44.誰に認めてもらえずともⅡ
「行き先は王都の南、兵舎の奥の留置場だ」
「留置場ですか? てっきり王立図書館の禁書庫に向かうものかと思っていたのですが……」
「それなら婆やがとっくに調べてるはずだ。その婆やが対処できない以上、行っても無駄だ」
「なるほど。ですが、留置場に何があるというのです?」
「それは……着いてから話す」
「承知いたしました」
竜車が動きだし、徐々に速度を上げていく。
王城に入るには夥しい数の魔術探知を潜り抜けなければいけないけど、出る分には然程難しくはない。
幾つかの魔術を組み合わせれば、それで騙せる。
やがて裏口から王城の敷地を抜け、城下街へと出た。
留置場に向かうには位置的に王城をぐるりと一周しなきゃいけない。
「……かなり揺れるな、この竜車」
「大変申し訳ありません。兵士用の竜車なので……。ジルア様にはご負担をお掛け致しますが、何卒ご容赦ください」
「……この揺れで今更思い出したけど、クロライト迷宮への送迎と、王都に連れ戻された時の御者はお前だな?」
「! えぇ、はい! 私が務めさせて頂きました! 竜車の御者は、監視任務においての私の役割だったのです」
本当に今更だ……。
この揺れる竜車になるまで気づかなかった私も私だけどさ。
でも御者の顔なんて一々覚えてないし、そもそもあの時はそんな余裕無かったし……。
「ジルア様、私を覚えていて下さった事を感謝いたします……!」
「いや、もういいってそういうの……。私は敬われるような奴ではないんだ、普通に接してくれ。名前だって呼び捨てで構わないから」
「いえ、流石にそれは出来かねます。王族を呼び捨てにするなど、あまりにも不敬です」
「……だよな」
じゃあレイルは不敬すぎて捕まっちゃうな、なんて益体もない事を考えながら窓の外を見る。
来るときにはあまり気にしていなかったけど、城下の風景は随分と変わっていた。
どこそこにどんな建物があっただとか、詳しく覚えているわけでは無いけれど。
それでも全く見覚えのない建物や道が増えていたり、逆に無くなっていたりするのを見ると、少し寂しい気持ちになる。
(そんなことを思う資格もないくせにな)
自嘲気味にふ、と笑みがこぼれた。
「ジルア様」
「……何だ?」
レネグが真剣な声色で話しかけてきた。
窓の外に向けていた顔を正面に戻す。
荷席から御者席に座るレネグの表情は伺えない。
「私がジルア様の事を呼び捨てになどは決して出来ませんが、私の事は愛称で呼んでいただいて構いませんよ」
「……ん? え?」
「レネレネやネグネグ、レネくんなどと呼んでくだされば光栄です」
「いや、ちょっと待って?」
「なんでしょうか?」
「なんか急に距離感がおかしくないか?」
「親しい仲、というのがジルア様にとって好ましいのかと思いまして。愛称で呼べばより親密な関係になれるでしょう?」
……こいつ、こういう冗談を言うタイプだったのか。
「それに、あの男の事は愛称で呼んでおられないようで。これは先を越すチャンスかと思いまして」
いや、冗談じゃない……本気だった。
***
それから留置場に向かうまでの道すがら、レネグから幾つかの話を聞いた。
私が一年王都を離れている間の事だ。
私の監視任務には、それはそれは大きな予算と結構な人数の騎士が動いていたこと。
王が監視任務に割く人員と予算の低減を求めたが、騎士たちの反対多数で却下されたこと。
私の影武者が茶会で雅な詩を詠んで話題になり、貴族達の間で大流行したこと。
他にも様々な事があったらしい。
どれもこれも突っ込みどころしかなく、その度に私が詳細を聞く羽目になった。
そしてレネグの話す内容に一つ、何よりも驚いたことがあった。
「副団長さんがやられたのか……!?」
「──はい。先の戦闘でカレドナ副団長は命を落としました」
「……そんな」
──『何とか殲滅したが、少なくない被害が出た』
……あの時スヴェン義兄さんが言ってたのは、この事だったんだ。
王都に戻ってから一度も姿を見ていなかったけど、まさかそんなことになっていたなんて……。
……あの人が死んだと聞かされても、正直全く実感が湧かない。
私にとっては、スヴェン義兄さんと同じくらいに親しい騎士の一人だ。
王国最強の騎士として長らく騎士団を支えてきた人であり、王の懐刀として常に側に控える忠臣でもあった。
それ故に王族との関わりも深く、ほぼ身内同然の存在だったと言っていい。
物静かで、優しくて、穏やかで、誰に対しても丁寧な人だった。
父上に叱られて落ち込んでいる私に、内緒でお菓子を差し入れてくれた思い出が頭を過ぎった。
「あんな……殺しても死ななそうな人が本当に……?」
「……カレドナ副団長は、件の竜械人二体相手にたった一人で殿を受け持ち、相討ちとなったのです。退却する自軍を守りながらの殿でしたので、掛かる負担は並大抵ではなかったでしょう」
「そう、か……」
英雄譚に記されるような最期だ。騎士としての責務を全うしたんだろう……あの人らしい。
……副団長さんを最後に見たのは、いつだったか。
たしか……王都から脱出する際に見た王城の中庭か。
そこでいつものように花壇の手入れをしていた姿が、最後の記憶。
こんなことになるのなら、もっと話しておけばよかったのかもしれない……。
これ以上何も聞きたくはなかったけど、レネグは話を続けた。
