40.王都をお散歩Ⅳ
「こちらですね。王立の図書館です」
「へぇー……!」
とても大きな建物だ。
汚れ一つない豪奢な装飾の白壁が綺麗で、強く惹きつけられる。
ミーシャさんに連れられてやってきたのは、そんな立派な外観をした図書館だった。
「凄い場所ですね!」
「結構な資金が投入されてますからね。リュグネシア一の蔵書数を誇っていると言われています」
なるほど……。
ジョーガちゃん、目的には叶いそうかな?
『うーん、ウチが知りたいのは量より内容だけど……まぁ、数があるってことは内容にも期待できるかな?』
そっか。
見つかるといいなぁ。
「それでは、早速入りましょうか」
「はい!」
開かれていた大きな扉を潜る。
中は天井は高く、まるで教会の聖堂みたいな内装だ。
奥の方には、壁一面を本棚が埋め尽くしている様が見えた。
「おぉ……」
思わず声が漏れてしまった。
こういった場所に入るのは初めてだ。
字が読めないので本なんて読む機会がなかったし、なんだか新鮮だ。
絵図の類があったら借りてもいいかもな。
「レイルさんはこちらに来るのは初めてですよね?」
「そうですね」
「入場料をそこで払えばチケットを貰えますので、それを見せることで当日ならば何度でも出入りが可能になります。本の貸出には別途利用者登録が必要ですので、ご注意ください」
「なるほど、分かりました!」
まるで依頼の手続きを行うかのように、ミーシャさんがスラスラと説明していく。
仕事柄こういうの慣れてるんだろうなぁ。
……図書館の受付さんの仕事を奪ってしまったみたいで申し訳ないけど。
それにしても、貸出は利用者登録がいるのか。
……当たり前か。素性も分からず貸し出せるはずもない。
黙って出てきてる俺が利用者登録するわけにもいかないし、借りるのはまた今度だな。
『何か読みたい本があるならウチに言えばいいよ。内容をコピってそのまま読み聞かせてあげるからさ★』
読み聞かせって……子供じゃあるまいし、なんかやだなぁ……。
『内容そのまま頭の中に送られる方がいい? 多分気持ち悪くなっちゃうかもだけど』
何それ怖い……。
***
入場料を払い、館内に入った。
外とは打って変わって薄暗い。
本にとって陽光は天敵なので、窓は風を通すだけの最低限のものしかないのだろう。
その代わりなのか、淡い光が辺りを照らしていた。魔術による明かりだろうか。
「レイルさん、お探しの本がありましたら私に言ってくださいね? お手伝いしますので」
「あぁ、すみません。とりあえず適当に見てみようと思います」
「はい。何かありましたらあちらの本棚の近くにいるので、いつでも仰って下さい」
ミーシャさんが軽く会釈をして離れていった。
中にまで付いて来てくれるとは思っていなかったけど、来たついでに本を借りていくらしい。
「さて……」
辺りを見回すと、それしか目に入ってこないほどに大量の本が陳列されていた。
背表紙の文字を見ても何も分からないし、なんだか頭がチカチカしてくる。
それでジョーガちゃん、どうやって目当ての情報が載っている本を見つけるんだ?
一つずつ探していくのか?
『そんな地獄みたいな作業させたりしないってば……。そこに立っててくれるだけでいいよ』
えっ、それだけでいいの?
『うん。──影劫の領域っ』
瞬間、ぶわりと俺を中心としてあふれ出した薄い影のようなものが、辺りに広がっていく──……。
……今更驚きはしないけどさ、何これ?
『この影の範囲に入ったモノの情報を自動的に記録して解析するの。だから一々探さなくてもこれでぜぇーんぶ解決★』
なんだその反則技は……!
というか、絶対それ古代魔術クラスの魔術だろ!?
『ロストマジック──失われた魔術、か。残念だけど、ウチが今まで使ってたのはそもそも魔術じゃあないんだよね』
え? 魔術じゃ、ない……?
じゃあ……何なんだ?
『全部の本の情報を取り込むまでちょっと時間が掛かるし、そこら辺のレクチャーでもしようか。突っ立ってたら怪しまれるし、どこかに座って』
……分かった。
本棚の向こう側に机があったので、適当な本を手に取り、椅子を引いて座る。
そのまま本を開いて見たはいいものの、やはり何が書いてあるかすら分からない。
『これは……詩集だね。しかも恋愛について書かれた詩だよ! レイルっちにはちょうど良くない!? 読んでみる!?』
いらん。
『そんな秒で否定しなくても……。んん、えと、魔術についてだったよね。まず、魔術っていうのはそもそもなんなのか。そこから説明しないとね』
お願いします。
『ん。まず、人間が使う魔術っていうのは魔力を使う訳だけど……魔力ってどう作られてると思う?』
魔力がどう作られてるか……?
……何かこう、体内で勝手に作られてるものだと思ってたんだけど。
『ぶぶ~。勝手には作られないんだなぁ、これが』
う~ん……?
じゃあ、どうやって魔力を生み出してるんだ?
『正解はねぇ……人間は、龍気を魔力に変換してるんだよ』
マナって……龍が生み出すとされている、あの?
『そう、そのマナ。この世界の主たるエネルギー源で、必要不可欠なモノ。全ての生物は龍気によって生命活動を維持しているの。レイルっちも例外じゃないんだよ?』
全ての生物は龍気によって生かされている……?
