35.脱げオラァ!
アルルの着ていた服を剥ぎ取ってやった。
村娘の服を手に入れた。
「ぐすん……。乙女の柔肌を露わにするなんて、酷いです」
「さっき乙女の胸を揉みしだいてた奴の言う事か」
人聞きの悪い……。
代わりに、私が着ていたしゃらくさいドレスを脱ぎ捨てて、アルルに渡してやった。
──囮作戦のために、服を交換して着替えているだけだ。
私とアルルの服のサイズが合わないのは我慢するしかない。
「胸のところブカブカなんですけど」
「私はパツパツだよ」
「……」
「やめろ。無言で手を構えるな!」
アルルが妙にハイライトの薄い眼で手をスッと構えたのを見て、私は反射的に胸を腕で隠した……!
「もう、破かないでくださいよ?」
「大丈夫だって。……多分」
……アルルの服を着終えたけど、やっぱりどうにもサイズが合ってない。
「……なんか……胸のせいで裾が持ち上がって、破廉恥なことになってますね」
「くぅ……このくらい……胸を押し付ければまだ……!」
「ちょっとちょっと。破れちゃいますってば。私の服」
ぐいぐいと胸を押し込めて裾を伸ばそうとするも、アルルの服が耐えきれそうにない……。
「くそぅ……恥ずかしいけど、このまま行くしかないか」
「聞き捨てなりませんね。私の服が破廉恥衣装みたいな言い方して。王女様の破廉恥ボディが諸悪の根源でしょうに。謝ってください。ほら謝って」
「わ、分かった、悪かったから! だから胸を揉もうとするな!」
***
「そういえばなんですけど」
「なんだ?」
私の着ていたドレスを着せてやってる最中に、アルルが話しかけてきた。
ドレスというのはことごとく着付けに時間が掛かってめんどくさい。
脱ぐのは一瞬なのにな。
「さっきの話を聞いてて思ったのですが、あなたまだ自分のお父さんとちゃんと仲直り出来ていないんですね」
「……それは」
「一年前にも言いましたけど、楽な方に逃げても問題は解決しませんよ。それに、あなたが単独で行動するよりも、王様に協力してもらった方がよっぽど可能性が高いんじゃないですか?」
「…………」
「王様の事ですから、ちゃんとあなたの恋人を助けてあげる手段も考えていると思いますけどね」
「……だとしても、手段は多い方がいいだろ」
「黙って出ていくとまた拗れるのでは? 一度話し合うことを優先した方が──」
「アルルはどっちの味方なんだよぉっ!?」
「あうあうあう」
ドレスの編み上げ紐を引っ張りながらアルルを揺さぶる……!
「さっき手伝ってくれるって言ってただろぉ!?」
「いえ、言いましたが、より良い道を進むのなら──」
「分かってるよそんなことっ! でもヤなもんは嫌なんだっ!」
「あうあうあう」
ガクンガクンとアルルを揺すって思いの丈をぶつける……!
何を言われようが、私は父上に頼る気なんて、無い!
「わ、分かりましたから、離して下さいぃ」
「じゃあ協力してくれるか?」
「しますぅ」
ぐったりと疲れ切ってベッドに伏せたアルルを見て罪悪感を感じるけど……いや、これは仕方のない犠牲だ。
「……甘えられる人がいるっていいですね」
アルルがベッドに伏せたまま呟いた。
「え? ……アルルのことか?」
「違います。あなたのお父さんの事です」
「……甘えてるって、どこが」
想定外の言葉がアルルから投げかけられて、少しムッとしてしまう。
私が父上にどう甘えてるっていうんだ。
むしろ親元から離れようとさえしているのに。
「少なくとも私の目からはそう見えてますよ。一定の信頼関係があるから、そういうことが出来るんでしょうね」
「……悪い方の信頼関係なら、あるかもな」
「良いにしろ悪いにしろ、私にとっては羨ましいですよ。私はそれを試すことすらできませんから」
「……」
「早く仲直りできるといいですね。ずっと気持ちが通じ合わないのって、悲しいことですよ」
そんなこと言われたら、何も返せなくなっちゃうだろ……。
***
「はぁ、やっと着替え終わりました」
「……アルル、なんかお前……似合ってるな……?」
「そうでしょう? 伊達に一年王女役やってませんよ」
ふふん? とやけに得意げな顔でこちらを見つめてくるアルル。
確かに自信があるのはもっともで、私の着ていたドレスをアルルは見事に着こなしていた。
顔は元から綺麗だし、三つ編みを解けば癖もなくストレートの綺麗な髪。
ドレスも相まって一気に深秘的な雰囲気になる。
……胸に大量の詰め物をしているのは見なかったことにするが。
「所作も教養も完璧ですよ? あなたのお姉さんにみっちり教え込まれましたから」
「うげぇ……よくそんなもん覚えようと思えられるな……私はもう二度とゴメンだぞ」
「案外楽しいものですよ? 実際の王女様の気分も味わえましたし」
……アルルはこう見えて目立ちたがりなところがある。
なんというか、自然に目を引かれてしまうような魅力をこいつは持っていて、そのせいで周りが勝手に注目してしまう。
そしてこいつも、自分が周囲の目を引くのは当たり前、みたいな言動をしているから手に負えない。
私とは正反対だ。
私は人の前に出ることを嫌う。注目を浴びることは嫌いだ。
やって出来ないことはないけれど、致命的に何かが噛み合っていない。
姉さんやアルルのように社交的でもないし、人に好かれるような才能は、私には、無い。
「……いっそ本当に、私の代わりに王女になるか?」
ポツリと漏れ出た言葉は、本心だ。
そうしてくれたら、私はアイツと──……。
「ジルア」
「!」
突然アルルの声色が変わって、ハッとした。
「”生まれ”は何者にも変えられません。それは、龍であっても例外ではない」
「……」
