49.禁忌
「──いや、しかし驚きました! 王女殿下がこちらへいらっしゃるなどとは一言も聞いておりませんでしたので!」
「ごめんなさいね、緊急の要件だったの。私が来たという事実も内密でお願いしたいのですけれど」
「なるほど! それはもう! 我々王国軍兵士一同、王女殿下のお役に立てるならこの命など喜んで差し出しましょう!」
「いえ、内密にしてくださるだけでいいんですが……」
……現在地は王都最南端、兵舎の奥にある留置場。
──絶賛潜入中だ。
受付で捕まえた兵士に姉さんの姿で話したら、面白いくらい事が簡単に運んでいった。
分かるよ、姉さん美人だもんな。
「長い道のりでしたがようやく到着です! こちらが例の者を収めている監房になります」
無骨な装飾の長い廊下を渡って幾つかの部屋を通り過ぎて、浮遊石で地下深くへと移動。
そこから更に歩いた先にあった部屋で兵士が立ち止まった。
ここが──帝国の兵を捕らえている監房らしい。
扱いとしては重犯罪者とほぼ同じだ。手続きが済まされ次第、大監獄へと移送されるとの事。
その前に来られて本当によかった。
「先導いたします。さぁどうぞ中へ!」
「ありがとうございます」
兵士に促されるまま中へ入る。
狭い部屋だった。初めて泊まったギルドの宿部屋よりもなお狭い。
入ってきた扉の反対側には硝子窓の付いた扉があり、その向こうに鉄格子の檻が見えた。
「こちらで簡易ですが検査を受けて頂きます。王女殿下に対して大変不敬で申し訳ないのですが、一応規則ですので!」
兵士が、壁に引っ掛けられていた、先に珠のようなものが付いた細長い棒を取った。
身体検査用の魔道具だろう。
見た限り……魔力波動と金属を感知するタイプだ。
「えぇ、問題ないわ」
嘘。問題大有りだ。
そいつを近づけられるだけで私の変装魔術が見破られてしまう。
──もう、演技をする必要もないか。
すい、と左手に持った魔杖を突きつけた。
「ごめんなさいね──闇、翳りて、夢幻に誘う」
「お? お、ぉぉぉ……」
一般兵程度の装備じゃ短縮詠唱でも防げやしないだろう。
意識を失って倒れようとする兵士を支えて、ゆっくりと床に下ろした。
「──……ふぅっ」
変装魔術を解除する。
アルルになっていた時とは訳が違い、背丈も服装も全て魔術で加工しなきゃいけなかったのでかなり魔力の消費が激しかった……。
だけど、潜入は見事に果たせた。
後は扉を開けた先にいる帝国兵から情報を聞き出すだけだ。
「ごめんな」
眠りに落ちた兵士を壁際に寄せて懐を探り──鍵束を取り出した。
「よし、あった」
魔術で無理やり開けてもいいけど、今はなるべく温存したい。
扉の前に立ち、拝借した鍵束の中から合いそうなものを探して……鍵穴に挿した。
ガチャリという音と共に、分厚い鋼鉄の板が開いた。
「……」
薄暗い。鉄格子の檻の先は闇に包まれている。
一歩。扉の先へ足を踏み入れた。
「光、灯る」
杖の先から灯を出して、監房の中を照らした。
すると──、
「誰だ、お前」
照らし出された監房の中から声が返ってきた。
ベッドの上に胡坐座りをしている男がいた。
短く刈り上げた短髪はくすんだ赤茶色。
目つきは鋭く、腕には特徴的な刺青が入っている。
一目見て破落戸だと分かる風貌だった。
「さっきの見てたぞ。守衛を眠らせやがったな? もしやオレを助けに来てくれたのか?」
「……」
何ともおめでたい勘違いをしているみたいだ。
「おい、無視すんなって。助けに来てくれたのなら早くしてくれよ。もう限界なんだ」
「──お前が、帝国の兵で間違いないな?」
「……女?」
男が立ち上がって私の方へ歩いてきた。
杖を突きつけて、何が起こっても対応できるようにしておく。
「へぇ……随分上玉のアマじゃねぇか。あいつらよくこんな魔術師雇えたな」
「おい、それ以上勝手に喋るな。お前が帝国の兵で間違いないかって聞いてるんだ。答えろ」
「あぁん? 帝国ぅ? どうでもいいだろそんなの。おい、それよりとっとと出してくれ。食って寝るには不自由ねぇが溜まっちまってしょうがねぇんだよ」
そう言って鉄格子を拳で殴りつけて、ガンッと大きな音を鳴り響かせた。
「なぁ、ヤれるか? 金ならここから出たらいくらでも払えるんだがよぉ」
男の目線が胸元へと向いている。
……この男が話す言葉を脳が理解していく度に、心が凍ったように冷たくなっていく。
「なぁ、いいだろ? へへ、あんたもそんなデケェ乳してたら持て余してんじゃねぇのか? オイ」
