37.王都をお散歩Ⅰ
「ほんとに通れちゃったよ……」
『だから言ったっしょー? だいじょぶだって★』
幾人もの衛兵が目を光らせて、厳重に警備している王城の門を素通りする。
魔術的な警戒網も張られている気配があったので、そんな簡単に通れるはずがないと思ったのだけど……通れてしまった。
「いいのかなぁ……」
『いいんだってばぁ。それともレイルっちは身体を治したくないの?』
「そりゃあ治したいけどさ」
『なら行動しなきゃ! それにぃ、ジェーンちゃんとこれからも一緒にラブラブしたいっしょ~?』
「ラブラブはなくてもいいけど、一緒には居たいな」
何やら姦しい声を上げているジョーガちゃんを無視して、門を離れ王都の街並みへと繰り出した。
***
「それで、俺はどこに行けばいいんだ?」
『うーんそだねぇ……まずは無難に図書館かな? あ、図書館って通じる?」
「あぁ、多分あると思うよ。場所が分からないけど……案内板とかどこかにないかな……」
見渡しても、それらしきものは見つからない。
というか、見渡す限りの人、人、人。
人の大群だ。
「流石王都……リシアとは比べ物にはならないな」
『だねぇ。う~ん……この人混みじゃ、やみやみきえきえは逆に邪魔になっちゃうなぁ』
『やみやみきえきえ』とは、恐らく今俺の身体に掛けられている、透明になる魔術のことだろう。
「これ、透明になってるけど消えてるわけじゃないよな」
なので、人や物にぶつかったら面倒くさいことになる事請け合いだ。
『そゆこと★ レイルっち、どこか人目のつかない路地裏とかに入って? 別の掛けてあげるから」
「ん。分かった」
ジョーガちゃんの言う通り、人混みを避けつつ、人目の少なそうな路地裏に入った。
賑やかな大通りとは違い、静まり返っている。
「ここら辺でいいか?」
『うん。よし、きえきえを解除して~……影霊の韜晦!」
「……おぉ?」
透明じゃなくなって今度は……なんだ?
何の変化も無いように思えるけど……。
「どうなったんだ?」
『今度はねぇ、認識阻害──ジェーンちゃんがいつも使ってたアレって言えば分かるかな?』
「あぁ! アレか!」
ジェーンが顔に纏っていた黒いもやもやしたヤツだ。
あれはこんな感じだったのか。顔に触れても全然分からないけど……。
『これは使い勝手いいからねぇ。昔は皆こぞって使ってたんだけど、看破する方法が見つかってからは廃れちゃったんだよね。その看破の方法自体も廃れちゃったんだけど』
「へぇ……」
……これって、確かこの国に伝わる龍器による魔術とか言ってたよな?
そんなものをこう易々と使えるなんて……。
……ジョーガちゃんの正体を聞きたいけど……多分、聞かれたくないんだろうな。
今は聞かないでおこう。
『そういえばレイルっち、お金持ってる?』
「いや。持物は全部預けたまんまだし、無一文だよ」
『そっかぁ、どっかで調達しなきゃだねぇ。図書館に入るのにも必要だし。……まぁ最悪きえきえで無断で入っちゃえばいいけど……そんなのは性格的にヤでしょ?』
「それは嫌だな」
『だよねぇ。ウチもそういうのは嫌いだし……あ、レイルっちあれ!』
路地裏から覗いた先に見えた露店の一角。
男が声を張り上げて喧伝している、そこは──……、
「さぁいらっしゃいいらっしゃい!! 王都の強者たち、力比べはどうだい!? この大男に腕相撲で勝てば、この査定書付で金貨五十枚相当の大粒の砂金を差し上げよう! 負ければ金貨一枚を払ってもらう! たったの金貨一枚で五十倍になるチャンスだッ!」
よくある力比べの出店だった。
椅子に座っている大男はスキンヘッドに筋骨隆々。
右腕には特徴的な印をした刺青が彫られており、如何にもな風貌をしている。
一目見ただけでも手強そうな雰囲気を感じる。
見たところ客足は全くない。
『レイルっちよかったじゃん! カモだよあれ! かっさらっていこっ!』
「えぇ……言われると思ったけど……俺、激しい運動は控えられてるんだぞ?」
『腕相撲程度じゃあその魔術は解けないよ。強力に縛られてるんだから』
「でもなぁ……」
大体ああいうのは何か仕掛けされてるものだし、勝っても難癖付けられるのが落ちだ。
『大丈夫だってぇ。ウチが付いてるから、何かあってもなんとかなるよ★』
「う~ん……あ、それに、掛け金もないだろ?」
『それは負けた時の話でしょ?』
どうにも断れそうになかった。
こういうことに力を使うのは気が引けるけど……仕方ない。
***
(だぁめだ。まったく客が来ねぇ。……もう引き上げっかな)
大体、こういうのは対決する方を弱そうに見せるのが鉄板だ。
だというのに、如何にもな筋肉達磨の大男を矢面に立たせている次点で、よっぽどの酔狂しか寄り付かないだろう。
(全く商売っつーのが分かっちゃいねぇ……。ま、言う通り働くしかねぇんだけどな)
客引きの男は背後に控えている仲間の方を振り向いて、店仕舞いを告げようとした。
その時だった。
「挑戦、いいか?」
「ん? おっ……!」
客引きの男が声のした方を振り向くと──そこにいたのは、後ろに控えている仲間と同じくらいの大男……!
顔に何やら黒い靄が掛かっていて詳細が分からないが……まぁ、顔を見せないのはよくある事だ。
魔術の類だろうし、魔術師だろうか?
