30.好き好き好き姫様が好き
「私の方がずっと姫様について知っているんです!! ぽっと出のあなたに何が分かるっていうんですか!!」
「で、でも俺は、冒険者としてのジェーンについてなら誰よりも知ってる! ジェーンが冒険者になったばかりの頃からずっと一緒にいたんだ!」
「ぐぬぬぬぬ……!! あのですねぇ!! あんなの、あなたがにぶちんの唐変木じゃなかったらすぐにひっぺがされていたんですからねっ!?」
「と、とーへんぼく……? なんのことだ……!?」
「その通りの意味ですよ!! 姫様だってあんなに分かりやすくアピールしてたのに、気付かないどころかスルーするしぃ~~~!! 姫様の純情を弄んでぇー!!」
「さっきから何を言ってるんだあんた……!」
「なんでもありません!! 要は、私はあなたが気に食わないということなんです!!」
「な……なんだそりゃ……」
「ふんっ!! あなたなんて所詮、姫様が出先で知り合っただけの人じゃないですか!! 私と姫様との仲には到底比べ物になりませんよ!!」
「──いや、俺とジェーンの方がずっと仲が良い!!」
「そういうとこですよ!! 私が気に食わないのは!!」
「な、なんと言われようとそこだけは譲らないからな!」
「きぃいいいっ!!!!」
「ぬぐぅううううっ!」
「朝っぱらから何やってんだお前らは!!」
***
朝が来た。
窓がないこの地下室で外の景色なんて見えるはずもないけど、それでも今が朝だというのは分かる。
明け方特有の澄み切った空気の匂いが、この地下奥深くであっても感じられるからだ。
何よりも、それくらいの時間が経ったことを身体が認識している。
──俺はまだ、生きていた。
そして、
「……ったくよぉ。無駄なエネルギー使わせやがって……」
俺は、この隣の青髪の女騎士の人と一緒に、スヴェンに正座させられていた……。
「大体なんでお前がここにいるんだミセラ」
「はい団長!! この人に食事を運んでました!!」
「……配膳は別の奴に任せていたはずだが?」
「変わってもらいました!! この人と話がしたかったので!!」
「…………まあ良い。それで何で言い争いになってたんだ」
「「だってこの人が!!」」
「やかましいっ! 一人ずつ喋れっ!」
「「はい……」」
スヴェンに叱られてしまった。
どうも俺はこの人──ミセラとは相性が悪いらしい。
「まずはミセラから。何で言い争いになった」
「はい!! 私と姫様の仲を懇切丁寧に説明してあげたっていうのに、この人自分の方が仲が良いとか言うんですよ!!」
「………………」
「お、王女としてのジェーンはそっちの方が知ってるかもしれないけど、冒険者としてのジェーンは俺の方が分かってるんだ!!」
「このっ!! 生意気なっ!! 大体、冒険者として活動してた時期の姫様のことだってこっちは把握しているんですからね!?」
「盗聴魔術で聞いていただけだろ! 俺は実際にその場にいて、ジェーンを近くで見てきたんだ!!」
「ぐぐぐぐぐぬぬぬぬぬっぅぅぅううううっ!!!! わ、私なんか姫様がこんな小さな頃から一緒にいたんですから!! あなたよりずっと長い付き合いなんですからぁ!!」
「それでもっ! 俺は──」
「いい加減にしろっ!!!」
***
「……ミセラは罰としてしばらく朝飯抜きだ」
「そ、そんなぁ!! あんまりです団長~!!」
「うるせぇ。あとレイル。お前、自分の状況分かってるんだろうな?」
「あ、あぁ。分かってるよ」
「……一応婆さんから話は聞いてるが、身体は大丈夫なんだな?」
「──うん。あのおばあさん、本当にすごいな」
昨日のことだった。
ベッドで横になっていた俺の前に突然──本当に突然、目の前にあのおばあさんが現れた。
あの広間で出会っていたこともあって一瞬警戒したけど、そのおばあさんの持つ雰囲気がとても優しくて。
俺の身体を見てくれると言ってくれて──その結果。
「嘘みたいに身体から痛みが消えたんだ。もう全然どこも痛くないんだよ」
魔術を掛けられて、俺の身体から痛みがさっぱりと消えた。
今までどんな魔術を使われても、どんな回復薬を飲んでも治らなかったのに。
「そりゃあよかったが、これは一時的なもんだってことも分かってるだろうな? お前の身体は今以って危険な状態に変わりはない。……それに、身体に激しい負荷が掛かれば魔術は解けちまう」
「うん。それも、聞いた」
あのおばあさんから、全部教えてもらった。
俺の身体は治癒魔術ではどうしようもないこと。
竜の心臓が俺の身体に掛ける負担を止めるようにしてくれたこと。
この魔術は、あくまで一時的だということ。
いずれ、限界が来るということも。
その時が来たら──再び身体に激痛が走り回るようになり、やがて俺は死ぬ。
「それでも……本当に、感謝しかないよ。あのおばあさん何者なんだ?」
「あの方はこの王国一の魔術の使い手なんです!! 姫様の魔術の師匠でもあるのですよ!?」
「なんでお前が得意げなんだ……」
「ジェーンの師匠……なのか」
ジェーンがとんでもなく強かったのも納得だ。
「あの婆さんはアプレザルと言ってな。この王国にかなりの昔から仕えてる宮廷魔術師なんだ」
「かなりの昔……?」
「魔術で寿命を延ばしているらしいのですよ。今の王が子供の時からもうずっと一緒の姿だって噂も聞きましたし、きっと数百年は生きてますね!!」
「数百年……!? ほ、本当に魔女みたいな人なんだな……」
俺の身体の事情も荒唐無稽だけど、上には上がいるものなんだなぁ……。
「そんなとんでもない婆さんだが、その婆さんでもお前の身体をどうにか生き長らえさせるので精一杯だ。……すまんな。大口を叩いておいて」
