43.誰に認めてもらえずともⅠ
「ジルア様ですよね?」
「いえ……ですから、私はアルルという者です。確かにジルア姫の代わりを務めた事はありますが……」
「いやいや、そうではなく。魔術で顔を変えられてますよね?」
「……」
現在地は未だ城の中。
裏口に繋がる廊下を通ろうとした際に、この目の前にいる騎士団員の男に呼び止められてしまった。
やや軽薄そうな見た目の青年で、私の知らない騎士だった。レイルと同じくらいの年頃だろうか。
そして、私が、王女だと断定しているような問いを投げかけてきた。
……アルルの顔を借りて城を脱出する計画だったはずが、早くも頓挫しそうな雰囲気が漂っていた……。
(おかしいだろ……! どうしてバレた!? 仮にも高位の変装魔術だぞ!?)
姿も顔も声も、魔力すら完全に模倣したはずだ。
それが何故こうも簡単に看破された……?
「……何か、証拠でもあるのですか。私が魔術で変装しているって」
「ああ、私は生まれつき魔術の類に目が利きまして。特に、変装魔術などは一目見れば分かるのです」
「…………」
スキルのせいかよ……!
いや、騎士団がそういう特殊なスキル保持者で構成されてるのは知ってたけど!
なんでこうもピンポイントに魔術を見破れるスキルを持った奴が巡回してるんだよぉ……!
「そのような緻密な魔術を扱える者はそうはおりません。アプレザル様がわざわざ変装して出歩くわけもないので、妥当なのはジルア様かと思いまして……。もしも違うのであれば、詳しくお話を伺う事になるのですが」
「……」
ここまできたら誤魔化す事も出来ないだろう。
諦めて変装魔術を解除して、素顔を晒した。
「おお、やはりジルア様でしたか」
「お前、名前は?」
「これは申し遅れました。私はレネグと申します。イドリース家の次男坊と言えば、王女様にも覚えがあるでしょうか」
ざっ、と膝を地面に付き、名乗りを挙げる若騎士。
その家名は聞いたことがある。
「イドリース……確か、侯爵だったか」
「はい。実は何度か社交の場でもお目見えした事がございます」
悪いが全くコイツ自体については覚えがない……。
私にとっては、そんな場に駆り出されるのすら嫌で嫌で溜まらなかったのだから。
……というか、貴族なのに軍じゃなくて騎士団の方に入るのは珍しいな。
「一年前にこの騎士団に配属されたばかりなので、ジルア様が私のスキルを知らないのも無理からぬことかと」
一年前──私が脱走して、冒険者になった頃と同じか。
どうりで顔も名前も能力も知らないはずだ。
……だけどこれはチャンスかもしれない。
「そうか。レネグ、私はこれから外に出なければいけないんだ。ここで私を見たことは他言無用で頼む。……じゃ」
「お待ちください」
「……」
捲し立てれば納得してくれないかな……なんて淡い期待は一瞬で崩れ去った。
「ジルア様、貴方は今現在謹慎の命を王から受けておられます。外出の許可は下りていないはずですが」
「…………」
それもばっちり把握されてるのかよ……。
……あぁ、もう、仕方ない!
悪いけど、強引に突破させて貰うしかなさそうだ!
「……例のあの男を救うために外へ向かわれるのですか?」
「……」
杖を握りかけた手を止め、レネグの顔を見つめ返す。
「……そうだと言ったら黙って送り出してくれるか?」
「でしたら、私を護衛として同行させていただけないでしょうか」
「ふん、だろうな……」
……ん?
今なんか思ってた返答とは全く違った言葉が返ってきたような……。
「ごめん、今なんて言った……?」
「ですから」
ずずいと身を乗り出し、レネグが真剣な表情でもう一度同じことを口にした。
「私に、ジルア様の護衛をお任せ頂けないでしょうか」
***
「本当にいいんだろうな? もしもバレた時、私程度じゃどこまで庇えるか分かったもんじゃないぞ」
「何をおっしゃいますか。騎士とは姫を護るものなれば。私はただ業務を遂行しているだけですので、何も問題はありません」
「そんな言い訳が通じればいいけどな……」
裏口を出てすぐの所にある厩舎で、レネグが竜車を一台拝借しながら、そんな会話を交わす。
思いがけず味方が出来たことに内心喜びつつ、疑問をぶつけた。
「どうして私を助けてくれるんだ?」
「決まってるじゃないですか。ジルア様のお役に立てると思ったからですよ」
「いや……だから、何で私なんかの役に立ちたいと思うんだよ」
私に恩を売ったところで、何もメリットがないはずだ。
なんせ私は王族の立場を捨てて一年間放蕩してた愚物だぞ?
