34.俺の頭の中の誰か
今日もいい天気だ。光の龍の恩恵が強い。
窓から外を眺めようとしたけど、外壁に囲まれて中庭くらいしか見えなかった。残念。
「はいあーん」
「あーん」
「おいしいか?」
「ほいしいれす」
やっと城の地下室から地上の別室へと移動させてもらった俺は、食事を運んできてくれたミセラに食事をやっていた。
どうも、ミセラは俺の世話係になったらしい。
「はい、次これ」
「あーん」
「おいしいか?」
「おいひいでふ」
いや、違うな。
俺がミセラの世話係になってる。
「こんなにおいしいのに食べないなんて、難儀ですねぇ」
「お腹空かないからな。味覚もないし、作ってくれた人に申し訳ないんだ。だからほら、ミセラがいっぱい食べればいいさ。あーん」
「あーん。もぐもぐ……ごくん」
「はい、ごちそうさま。朝飯抜きはキツイだろうからな。俺が食べなくて平気でちょうどよかったよ」
「ですね。朝ご飯食べないと元気出ませんもん私」
俺と口争いをしてしまった罰として、ミセラは朝ご飯を抜かれてしまった。
だけど俺は食べなくても平気なので、代わりにこうしてミセラに俺の分の飯を食わせてあげていた。
スヴェンもこれを見越してミセラの朝ご飯を抜いたのかもしれないな。
『いやー多分ちがうっしょ。レイルっちってマジ天然だね……。ってかレイルっちジェーンちゃんっていう心に決めた子がいるのに、ヒロイン増やしちゃっていいのぉ?』
…………。
「なぁ、ミセラ。少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか? 姫様のことですか!?」
「いや、それも聞きたいんだけど……あの……『天の声』ってあるだろ?」
「『天の声』……? あぁ!! 迷宮で時々聞こえてくる謎の女の人の声ですよね。アレがどうかしましたか?」
『天の声』──ミセラの言った通り、迷宮の中でのみ発生する、謎の女性の声のこと。
何らかの魔術により、迷宮内にいる冒険者たちに、罠を踏んでしまったことやモンスターハウスに突入してしまったことなんかを親切にもアナウンスして教えてくれる。
迷宮の大いなる謎の一つだ。
『ウチの声そんな呼ばれ方してるんだ! ウケる!』
その『天の声』が、なぜか朝起きた時からずっと響いている。
しかもどうやら俺にしか聞こえていないらしい。
「その……迷宮の外で『天の声』が聴こえてくるってこと、あるか?」
「え……? いや、そんなことはないと思いますけど……どうしてですか?」
「いや、別に大したことじゃないんだ。気にしないでくれ」
『あー、レイルっちもしかしてまだ信じてない感じぃ? ちゃんと助けてアゲルって言ったじゃん?』
いや、うん……。なんか、そんな感じの夢を見たような気がするけど……。
『残念! 夢じゃなくて本当の事でした~★』
「夢じゃなかったかぁ……」
「夢? レイル、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないんだ。なんか心も体も軽くなって落ち着かなくてな」
「あぁ、ずっと痛んでたって言ってましたもんね!!」
『かっるいなぁこの子! なんか肩こりが治ったくらいのノリで言われてるよレイルっち!』
うーん、喋りにくい。
目の前にいるのはミセラだけなのに、俺にしか聞こえない声にも対応しないといけないなんて。
『あははっ★ 喋りにくいよね? いーよいーよウチのことは気にしないで! 今はミセラちゃんとのお話に集中してて★』
……集中っていってもなぁ……。
「……そうだ。ジェーンは元気か?」
「ええそりゃあもう。聞きたいですか?」
「聞きたい」
「ならば仕方ない……教えてしんぜよう……」
なぜか仙人のようにふんぞり返って語り始めたミセラ。
最初はやたらとジェーンの事で突っかかってくる人だと思ったけど、こうして話してみればなかなか楽しい人だ。
『おっ浮気? 浮気か~★』
違います。
「姫様はですね、今、あなたの身体を治すための情報がないか、城の書庫の書物を全部読破する勢いで読み漁っているんですよ」
「書庫の本を全部……!」
「えぇ!! 部屋から出られないので、本を書庫から部屋に運ぶのが大変でしたがね!!」
「言ってくれれば俺も手伝ったのに」
「あなたねぇ……一応重傷者扱いなんですから、そんなことさせられる訳ないでしょう。 残念ですが全部私のお仕事ですーっ!!」
「分かったよ……それにしても、そんなに本を一杯読んでるなんて、やっぱりジェーンってすごく賢いんだな」
「そうなんです!! あの方は昔から頭が良くてですねぇ!!」
「うんうん」
ミセラはジェーンの事になると饒舌になる。
ジェーンの事が本当に大好きなんだろうな。
──俺の方が大好きだけど。
つい、口を出しそうになってしまう心を抑えて我慢する。
『レイルっちやばっ★ やっぱ独占欲つよつよじゃん!』
……俺は大人だからな。大人はいちいち嫉妬したりしないんだ。
『いやいや、レイルっちは15年しか生きてないじゃん。まだまだおこさまっしょ~★ ……あ、それとも今の時代は15で大人だったりする?』
……え? 15?
