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backup  作者: 黒い映像
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End.王女様と竜の騎士

その日は雲一つない晴天だった。


王都襲撃事変から一月あまりが経過した。

王都各地では急速に復興作業が進められており、もう跡形もなく元通りになっている場所もある。

王国史の中でも最大級の被害を出した今回の事変だが、幸いにも死傷者は少なかった。

それでも亡くなってしまった人々はいるのだが、そればかりを嘆いてはいられない。


『今日という日を無事に迎えられたことに感謝を捧げ、死者の冥福を祈ろう。そして、生き残った者たちの無事を祝おうではないか』


リュグネシア王マーカサイト・クヴェニールがアウルム城の謁見台に立ち、国民に向けて言葉を発した。

その言葉には万感の思いが込められており、臣民の心を慰撫し、不安を取り除く力があった。

国王の言葉が終わると同時に、王都の各区画から鐘の音が響き渡る。

それは地母龍の加護を示す音色であり、それを合図にお祭りが始まった。


──地母龍を祀る感謝祭が幕を開ける。


本来は襲撃事変があった翌日に開催されるはずだったそれは、事変による混乱の影響から延期を余儀なくされた。

しかし王の鶴の一声により、今日という日に開催することが急遽決定したのだった。

惨劇による悲しみを乗り越えるため、王都の人々の心に平穏を取り戻すために、という名目の元、国を挙げての盛大な祝祭が開催される運びとなった。


王城前の広場には多くの出店が立ち並び、多くの人々で賑わいを見せていた。

人々の表情は明るく、悲しい出来事を払拭するように笑い合っていた。


***


感謝祭の幕開けを告げる演説の後、王と側近たちは足早に謁見台から離れ、もう一つの式典会場へと移動した。

アウルム城の中でも最大の面積を誇る大広間であった。

大広間は厳かな修飾がなされ、中央には大きな祭壇が設えてある。

中には鎧姿の王国騎士が待機しており、既に多くの参列者が席についていた。

王が壇上に設置された椅子に座ると、程なくして式典が始まる。


──騎士叙任の式典。


龍祀院の司祭が滔々と読み上げる祝詞が、場の空気を否応なしに荘重なものに変えていく。

騎士たちは皆、身動き一つせずに剣を胸に掲げ、彫刻品の如き不動の姿勢を保っていた。


やがて司祭の祝辞が終わり、王による宣言が行われる。


一つは失われた同胞への追悼の言葉。

悪しき存在にその身を奪われながらも、最後は王女の命を救った英雄に対する感謝と称賛を王は述べた。


そしてもう一つは……。


──王の名において、ここに新たな騎士の誕生を宣言する。


王の言葉に導かれ、一人の少年が立ち上がった。

その身に纏うは傷一つない真新しい純銀の鎧。

兜の奥に見える顔はまだ幼さを残しつつも精練されており、瞳に宿る光は力強く、真っ直ぐに前を見据えている。

少年は一歩ずつ歩を進め、祭壇の前まで歩み寄ると片膝をつく。


少年の前には少女が立っていた。


艶のある綺麗な金色の御髪ミディアムヘア

尋常ではないほどに流麗に整ったかんばせ

白く透き通るような肌に映える翡翠の双眸。

豪奢な白銀を思わせるシルクのドレスに身を包んだ絶世。


凛とした雰囲気を持ち、それでいてどこかあどけなさを残した美貌を持つ少女は、間違いなくこの国の王女の一人であった。


──リュグネシア王国第二王女、ジルア・クヴェニール。


これより正に騎士の責務を負おうとする少年の前に堂々と立ち、目線を合わせると、その可憐な唇を開いた。


「これより祝別を行う。汝にその意思が有るならば、剣の抱擁(アコレード)を受けなさい」


王女が両腕に抱いていたものを少年に差し出した。

少年はそれを恭しく受け取ると、右方に控えていた騎士が真新しい剣帯を手ずから取り付けてやった。

そして少年は王女から手渡されたもの──無鋒剣(カーテナ)を帯に佩き、どこかぎこちない動作で鞘から剣を引き抜いた。

王国騎士のみが佩く事を許された、地母龍の紋章入りの無鋒剣(カーテナ)がその刀身を露わにする。

欠けたように平たい切っ先を手にし、柄頭(ボンネル)を王女の方へと向けた。

王女は両手で剣を受け取ると、その刃にそっと口づけをした。


少年は頭を垂れ、身命を主君に捧げた。

