39.王都をお散歩Ⅲ
「あの、あのあの! そ、それって、そういう意味……って、ことですよね!?」
「え? ど、どういう意味でしょう……?」
「あぅ、あ、いえ……なんでもないです」
ミーシャさんの顔が更に赤く染まっていく。
色白なせいで、余計に目立ってしまっている。
……やっぱり怒っているんじゃないだろうか。
『レイルっちマジで女の敵! 謝って! 今すぐ皆に謝って!』
皆って誰だ……。
でもごめん……俺は馬鹿だから皆を怒らせているのかもしれない……。
『怒ってるよ皆! めっさ怒ってる! マジでやばいかんね!?』
どうしよう……どうしたら皆許してくれる……?
『時代は一途系主人公だよ! ハーレム物は邪道! キャッキャウフフするぐらいなら許すけどマジなのはダメッ!!』
そ……そうなのか……!
『いい!? 攻略対象は一人に絞るの!! 分かった!?』
う、うん……!
よく分からないけど、頑張るから! 俺、頑張ってみるから……!
「あ、あのぅ……レイルさん」
そんな、自分でもよく分かっていない内容の約束を脳内でしていると、ミーシャさんが話しかけてきた。
「つかぬ事を伺いますけど、王都にはいつまでいらっしゃるのですか……?」
「いつまで、ですか」
良く考えたら、リシアにはもう戻れない。
この身体が限界を迎えるその瞬間まで、ずっと王都にいることになる。
……奇跡でも起こらない限り、ここから離れることはないだろう。
「もしかしたら、もうずっと王都にいるかもしれないです。さっきリシアに残留してくれて嬉しいって言っちゃいましたけど、俺の方が会えなくなっちゃいますね」
「そうなんですか!?」
「えっ。そ、そうなんです……」
ずずいと身を寄せて来るミーシャさんに対して、少し後退りしてしまう……。
「やっぱり私、さっきの話受けることにします。決めました」
「えっ! 本当ですか?」
先ほどとは打って変わって、ミーシャさんの表情にやる気がみなぎっていた。
「はい! 王都の方がやっぱり活気がありますし、それに王都のギルドなら、……レイルさん……にも会えますから……」
「……?」
段々と声が小さくなって最後の方はほとんど聞き取れなかった。
けどまぁ、ミーシャさんが王都のギルドで働くというのなら、これから会う機会もあるだろう。
流石に冒険者として活動することはできないだろうけど……。
『難聴系はもっとダメだってばぁ! あ~もうホラ、さっさと展開を進めてよレイルっち!!』
ご、ごめん!
……えっと、何をしようとしてたんだったっけ……?
『まずはさっきの砂金の両替! それから図書館に行くの! 場所はその人に聞けば多分わかるでしょ?』
なるほど!
「ミーシャさん、すみません。知ってたらでいいんですけど」
「は、はい! 私で分かる事であればなんでも──」
***
「レイルさん。こちらお金換金してきましたよ」
「ありがとうございます、ミーシャさん」
ずしり、と結構な重さのある革の巾着袋を手渡される。
ところ変わって、商店がずらりと連なる一画にやってきた。
ミーシャさんの先導で辿り着いたこの辺り一帯は、リシアの商業区には及ばないものの、かなりの商人たちで賑わっている。
そんな一帯の中にある換金屋に入り、先刻頂戴した砂金を金貨に替えてもらったのだった。
勝手がよく分からなかったので、ミーシャさんが引き受けてくれたのだけど……。
「すみません、全部任せちゃって」
「いいんですよこのくらい。それと、図書館に用事でしたよね? 少し歩きますけど、案内しますね」
「何から何まで本当に助かります……」
「ふふ、気にしないでください」
ミーシャさんと二人並んで通りを歩く。
さっきのような輩がまた絡んでこないか心配だったけど、今のところ大丈夫そうだ。
顔は再びジョーガちゃんの魔術で隠してもらっている。
ミーシャさんに不審がられないかが不安だったけど、どうやらこの魔術は対象範囲をある程度自由に調整できるらしい。
ジェーンも、俺だけ記憶阻害の対象から外してたもんな。
「それにしても、先ほどの砂金は結構な額でしたね。鑑定書付きだったので審査もスムーズにいきましたし」
「ですね。……あんまり褒められたお金じゃないんですけど」
「悪い事をして得たものではないんでしょう?」
「それは、そうなんですが……」
「じゃあ大丈夫ですよ」
ミーシャさんがそう言って微笑んだ。
……なんだかミーシャさんと話していると、調子が狂ってしまうな。
なんでだろうか……。
『レイルっち? ウチのさっきの話聞いてた?』
はい。
「あ……いい香りがすると思ったら、屋台が出てますね」
「ん、ほんとですね」
道端に出店が立ち並び、甘い匂いが漂ってくる。
屋台の中にあるのは……クレープってやつだ。
最近話題になってる食べ物らしい。
リシアの出店で、ジェーンが夢中になって食べていたのを思い出す。
そういえば、もうそろそろ昼餉の時間か。
「ミーシャさん、食べますか? 俺買ってきますよ」
「え、いえそんな! 大丈夫です!」
「遠慮しなくていいですって」
「で、でも……」
ミーシャさんが申し訳なさそうな顔をしてたけど、俺は気にせず屋台の方へと足を向けた。
「一つ下さい」
「あいよ、トッピングは何にする?」
「苺と、卵乳糖で」
「はいよ、銅貨一枚だ」
「これでお願いします」
「毎度ありぃ」
注文と同時に、熱せられた円形の鉄板に生地が流し込まれる。
直ぐに焼きあがった薄い生地の上に、苺と卵乳糖が綺麗に盛られていく。
自分が味わうことはできないけれど、こういうのは見てて楽しい。
『ねぇレイルっち。注文、やけにあっさりと決めてたけど、何で?』
え? なんでってそりゃあ──、
『ジェーンちゃんが好きなメニューを無意識に選んでたりして』
…………あ。
『図星かぁ~~~っ』
ど、どうしよう、勝手に決めてしまった……!
