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backup  作者: 黒い映像
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51.親子の楔Ⅱ

なんで今更心配するようなそぶりをみせるの。

私の事なんてどうでもよかったんじゃなかったの。

いつも怒ってばかりだったくせに。

私の意思を無視するような事ばかり言うくせに。

今更そんな事言われたって、信じられるわけないでしょ。

全部、全部嘘だ。でたらめ言ってるんだ。


「……なんで……」

「なんで、とは何がだ」

「……どうして、そんなことを言うの」


顔が上げられない。

どんな顔をして、父上がそんな事を言っているのか分からない。


「親が子の心配をしたらダメなのか?」

「~~~っ! 今までっ! そんな事一度も言ってくれなかったっ!!」

「お前が言わせなかったんだろう。お前は私の事を嫌っているから、顔も合わせたくないとばかりに避けていた」

「違うっ! 父上が、私のこと嫌いなんだろっ!?」

「馬鹿を言うな。子を嫌う親などいない」


違う違う違う!! 父上はそんな事言わない! 言うはずがない!


「母がいなかったお前には色々と辛い思いをさせただろう。その分ストラスも婆やも、周りの皆がお前が寂しがらないように気を遣っていたはずだ。……だが皆少々甘やかしすぎた。誰もお前に強く当たれなくなったのだ。ストラス達には、お前が嫌がる事を言い聞かせるような事は終ぞできなかった。……このままだと、お前はとんだ世間知らずで我儘な娘になると私は思ったのだ」


──……なに。


「だから私だけはお前に厳しく接する事にした。そうすれば嫌われる事は分かっていたが……お前の将来が心配だった」


なんだよ、それ。

そんなの、そんなのって。

そんな事言われて、今更、どうすればいいの……。


「だがそれも間違いだったようだ。耐えかねたお前は城を出て行ってしまって、私は城中の皆から責められた。もっといい方法があったはずだと。……だが私にはこんなやり方しか思いつかなかった」

「……父上は、悪くない」

「いいや、私が悪かった。エファートならばもっと上手くできたのだ。あいつならきっと、お前の気持ちも理解して上手に諭せただろう」

「違うっ! 私がバカで我儘だったから!」

「お前のせいではない。人は誰しも最初は幼く自分本位なものだ。そこからどう育つかが重要なのだ。私は上手くお前を育ててやれなかった」

「だからっ!」


立ち上がった拍子にソファが揺れた。

軋む音がした。

感情の大きさと同じくらい。


「勝手に決めてっ! 勝手に納得しないでよっ!!」


ずっとそうだった。父上はいつもそうだ。


()()を話してくれればちゃんと聞いた! 父上がどういう考えを持って接してくれてるかを話してくれればっ、それで良かったのに!」


なんで初めから、そう言ってくれなかったの。


「……そうだな。今になってからそう思う」

「私はっ! 私はぁっ……!」

「落ち着きなさい。ちゃんと聞いてやるから」


宥めるようにそう言われて、自分が興奮していたことにようやく気付いた。


……深く息を吸って、吐いて。心を落ち着けてから、口を開く。

言いたいことがたくさんあった。


「……私は…………ちゃんと、父上に見てもらいたかった」


たくさんあったけれど、ぽつりと口から零れた言葉は、たったそれだけ。


「ちゃんと見てほしくて、……認めてもらいたかった」


たったそれだけのことなのに、なんで今まで言えなかったんだろう。

溢れていく雫で視界が歪んでいく。


「見ていたとも。……ずっと見ていた。お前が城から出て行った後も。お前が冒険者として活動していた間も、ずっとだ」


──……ほんとうに?


「最初はすぐに音を上げて戻ってくるかと思っていたが、私の予想は外れたな。……お前を助ける者がいて、お前はそれを頼った。これには正直言って驚いた」

「……どうして?」

「お前は差し伸べられた手を取らないと思っていた。自分の力だけでどうにかできるなどと過信しているとばかり、私は思い込んでいた」


……確かに、あの時の私は、一人でなんでも出来るようになろうと躍起になっていた。

そうして、父上を見返してやろうって思っていた。


けど、それじゃダメだった。

私一人だけだったらきっと最初の冒険で……。

いや、冒険に出る事さえなく、どこかで困って立ち止まっていたに違いない。


「たった一人でできる事などとても少ない。誰かの手を借りなければ、相互に協力し合えなければ、どうにもならない事の方が多い。……自分を認められたいという功名心だけで勇むお前は、必ずどこかで失敗すると思っていた」