少女には重いはずの剣を、しかしそんなことは感じさせない毅然とした態度で、少年の両肩へとそれぞれ載せてみせた。

降りてくる切っ先が少年の肩に触れ、その重みに思わず声を出しそうになってしまう。

それをなんとか堪え、少年はゆっくりと顔を上げた。

視界に入ったのは美しくも凛々しい王女の姿。


「告げる」


「世界を象りし(かみ)に、クヴェニール王家の血と魂を以て、告げる」


「我らの祖たるリュグネシアに、祖国と臣民に、我らが同胞たちに、告げる」


「新しき王家の剣がここに。我らを守る錬鉄されし剣がここに在りて」


「雄々しくも猛々しい竜の騎士よ。汝の忠誠(つるぎ)は我らの手に委ねられた」


「故に誓いを。汝、今一度忠誠の証を立てよ」


流麗なる祝別の言霊が紡がれ、誓いの言葉を少年に促した。

少年は緊張から震えそうになる身体を抑え、深く息を吸い込んだ。

そして目の前に立つ美しい姫君を真っ直ぐに見つめ、宣誓する。


「この身朽ち果てようとも、この国の全てを守る剣であることを誓います」


少年は両の拳を握りしめ、自らの覚悟を言葉にして吐き出す。

少年──レイル・クオデリスは、命よりも重く尊い誓いを立てた。


「汝に王国騎士の位を授ける。誓いの言葉通り、その身朽ち果てようとも、我が祖国と民の為に尽くしなさい」


そうして王女──ジルアが、レイルに無鋒剣(カーテナ)を返して騎士叙任の式が終了する。

……はずだった。


「……?」

「……」


いつまで経ってもジルアが剣を手渡してこない。

滅茶苦茶頑張って覚えた式の手順に何か間違いがあったのかと思い、レイルは額に冷や汗がダラダラと流れていった。

レイルがおろおろしている間にジルアが再び声を発した。


「もう一つ、汝、誓いを立てよ」

「えっ」


ざわり、と場が揺れた。

騎士叙任の式において、常ならぬ文言が王女の口から発せられたからだ。


「──汝が最も大切に思う者へ、心からの愛と忠誠を。この場で誓いなさい」


その場にいた誰もが耳を疑った。

王と第一王女のストラスは頭を抱えた。

そして当の本人であるレイルは顔面蒼白だった。


レイルはアドリブなど全くできぬ。

事前に段取りを知らされていない状況で咄嵯に対応出来るほど器用ではない。

ジルアはもちろんそれを知っていた上で仕掛けた。


「どうした。誓えないのか?」


剣を片手で持って肩を叩くチンピラ紛いの動作をする王女様がそこにいた。

それまでの厳粛な雰囲気はどこともなく霧散し、代わりに悪戯っ子のような表情を浮かべていた。


「えと、あの」

「どうした。はっきりと申せ」


ザワザワと周囲が騒がしくなる中、ジルアはレイルを急かす。

レイルは自分がはっきりと答えないと式が終わらないことに気付き、必死に頭を回転させる。

焦りが募り、心臓がバクバク鳴り始める。

そうして出てきた言葉は──、


「──君に。誰よりも、何よりも、眩しく煌く君に。俺は、俺の全てを捧げると誓う!」


大混乱の真っ只中で放たれたその言葉に、大広間に集まった人々は唖然として……。


「……全てでは分かりにくいですね。もっと簡潔に応えなさい。私は愛と忠誠を求めています」


大混乱に陥ることはなかった。

それどころか、皆が祝福の声を上げている。

中には涙を流している者もいた。


「くっ……! あ、愛と忠誠を君に! 誓います!」

「愛してますは?」

「愛してますっ!!」

「よろしい」


そうして王女様はポイっと剣を渡した。

新米騎士は慌ててそれをキャッチし、何とか鞘に戻すとホッと胸を撫で下ろす。


「…………これにより、汝を騎士に任命する。騎士、レイル・クオデリスに数多の祈りと祝福を」


檀上で行われた愛の告白劇を王様は無かったことにし、式典を進行させた。


ジルアはレイルの腕に寄り添い、少しぎこちない足運びで壇上から降り、用意されていた席へと腰を下ろした。

レイルと共に、腕を絡めて。


顔面蒼白の新米騎士をよそに、王女様はニッコニコの笑顔であった。

もはや式典そっちのけでイチャつく二人に、参列者は生暖かい視線を送っていた。




*** *** ***




レイルは騎士叙任の式典を終え、初任務となる感謝祭(フェス)の警備へと向かおうとした際に拉致された。

愛と忠誠を誓ったばかりの王女様に手を引かれ、王城にある離れの塔の一室へと連れ込まれていた。


「酷いよジェーン……」

「えっへっへ」


二人っきりになった途端に抱き着いたまま離れない、とろんとろんに蕩けた王女様がいた。

