122.捨てられた…!
「怒ってます?」
「……」
ベッドにうつ伏せになって、隣に座るアルルに顔を見せないようにしている。
「でも、ダメってことは自分でも分かってましたよね? だってレイルさんはまだ身分が無いんですもの」
……そんなこと言われなくたって分かってる。
今のレイルには身分が無い。
レイル・グレイヴという仮の身分は、アイツの身体が縮んで容姿が変わったことにより、使えなくなってしまった。
先の戦いの混乱に紛れて死亡扱いにし、新しい身分を偽装することになっている手筈だ。
それでも今の王都の状況からして、身分の偽装にはかなりの時間が掛かるだろう。
「もしかしてエッチな事への期待が抑えられなくなりましたか? 分かりますよ。私もお父さんとエッチな事したいですもん」
「オマエと一緒にするな」
仮にも龍様ならもっと威厳を持った発言をしてほしい。
「じゃあ、何をそんなに焦ってるんです? ちょっと待てば済む話じゃないですか」
「……ただ待ってるだけで、全部上手くいくっていう保障はあるのか?」
結局のところ、今の私の懸念はそれだ。
何か不測の事態が起こるかもしれない。
またレイルと離れ離れになるかもしれない。
またレイルが酷い目に遭うかもしれない。
それが、一番怖い。
「……なるほど、既成事実を作りたかったんですね」
「……それも、ある」
既成事実を作ってしまえば、後は流れでどうとでもなると思ってる。
レイルと私が結ばれる為にはある程度の勢いが必要だ。
父上も姉さんも身分違いの結婚をしたから、周囲に反対される心配も多分ない。
でも、一番の理由は……。
「私に甘えてくるレイルが可愛すぎて、我慢できない……!」
「やっぱりエッチな理由じゃないですか!」
「エッチな理由じゃない! なんかこう……私の心の中の深いところが刺激されて、変になるんだ!」
「それを世間ではエッチな気分って言うんですよ!」
「エッチじゃないもん!」
決してそんなんじゃない……!
ただなんかこう……もんもんするだけだ!
「大体レイルの方が先に私をめちゃくちゃにしたいって言ったんだからな!? だから私はご褒美としてレイルの好きなようにさせてあげたいなって思っただけだ!」
「ほらもう認めちゃってるじゃないですか! エッチな事受け入れる気満々じゃないですか!」
「うるさいなもう! お互い好きなんだから良いだろうが!」
「ジルアだけズルいです! 私はお父さんとエッチな事できないのに!」
「オマエ私怨で私の邪魔してるだろ!?」
枕をボフンと叩きつけると、後はもう戦争だった。
「このインモラルドラゴンが! 欲望垂れ流しすぎるんだよ!」
「人の事言えた義理ですか! このダメ男製造機!」
***
「ハァ……ハァ……」
「ゼェ……ぜぇ……」
一戦交えて、汗だくになってしまった……。
ベッドの上で仰向けになりながら、天井を見つめる。
しばらくすると息が整ってきて、同時に冷静さを取り戻してきた。
「……ジルアの身体が動かないの、今となっては都合が良かったです。自由だったらそれこそもうレイルさんの初めては奪われていたでしょうね」
「だから私が襲う前提なのやめてくれ」
「冷静になったところで、もう一度自分を見つめ直してください。ジルアの手の及ぶ範囲に置いておきたい気持ちは分かりますけど、十中八九良い結果にはなりませんよ」
「……」
「レイルさんだって言っていたでしょう? あなたを守りたいんだって。あんなにちっちゃくなっても男の子なんですねぇ。ちょっとキュンとしちゃいました」
「……うん」
正直、レイルがああ言ってくれたこと自体は嬉しかった。キュンときた。
でも……それと同時に不安も募った。
「……結局私はレイルが心配なんだ。もうアイツには傷付いてほしくない。安全な空間で幸せな生活を送ってほしいんだ……」
「男は女に心配を掛けるものですよ。私なんか何年お父さんにやきもきさせられているか……まぁそれはいいとして、あんまり束縛が過ぎると嫌われるってこともありえますよ。王様の言った通り、健全な愛を二人で育んだ方がいいです。絶対に」
「……オマエに健全な愛とか言われても全然説得力ないんだけど」
あの醜態はまだ忘れてないからな……?
