45.誰に認めてもらえずともⅢ
「そんな訳で、私は来る日も来る日もあの男と貴方の恋路をひたすらに監視し続けるという血の涙を流すような地獄の日々が続いたのです」
「もう見なけりゃいいだろ……」
そこまで苦しむくらいならさぁ……。
「いえ、任務ですので。それに、貴方を毎日この眼で見ることが出来たのは至福の時間でした」
「……」
(……コイツ、大分ヤバいな……)
今更ながら後悔が襲ってきた……。
レネグのことは嫌いではないんだけど、今のは流石にぞわっと来た……。
「ちなみに、私だけではなく監視に関わった未婚の男性騎士隊員は、全員あの男に敵意を抱いておりましたよ」
「なん……え? ……なんで……?」
「何でと言われましても。それほど貴方が世の男にとって魅力的だという事に他ならないのですが」
「はぁ?」
いや。
いやいやいや。
おかしいだろ。
そんな評判、城にいた時にまるでなかったぞ!?
むしろ目線が露骨に合わないくらいで、嫌われてると思ってたくらいだわ!
「いや……姉さんと勘違いしてないか? 私はそんな目で見られた事なんて一度も──」
「皆! 貴方の前では騎士であったのでしょう! 己を律して!」
急にレネグが声を張り上げた。
何やら琴線に触れたらしかった。
「いや……なんで、そんな」
「貴方は自らの魅力を理解していなさすぎます! いけませんよ誰彼構わず優しくするのは! 私が言うのですから間違いありません!!」
「お、おう……」
「私を含め、多くの男性を虜にしておきながら自覚がないとは……。貴方は本当に罪深いお人だ……!」
なぜか怒られてしまっている……。
なんだこれ……なんで私は怒られている……?
私の魅力って一体何……。
「あの、レネグ。私の魅力っていうのは」
「まさか! 分かっておられない!? あれだけ大勢の殿方を魅了しておいて、それを理解していないとでもいうのですか!!?」
「あ、はい」
めっちゃキレられてる……。
「まず一つ! 距離感が近い! 近すぎる! 貴方は無闇矢鱈と男性にボディタッチをし過ぎです!!」
「えぇ? そうかな……」
確かに、アルルとかの同性にはよく抱きついたりとかはしてるけど……。
男に対してそんな事した覚えないぞ……?
……手ぇ握ったりとかはそんなのはあったかもだけど、それくらいは普通だろ?
「男は! 貴方のようなお人に触れられただけで好意を感じて勘違いしてしまうものなのです!」
「え……触れただけで?」
「そうです! 触れただけで!」
いや……それはちょっと大袈裟じゃないのか? だって触っただけだぞ?
ただ手を握ったり、肩に手を置いたりしたくらいで……。
それくらいで惚れるって、いくらなんでもさすがにないだろ?
「そして二つ目! 貴方は自分の容姿に無頓着過ぎる! 貴方が歩くだけで周囲の男性は釘づけですし、すれ違うだけでも見惚れてしまう!」
「うーん……? いや、それは……おかしくないか?」
「何がおかしいのです?」
「いや、だって城内でいうなら姉さんが一番綺麗だろ? 騎士隊にいる女性陣や侍女達だって美人揃いだ。私は特別容姿が優れている方じゃないと思うんだけど……」
「はぁぁ……」
レネグが深いため息を吐いた。
なんだ。なんなんだよ。
「あのですね、そういう問題ではないのです。貴方の容姿は……っ!! ……!! …………」
「……え? 何? なんで黙ったの」
「いえ、あまりにも無礼な言葉が口から出そうになってしまったもので……。とにかく、誰かと比べるまでもなく、貴方は男を惹き付ける容姿をなさっている。それをご自覚ください」
「はぁ……?」
人を褒めるのに無礼な言葉が出そうになるってなんだよ。
というか、そんなこと言われてもなぁ。
私、姉さんと比べて勝ってると思えるような所なんて、魔術の腕くらいしかない……し…………。
…………。
(あ~……そういう事か……)
胸に付いたでっかい二つの荷物が目に入って、ようやく察しがいった。
やっぱり男って、胸が大きい方がいいのか……姉さんもそう言ってたしな……。
顔とか性格とか、そんなもんよりも一目でぱっと分かるもんな。
こんなもん付いてても邪魔なだけだと思ってたんだけど、これも私の魅力の一部って事か。
(……レイルには、今言われた私の魅力は全くと言っていいほど伝わってないだろうけど……)
