32.親の心を子は無視しがち
王の執務室。
王、参謀長、騎士団長、そして宮廷魔術師の老婆の4名が再び揃っていた。
「古代魔術など、今更探して見つかるはずもないだろう。王国で所有しているものであっても、あの男を救うに値する類の魔術はない。そうだな?」
「はい。現在王国所有の古代魔術は、いずれも攻撃魔術に類するものですじゃ」
リュグネシアの国王、マーカサイト・クヴェニールは、宮廷魔術師アプレザルから返ってきた言葉に嘆息した。
「魔術院からの報告も怪しいものだろう。そんなものが個人の手に渡っていたら、まず間違いなく秘匿されるはずだ」
「はい。いずれも返ってきた報告は芳しくないものばかりですじゃ」
アプレザルは淡々と答えた。
この老婆は、長年に渡りその智慧で王国を支え続けてきた人物だ。
そのアプレザルをして、対応は困難だと言わせるほどの事態になっている。
「古代魔術に匹敵する龍器であっても、治癒効果を持つものは王国に存在しない。……単刀直入に聞こう。アプレザル、あの男を救う手立ては本当に無いのか」
「……」
アプレザルは沈黙した。
「……無いのだな?」
「……ただ一つ」
「何だ?」
「ただ一つ。……細い、とてつもなく細い、針穴に糸を通すような可能性の話、ですが」
「聞こう」
その場にいた王と参謀長と騎士団長は、皆一様にアプレザルの言葉に耳を傾けた。
***
「それは……」
「非常に、可能性の薄い話ですじゃ。……ですが、今この場でお話しできる術は、ただこの一つのみ」
「……雲をつかむような話だな……いや、可能性はともかく、実際に可能なのだな? その話は」
王は眉根を寄せて、その老婆に問うた。
「信頼できる筋に、証言は取っておりますじゃ。……信じていただければ、の話ですが」
「むぅ……」
「……もし、失敗した場合はどうなるのですか? もしも何もかもを失うのだとした場合、我が王国は相当な痛手を被ることになります」
参謀長が口を開き、老婆にそう問うた。
国に関わる重要な問題である以上、そう簡単に動くわけにはいかない。
「過去に前例を見ない類の話ですじゃ。この私とて、どのような結果が待っているのか、見当もつきません」
「…………」
王が目を瞑った。
あの男を助けるためのリスクとリターンを天秤にかけて、熟考する。
国の長たる者として、冷静な決断が求められた。
***
私は、アルルに今までの経緯を話終えた。
「……ふぅむ。なんというか、壮大な話になってますね。……事情は分かりました」
何から話せばいいのか分からなくて、最初は上手く説明できなかったけれど……。
アルルは私の言葉を遮ることなく、最後まで黙って聞いてくれた。
「突飛なことを聞きに来られたのも、こういう事だったんですね。ようやく納得しました」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
アルルがよく分からない事を呟いた。
誰かが、こいつに何かを聞きにきた……?
疑問を感じるけど……今はそこに拘っている場合じゃない。
アルルがコホンと前置きをして、要点を纏めてくれた。
「あなたの恋人が大変なことになっていて、助ける方法を探している。猶予は少なく、一刻も早く行動する必要がある。……それで合っていますよね?」
「うん……ん!?」
「何か間違っていましたか?」
「いや……こい……びと……とかじゃ、ないし…………まだ」
まだ……そんな関係では、ない……し。
「でも好きなんですよね?」
「…………ん」
「なり振り構わず助けたいくらい、その人の事が大大大大大好きなんですよね?」
「うぅ……そ、そうだよ! 悪いか!? 」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい……!
けど、もうここまで来たら素直に開き直るしかない……!