ひゅん、と杖を軽く振って魔力塊を頭のすぐ横に飛ばした。
耳を切り裂き、そのまま背後の壁まで飛んで、破裂音を立てて弾けた。
「イッ!? おいコラァ! 何しやがるテメェ!!」
「黙れ」
男が怒鳴り散らしているが、何ら気にせず杖の照準を頭に合わせた。
「次は、ない。お前が帝国の兵で間違いないな?」
「……オレを助けに来たってわけじゃなさそうだな」
「答えろ! 無駄な口を開くな!」
「はぁ……メンドくせぇな」
男は頭を掻きながら座り込んで、面倒くさそうに吐き捨てた。
──舐めきられている。
今すぐにでも爆裂魔術を放ってやりたい衝動に駆られたけど、我慢だ。
ここで殺してしまえば潜入の意味がない。
「執拗に帝国出身かどうか聞いてるってことは、あの国の情報を探りにきたスパイってところか?」
「……」
「はっ図星かよ。……なぁオイ。交換条件でどうだ? 帝国の事を教える代わりにそのデケェ乳を揉ませてくれよ」
下劣な顔で男がニヤついた。
──もう、いい。言葉を交わすだけ無駄だ。
「なんで牢に入ってる悪党が上からモノを言えるんだろうな。不思議だよ。頭の中には何にも詰まってないのか?」
「……あぁ?」
「お前の頭の中に脳みそ入ってるかって言ってんだ。知能指数サル以下の悪党にもそれくらいは分かるだろ?」
「クソアマが調子に乗ってんじゃねーぞ」
立ち上がって私を睨む男を鼻で笑う。
正直バカにしたのが分かってるか心配だったが、どうやらその程度の知性は備えていたらしい。
「バカにされてるのくらいは理解できるみたいだな。良かったよ、ここまで来た苦労が無駄にはならなさそうだ」
「あぁ? テメェ一体何言ってんだ」
「お前の頭に直接聞くって言ったら意味が分かるか?」
一歩進んで杖を男の顔に突きつけた。
流石にここまで言ったら何をされるのか分かったらしく、男の表情から余裕が消えていった。
「おい待て。テメェまさか……!」
「正解だ」
「ふざけんなよ! お、王国じゃ捕虜の扱いは法で定められてるはずだろ!」
鉄格子から離れてベッドの端まで逃げた男が、顔を真っ青にして震えている。
無理もない。これから自分の身に起こることを想像すれば、誰だって恐怖を覚えるだろう。
「私が今更法を気にするような人間に見えたか? 残念だけどそんなところに隠れても無駄だ」
「やめろ! はっ、話す! 帝国の情報は話すからっ!」
「もう遅い」
「おっ、オレたちゃただ命令されただけだ! 仕事だったんだよ! 何も関係ない!」
本当かどうかは直接聞いて確かめる。
必死の形相で叫ぶ男の声を聞き流して杖を男に向けた。
──禁忌の魔術、と言われるものがある。
それは思いもしないような外法であり、人道に反するもの。
深い闇の術理に触れた者のみが扱うことのできる高等魔術。
あまりの悪辣さに各国が共同で使用を禁止する法が作られたほどだ。
そして私は──その内の一つを扱える。
心核解体──人の心をバラバラに分解して記憶を直接覗き見る、禁忌の魔術。
バラした後に正しく元に戻さないと心が壊れて廃人になってしまうが、元に戻す気なんてさらさらない。
「闇、翳りて、──」
「オイッ!! やめろっ! ぶっ殺すぞテメェ!!」
逆上して何かを投げつけてきたが、牢内からの攻撃は全て無効化されるように結界が張られてある。
無視して詠唱を続けた。
「堕ちよ、堕ちよ、堕ちよ、堕ちよ、──」
ぶわりと高まっていく闇の魔力が杖の先へと収束していく。
「頼むッ! 何でも喋る! それだけはやめてくれっ!! それを食らった奴が二度と正気に戻らなかったのを見たことがあるんだ! 頼むッ!!」
知るか。自分たちがどれだけの事をしてきたのか考えろ。
同情の余地は微塵もない。
「深淵、──」
そして──……。
「ジルアッ!!」
ここに、居るはずがない人の、声がした。
横合いから右腕を掴まれて杖の照準を外される。
魔術式が途中で止まり、魔力が霧散して消えていく。
「……なんで」
なんで、父上がここに居るんだよ。
直後、バシィンと乾いた音が鳴り響いて、私の体が弾き飛ばされた。
「ぐっ!?」
衝撃で悲鳴が漏れ出て、視界が一瞬暗転する。
──頬をはたかれたと気付いたのは、床に倒れこんでからだった。
倒れ込んだ私を、父上が見下ろしていた。
「この馬鹿娘がっ!!!」
ビリビリと全身を震わせるほどの怒号が室内に響き渡った。
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