──時折アルルは、今みたいに別人の雰囲気を纏うことがある。
まるで自分が人間ではないとでもいうような、妖しい気配。
きらきらと色彩が移り変わる七色の瞳が、私を見ている。
「どんな手段を使ったとしても、変わりはしません。……あらゆる命は、生まれ落ちた瞬間に、抗えない役割が決まっている」
「……分かってるよ、そんなの」
分かっている。
そんなこと、改めて言われなくたって、理解している。
「だけど、そんな簡単には割り切れない。……どうしようもないことだからなんて、諦めたくないんだ」
目の前に立つ、"誰か"に向けて、私は必死に言葉を紡ぐ。
それは私のことでもあったし、アイツに対しての言葉でもあった。
言葉を吟味するように私を見据えた”誰か”は、ふ、と笑みを浮かべて、静かに口を開いた。
「大事なのは、自分の生まれと役割を認めた上で、何を成すのか……ということだと、"私"は思いますよ」
「……自分の生まれと役割を、認める……」
元の、黒い瞳のアルルがそこにいた。
いつの間にか、瞳に宿った七色の光は消えていた。
アルルと"誰か"は、同じだ。
もっと詳しく言うと、"誰か"がアルルという役割を演じている──ようにも思えた。
……別に、そんなことはどうだっていい。
私にとってはどちらも一緒の存在だ。
こいつは、私の友人で、オンボロ骨董品店の店員の、アルルに違いない。
それだけで十分だ。
それ以上の役割なんて、私はアルルに求めない。
***
「それで、囮ということは私がここに残るということなんでしょうけど、王女様はどうやってこの部屋から出るつもりなんですか? この結界相当強力ですけど、破れるんです?」
「あぁ。破るというか、騙す」
隔離結界──対象とそれ以外の空間を切り離すことで、内側の対象からの干渉を防ぐ結界魔術。
これを破る方法は大きく分けて2つ。
1つは、結界そのものの硬度を上回る威力で破壊すること。
これは散々試して無理なことが証明された。
虎の子の龍脈専用線も、ご丁寧に繋げられないように処理されている。
だから、今回使うのはこれではなく、もう1つの方法。
──結界の対象者を、誤認させる。
「私とアルルという存在を、お互いに疑似的に付与させて、結界を騙す」
「騙す、ですか。具体的にどうするんですか?」
「結界の対象に使った定義を推測して、それを付与させる。別に大したことじゃない」
「……???」
アルルの頭に『?』が三つくらい見える。
まぁ、説明するよりやって見た方が早いな。
「多分、定義は私の生体魔力だ。これを騙すために、アルルの生体魔力を私の身体に纏う」
「おおっ」
とん、と肩に触れた手からアルルの魔力を引き出す。
身体に纏うだけでいいから少量でいい。
魔術師でないクラス職から魔力を引き出すのは、危険もある……から……、
「なんかお前の魔力……濃いな……?」
「やめてくれませんか。卑猥な言い方するの」
「えぇ……」
アルルの魔力を引き出した途端、その濃さに戸惑った。
いや、濃度が高いのは良いことなんだけど……。
けど、ここまで高密度なのは初めて見るレベルだった。
「アルル、なんでこんなに魔力高いんだ……?」
「……~~~♪」
「おい」
口笛を吹いてわざとらしく誤魔化そうとするアルル。
……いや、いいんだけどさ。別に事情を探ろうとも思ってないし。
「とりあえず、この魔力を薄く伸ばして……身体にフィットするように調整すれば……よし」
「へぇ。上手いものですねぇ」
「このテの小細工は結構必要な場面が多かったからな」
冒険の道中は、敵を欺いたり、記憶を消したり、変装したりと、魔力の繊細な扱いが必要になる闇系統の魔術が必須だったので、自然と鍛えられた。
「後はアルルに私の魔力を付与させて……」
「? どうしました?」
「……いや、何でもない」
「ん? なんで私の魔力を消したんです?」
「……」
……魔力の膜に包まれた状態じゃ、私の魔力を渡せないという凡ミスに気が付いたから、だなんて言えない。
「……これ、私の魔力、一旦持っといて」
「??? ……ああ、魔力に包まれた状態じゃ魔力を渡せないからですね。凡ミスですね」
「うるせぇ! 分かってるんだから一々指摘すんな!」
「あ、後、変装魔術も掛けるんですよね? 魔力に包まれてからじゃ同じく使えないから先に使っておいてくださいね?」
「…………分かってるよ」
「顔真っ赤ですよ。ドジっ娘は健在ですね」
「うるさいうるさい! ほらさっさと掛けてやるから正面向け!」
***
「よし。……これでいけるはずだ」
扉を開けて、結界の境界部に、手を──……
「……通れた!」
「おおー」
無事に対象詐欺成功。
するりと身体ごと結界を通り抜け、廊下に出る。
事前に読書に集中するからと人払いさせておいたので、警備も手薄だ。
「一応演技は頑張りますけど、早めに帰ってきてくださいね? バレたらスヴェンさんから拳骨をいただきそうですので」
「分かってるよ。さっさと済ませて戻ってくる」
私の顔と姿になったアルルが、無感情そうな私の声でそう言った。
対する私も、アルルの顔と姿と声で応えた。
──変装魔術の効果だ。
「それじゃあ、姉さんには気を付けろよ? 疑問を持たれたら終わりだから」
「分かってるよ! さっさと行けっ! ……こんな感じですよね?」
……妙にクオリティが高いのが腹立つな……。
「……分かってるならいいんですよ。精々本を読んでいるフリでもしておいてくださいね」
私も負けじとアルルの感情の薄い声色を真似て、城から抜け出すために駆け出した。
***
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