46.誰に認めてもらえずともⅣ
それから留置場に着くまでの間、会話はなかった。
(……良い意味で頭が冷えた)
アイツの姿を見て少し興奮してしまったけど、今は冷や水をぶっかけられたように冷静だった。
自分がやらなければならない事を改めて認識したからだ。
(レイルを、助けなきゃいけない)
今から行うことは、そのための手段を知るための、調査。
最終目標へ近づくための前段階に過ぎない。
例えこれが上手くいったところで、その後どれだけの道のりがあるのかすら分からない。
(それでも、何もやらないよりはマシだ)
待っているだけで誰かが助けてくれるなんて思っちゃいない。
「ジルア様、そろそろ到着します。裏の竜車置き場に止めますので、そこまでお待ち下さいませ」
「ああ、分かった」
竜車の小窓から外を見ると、兵舎と思しき建物が見えた。
生まれてからずっと王都に住んでいるけれど、この場所には来たことがない。
ただ、地図上の所在地と、そこがどんなところかの知識があるだけだ。
(この先にあるのが──目的地の留置場、か)
城の中にあるような簡易的な留置場所ではない。
罪を犯した者が身柄を拘束される場所として専用に作られた建造物。
聖霊士によって犯した罪を暴き出され、その罪の重さによって投獄される期間が決まる。
より重罪を犯した者を大監獄へと送るための中継地点でもある。
──城に戻ってから聞いた話だ。
ここに、先の戦いで捕縛された帝国軍の兵士がいる、と。
そいつが私の目的。
(レイルの身体の事についての情報を知っていれば上々。知らなければ帝国軍の情報を探ればいい。知っている奴にたどり着くまで何度だって繰り返してやる)
我が国は捕虜の扱いに対して大変に寛大だ。
人道的見地とやらに基づいた扱いが徹底され、それが無視された場合は逆に罰せられることとなる。
拷問など、もっての外だ。
だけど。
(ルールを守らない国に対して、こっちだけが律儀に守って何の意味があるんだって話だ)
帝国──十数年前に突如として現れたその新興国は、これまで龍世界において定められていたほぼ全てのルールを無視して成り上がった。
他が追随することのできない機械技術による圧倒的武力で周辺地域を制圧していき、表舞台に立ってわずか数年で龍世界の三割近くの土地を支配するに至ったという。
当然、他の国は帝国の無法行為を良しとはせず、リュグネシアを筆頭とした多くの国が同盟を組み、連合を作って大規模な国家間戦争が何度も行われた。
その結果、現状の戦線は膠着状態。帝国は他国への進行を止め、領土に引きこもっている。
連合側は、多くの機械兵器によって守られた帝国領土の防壁を突破する事が出来ていない。
水面下での小競り合いは続いているものの、ここ数年は目立った動きを見せず、領土内でのみ活動を続けている……はずだった。
(関心はあれど、私にとっては直接関わりない話だと思っていたのに……今や帝国は不倶戴天の敵だ)
そんな奴らに対して、何をしても良心が痛むことはない。
例え奴らに対して法を犯したとしても、罪悪感などこれっぽっちも湧いてこないだろう。
──ガチャン、と金属が打ち合う甲高い音が鳴って、竜車は停まった。
「ジルア様、到着いたしました」
「ああ」
小窓の向こうに見えるのは、灰色の無骨な建物。
見る限り裏口はない。正面に回って入るしかなさそうだ。
竜車の荷室から降りて、一刻ぶりの大地を踏みしめる。
(ここからは時間との勝負だ)
「してジルア様、一体ここで何をされるおつもりなのですか?」
「待て、先に姿を変える」
「変装魔術ですか。承知しました」
御者席から降りて、蜥蜴竜を繋木に繋ごうとしているレネグの後ろ姿を捕らえ──気配を出さないように、私は魔術式を呼出した。
「闇、翳りて、──夢幻に誘う」
「!」
完全に油断しきっていた後ろ姿に夢幻魔術をぶち当てて、レネグの意識を奪った。
倒れこもうとするレネグを受け止めて、竜車の御者席に寝かせた。
「……ごめんな、騙し打ちみたいな真似して」
こうでもしないと、レネグに魔術を当てることさえできなかっただろう。
それほどまでにコイツの警戒心は高かった。
例え至近距離から無詠唱で魔術を放ったとしても、持ち前のスキルで回避される恐れがあった。
「これから私がやることは見られたくないんだ。……ここまで連れてきてくれて、本当にありがとう。騎士団の仕事もほっぽり出して私を助けてくれて、感謝してる」
レネグの手を両手で包んで、感謝の言葉を告げた。
意識の無いレネグに言ったところで何の意味もないけれど、気持ちの問題だ。
「騎士団クビになったら絶対に私が何とかしてやるから、それで許してほしい」
***
そうして、ジルアは変装魔術を唱えてから去っていった。
一体誰に変装したのかは、うつ伏せに寝かされたレネグから伺う事はできなかったが。
「……ふぅ」
完全に気配が去っていったのを確認してから、レネグはむくりと起き上がって、溜息を一つついた。
「見事に、振られてしまったな……」
レネグには全部分かっていた。
ジルアの魔力の流れが、明らかに攻撃的な雰囲気を纏っていた事。
魔術の標準が己を向いていた事。
そして、自分がジルアにとってこれ以上は邪魔になるであろう事が。
それらがスキル──測量の瞳によってレネグには見えていた。
全てが見えて、分かって、理解した。
そして、甘んじてジルアの夢幻魔術をレネグは受け入れたのだった。
(無論、抵抗はさせてもらいましたが)
竜車の御者席に座り直し、天を仰いだ。
そろそろ日暮れが近い。
「GUGYU」
おや、と視線を戻すと、ここまで共に来た蜥蜴竜がこちらを振り向いて鳴いていた。
一部始終を見ていたであろう彼は何を思ったのだろうか。
「恥ずかしいところを見られてしまったな」
「GYU」
『元気出せよ』とでも言ってくれているのだろうか。
レネグは蜥蜴竜に微笑みかけて、その頭を撫でた。
「恋というものは、なぜ斯様にも苦しいものなのだろうな」
蜥蜴竜に問うたところで答えなど返ってくるはずもなかった。
彼はそれきり前に向き直り、我関せずといった様子。
「ジルア様のお力になれただけでも、重畳か」
ジルアに握りしめられていた左手を、宝物を眺めるように愛おし気に撫でながら、レネグはぽつりと呟く。
数年も追いかけ続けた恋は、これで完全に終わってしまった。
惜しくはあったが、後悔は微塵もない。
──始まりの記憶は、目を閉じれば今でも鮮明に思い出す事ができる。
それほどまでにあの記憶は眩しくて、レネグの脳裏に焼き付いていた。
***
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