メリットどころか、下手すれば騎士団をクビになる可能性だってある。
なのに何故こんな事を……。
竜車の御者席にひらりと飛び乗ったレネグに尋ねると、きょとんとした顔を返された。
「そんなに疑問に思われるようなことでしょうか?」
「な……あ、当たり前だろ!? 私に恩を売ってもメリットになるような事なんか何もないぞ!」
「ありますとも」
レネグが軽薄そうな笑みを浮かべた。
……何か、こいつの笑顔は信用できない感じがする……。
「私の覚えがめでたくなるやもしれないじゃありませんか」
「……なんだ。要するに出世狙いってワケか」
「それもありますが」
レネグが私に向かって恭しく手を差し出した。
「王女様。私は貴方に、恋慕の情を抱いているのです」
「…………は?」
え。
いや、待て。
私、告白されてるのか……!?
「もちろん、貴方が恋をしているのは承知の上なのですが──」
「や、ちょ、ちょっと待て! まだ私はレイルの事を好きとか言った覚えはないぞっ!」
「私は恋をしているのは誰かとまでは言っておりませんが……」
「!!」
ズルい! 今のは誘導尋問だろ……!
「ですが、あの男の事を想っているのは事実なのでしょう?」
「そ、それはぁ……!」
「事実なのでしょう?」
「……すきだけどぉ……」
「でしょう」
しつこく迫ってくるので思わず認めちゃったけど……今までの私の言動は全部騎士団に筒抜けだったんだ。
今更取り繕う必要もないと分かってはいるけど……やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!
「ほんの一握りでも構いません。私にもチャンスをいただきたいのです」
「チャンスとか言われても……」
異性からこうも真正面に恋愛感情を向けられるのなんて初めてで、どう対応していいものか……。
……いや、どう対応しようも何も、私はレイルのことが好きなんだ。
この気持ちは変えたくない。
それなら答えは決まってる。
「悪いけど──」
「あぁ、この場でお答え頂かずとも結構です。さ、お手を」
「……」
答えを待たず、レネグが手を取るように催促してくる。
私は──はっきりと、断ることにした。
「悪いけど、そういう目的なら諦めてくれ。気を持たせるような事もしたくない」
私の拒絶の言葉にレネグは少し寂しげな表情を見せた。
だけどそれは一瞬で、すぐにまた軽薄そうな笑みを顔に浮かべると、「そうですか」とだけ言った。
これで、レネグが私に協力する意味は無くなった。
(さぁ、どう出る……?)
私を捕らえるべく、どのような手段で立ち向かってくるのか。
こんどこそ杖を握りしめて、一挙一動も見逃さないように目を見張る。
間違っても他の騎士を呼ばれないようにしないといけない。
万が一ここから逃げられたとしても追手が差し向けられたら厄介だ。
なるべく穏便な形で済ませたいけど──……。
しかし、対するレネグの返答は意外なものだった。
「分かりました。それでは行きましょうか」
「……え? あ、いや、だから、私はお前に協力してもらえるような見返りが与えられないんだよ」
「……? 好きな人の力になりたいと思うのは、普通の事でしょう?」
何を当然なことを、といった様子でレネグが首を傾げた。
「恋仲になれずとも、貴方のお力になりたいのです。何かおかしいでしょうか」
「いや、それは…………おかしくは、ないけど……」
「でしょう」
その気持ちは分かるし、おかしくはないけど……やっぱり疑問だけが残った。
私なんかのどこがそんなに気に入ったっていうんだ……?
「……本当に私に協力してくれるのか?」
「はい。ジルア様のお役に立てるのであれば」
……嘘を、ついているようには、見えないけど……。
突拍子の無い事を言って、本心を煙に巻いているようにも思えない。
ここで私に味方をするのは、デメリットしかないんだ。
理由としては、本当にそれだけなのかもしれない……その理由に疑問が残るんだけど。
それに──仮にも好意で協力すると言ってくれている以上、無下に断るわけにもいかないだろう。
「分かった。じゃあ、手を貸してくれるか、レネグ」
私の言葉に、レネグは一瞬真顔になって固まった。
そして何を思ったか、竜車の御者席より飛び降りて地面に膝を付き、頭を下げた。
「承知いたしました、王女様。元より、私の忠誠は貴方に捧げております故、道具のように扱ってくだされば幸いです」
レネグが堂々とそんな宣言をした。
まるで王女様に忠誠を捧げる騎士のようだった。
……いや、実際本当の王女様と王族に仕える騎士なんだけど……。
「あー……うん。とりあえず立ってくれないかな……」
私はどうしようもなく王女として落ちこぼれているので、こんなことをされても非常に申し訳なく感じるだけなのだった。
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