『え? うん。レイルっちの記憶から読み込んだ限りじゃまだ生まれてから15年しか立ってないねぇ。その間色々あったから忘れてるのかもしれないけどさ』
……それ、本当か?
『信じるかはレイルっちの勝手だよ。こっちには証明する手段がないからねぇ』
…………。
俺、まだ15才なのか……。
もしかして、ジェーンと同い年の可能性もあるのか?
「──ってことがありまして!! ……聞いてますかレイル?」
「あぁ、めちゃくちゃ聞いてる。騎士団が戦場に出る時に、一人一人に強化魔術と見送りの言葉をわざわざ掛けてくれたって話だろ」
「そうです!! その時の姫様の心配そうな表情と言ったらもう……全員怪我することなく帰ってくることを肝に銘じましたね!!」
「冷たいことも言うけど、なんだかんだ言って優しいんだよなジェーンは」
「良く分かってるじゃないですか!! そうです、そうなんです、姫様は素直になり切れないところがあるだけで、本当はとても優しい方なのです!!」
そう、ジェーンはとっても優しい。
俺なんかにも優しくしてくれるほどに。
『ジェーンちゃんガチ勢の集いじゃん。ウケるぅ』
「……っと、そろそろ時間です。そういえば、ちゃんと救われる覚悟は決められましたか? 今でもうだうだ言ってるようなら私が叩き斬ってやりますよ?」
「そ、それは大丈夫。……ジェーンが頑張ってるなら、俺は邪魔するようなことはしたくない」
「うーん……ちょっと違う納得の仕方ですけど……まぁいいです」
よかった、ミセラは納得してくれたようだ。
叩き斬られたくはないからな。
……ミセラは、多分相当に強いから、戦いたくはない。
『だねぇ。この子はウチの子だし、強いよ。今の人間の強さの基準は分からないけどさ』
……ウチの子?
『うん。ウチは偶に身寄りの無い子たちを集めて面倒見てたりするんだよね。つっても面倒見てるのは同じ人間たちなんだけど。このドランコーニアにはどの国にも属さない隠れ郷っつー場所があって、みーんなそこで仲良く暮らせるように、ウチが守ったり加護を与えたりしてるんだよ★』
へぇー……。
初めて聞いたな、そんなの。
『そりゃそうだよ。誰にも知られないようにやってんだもん。んで、ミセラちゃんはその隠れ郷出身の子ってこと★』
なるほどな。
そこで育つと特別に強くなったりするのか?
