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backup  作者: 黒い映像
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22.王女様はアドベンチャラーの夢を見るかⅠ

夢を見ている。


***


「ここが……リシアか……」


城から抜け出して、王都発の竜車に乗り込んで数時間。

なんとか目的地のリシアにまでやってこれた……けど……。

凄く、お尻が痛い。

後、酔って気持ち悪い……。


「うぅ……うぁ……」


近くにあった街の案内板になんとかもたれ掛かる。

やばい、吐きそう。竜車ってあんな揺れるものだったの……?

今まで私が乗ってた竜車とは一体何だったんだろうか……。


「ぅー……ぁー……ぎもちわるい……」


数分ほどもたれ掛かった体勢でいるけど、視界がまだ揺れてる気がする。

……なんだか視線を感じる。周りを見る余裕すらないけど、多分、注目を集めているのだと思う。


それもそうだろう。

真っ黒のローブに頭まですっぽりと隠したフード。

その上顔は何やら黒い霧で覆われてるときた。

今の私は、ただの不審者としか思われないような恰好をしているのだから。


けれど、私を視界から外した次の瞬間には、私という不審者の情報が見た人の頭の中から消えていく。

それが、わざわざ宝物庫に忍び込んでまで拝借してきた、この指輪の効力だ。


……と言っても、見られたまま通報されたら普通にしょっ引かれるし、ずっとここに留まっているわけにもいかない。


「…………よし、行くか」


案内板にもたれ掛かっていた体勢から立ち上がる。

幸先は悪い。だけど、高揚感だけは高まっている。

これからの事を思うと心が躍る。

やることをやってしまったのだから、後はもう進むしかない。


「私は、冒険者になるんだ……!」


***


城を抜け出す前に準備しておいた偽の身分証を使って、ギルドでの冒険者登録はなんとかなった。

手持ちの宝石を換金して、当分の生活費も賄えた。

そこまではよかった。


換金屋を出ると日は沈んでいて、辺りが暗くなっていた。そして、静寂。

人っ子一人出歩いていない。

換金屋に入る前には開いていたあらゆる店が閉まっていた。

ガラララ、と背後から鎧戸(シャッタ)の閉まる音がして、振り向いたら、換金屋も店仕舞いをしたようだった。

不安に駆られて慌てて駆け出したけど、開いてる店なんて一軒もない!


「宿どこぉ……?」


そう、私はまだ宿を取ってなかった。

冒険者が多くいるこの街なら、たとえ深夜でもどこかしら開いてる宿があるだろうという、私の予想は外れてしまった。

まさか、日が落ちると全てのお店が閉まってしまうなんて思わないだろ普通……!


「なんっでっ! どこもかしこも閉まってるんだよぅ……!」


数分周囲を探索して見たけれど、宿が……宿が見つからない!

どうしよう。このままじゃ街にいるのに野宿しなくちゃいけなくなるぞ……?

それは避けたい! でも、どこに行っていいのか分からない!

というか、でたらめに走り回ったせいで今自分がどこにいるのかすら分からない!


「…………どうしよう」


途方に暮れてしまう。

急に、心細くなってしまった。

知らない土地で、誰も知り合いがいない。

誰も、助けてくれる人なんて、いない。

そんな当たり前の事を思って、怖くなった。


「……っ」


足を止めてしまった。

ダメだ。止まっちゃだめだ。

一人でだって生きていけるって証明するためにここまで来たんじゃないか。

こんなところで、こんなしょうもないことで挫けてる場合じゃないんだ。

だから、心細くなんて──


「なぁ、そこのあんた」

「!?」


突然、真後ろから声を掛けられた。

驚いて振り返ると、そこには男がいた。


「ひゃっ!」

「うおっ……!?」


振り向いてその姿を確認した瞬間、お互いがお互いに驚いてしまっていた。

私の後ろにいた男は、私の頭二つ、いや三つ分はデカい大男だった。うちの副団長さんと同じくらいの体格だ。

そんな巨体がいきなり背後に現れたら、誰だってびっくりするだろ……!