「副団長の死は王国の軍部に大きな波紋を呼びました。圧倒的な武力を誇っていた王の側近が倒れた事で、軍上層部はそれまで黙認していた数々の諸問題を槍玉に上げてきています」
……それは、そうだろうな。
軍上層部と王家は折り合いが悪い。
王国騎士団の実態は、王家の直轄組織だ。
王族を守る為の精鋭部隊であり、同時に王族の武力や権威の象徴でもある。
王国全土の武力を統合した王国軍とは指揮系統が全く異なる。
もちろん王国軍も王の武力の一部ではあるけど、それでも王国軍の軍事の中枢を担うのは、リュグネシア諸国の貴族で構成されている上層部だ。
王国の纏める土地が広い以上、君主制と言えど何事も一枚岩とはいかない。
言ってしまえば、貴族と王家の間には軋轢が存在する。
それ故に王直属の騎士団は、貴族の反感を買う象徴でもあった。
その象徴だった王国最強と名高い騎士が倒れ、王家の権威は揺らぎつつある。
そんな好機を貴族たちが見逃すはずがない。
「王家は現在対応に追われています。必然、騎士団も通常以上に多忙を極めている状況なのです」
その上、私とレイルの問題も舞い込んできて対応していたのか……。
そんな事になっているなんて、皆露程も匂わせていなかった。
──……というか、
「お前、そんな状況で私に付いて来て本当によかったのか……?」
「非常によろしくないでしょうね。恐らく今私が抜けた事で騎士団の仕事に何らかの支障が出ているでしょうし、下手すれば退団処分もあり得ます」
「全然よくないじゃんか!? なんで来たんだよ!」
「先ほども申し上げました通りですが、ジルア様を助けるためですよ」
……はっきりとそう言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまう……。
「騎士団とジルア様。どちらを取るのかなど、最初から私の中で決まっている事なのです」
……気味が悪いほどに、レネグの頭の中では私が最優先事項らしい。
昔、私はレネグと出会ったことがあると言っていたし、コイツの前で私は何かそれほどまでに心を惹かれるような行為をしたのだろうか……?
……考えても何も思い出せない。
「……ジルア様はなぜこんなにも私に想いを向けられているのか分からず、気持ち悪く思っているのではありませんか?」
「……まぁ、正直思ってるよ……」
「でしょうね。一方的な想いというのは、ともすれば厄介なものでしょう」
分かってやってんのか……。
盲目的なのか冷静なのかどっちなんだ……。
「私はこれまで真面目堅物の杓子定規な人間で通って来たのですが──」
いや、絶対嘘だろ……。
どっちかというと私みたいなアウトローだろコイツ。
「ある日を境に変わってしまったのです。……そう、貴方に出会ってしまったあの日から」
……なんか、語り始めちゃった……。
「それからというもの、私の人生は大きく変わってしまいました。親に逆らった事もない子であった私は、親に決められていた将来任される任や政治についての勉強を放り出し、王国騎士への道を志したのです。……当然両親は猛反対して、今ではほぼ勘当状態ですが」
貴族の栄誉を捨ててまで……。
それほどまでに、私を光り輝く宝石か何かと見間違えてしまったのか……。
「そして、剣を握ったことすら無かった私が血反吐を吐くような訓練を幾度も経て、ようやく王国騎士になりました。……忘れもしません。あのアダマス城の輝きの大広間、騎士叙任の式典。……ようやく貴方にもう一度会えると思った私を待っていたのは──第二王女の失踪という、あまりにもな大事件でした……」
「あーーー……」
そう聞くと、何かもの凄く悪い事をしてしまったように感じる……。
「しかし私はそこでは終わりませんでした。騎士着任以後、優秀な功績を立てて評価を上げ続け──遂には倍率百倍とも言われていた第二王女の監視任務へと抜擢されたのです!」
何なんだ私の監視任務……なんでそんなに人気なんだよ……!
そんなに私が空回ってる姿を盗み見たかったのかよ……!
「そして私はようやく貴方と再会できました。……一方的に、遠目から、ですが」
「……知ってるかレネグ。一般的にストーカーと呼ばれるんだぞ、そういう行為は」
「任務ですので問題ありません」
うるせぇ捕まっちまえ。
「貴方は変わっていなかった。荒野に咲いた一輪の花のように美しく、生命力に満ち溢れ、何よりも眩しかった」
荒野に咲く花……。
なんか褒められてるっぽいけど、それただの雑草じゃないか?
「そしてその眩しいほどの輝きは……ある男にのみ向けられていた……」
「うっ……」
レネグが私を見つめる瞳にはどこか恨みがましい色が宿っていた。
前見て運転しろ。前見て。
「その男は、私にとってはもはや宿敵とも言える存在でした。……私が貴方に抱いている感情を、そのまま向けられたと言ってもいいでしょう」
「そ、そう……」
いや、ここまでねちっこくない……と思いたいけど……。
自分では客観的に見れないから……どうなんだろう……。
「巷ではこういうのをBSSというらしいですよ。僕の方が先に好きだったのに……と」
「そうなんだ……」
こういうスラングってどこが発祥なんだろうな……。
姉さんも染まってたし、アルルもよく口にするんだよな……。
***
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