彼奴らの信条か何か知らないが、フードや三角帽なんかでやたらと顔を隠したがる傾向にある。
一瞬その様相に驚いてしまったが、客引きの男はすぐに冷静さを取り戻した。
「おお、挑戦者かい?」
「あぁ、そうだ」
「よぉし来た!!」
この体格の男は中々見ない。
身体は少々細いが、中身が詰まってるタイプだ。
さぞや腕っぷしも強いことだろう。
だが……相手が悪い。
(こっちは見た目通りの筋肉達磨に、スキルによる筋力増加もある。座る椅子にも簡易的な減衰結界が張ってあるし、いざとなりゃあ保険もある)
砂金は本物だが、渡す気などさらさらない。
「さぁさ兄ちゃんこっちに座って! ルールの説明だ。三回勝負で二勝先取で勝ち。魔術の類や攻撃系スキルの使用は禁止。探知魔晶珠もあるから、ビビッと鳴りゃあ反則金だ。純粋な肉体勝負でお願いするぜ!」
「ああ、分かった」
(まぁこっちは普通にスキルも魔術も使うんだけどな)
こういう勝負は、それを事前に見破れない方が悪いというものだ。
「よぉし!! さあさ皆さんよってらっしゃい! 勇気ある強者が席に座ったよぉ! これに勝てばなんと金貨五十枚相当の砂金が貰えるぞ! 先を越されてしまうかもしれないっ! これを逃さない手はないぞぉッ! 」
呼び込みの声に誘われ、ちらほらと人が集まってくる。
(これで次の挑戦者もいくらか期待できるか……? 今日の昼飯代くらいにはなってもらわにゃ困るからなぁ)
何かしら人混みがあれば、そこに興味を持つというのが人というものだ。
そうして興味を持った人が更に人を呼んで、やがては集客に繋がるという寸法である。
「さぁ、兄ちゃん準備はいいか? ──よし! それでは尋常に、はじめぇぇぇい!!!」
***
ドガシャアン!
と、騒々しい音が響き渡ってそれで終わった。
「す、すまん! やりすぎた!」
『あっはっは★ ウケる! 空中で一回転したんだけど!』
組んでいた男が何やら凄い様相だし力も強いしで、こっちも思わず力が入ってしまった。
結果は……相手が空中に放りだされて飛んで行ってしまった。
怪我してないといいんだけど。
『頭からいっちゃったから気ぃ失ってるねぇ』
「え……? はぁ?」
客引きの男が何が起こったのか分からず目を白黒させている。
ジョーガちゃんから聞いて向こうが不正をしているのは知ってたけど……それを含めても、こっちが悪い事をした気分になってくる……。
『レイルっち! 今の内に砂金貰ってずらかれずらかれ! 難癖付けてくる前に!」
りょ、了解!
「なぁ、俺の勝ちってことで良いか? 起き上がってこないみたいだし」
「え……あ、い、いや! 待ってくれ! こんなの絶対おかしいだろ!」
駄目か。
……ジョーガちゃん。
『おっけー★ 影霊の瞻仰!』
瞬間、黒いオーラの様なものが俺に纏わりつく。
なんだかよく分からないけど、これでどうだ。
「ひっ!? あ、あぁ、わ、分かった! お前の勝ち、だっ!」
「ありがとう。あの人怪我してたらゴメンな」
態度が正反対に変わった客引きの男が、無理やり砂金を受け取らせてきた。
よかった。平和に解決できたみたいだ。
『レイルっち、早めに逃げた方がいいよ。後ろ、人がいっぱい集まってる』
「え……うわ」
その言葉に背後を振り返ると、確かに結構な人混みが出来ていた。
思いのほか注目を集めていたみたいだ。
何か言われる前に人混みに紛れ、足早にその場を離れた。
なるべく人が多い方に逃げた方がいいか……?
『人が少ない方がいいよ。一々逃げるよりも、きえきえで時間経つのを待つ方がいいから』
「そっか。そうだったな」
そういえば、この認識阻害は見た者の記憶を曖昧にする効果があるんだった。
ジェーンがいつもこれで、酒場なんかで顔を覚えられずに『いつもの』が出来なくて不便だ、とか言ってたっけ。
さらにその効果は時間経過で増していくのだとか。
なので、暫く『きえきえ』で隠れていれば、あいつらは俺に関しての記憶が消えていき、誰を追っていたのかすら思い出せなくなる。
「じゃあ、さっきみたいに路地裏に向かった方がいいか──……っ!?」
逃げようとした矢先、視界の端に捉えたもの。
それが見逃せず、俺は思わず反対方向に駆け出していた。
『ん!? どったのレイルっち、そっち人多い方だよ!?』
「ごめんジョーガちゃん、今掛けてる魔術解いてくれ!」
『え? え?』
捉えた対象が角を曲がった。
俺もそれを追いかけて、曲がり角を抜ける。
『ちょ、ちょっとレイルっち! どこ行くの!?』
「いいから、魔術を!」
『あぁもう分かったからぁ!』
──男に腕を掴まれ、無理やり連れて行かれる女の人の姿。
どう見たって嫌がっていた。
しかも、その連れて行かれている人が、顔見知りとなれば、余計に見逃せない……!
「おい、ちょっと待ってくれ」
大きく駆け出して──……女の人の手を引いている男を、腕ごと掴んで止めた。
「いってぇ!? なんだテメェ!」
「──えっ?」
女の人が俺を認識した。
やっぱり。
「ミーシャさん。無事で良かった」
「レ、イルさん……?」
綺麗な銀色の長髪。気弱そうな顔立ち。
見間違えるはずもない。
リシアの街のギルド受付嬢、ミーシャさんだった。
『おっとぉ、ヒロイン追加イベントだったかぁ』
読了いただき、ありがとうございます。
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