その話をする前に、カレドナが……戦死した事は知っているか」

「……うん。聞いたよ」


留置場に向かう竜車の中でレネグから聞いた事実。

正直今でも信じられないけど、父上の口から聞くと実感が湧いてくる。


「そうか。……非常に残念な事だった。私は今でも信じ難いが──オーヴム(これ)がこの場所に在る事が、何よりもその事実を裏付けている」


父上でさえも副団長さんの死は受け入れがたいものだったらしい。

……それもそうか。ずっと父上の側近として仕えてきて、一緒にいた人だったんだから。

私より父上の方が何倍も辛いに違いない。


「このオーヴムの力はカレドナへと受け継がせていた。継承者であるカレドナが死したことで再び私の元へと返ってきたのだ」

「オーヴムの力? 副団長さんが受け継いでたって……」


それは、もしかして──。


「オーヴムは認めた者に(かみ)の大いなる力を授ける。その証として龍痣(ドラグマ)──手の甲に印が発現する。お前にちゃんと話したことはなかったが、そういうことだ」

(かみ)の、大いなる力……」


龍痣(ドラグマ)──その存在自体は知っている。

スヴェン義兄さんもその力を持っている一人だ。

詳しい事は話してくれなかったけど、空間転移を始めとした人智を越えた力を発揮できるのは、そのおかげだということ。

副団長さんが異様に身体が頑丈だったのも、(かみ)の力を授かっていたからだ。

そしてレイルの昔の話の中にも出てきた、帝国の女研究者。

それと、元王国騎士団団長だった英雄ルノアも同じく。


「もしかして、オーヴムの力をレイルに継承させるの……?」

「話がそう単純だったらよかったのだがな」

「え?」


てっきりそういう話なのかと……。

現存する(かみ)の力なら、あるかどうかも分からない古代魔術(ロストマジック)よりも、よっぽど可能性があるように思えるけど。


「地母龍様の龍痣には、もしかしたらそういう力もあるかもしれないが、な」

「もしかしたらって……え? どういう能力があるか分かってないの?」

「単純な膂力や守りが飛躍的に向上するという力があるのは分かっているが……地母龍様の龍痣は特別でな。与えられた力が強すぎて継承者の身体の方が耐えられないことが多いのだ。あのカレドナでさえも力の一割も引き出せなかったと言っていた」

「じゃあ、他にどんな力があるか分かってないんだ。……もしかして、レイルなら力を受け入れて、地母龍様の力を引き出せるかもしれないってこと?」

「いや、それではリスクが高すぎる。現状で死に体であるのに、さらにオーヴムの力を受け継ぐなど自滅行為に等しいだろう」

「……じゃあ、これをどうする気なの……?」


今の話を聞いて、オーヴムの力自体がレイルを救う手段に繋がるようには思えなかった。

父上は私の問いを聞いて、再び目を瞑って瞑想するように黙り込む。

しばらくして目を開き、ゆっくりと口を開いた。


「オーヴムを、代償に捧げる」

「…………え?」

「オーヴムを──(かみ)の力を代償に捧げることで、その強大な力を別のモノ──例えば生命力などに変換することができる……らしい」

「らしいって、それもちゃんと分かってないの?」

「これは婆やからの情報だ。私が実際にこの眼で見たわけではないが、確かな情報のようだ」

「婆やが……」

「今を持ってこの手段以外は見つかっていない……恐らく待っていてもこれ以上は出てこんだろうな」


あの婆やが調べても、たった一つしか解決手段は見つかってない……。

なら、この方法しか、ない。

地母龍様の至宝と引き換えにするしか──……。


「先に言っておくが、この方法を行うことはできない」

「……え?」

「当たり前のことだが、オーヴムの力は王国の財産なのだ。ましてやこれは国の戦力に直結する問題だ。おいそれと失うわけにはいかん」

「そん、な……! だって、このままだとレイルが!」

「オーヴムの力を失うということがどれほどの事か分かるか? 国の戦力は間違いなく大幅に低下する。他国との──帝国との戦いで、もしも負けるようなことがあれば……その時は、この国の終わりだといってもいいだろう」


冗談でもなんでもなく、本気で父上は言っている。


国か、レイルか。

選ぶまでもないことだと。

***

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