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backup  作者: 黒い映像
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119.甘き死が引き裂こうとも

「……え?」


誰かに呼びかけられた声で目を覚ました。

知らない天井が目に映る。

飛び跳ねて起き上がると、見知らぬ場所にいた。


「…………?」


豪奢な天蓋の付いたベッドだった。

辺りは暗く、周囲の様子が伺えない。


──不意に、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

その匂いに誰かを幻視して──、


「ジェーン!?」


ジェーンの匂い。

それに気付いて我に返る。

最後に見た光景が目から離れない。


──全身が罅割れ、顔に至るまで亀裂が走っていた、ジェーンの姿。


……悪夢だ。

助けたはずのジェーンが、あんなことになっていいはずがない。


「助けに行かないと……!」


反射的に立とうとして、左手に違和感を感じた。

何かが引っ掛かって──いや、何かに掴まれている。


「……ジェーン!?」


眠っていたベッドの隣に、探しに行こうとしていた少女が眠っていた。

俺の手を、掴みながら。


その顔に……罅割れはない。

傷一つ無い、綺麗な彼女のままだった。

顔を近づけてみると、ちゃんと呼吸もしている。


「よかった……!」


安心すると共に、どっと疲れが押し寄せてきた。


「……疲れ?」


おかしい。そんなもの感じるはずがないのに。

一つ疑問が湧くと、どんどんと気になることが湧き出てくる。


「……痛い。普通に痛いな……どうして……」


二の腕を詰まんで捻ってみたら普通に痛かった。

さっきまで居た場所では、全ての感覚が曖昧というか、肉体の感覚が妙に薄かった。

死後の世界に近いと言っていたのだから当然のことかもしれないけど。


「まだ夢でも見てるのか……?」

「夢じゃないよ」

「!?」


突然、ジェーンの反対方向から声を掛けられた。

それに驚き、慌てて振り返ると──、


「……え? オジサン……?」

「正解だ。いやー、誰も俺のことを一発で見抜けなかったのに、レイルは流石だなぁ」


俺の大恩人、オジサンの姿がそこにあった。

けれど、オジサンの容姿が変わっている。

何というか……一気に年を取ったような……そんな変化をしていた。


「どうだ? 実年齢にだいぶ近付けたんだ。貫禄が出てるだろ?」

「ほ、本当にオジサンになったみたいだよ……でも、どうやって?」

「うん、まぁ、色々あってね。……俺の事よりも、レイルはもっと聞きたいことがあるんじゃないか?」


確かにそうだった。

今、一体どういう状況なのか、誰かに説明してほしかった。


「一言で簡潔に言うなら、ここは現実だ。……君は、生きて、現実の世界に立っている」

「……何で?」


そんな疑問が自然と口から漏れた。

生きてるわけがない。

死んだはずだ。

消されると決まったはずだ。


(かみ)様がそう言ったのだから、覆せるはずもない。


「詳しいことは言わないよ。でも……そうだな。一つだけ言うとするなら……君は、その横に眠る王女殿下を助けるために、命を懸けただろう?」

「……うん。ジェーンの命を守るために、俺は命を懸けたよ」


あっさりと俺は自分の命を手放した。

心の奥底では死にたくないと思っていながら、そうするしかないと分かっていたから。


「救われた側は、死に逝く君を見てどう考えると思う?」

「え……?」

「死に逝く君の姿を見て、ジルア王女殿下は、何を思ったのか。想像できるかい?」


それは……。

きっと悲しんでいた……と思う。

泣いていたし……。


「君と同じように、命に代えても助けたいと願うのは、当然の事じゃないかと思うんだ」

「…………」


命に、代えても……?

その意味を理解して、全身に脂汗が滲んだ。


「──!!」


ジェーンの方に向き直る。

息はさっき確認した通り、ある。

左手に伝わる熱だって、間違いなく生きている証だった。

生きてるん……だよな……?