「いえ、全然悪くないですけど。変わりましたね、王女様。あなた、たった一年前まではやれ魔術だ、冒険だーってはしゃいでたじゃないですか。それが今や恋する乙女ですよ」
「し、しちゃったもんはしょうがないだろ!? こ、恋は急に落ちるものってよく言うし……!」
「人って成長するものですよね……まさかあの王女様にこんな日が来るなんて……」
「何しみじみしてんだお前は……! そ、そういうアルルはどうなんだよ!? 恋とかしたことあるのか!?」
「ありますよ」
「……えっ?」
「ありますよ。恋。私、ずっと恋してますもの」
「えっえっ!」
アルルが、恋を、している……?
まさか、こいつからそんなワードが飛び出すとは思っていなかった……!
「だっ、誰!? 私の知ってるやつか!?」
「お父さんです。私の」
「……は? ……えっと、それは、親愛の情的な意味だよな……?」
「違いますよ。異性として、という意味の好きです」
「……」
「私、お父さんの事が大好きなんですよ」
深く突っ込んでいい話題なのかどうか、分からない……!
こいつのお父さんって、確か冒険者で、家族をほっぽり出してずっと旅してるとか言ってたよな……?
……会えない期間が、そういう感情を勘違いさせている……とか?
──でも、今のアルルの顔は、いつもの惚けたような表情ではなく、恋する乙女の顔を、確かにしていた。
「なので、恋した相手を助けたいという気持ちは、私にも痛いほど分かるんです」
「──……そう、なのか」
「だから、協力しますよ。あなたの想い人を助ける、というのを」
「……ありがとう。……ゴメンな、いつも面倒なことに巻き込んで」
「本当ですよ。それに、お礼を言うのはまだ早いです。上手くいってからにしてください」
「……うん!」
アルルの力強い言葉を聞いて、私は少しだけ心強くなった。
(──本当に、私は恵まれているな)
アルルだけじゃない。
婆やも、姉さんも、騎士団のみんなも、協力しようとしてくれている。
……それを邪魔しようとしているのは、父上ただ一人だけだ……!
「それで、具体的にどうするかは決まっているのですか? 残念ながら私は古代魔術の情報は持っていませんよ」
「……私も色々と文献を漁ったけど、そんな簡単に見つかるはずもなかった」
「あぁ、それでこんなにお部屋に本が山積みになってたんですね。突っ込んでいいところなのか分からなかったので放置してましたけど。なぜか家具も壊れているのは何でなんですか?」
「うん、まあそこは置いといてくれ……」
アルルの言葉で、部屋の惨状を思い出す。
部屋から出られないから、姉さんとミセラ、それに侍女のみんなに手伝ってもらって、書庫から色々と本を運び出してもらったけど……ちょっと散らかし過ぎてるな……。
私が暴れたときにできた家具の残骸もそのままだった。
「……考えを変える必要があるんだ。アイツの……レイルの身体さえなんとか出来さえすれば、別に古代魔術じゃなくたっていい」
「それはそうですけど……。何か当てがあるんですか?」
「当て……ではないけど、それに近づくための、手がかりはある」
「ふむ、聞かせてください」
私は、徹夜で考えていた計画をアルルに話し始めた。
***
「それは……いえ、気持ちは分かるのですけど、法とか色々無視してませんか? それ」
「こんな状況にしておいて法とか言ってられるか。それにな、アルル。一つ重要なことをお前は忘れてる」
「……なんですか?」
「王族に、人権はないんだ」
「……いえ、そんなキメ顔でいう事でもないと思うのですけど」
人権が無いので、法は適用されない。
例え私が、法を破ろうとも、罪には問われない。
「……私は、おすすめしませんけど……だからと言って何か有効な手段を持っているわけではないです。……うーん、でも、そうですね……このまま何もしないでいるよりは、マシかもしれませんね」
そうだ。
浮かびもしない方法を待っているよりも、まだ何かの可能性がある方に掛けた方がいい。
「それで、私もそれを手伝えばいいのですか?」
「いや、アルルにはもっと重要なことを頼みたいんだ」
「重要……? 何をすればいいんですか?」
まず、その方法を実行に移すための前提条件。
「私の代わりに、ここで監禁されててくれないか」
「……………………へ?」
***
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