***
その後、レイルが戻って来て少し話をした。
私もかなり譲歩した結果、夜に抱き着くのは無しとして、同じベッドで寝るのはそのままとした。
流石に別室は無理だ……少しでも近くに居てくれないと私が寂しい。
それに……なんだかんだいって、押せばいけそうな気がしている……!
……そんな浮ついた企みをしていたが、夜になって、想定外の事態が発生した。
*** *** ***
「レイル君。これが君の新しい戸籍となります。どうぞ確認を」
「あ、ありがとうございます……!」
私たちは王の執務室に呼び出されていた。
父上にジェフリーのおっさん、護衛の義兄さんに、それになぜかダニーまでが執務室に居た。
どうやらレイルの新しい身分の発行が終わったようだった。
思いの外早く用意してきたな……大変だったろうに。
「オマエが見たって読めないだろ? ん」
「ゴメン、読んで……」
手渡された用紙を確認する。
何々……『レイル・クオデリス。15才。クオデリス男爵家の長男。王都ファセット地区在住』……。
「クオデリス男爵……って爵位持ち!?」
「はい。その方が色々と都合がよろしいですからね」
「お、俺貴族になるのか……!?」
「あくまで仮の、ですがね」
「待て、クオデリスってどっかで……確かアルルの家名もクオデリスだったはずだぞ!?」
そう、アルル・クオデリスというのが親友のフルネームだ。
けれど、これはあの虹の英雄の娘という事実を隠すための偽の家名だった。
本当はアルル・コンシェールという名前だった事を知ったのはつい最近だ。
そのアルルが使っていた偽の家名を、レイルにも……?
「ええ、その通り。アルル嬢もクオデリスの家名を隠れ蓑として利用していました。しかし、このクオデリス男爵家というのは実在する貴族なのです。というのも──」
「俺だ。俺の家名がクオデリスで、当代の男爵家当主だ」
「「……えぇっ!?」」
ダニーが名乗りを挙げ、レイルと私の驚愕の声が重なった……!
「本名はダニエル・クオデリスつってな。まぁ、前に話した通り、元王国騎士でな。その時の働きの見返りとして、当代限りの爵位を貰ったって訳さ」
「ダニエル・クオデリス……?」
……待て、聞いたことがある。
というか思い出した……!
「”剣聖”ダニエル・クオデリス──……! た、確かに私も知ってる!」
「なんだジルア。今更気付いたのか?」
「いや、だって、そんなっ! 容姿が全然違ってるだろ!?」
「騎士を辞めたらぶくぶく太っちまってよ」
だっはっは! とオッサンらしい笑い声を響かせる男に、過去に抱いていたイメージがガラガラと崩れていく音が聞こえてくる……。
あんな……あんなに渋くて格好良かった人が、こんなことになってるなんて……!
「そ、そんな凄い人だったのかダニー……!」
「よせよせ! 過去の栄光だ! 今じゃただのデブ親父だかんな!」
「ご謙遜を。王国では一二を争う剣の使い手でしたでしょうに」
「剣の腕だけあっても仕方ねぇ世界だからなぁ……あんまし当てになんねぇ評価ですぜ、それは」
過去の私から見れば、十分騎士団の上位陣に入ってる化け物みたいな腕だったけどな……。
「まぁ、ともあれだ。……レイル。形だけだが俺の息子ってぇことになるんだ。……それで、いいか?」
「い、いいも何も……! 俺なんかには勿体無いくらいだよ! だ、ダニーの方こそ本当にいいのか!?」
「おう、あたぼうよ!」
「ダニー!」
レイルが飛び上がってダニーに抱き着いた。
そっか、二人は本当に家族になったのか……。
「……良かったな、レイル」
「──そしてそれに伴い、レイル君は実際にクオデリス家に在住とすることにしたいと思うのです」
「…………は?」
「えっ」
クオデリス家に、在住……?
