31.大いなる責任はその大きな胸で払ってもらいます
王都アウルムの中心に位置するアダマス城へと入場するには、厳重に警備されている門を通行する必要がある。
が、一々申請やら探知魔術やらのチェックを受ける必要があるため、非常に面倒な手続きを踏まなければならない。
だが、城への食糧や物資など、日常的に必要な物の搬入を行う際にも一々チェックされるのも面倒だということもあり、裏口というものが設けられて、一部の関係者には周知されていた。
その裏口へと続く道を、少女が歩いていた。
***
少女が歩いている。
真っ白なフードを頭から被っており、三つ編みの束二つを、肩からフードの前へ流すように垂らしているのが特徴的だった。
服装は地味な村娘、といった様相。
流行りの最先端を行く王都では、逆に浮いてしまうであろう格好をしていた。
少女の足取りにためらいはなく、堂々としたもの。
城の裏口に到着すると、勝手したる様子で裏口の扉を開けて中に入った。
中へと進んで数歩進んだところで、少女は足を止めた。
そして不意に背後を振り向いた。
「こんにちわスヴェンさん」
背後の、灯の無い暗闇の中に吸い込まれていった言葉は、通常ならば返ってくるはずもない。
そこには誰もいないはずだった。
つい、先ほどまでは。
「……アルルか」
暗闇の中から声がした。
何もない暗闇からぬるりと影が動くように現れたのは、鎧姿の男だった。
くすんだ金髪と獅子の如き風貌をした男──王国騎士団団長であるスヴェン・クヴェニールだ。
「相変わらずビジュアルに全く似合わぬ暗殺者みたいな登場の仕方です。今日もお見事ですね」
「うっせぇほっとけ。……今日は何の用だ? いつものならまだそんな日じゃないだろ」
少女──アルルの軽妙な挨拶にスヴェンは少し不機嫌そうに返した。
「あぁ。いえ、この前書庫で本を借りたままだったので返しに来たんです」
「城の書庫で貸し出しサービスはやってないんだがな……」
「やですねぇ。それくらい見逃してくださいよ。いつも大変なお役目を任されているのですから」
「その分の駄賃はやってるだろ。……返したら早く帰れよ?」
「今日は何か忙しいんですか?」
アルルの問いに、スヴェンは何か奥歯に物が挟まったような顔をして答えた。
「んー……。そうだ、な……ちょっとな」
「奥歯に物が挟まったような言い方しますね。別に聞かないですけど」
「聞かんでくれて助かるが……詮索や寄り道はするなよ?」
「なんですか。別に私は厄介ごとを引き起こすようなタイプではありませんよ。どこぞの王女様でもあるまいし」
「んん……。まぁ、そうだよな……んじゃ、本返したらさっさと帰れよ?」
スヴェンがそう言い残して再び闇へ溶け込む……前に、アルルが思い出したかのように言った。
「スヴェンさん。一つ質問なのですが」
「なんだ?」
「お父さん、戻って来たりしてますか?」
アルルの質問に、スヴェンは一瞬呆けた顔になった後、首を横に振った。
「いいや、姿も見てないが……どうした急に」
「いえ、なんだかそんな気配を感じたので」
「……流石に、あいつが帰ってきたら、真っ先にお前に会いに行くだろうよ」
「……だと、良いんですけど」
今までどこか捉え所がなく、飄々としていたアルルが、少しだけ表情を翳らせた。
それを見たスヴェンはアルルに近づいて、フード越しに頭をガシガシと撫で回した。
「うわっぷ」
「そういうところだけ見たら一端のガキに見えるんだけどな、お前は」
「……なんですか。私はまだガキですよ」
「普通のガキは、自分のことをガキって言われたら反発するものなんだよ」
うちの姫さんみたいにな。と、スヴェンは付け加えた。
「……覚えておきます」
「おう。じゃ、俺は戻るぜ。帰り道気ぃつけろよ」
「はい。そっちもお勤め頑張ってくださいね。スヴェンさん」
スヴェンが後ろ手に手を振って、暗闇の中へと消えていった。
それを見届けてから、アルルは城の中へと向かって歩き出した。
「まぁ、もう厄介ごとには巻き込まれてるんですけどね」
***
特徴的なノックの音がした。
しゅばばっと扉に駆け寄って、こちらも特徴的な──事前に決めている──ノックを返す。
ちなみに今のは”名を名乗れ”の合図だ。
「毎度おなじみオンボロ骨董品店の看板娘ですよ」
「入ってヨシ!」
扉を開けて入ってきたのは、久しぶりに見た友人の姿。
記憶の中の姿と変わっていないことに安堵感……。
「アルル……っ!」
「うわっと」
思わずアルルに飛びついてしまった。
「久しぶりだなアルル! 元気にしてたか?」
「そちらもお元気そうでなによりです」
変わらない飄々とした態度が懐かしい。
本当に、久しぶりだ。
──初めて会ったのは、少し昔の、この城の中でのこと。
偶々城に仕事で来ていたという彼女を見かけて、同い年の女の子という存在が珍しくて、話し掛けたのが始まりだったっけ。
アルルは私と同い年だっていうのに、お店の店員をやっていて、その上冒険者としてダンジョンに潜ることもあるという。
当時は羨ましくて、四六時中引っ付いて色んな話を聞いたりしたな……。
「変わってないなアルル。安心したよ」
「王女様はいっぱい成長したみたいですね。こことか」
──バッシィ!!