「いや、そんな、謝らないでくれよ! 今こうやって痛みなく動けているだけでも十分すぎるくらいで──」
「十分じゃないでしょう」
俺の話を遮って、隣に座っていたミセラが斬り捨てるようにそう言った。
「あなた、全然救われていないじゃありませんか。──どうしてそんなに平気そうな顔をしてられるんです」
「……それは」
「もう死ぬしかないから、仕方のないことだと思って、全てを諦めてはいませんか?」
図星だ。
「どうして諦めるんですか。どうして生きることを最後まで足掻こうとしないんですか」
「……だって、どうしようもないじゃないか」
王国一番の魔術師でもどうしようもなくて。
あの人でも──俺を人として生きれるようにしてくれたオジサンでさえも、死の運命を覆すことはできないと言ってたんだ。
「これ以上、どうしろっていうんだよ」
「それ、姫様の前で同じことが言えますか? もう死ぬしかないから、生きるのを諦めているんだ、なんて」
「──」
そんなの、言えるわけ、ない。
ジェーンに言ってしまったら、きっと──……。
「姫様、泣いてました。泣いて、あなたの事を助けてあげてほしいって頼んでいたんですよ?」
「──……それって」
その言葉が示す意味に気付いて、スヴェンの方を振り向いた。
「……悪いなレイル。ちょっとした手違いがあってな……。昨日の会話は、姫さんとストラスに全部聞かれてたんだ」
「そんな……」
それだけは、聞いてほしく、なかったんだけどな……。
「もうお城中に広がっちゃいましたよ、あなたの事情。だから、皆あなたの味方なんです」
「……え? ……皆?」
「えぇ、皆です。何でだか分かりますか?」
……分からない。
「姫様が、あなたのことを助けようとしているからですよ。このお城にいる人達はみんな姫様の事が大好きなので、姫様の助けになることなら、何だってしてあげたいのです」
「それは……ジェーンは、それほど愛されているんだな」
「えぇ、険悪なのは王だけです。さっさと仲直りすればよろしいのに」
そういえば、王様とジェーンは喧嘩をしていたみたいだった。
こんなに愛してくれている人がいるのに、ここから逃げ出したのは、王様との仲が悪いことが理由なのだろうか。
「まぁ、王の話はどうでもいいことです。問題なのは、姫様があなたを助けようとしていることです」
「……」
ジェーンが、俺のことを助けようとしてくれている。
それは、俺が望んでいないことだ。
「あなた、ずっと姫様と一緒にいたのに、何を見てきたんですか。あの人があなたの事情を知ってどうするかなんて決まっているでしょうに」
……そんなの、言われなくたって分かってる。
「姫様は絶対にあなたを助けますよ。あなた自身がどうしようもないと諦めていても、姫様は絶対に諦めたりなんかしません」
ジェーンはきっと助けようとしてくれる。
どうしようもないことをどうにかしようとして、無茶をするに違いない。
……俺は、ジェーンにそんな危険なことを、してほしくない。
「姫様も、皆も、あなたを助けようとしています。なのにあなたが生きることを諦めてたら、どうにもならないじゃないですか」
「……俺は、誰も、俺の事情に巻き込みたくないんだ」
「っ!! もう巻き込んじゃってるんですよ!! あなたが姫様とパーティを組むと決めた日から、こっちはもうずっと巻き込まれてるんです!!」
「落ち着け、ミセラ」
激昂したミセラをスヴェンが宥めていた。
俺は、ミセラに言われた言葉を反芻していた。
──もう既に、色んな人を巻き込んでしまっている。
「……私、やっぱりあなたの事気に入りません。姫様にあんなに想われているのに、あなたは気付いていないフリをしてます。……理由があるとはいえ、許せません、そんなの」
***
「すまんな、騒がしい奴で」
「まぁ……個性的な人だったな……」
言いたいことを言い終えたのか、ミセラは地下室を出て行った。
嵐が過ぎ去ったような静けさが残っていた。
「あいつは姫さんの事になると周りが見えなくなるんだ。……あいつに限らずにそういう奴はこの城の中に多いがな」
「あー……」
ジェーンのお姉さんであるストラスさんも、ジェーンの事になるとあんな感じだった。
この城の人達は本当にジェーンのことが好きなんだな……。
「それで、だ。さっきミセラの奴が言った通り、姫さんがお前の事情を知ってしまって、お前を助けようと動き出している」
「……そう、なんだな」
もう既にジェーンは俺の身体のことを知ってしまった。
……俺は一体どんな顔をして、ジェーンに会えばいいのだろう。
「もちろん俺たちも全力でサポートするが……俺は現実主義者でな。気持ちで解決できることにも限界があると思ってる」
「……ああ」
「どんな結果になったとしても、後悔だけはしないようにしろ。……姫さんとちゃんと向き合ってやってくれ」
「……分かった」
ジェーンと、向き合う。
冒険者としての俺たちではなく、お互いの秘密をさらけ出して、本当の自分自身を見せ合う。
それは、一体どれほどの勇気がいる行為なのだろうか。
「それと……あまりお前にも猶予はないことは分かってるが、一つ」
「何だ?」
地下室から出て行こうとしていたスヴェンが振り返りながら言った。
「姫さんがお前の事情を知った時、部屋から抜け出そうとして暴れてな……。そのまま3日ほど部屋で謹慎することになった」
「ジェーン……」
***
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