そう、なのか……? そんなこと、初めて知ったんだけど……。
『そりゃあこの時代の発展具合なら、まだ解明されていない原理だからね。いずれは分かる事だし、今知らなくっても問題はないよ』
なんか、とんでもないことを聞かされてる気がするんだが……。
これって、俺が知ってても問題ないことなのか?
『知ってたところで他の人は理解できないだろうし、別にいいんじゃない? 異端論者には死を~! とか、そんな過激派がいたら殺されちゃうかもだけど』
不穏なこと言わないでくれ……。
……えっとそれで、その龍気を人間は魔力に変換して魔術を使ってるんだよな?
『そう。人間は龍気をそのまま扱えるようにはできていない。だから一旦龍気を自分たちが扱える形──魔力に変換して、それを糧に魔術を行使しているの』
自分が扱える形に、変える……。
それじゃあ、今までジョーガちゃんが使ってきた術が魔術と違うっていうのは、もしかして龍気をそのまま使った術だからってことなのか?
『正解っ★ レイルっち、意外と鋭いね!』
そ、そうかな……?
『そうだよ。もっと自分に自信持ちなってば!』
わ、分かった!
『うむ。話を戻すけど、今までウチが使ってきたのは龍気をそのまま使った技──龍技って呼ばれる技術なの。魔術は龍気を魔力に変換する際に大幅なロスが発生するから、龍技よりも下位互換とされるような結果しかもたらせない』
ブレス──それが今までジョーガちゃんが使ってきた技の正体。
魔術と違って龍気をそのまま扱うことで、より強力な威力を発揮することができる……。
『ま、そういうことだね。ちなみにさっきは下位互換って言ったけど、魔術は魔術で利点もあるの』
利点?
『龍技は良くも悪くも攻撃的な技が多いの。今までウチが使ってきたのは数少ない、非戦闘系の龍技。対して魔術は攻撃性は低いけれど、代わりに多彩な効果を持った術がかなり多い。有り体に言えば、龍技は魔術にできないことができるけど、魔術も龍技にはできないことができるってこと』
なる、ほど……。
……魔術の攻撃力が低いって言われるのも、何か変な感覚だ。
今まで散々ジェーンのどえらい威力の魔術を見てきたのに、あれで低いのか……。
『スケールの違いの問題だねぇ。龍技は国一つ消し去るくらいの破壊力があるし』
……。
国が消える破壊力って……マジで言ってるのか?
『マジマジ。ウチ、嘘つかないし』
……頭が痛くなってきた。
急にこんな重大な情報を山のように浴びせられても、頭の処理が追いついてこないぞ……!
『そこは頑張って! ……これはレイルっちにも関係がある話だから、ちゃんと理解しておいてほしいんだ』
……俺に、関係が?
『うん。さっき、人間には龍気は扱えないって言ったけど、例外があるの。……それがキミ』
俺が、龍気を、扱える……?
『そうだよ。キミは龍気を取り込んで、自らの力として使うことができている。それがどうしてかは、教えなくても分かるよね?』
……この心臓か。
『当たり。龍気を扱うことができるのは、龍とその眷属たちだけだった。──でもある時、例外が生まれた。それが、竜と人間の混血、竜人』
竜人──竜と人間の混血……竜と人の、ハーフ。
『竜は龍の眷属だから、龍気を扱うことが出来ても、従えることができるから問題は無かった。……けれど、竜人は別』
……龍に従わない、強力な力を持つ存在が現れたってことか。
『龍はその力を危険視した。竜の強大な力と、人間の悪意を併せ持った存在。それは必ず我々龍に牙を剥く……と』
ちょっと待ってくれ!
人間の、悪意って……!
『人間はこのドランコーニアに生息する他のモンスターに比べて、非常に知性が高い。そしてその高い知性は、時として思いも寄らない悪逆な行いをする。……キミはその身を持って思い知っているはず』
──ズキリ、と心臓が疼いた。
……確かに、人間には悪意がある。
けれど、それだけじゃない……!
『そう、善性だって持ち合わせている。どんな生物であれ、最初から悪性を持っているわけではない。それを育てるのはいつだって周囲の環境なんだよ』
それは……。
『善なる心を持った竜人が生まれるかもしれない。悪なる心を持った竜人が生まれるかもしれない。……龍々の意見は分かれて、荒れた。そんな事をしている間に、決定的な出来事が起きた』
出来事……?
『竜人が人間の戦争の道具として扱われるようになったの』
戦争の、道具……!?
『そうだよ。おかしいよね、人間よりも強大な力を持っているっていうのに、彼らは人間の争いに使われるだけ使われて、最後は同士討ちでこのドランコーニアから消えていった』
そん、な……そんな、事を人間が……!
『キミという存在が何よりの証左だと思うけれど』
──……。
『分かるかな。大きな力は人間にとって毒なんだよ。どんな時代であっても人間達は大きな力に溺れて争いを繰り返していた。それを何度も目の当たりにして、龍々は人間を管理することに決めた』
……人間を、管理する?
『そう。人が力に溺れないように、龍は抑止の存在となった。龍は人を導き、人を守護し、人を罰する。そして、人は龍を畏れた。これが人と龍の歴史だよ』
…………一つ、聞かせてくれ。
どうして龍は、そんな愚かな人を、守ろうとしているんだ。
『……やっぱりキミは細かいところに気が付くね』
……茶化さないでくれ。
『茶化してなんかないよ。率直な意見。……そう、なぜ龍は愚かな人間を守ろうとしているか、だったよね』
そうだ。
教えてほしい。
『それはね──この世界は、人間のために創られたものだから──だよ』
***
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