「いったぁっ!? えっ何!?」
「失礼。不敬をお許しください王女様。こうでもしないと腹の虫が収まらないかなと思ったもので」
突然、胸をアルルに叩かれた──……!?
「何すんだ!?」
「とんだ我儘ボディになりましたね。これが一年放蕩して得た成果ですか。けしからん」
「はぁっ!? な、何言って……揉むなおい!」
「一体どんな生活をしたらこんなに成長するんですかね……。あ、ちょっと待ってください。これ凄く楽しいです」
「やめ、やめろぉっ!!」
アルルの手を振り払って距離を取った……!
不満げに唇を尖らせていやがる! なんて奴だ!
「なんですかこの程度。私に掛けた苦労に比べれば安いものじゃないですか」
「そ、それは……ゴメンだけど……だからっていきなり人の胸を触るな! 変態かお前は!」
「変態ではありませんよ。珍しいものを見たら触りたくなってしまうのが人の性というものでしょう」
「珍しいとか言うな! ふ、普通だろこのくらい……!」
「いえ、その歳でこれは中々の逸材ですよ。流石はロイヤルプリンセスと言ったところでしょうか」
「うぐ……」
相変わらずの軽口が懐かしい……けど。
なんだか、怒っている、ような……。
「アルル……怒ってる?」
「どう思いますか?」
「……」
「あなたの我儘のせいで毎月毎月あなたに物品を仕送りしたり、私が着けれるわけもない大きなサイズの下着を買わされたり」
「…………それは、本当に、ゴメン……」
「そして、あなたの代役を務めたりしていた私の気持ち、どう思いますか?」
「……え」
それは、初めて聞く話だった。
「そ、そんなことになってたのか……? 私の代わりに、アルルが……?」
「そうですよ全く。毎月お城に呼び出されては、『ジルア王女の影武者』として働かされていました」
「そんな……知らなかった……」
「まぁ、美味しいもの食べられたり、お給金は貰えたりしたから別にいいんですけどね」
「……」
そんなことになっていたなんて、思ってもみないことだった。
……でも、考えてみれば当然の話だ。
一年もの間姿を晦ましていた王女の存在が公になっていないのは、単に事実を隠すだけでは済まない。
姿を見せる必要のある場だって出てくるだろう。
それこそ、王女の影武者を立てて代わりに働かすくらいでもしなければ、誤魔化せない。
「本当に……ゴメン……そんなことになっていたなんて、知らなくて……」
「プンプンですよもう。だからそのでっかく成長した胸を揉ませてくれますね?」
「う……うん……」
「わぁい」
***
「ん……あの、アルル……その、色々迷惑掛けて……んぅ……その、ごめん……」
「全くですよ。お陰でこっちはいっぱい稼がせてもらったりしたんですからね? ほらもっと謝ってください。こんなに成長してしまってごめんなさいって」
「あ、あぅっ……そ、その、大きくなって、ごめっ……ひゃあっ!?」
「おぉっ……凄いです。まるでマシュマロみたいですよ。一体何食べればこんなに大きく成長するんですか。完結に説明してください」
「ちょ、ちょっと、アルル……! も、揉むの、もうやめてぇ……!」
「しおらしくなってる王女様もいいですね。いつもこうならもっと良いのですが」
「そ、そんなに、強くしないでぇっ……! も、もうやめ……やめろってば! 終わり! 終わりだから!」
「はぁ。仕方ありません。今回はこれで勘弁してあげましょうか」
アルルの魔の手からやっと解放された……!
ぜぇ、はぁ、と乱れた息を整えながらベッドの上でぐったりする。
「大切なものを……失った気分だ……」
「なんですか胸を揉まれたぐらいで。大げさな人ですね」
「大げさじゃない……! 絶対大げさじゃないんだからな……!」
乙女としての尊厳に関わる問題なんだ……!
「それで。久々に戻ってきたと思ったら手紙をよこして、『至急会いたい』なんて書いて、どういった要件なんです。まさか謝るために呼び出したわけじゃないでしょう?」
「そ……そうだ……! こんなことしてる場合じゃなかった……!」
よろよろと立ち上がり、アルルに向き直った。
アルルは腕を組んで、呆れたような表情でこちらを見つめている。
そんな視線を向けられるのも無理はない。昔から色々と世話を掛けてきたのだから。
そしてまた、私はアルルに世話を掛けようとしている。
だけど、今回ばかりはそんなことも言ってられない。
ここで頼まなければ、きっと後悔することになる。
「真剣な話なんだ。茶化さずに聞いてほしい」
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