対する男は、私の姿に驚いたようで、目を見開きながら固まっていた。

魔術で顔を隠しているのだから、夜道で出会ったら魔物の類と思われてもおかしくはない。


男の姿をよく観察する。

両手は空き。刃物あり。敵対意識は感じられない。

年は、声や顔を見るに若い……と思う。けれど、どこか老成しきった雰囲気もある。

切り倒されて放置された大木……のような印象。

そんな、不思議な感じがする男だった。


「あ、あんた人間か……?」

「こ、これは魔術で顔を隠してるだけで、人間だ……。何か、わたっ……オレに用でもあるのか」


折角正体を隠しているのだから、一人称も変えて男のフリをする。

女だと知られたら、色々と面倒だし。


「あぁ、魔術……そうか、すまん。いや、ずっとこの通りをグルグルしてたから、気になって。どこの店だか探しているのか?」

「!」


物盗りの類ではないらしい。懐の杖に掛けていた手を放す。

そして、私は迷っていたところをさっきからこの男に見られていたようだった。

めちゃくちゃ恥ずかしい。……感情が顔に出ても気付かれないのは非常に助かる。


「や……宿を探してるんだが、店がどこも閉まってて」

「宿? この辺りに宿はないんじゃないか? 予約でも取ってたのか?」

「いや、予約は取ってない……。宿を取る前に日が暮れて、そうしたらどこも一斉に店を閉めてて……」

「ここは商業区だからな。商人たちは朝が早いから店を閉めるのも早いんだ」

「……そういうことか」


このリシアは商業で栄えてる街だ。

王国(リュグネシア)連邦(オケアヌス)を結ぶ国境に最も近い拠点のため、人の往来が激しく、また様々な物資が集まり、取引される。

そのため商人たちも多く出入りしており、この地に店を構える商人は多い。

そして、その商人たちが集まっているのがここ、商業区の大通りだ。


……なんて、知識では知っていても、活用できなきゃ意味がない。


「あんた、この街は初めてか?」

「……あぁ、うん」


一瞬意地を張ろうとしたけれど、そうしたところで何の得もない。

折角この男が親切にも教えてくれようとしているんだ。素直に答えた方がいい。


「宿の一画ならあっちだけど……この時間帯に受付してくれるかは分からないな。あんた、身なりも怪しいし」

「……悪かったな」

「あ、いや、気を悪くしたらすまん」

「気にしてない。というか、身なりが怪しいくらいで泊まれないのか? それじゃ冒険者はどこに泊まってるんだ」

「冒険者? 冒険者ならギルドに泊まるのが普通だけど」

「えっ」


さも当たり前のように言われた言葉に、思わず固まった。

ギルド? ギルドって泊まれるものなのか? そうなの?

本にそんなの書いてなかったぞ? いやでも宿の事自体本には書いてなかったし……。

一般常識的なものなのか? だとしたら私はそっち方向には疎すぎる……!


「どうかしたか?」

「あ、いや、なんでもない……。ちょっと考え事をしていただけだ」

「そうか? で、どうする? 宿の方行ってみるか?」

「いや、ギルドだ。ギルドに泊まる」

「ギルド? ギルドは冒険者しか泊まれないぞ?」

「わた……オレは冒険者だ」

「えっ」


男の顔が驚きに染まった。

……そりゃそうだろうな。ギルドに泊まれるという普通の事すら知らない冒険者なんて、驚きだろう。

もうちょっとミセラやアルルに一般常識を習っておくべきだった。……今更後悔しても遅いけど。


「……今日なったばかりなんだ、冒険者」

「あぁ、なるほど! そういうことか!」

「そういうことだ」


男は納得してくれたようで、うんうんと何度か首を縦に振っている。


「俺も冒険者なんだよ」

「それは見れば分かる」


身に着けている皮鎧(レザーメイル)に、背嚢から飛び出た数本の剣の柄。腰帯に取り付けられた冒険道具。

何よりも、首に掛けられている冒険者認識票(ドッグタグ)

これで冒険者じゃなかったら、一体なんなんだお前と言いたくなる。


「今依頼を終わらせて帰ってきたところなんだ。ギルドまで一緒に行こう。宿の取り方なら俺でも教えてあげられるぞ!」


屈託なく笑い、何の裏もないと言わんばかりの態度で、男はそう言った。

……いや、実際に何の裏もないのだろう。この男はただ、困っている人を助けたかっただけの、良い奴だ。

世間知らずの私にだって、それくらいの人を見る目はある。


……それに。

まるで、普通の友達に接するかのような気軽な口調。

それが私にとってはとても新鮮で、とても嬉しかった。


「……すまない。頼めるか?」

「いいさ、どうせ俺の目的地も一緒なんだから。ついでだよ」


こっちだ、と歩き出した男の後を付いていく。身体がデカイから歩幅が広い。


「っと」


忘れないうちに指輪の効力の対象を目の前の男から外しておく。道案内中に一々存在を忘れられても困るからな。

小走りに駆け出しながら、ちらりと前を行く男の背中を見た。


「…………」


いつの間にか、さっきまで感じていた心細さは消え去っていた。

誰かと一緒にいるだけでこんなにも安心できるなんて、今まで考えたこともなかった。

……それもそうか。私の周りにはいつも誰かが付いていたから、一人でいることなんてほとんどなかったんだ。


「なぁ、あんた」

「っ!……なんだ?」


そんな取り留めのない思いに浸っていたら、声を掛けられた。

いつの間にか男が振り返って、こちらを見下ろしている。

身長差がありすぎてこっちも自然と見上げる形になるのだけど、威圧感が凄い。

顔立ちが整ってる分、余計に迫力があった。


「名前聞いてなかった。俺はレイルっていうんだ。そっちは?」


名前。そういえば名乗っていなかった。

けど、本当の名を名乗るのはもちろんのこと、偽名ですら名乗ってもいいものか。

道案内してもらうだけならば名を名乗る必要なんかない。もしや、親切なふりして何か企んでる……?

少し考えて、レイルと名乗った男の顔を見る。


「?」


……ないな。ない。

このとぼけた面で、本心を隠せるような人間には見えない。ただの、純粋な好奇心なんだろう。

偽の身分証で登録した偽名を、頭の中で反芻させる。


「わた……オレの名前は──」

***

読了いただき、ありがとうございます。

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