「えっと、ダニーの家に本当に住むってことか?」
「おう。爵位と同時に貰った邸宅があってな。全く使ってなかったんだが、この機にそこで住もうってぇことになったみたいだ」
「勿論強制ではありません。レイル君の意思も尊重いたしますよ」
「ま、待て待て待てっ! なんでそんなことになるんだ!? 戸籍が出来たんならもう私と離れる必要は無いだろ!?」
「……ジルア。昼間のレイルの宣言を聞いただろう? このままお前と居たらダメになる一方だと、他でもないレイル自身が言ったのだ。なのでまずは自らが成長できるよう、独立した生活を行える基盤が必要だと考えた次第だ」
「いや……こんな、おかしいだろ……! わ、私が我慢すればいい話だろ!? わざわざここを出ていく必要なんかない!」
「決めるのはお前ではなくレイルだ。──選択肢を用意させて貰った、レイル。一つはこのまま我が至らぬ娘との生活を続行するか、もう一つはダニエルとの疑似的な親子関係を経験して自らの成長を図ってみるか。……どちらでも好きな方を選ぶといい」
「──」
ポカン、と口を開けているレイルの顔が目に映った。
だ、ダメだ……! このままだと確実にレイルは私から離れていく……!
「れ、レイル……? わ、私の事を捨てないよな……!? ずっと一緒なんだよな!?」
「おいおい、フラれて未練がましく縋る女みたいなこと言ってんな……。こりゃレイルもダメになるなんて言う訳だ」
「ジルアお嬢様……話には伺ってましたが、些か依存が酷いようですね。これは別離ではありませんよ? レイル君が自立するための第一歩なのです」
「う、うるさいうるさい! 私はレイルに聞いてるんだ!」
オッサン共の説教なんて聞きたくない!
「……ダニーとの生活を選んだら、もうジェーンとは会えなくなるんですか?」
「いいや、いつでも会いに来ていい。先に言っておくが、これは其方を娘から遠ざけるための措置ではない。二人が成長し、対等な関係で愛が育めるようになればという配慮だ」
それを聞いて、何かを決心したように、レイルが頷いた……。
あぁ、ああぁ……。
「ジェーン、聞いてくれ」
嫌だ……。
聞きたくない……。
*** *** ***
「それでこんなに落ち込んでるんですか」
「えぇ……もう昨日からずっとこうなの」
「すぐ会えるんですからそんなに気にしなくてもいいじゃないですか」
「レイル……レイル……」
私の元からレイルは去っていった……。
それも、話を聞いてすぐに出ていった……。
「なんでだよ……なんでだよぉ……! せめてもうちょっとくらい猶予があってもよかっただろうが……!」
「重症ですね。レイルさんはいつ来るんです?」
「今日は来ないみたいなのよ。色々と生活の準備もあるし、レイル君に会わせたい人も居るからって」
「あああぁぁぁ……! 私のレイルが……レイルが……!」
「心身ともに病み過ぎで逆にウケますね」
レイルが居ない生活とか考えられない……!
しかも誰だよ合わせたい人って……!
まさか女じゃないだろうな!?
「私も後でダニーさんのお家覗いて来ますかね。偽装とはいえ私もクオデリス家の一員ですから」
「! わ、私も行く! 連れてって!」
「連れてける訳ないでしょうが。もうちょっと頭を冷やして下さい」
「やだぁ! 私も行くっ! レイルに会うんだもん!」
「だめだわ……ジルが完全に幼児退行起こしちゃってる……」