『う~ん……。そこなんだけど……ウチは別にそんなことしなくていいって思ってるのに、なぜかそこで育った子たちはみんな、強くなって役に立つことで恩返ししたい~、とか思ってるみたいでさぁ……。まぁ自主的に頑張ってくれるのは良いと思うから、何も言わないで見守ってる感じかなぁ』
……それは、誰だってそうするだろうな。
命を助けてくれた恩っていうのは、それまでの生き方を変えてしまうほどに大きいものだと思う。
俺だって、あの人に助けてもらって、あの人のように誰かを助ける存在になりたいと思ったのだから。
『……ウチは、人間とは違うから、レイルっちたちの気持ちはよく分かんないけど……。そんな恩なんて感じずに、自由に生きて欲しいって思っちゃうな。……上から目線の、傲慢な考えだって言われるんだけどさ』
……ジェーンは優しいって話をしてたけど、ジョーガちゃんも相当に優しいな。
なんというか、母親のような包容力というか、優しさを感じる。
『うえぇっ!? なっ、なにいきなりっ!? は、母親だなんてそんなっ! まだ恋すらしたことないのにっ!』
「レイル? さっきから上の空ですけど、本当に大丈夫ですか?」
「んあ、ああ。ごめん、脳内で喋ってた」
「のうない???」
「いや、ぼーっとしてただけだ」
「だ、大丈夫なんですよね本当に……?」
いかん。ミセラに心配をかけてしまった。
ちょうどジョーガちゃんは今何やらおかしなことになってるし、ミセラとの話に集中しなければ。
「大丈夫だ。頭がスッキリしてるのが落ち着かなくてな。色んな事を考えたりしてるんだ」
「はぁ……。大丈夫じゃないならハッキリ言ってくださいよ? アプレザルの婆さま呼んできますから」
「いやいや、本当に大丈夫だよ。何なら走り回りたいくらい元気なんだ」
「安静にって言われてましたよね!?」
「でも何もせずにじっとしているのも退屈で……」
「子供みたいなこと言いますねあなた……諦めて大人しくしててください!!」
「分かったよ……」
昨日は結局何もせず、部屋の中でただじっとしているだけで一日が終わってしまった。
久しぶりに眠りについて、夢なんて見てしまったりして、妙に落ち着かない気分だった。
「じゃあ、私は行きますけど、何かあったらすぐに呼んでくださいね?」
「分かった」
自分で食べた食事の皿を台に乗せて、ミセラが部屋から出ていった。
「……ふぅ」
『……さっきの、久しぶりに夢を見たっていうヤツだけど』
「え?」
『レイルっちの身体に掛けられた……これは……魔術か。この魔術のおかげで、ウチとの通信が成功するようになったんだね」
「あぁ、何かずっと繋がらなかったとか言ってたっけ」
『うん。恐らくレイルっちの身体の痛みが負荷になってたんだと思う。それが魔術のおかげで無くなって、昨日の夜にようやく繋がったってことだね』
──夢の内容は朧気にしか覚えていない。
ただ、色んな話をして、楽しくて。
助けてあげると言われて、嬉しかったことは覚えている。
……夢から覚めて、まさかこんな事になるとは思ってもなかったんだけど。
『時空間にまで作用するものはかなり高度な技術だし、相当な手練れなんだね。これを掛けた人間は』
「あぁ、王国一の魔術師だとかって話してたな」
『王国イチかー……。今の王国ってリュグネシアとか言ってたっけ。そこら辺の知識もまた仕入れなきゃだなぁ』
「知らないのか? 国の名前」
『ウン千年前の名前なら覚えてるけどねぇ……。あんまりウチらはドランコーニア内の事情については詳しくないんだよ。時間のスケールが違うっていうのかな」
……なんというか、改めて、ジョーガちゃんって一体何者なんだろう。
俺の頭がおかしくなった末の幻聴なのかと最初は思ったけど、どうもそうではない。
俺の知りえないことを彼女は知っていて、意思の疎通もできる。
その上、どうにもジョーガちゃんは人間よりも上位の存在っぽい。
……もしかして、龍さま……とか?
『よっしゃレイルっち! とりあえず外出て情報集めよっ★』
「えっ? いや、でも俺ここから出ないように言われてて」
『だいじょぶだいじょぶ! それくらい誤魔化せるからさ★』
「誤魔化す?」
『そ★ とりあえず、手を前に突き出してみ?』
「こうか?」
ジョーガちゃんの言う通り、手を前に出してみる。
『影糸の編み人形』
「おわっ!?」
突然、俺の手から黒い何かが飛び出してきた──!?
「何だこれっ!?」
『まぁまぁ見てなって』
これは、ジョーガちゃんが俺を介して魔術を使っているんだろうか……?
黒い何かは空中に堆積して、何かの形を成していく。
やがて出来上がったそれは──……、
「……俺?」
『正解★ 分身みたいなもんだよ。ウチが自由に動かせるから、この子を部屋に置いといて誤魔化しちゃお!』
「えぇ……いいのかな……」
俺そっくりの分身の前に立つと、分身が握手を求めてきた。
握手に応じると、にっこりと笑顔で返された。……自分の満面の笑顔って、ちょっと気持ち悪いな。
『ほらほらっさっさといこっ! 時間は限られてるんだからさっさと行動しなきゃあ』
「行こっていっても、ここ鍵掛かってるし、それに姿を隠すことも──」
『影糸の万能錠、影霊の幻衣!』
…………。
『あとなんかある?』
「ないです」
『んじゃしゅっぱーつ★』
外側から掛けられた鍵は開けられ、俺の姿は透明になったかのように掻き消えてしまった。
何でもありなのか、俺の頭の中に住んでいるこのお方は。
***
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