今からでも取り消して、ミーシャさんの好みを聞いてくるべきか。
「はい、お待たせ」
「あっ、ありがとうございます……」
俺の手に出来上がったばかりのクレープが渡される。
遅かった……。
「すみませんミーシャさん……注文勝手に決めちゃったんですけど、これ食べれますか……?」
「あ、全然大丈夫です。甘いものならなんでも好きですから!」
「それなら良かったです!」
やっぱり、女の子は甘いものが好きらしい。
ミーシャさんが控え目に一口食べて、目を輝かせていた。
それを見て、思い出すのは──……。
『レイルっち?』
はい。
『ジェーンちゃんのこと考えてたでしょ』
…………。
『まだまだお子ちゃまよのぅ。分かりやすすぎるぜぇ? レイルっちぃ~?』
うるさいな。ほっといてくれ。
『あははっ、レイルっち照れてやんの!』
***
さっきの商業地帯から抜けて王都の中心地に近づくに連れ、段々と人込みが多くなってくる。
「人が多いですね。流石王都って感じだ」
「今日からは特に多いですよ。感謝祭の前日なので」
「ああ、そっか!」
すっかり忘れていた。
もうそんな時期だったか。
『感謝祭? なんの?』
何のって……地母龍様のだよ。
かの龍からもたらされた恵みに感謝する祭なんだ。
毎年この時期になると王都で開催されるんだよ。
『へぇ、そうなんだ。面白いこと考えるんだね』
誰が考えたのかは知らないけどな。
「それに、ここは例のスポットの近くですからね。見物客も多いんですよ」
「例の……?」
「知りませんか? アリューゼの虹橋のお話」
「アリューゼの、虹橋? いや、初めて聞きました」
虹と言われて思い出すのは、あの人の記憶だけだ。
「アリューゼ橋というのがこの先にあるのですが、そこでとある有名な人物が恋人に求婚をして、見事結ばれた……なんてエピソードがあるんです。その際に、とても綺麗な虹が架かったそうで」
「……その人物ってもしかして」
「はい! あの英雄ルノア様の事です。このエピソードから、虹に愛された男──なんて呼び名もあったりして、とっても浪漫的ですよねぇ」
「……オジサンがそんなことを……」
あの人ならそんなことをやりそうだ、なんて思ってしまったり。
なんだか、ほっこりとした気持ちになる。
……そういえば、王都に娘がいるって言ってたっけ。
もしかしたらその内会えるかもしれないな。
顔も名前も知らないけど、あの人の娘なら多分目立つだろうし。
『虹に愛された男、ね……』
……?
ジョーガちゃんはオジサンのこと知ってるのか?
『知ってるよ。ウチが一番嫌いな人間だもん』
え……?
それってどういう──、
『キミには関係ないことだよ』
……そんな、あからさまな聞いてくれるなオーラを出されてしまうと、余計に聞きたくなってしまう。
オジサンが嫌われるようなことをする人には、俺には思えないんだけど。
『……キミは、人と……いや、何でもいいか。異なる種族の間で、添い遂げるような愛が生まれること、あると思う?』
え……?
『例えば、人とモンスター。そこら辺にいるスライムが言葉を喋って意思疎通が図れたとして、添い遂げるほどの恋愛感情が発生すると思う?』
そ、れは……。
『答えは発生しなかった、だよ。……これは、それだけの話』
…………オジサンが、何者かから寄せられた好意に応えなかった。
だから、ジョーガちゃんは怒ってるのか?
『……そんな、簡単な話じゃ、ないんだけどね……』
それきり、ジョーガちゃんは喋らなくなった。
……何も知らないから、勝手な想像だけど……今のは、オジサンと虹の龍の話だ。
人と、龍の間で、愛が生まれるのか。
オジサンは、同じ種族の人を選んだ。
ただ、それだけのことだ。
誰を好きになるのかなんて、本人の自由だ。
好意を寄せていた相手が、応えてくれなかった。
ただ、仕方のなかった事だろう。
「レイルさんは興味ありますか? こういうお話」
「え……? あ、いや……どうでしょうね」
急にミーシャさんに話しかけられて、咄嵯に有耶無耶な答えを返してしまった。
……本当はどうなんだろうか。
自分でもよく分からない。
ただ、さっきの話が、妙に心の底に引っかかっている。
人と龍、人とモンスター。
異種族の愛。
……俺は、人でも、モンスターでもない。中途半端な存在だ。
そんな存在が、誰かを愛したとして、受け入れてもらえるのだろうか。
──『答えは発生しなかった、だよ』
……。
そんなこと、求めちゃいない。
俺はただ、ジェーンに相棒だと認めてもらっただけで、満足なんだ。
だから、こんなこと、考えるだけ無駄なんだ。
***
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