レイルはジルアにされるがままだった。

それは今までもだったし、これからもずっとそうなのだろう。


「なぁ、俺今から初任務だったんだけど……」

「私を守るのも騎士の任務の内だぞ。大体義兄さんにも了承を取ってるし、何も気にしなくて大丈夫だ」

「スヴェンめちゃくちゃ渋い顔してたけど」


我関せずとばかりに、ジルアはグイグイとレイルを窓際へ引っ張って行く。

レイルは諦めの境地でジルアに従った。


「ほら、見てみろ。ここからは城壁を越えて城下街が見えるんだ」

「……おおっ、すごい」


ジルアがレイルに身体を寄せ、一緒に窓から城下街を見つめる。

レイルはその光景に目を奪われていた。


「ここからでも街の様子は見えるからな。警備って言い張れるだろ」

「それは……うぅん……どうかなぁ……?」


活気に満ちた街並みが眼前に広がる。

悲劇に見舞われたと思えないほどの賑わいを見せていた。

遠くで、子供が親に屋台で何かを買ってもらおうとしている姿が見えた。

お目当て通りに買ってもらったお菓子を大事そうに抱えた子供の姿があった。

そんな微笑ましい風景に、レイルは思わず笑みがこぼれてしまう。


……突然、ジルアがぎゅうっとレイルの腕を抱き寄せてきた。


「さっきはゴメンな。緊張したか?」

「した。めっちゃした。俺ああいうの苦手だって知ってるじゃん!」

「私だって苦手だし頑張ったんだからな! あれくらいのご褒美がなきゃやってられないんだよ!」


先程行われた騎士叙勲の式典は、恐らく王国史に長く語り継がれることになるであろう。

なにせ、公開プロポーズであった。


「それより、ここいい部屋だろ? これから私たちの仕事部屋になるんだ」

「へぇー……。……えっ? 私たち? 俺も?」

「オマエも」

「えっ? どういう事?」

「私とオマエで、お仕事をするんだ。それでここがその仕事部屋」


初めて聞いた話に、レイルは目をぱちくりとさせる。

ジルアは悪戯っぽく笑い、レイルの手を取った。


「私とオマエで、悪人をぶっ倒す仕事だ!」

「えっえっ、騎士の仕事はどうなるんだ!?」

「これも騎士の仕事の内! 私の指揮下で働くんだ! 何も問題は無いだろ?」


いきなりの出来事に慌てるレイルだったが、ジルアの次の一言で落ち着きを取り戻した。


「つまりこれまで通りってことだよ! 冒険者を辞めても冒険が続くってことだ!」

「──そっか。……うん。何が何やらだけど、ジェーンが言うんなら間違いないよな」


彼女が笑顔で楽しそうにしてくれることが、レイルにとって一番の幸せだった。

それに、忠誠を誓った彼女と離れることなく近くで守れるなら……きっとこれ以上のことはない。


「あぁ、間違いない。だから……これからもよろしく頼むぞ、オレ(・・)の相棒!」

「おう、任せとけ! 俺の相棒!」


二人は腕を絡ませたまま笑い合った。




***




一年間の冒険の終着点。

少年と少女が出会い、秘密で塗り固めて過ごした日々はおしまい。

冒険者を辞めて、二人はお互いの道へと進んでいく。

少女は王女へ。

少年は騎士へ。


──けれど。


お互いの秘密を知っても二人の関係は続く。


危険を冒す旅路を、二人で、共に、歩んでいく。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

Drancohnia:Flagments... The secret hearts, dragon and princess.


              ~fin.~

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【$あとがき$】

ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました!


今後の励みとなりますので、よかったら是非気軽に、

~が良かった、~の部分は冗長だった

などとご感想をいただけましたら幸いです( ノ;_ _)ノ


また、新作『押しかけドラゴンと底辺宿屋のエトランジェ~チート嫁力で成り上がる宿屋さん~』

と世界観を共有しておりますので、興味がある方は、

作者の作品からご覧いただけると(o_ _)o=


以上、重ねてお礼申し上げます。

本当にありがとうございました!

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