──『俺はジェーンの笑ってるところが好きだ』
(……)
そんなことを、言われたっけ。
……思い出すと、顔が熱くなってきた。
レネグはまだ何やら私の魅力について語っていたが、属性やらギャップやら理解が難しそうな単語が並んでいてあんまり頭に入ってこなかったので、私は竜車の小窓から風景を眺める事に専念した。
***
竜車の小窓から見えたのは、王立図書館だ。
丁度城と留置場の半ばにある施設。
城を出て半刻ほど経ってるから、もう半刻ほど掛かるか。
私一人じゃ竜車を動かすことはできないから、レネグの助力は正直助かっている。
最悪徒歩で向かう事も考えていたくらいなのだから。
そのまま何と無しに竜車の小窓から外を見ていたら。
それが、視界に入り込んできた。
「──え?」
わずか一瞬。
竜車の小窓と、外にいるそれが重なった。
たったそれだけの邂逅。
──竜車の窓越しに見た何者かと、恐らく、目が合った。
……曖昧に濁したのは、一瞬過ぎて目に捉えられなかったからじゃない。
むしろばっちりとその全容を把握できていた。
把握した上でなお、よく分からない。
その理由は──その何者かが、黒い靄で塗りつぶされた人影だったからだ。
それが意味する事実を──魔術を、私はよく知っている。
人的情報の隠蔽、視線を外した事をトリガーとする関連記憶の消去──。
「……っ!」
それが効力を発揮する前に、ほとんど反射的に結界を展開して魔術への抵抗を試みる……!
そして。
竜車とその人影がすれ違う、僅か一瞬の邂逅は終わった。
結果は──…………覚えてる。
覚えている! 認識阻害魔術だ!
それも、ただの魔術じゃない!
(影霊の韜晦!? 一体誰がっ──)
その魔術は、今じゃ龍器でしか発動することのできない古代魔術のはず。
そう、私が着けていた黒淵龍の指輪以外では──。
そこまで考えて、一つの可能性に行き着いた。
私が外した黒淵龍の指輪の所在は今、どこなのか。
(義兄さんだったらやばっ……い……?)
その可能性に行き着いてももう遅い。
慌てて竜車の窓から顔を出してしまった後だった。
今の私の顔はアルルに戻してるから、万が一義兄さんだったとしても王女だとバレる事はないはずだ。
……だけど。
「……」
再び視界に捉えた黒い靄を伴った人影。
向こうも、私の方を向いている……気がする。
その人影の正体を見破る術を私は持っていない。
けど、あれは、義兄さんじゃ、ない。
別の誰かだ。
……何か根拠があって判断したわけじゃない。ただの、直感。
その感覚は、なぜかそこに居る訳がない誰かを幻視した。
(レイ、ル……?)
本人だと示すような証拠は全て曖昧となり、掻き消されている。
だけど、なぜだか分からないが、アレがレイルなんだと私の直感が告げている。
(何でオマエがここにいる? どうしてオマエがその魔術を使ってる? その傍にいる女は誰……?)
色んな疑問が一気に溢れ出てきて止まらない。
だが──、
「あ……」
竜車が角を曲がって、その人影の姿は見えなくなってしまった。
どうしよう、レネグに言って戻ってもらうべきか。
……。
「ジルア様? どうかされましたか?」
「…………いや、なんでも、ない」
例え、さっきの人影の正体がレイルだったとしても、今会うのは違う。
私はまだ、レイルを助ける手段を見つけられていない。
優先すべき目標を間違えちゃダメだ。
(そうだ……。今の私じゃオマエに何もしてやれない)
気にはなる、けど……あの様子じゃ、そんなに切羽詰まった事態に巻き込まれてるようには見えなかった。
……可能性としては義兄さんが指輪をレイルに渡して、……散歩でもさせているか。
なぜ、という理由は無視しておいて……。
それで、隣の女は……。
隣の女は……。
隣の女は…………!
隣の女は……誰なんだよ……!!
(人影の方に気を取られ過ぎてよく見えなかったけど、やたら距離が近かったぁ! 絶対知り合いの距離間だったし! なんで一日ちょっとで知り合いの女増やしてんだ張ったおすぞ……! 大体何でオマエ城で安静にしてないんだよバカ!!)
「ジルア様、顔色が優れないようですが……一度休憩を取りましょうか?」
「いらない。時間が勿体ないからさっさと行って……!」
***
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