「……」


本当に、父上は私のことをよく見てくれていた。

幼稚だった私の考えを見通していて、私の為に厳しく接してくれていた。

そんな父上を私は……煩わしいと感じて、遠ざけて……でも、認めてほしかった。


「そしてお前は色んな失敗をしたな。けれど、お前はその度に助けられて、学んだ。成長することができた。……冒険者レイルとの出会いは、お前にとって良薬だったのだろう」

「……うん。私は……レイルに会えて、よかった」


レイルと出会っていなければ、きっと私は今も独りで、城の中で燻り続けていた。

自分の何がダメなのか、考えても分からなくて、ただもどかしさに苛まれて。


レイルのお陰で私は変われた。

レイルに助けられて、自分の浅はかさを思い知った。

私がどれだけ子供だったのかを、嫌というほど自覚させられた。


……それでもアイツは。

こんな私と、一緒にパーティを組んでくれた。

一緒に、居てくれたんだ。


***


「だがな、それにしたってお前は少し問題を起こしすぎだ。どれだけ私たちが後ろから手を回したと思っているんだ。改めて言うまでもないが、衛兵に魔術を掛けるのは重罪なのだぞ?」

「う……」

「まったく……。そんなところまでエファートに似なくていいものを」

「だ、だってそれは……そう! 全部悪党をとっちめるのに必要だったからだよ」

「初めて迷宮に入ろうとした時は関係なかっただろう。あの時のお前はただ迷宮に入りたい一心で法を破った」

「うぅ……。あ、いや、あの時の衛兵も結局は悪党だったわけで──」

「後からでは何とでも言える。大体、悪党を捕らえるのに法を破っていい道理があるものか。悪党を捕らえるのは衛士の仕事だ。……お前がやらなくていい事なんだ」


また怒られてる……。

けど。

今は、父上が私を心配してそう言ってくれているのだと分かってる。


「……父上なら、悪党を見逃さなかっただろ」


私の見ていた後ろ姿はいつもそうだった。

いつだって正義を成して、悪を許さない人だった。


「……私の真似をしたとでも言うのか?」

「……」


そんなにはっきりと言葉にされると、頷き辛いんだけど。


「……子は親の背中を見て育つと言うが……ふぅ」


天井を見上げた父上。

心中の程はいかがだろうか。


「お前の言い分はよく分かった。だがな、その上で言おう。お前がやらなくていい事なんだ、それは」

「……」

「王族としてやるべき事は他にある。……お前が王族の暮らしが嫌だというのは承知の上だがな、逃げられんのだ。生まれからは」


……アルルにも同じことを言われたっけ。

生まれだけは、生き方だけはどうしたって変えられないって。


「ジルア。どうして私が口やかましく王族の務めから目を逸らすなと言っているのか、分かるか?」

「それは……貴族(ノブレス)()義務(オブリージュ)ってやつでしょ」

「そう、義務だ。位貴き人種とは何たるかを民に示す責務。それを怠れば国は立ち行かなくなる」


どうしたって、望んで生まれを決められるわけがない。

生まれ落ちた人種で、家柄で、人生の道行はほぼ決まる。

そして、その身分に見合った責任が生まれる。


うんざりだ。

王族の娘に生まれ落ちたという理由だけで、国を、民を、背負わせないでほしい。


「父上、私は」

「お前が言いたい事は分かっている。勝手に生まれを決められて、好きに生きられないことが気に入らないのだろう? ……だがな、お前は王族として生まれたことによる恩恵を、存分に享受して生きてきたのだ。お前が城で毎日食べていた食料も、着ていた服も、寝床も、全て王族でなければ享受できなかっただろう」

「そんなの、私が望んでほしいと言った訳じゃない!」

「そうだな。これは勝手に出されたものを享受していただけに過ぎん。金銭で払い戻そうと思えばできるものだろう。……では、お前の力はどうだ。お前の魔術師としての力。それすらも王族として生まれていなければ得なかったものだ。王族の魔力を受け継ぎ、宮廷魔術師であるアプレザルより学びを受けた、魔術師としての力。お前はそれすらも望んで得たものではないと言うのか?」

「それ、は……!」

「仮に望んで得たものじゃなかったとしよう。ではそれを返せと言われて返すことができるのか?」


……そんなこと。


「できるはずが、ない」

「そうだ。形無きモノを返す事など出来はしない。不可逆なのだ。お前の王女という身分も、力も、返すことなどできないんだ」


諭すように、言い聞かせるように。

けれど、決して有無を言わさぬ威厳をもって父上が語る。

私はただ黙って聞くしかなかった。


「王族として得た力は、相応しい場所にて発揮せねばならない。……例えば私が、今王都で話題のクレープ屋で店員として働いていたとしよう」

「え゛」

「颯爽とクレープを焼く王の姿を見て、皆はどう思うだろうか」

「いや、それは……話題になると思うけど」

「そうだな。幾らか話題にはなるだろうな。……だがそれが何日も続けば?」

「……王としての仕事をしろって苦情が来る」

「そうだろう。王としての仕事は国を豊かにすることだ。クレープを焼いている暇はない」

「でも、仕事の合間に息抜きくらいは必要だと思うよ?」

「ふむ、それも一理ある。ではこうしよう。クレープは週に一度、休日のみ販売とする」

「いや待ってごめん。私が悪かったから、話を戻して」


クレープの話に浸食されてきてるから。

……父上、クレープにハマってるのか?

いや、分かるよ。

だって美味いもんな、クレープ。

***

読了いただき、ありがとうございます。

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