「ちゃんと生きてるよ。でもね、それ相応の対価は支払われた。……大丈夫、ちゃんと治るよ。後遺症も残らない」


再びオジサンの方に振り向くと、先制するようにそう告げられた。


「レイルを生き返らせるために随分と無茶なことをしたんだ。……本当に強い人だよ、王女殿下は」

「何で……そんなこと……!」

「他でもない君が”そんなこと”と宣うのか?」


非難するように、オジサンが言った。


「きっと王女殿下だって”そんなこと”をされたくなかったはずだ。先に命を懸けたのは君の方だぞ、レイル」

「でも俺はっ……! ジェーンを死なせたくなかったから……そうするしかなかったからっ!」

「そうだね。王女殿下だって、君を死なせたくなかった。だから、こうするしかなかった」


……堂々巡りだ。

命を懸けて助けようとして、命を懸けて助け返される……終わりのないループに陥っている。


「難しいよな。人を助けるってことは」


オジサンが微笑を浮かべた。


「今回は、偶然君たち全員が助かるような理想的な結末を迎えることができた。……でも、一歩間違えれば悲劇で幕が閉じていたかもしれない」

「……俺は、どうすればよかったんですか?」

「強くなるしかない。誰の命も犠牲にならずに済むような、そんな強い、存在、に──……」

「……?」


オジサンは、自分の語った言葉に自分で驚いたように口元に手を当てた。


「オジサン……?」

「……ああ、ごめん。今更思い出したよ。……昔は俺も、そんな存在を目指してたんだ」

「……? オジサンは、もうなってるんじゃないの?」


誰の命も犠牲にせずに済むような、強い存在。


「オジサンは、ずっと俺にとっての正義の味方だったよ」

「……そうか。そうだったなら、俺も嬉しいよ」


照れくさそうに、オジサンが笑った。


「今度は君がそんな存在になっていけばいい。そして王女殿下を守ってやれ。……せっかく力を手にしたんだからな」

「力?」

「じきに分かるさ」


オジサンは椅子から立ち上がり、テラスの方へと歩いて行った。


「もうそろそろ帰るよ」

「もう行くの?」

「色々忙しくてね。それに、まだ夜が明けてないんだ。君が起きる気がして急いで駆けつけただけだからね」


言われてから、外が暗いことに気付いた。


「俺がここに来たことは秘密で頼むよ。バレたら何らかの罪に問われるからね」

「えっ? どうして?」

「おいおい、ここはジルア王女殿下の私室だぜ? まだ気付いてないのか?」

「そんな……俺まだ全然事態を飲み込めてないよ……!」


言われてから気付く事ばかりだ。

未だ夢を見てるのかと疑いたくなる状況だし……。


「それもそうか。まずは……そうだな、俺なんかよりも言葉を交わしたい人が居るだろう? 事態を飲み込むのはそれからだな」

「…………」


左手に繋がれた体温が、今更になって、その存在の重みを感じさせた。


「今度は正式に面会の約束を取って会いに来るよ」


それだけ残して、オジサンは消えた。


後に残るのは、静寂。


「ん……」


そして、俺と、ジェーンだけ。

二人きりになった。


……まだ、状況に追いついていない。

それでも、オジサンに言われたことを整理して……考える。


俺は、生きてる。

そして、ジェーンも……何か、大きな傷を負ってしまったらしいけど、生きている。

ちゃんと、俺の手を握って、側に、居てくれている。


「──」


その事実に、目の端から熱い雫が溢れて落ちた。

涙が止まらなかった。

声が出ないほどに、感情が高ぶってしまう。


「……レイル?」


愛しい人の声がした。

ジェーンが起きて、俺の名前を呼んでいた。

翡翠色の瞳が、確かに俺を映していた。


「また泣いてる」

「ジェーン……! だってっ……こんな……っ!」


もう、二度と会えないと、思っていたのに。


「泣き虫。……ほら」


腕を広げて、ジェーンが微笑んだ。

躊躇いなく、抱き着いた。


「ふっ、ぐっ……! ジェーン、俺、おれっ……! ごめん、本当にっ、ごめん……!!」

「もう、謝るな。大丈夫だから」


両の腕いっぱいにジェーンを抱き締めた。

彼女の体温と、感触と、匂い。

二度と手放さないように、強く、深く、抱き寄せた。


「ずっと一緒に居るって、言っただろ」

「──」


その言葉に、ありえざる過去の幻影が重なった。


ずっと側に居てくれた、誰かの声と、温もりが。

慈しむように、頭を撫でてくれた、優しい手が。


ずっと一緒に居ると、約束してくれた──大切な人が、そこにいた。


「ジェーン……? そんな……どうして、なんで……?」

「泣くか質問するかどっちかにしろ、おバカ」


ありえないことだ。

過去にジェーンが居るはずがない。

けれど、全ての感覚がそうだと告げている。


──ジェーンは、ずっと俺の側に居てくれたんだと。


「そんな、馬鹿なこと……!」

「……何考えてるか知らないけど、全部終わった事だ。だからオマエは、何も気にしなくて、いいんだ」


そんなわけ、あるか……!

……彼女はきっと、途轍もないことをしでかした。

ありえないことを現実にするために、相応の対価を払ったんだ。


「レイルも、私も、生きてここに居るんだ。今は、そのことをまず喜ぶべきだろ。些細なことは放っとけ」

「……!」


絶対に些細なことじゃない。

俺は、彼女に救われた。

命だけじゃない、心まで救ってくれていた。

その事に、どれだけの代償を支払ってしまったのかすら分からない。


「ごめん……! 本当に、ごめん……!」

「……もう! 次に謝ったら嫌いになるからな!」

「!」


熱が離れていく。

ぐいぐいと俺の身体を押して、離れていこうとする。

嫌だ。

彼女に拒否されるのは、何よりも辛くて、苦しくて、痛い。


「離れないでくれっ! 頼むよ……!」

「……フン。じゃあもう二度とこの事で謝るなよ」


再び柔らかな感触が戻ってくる。

彼女の綺麗な寝間着を、俺の涙やら鼻水でべちょべちょにして、それでも彼女は優しく抱きしめてくれていた。


「大体な、私だってオマエに命を助けられてんだ。助けて、助け返して……ほら、いつも通りだ。オレ(・・)はオマエの相棒なんだろ?」

「……うん」

「なら、いつまでもうじうじすんな。……これからも私たちは、一緒に助け合うんだからな」


──これからも、一緒。

それはつまり、ジェーンはずっと傍に居てくれるということ。


「……ヤダって言っても絶対に離さないからな。責任は取れよ……?」


じろり……と、なぜか半目になってジェーンが呟いた。

よく分からないが、拒否する理由が見当たらない。

あったとしてもねじ伏せてみせる。


だって、それくらい、ジェーンのことが、好きだから。


「俺も、ジェーンとずっと一緒になりたい」

「……絶対に、もう私を一人にするなよ。約束、なんだからな……」


彼女の瞳から、ジワリと透明な雫が溢れた。

それを見て、たまらなくなって、もっと強く彼女の身体を抱きしめた。


「約束する。……後、ただいま、ジェーン」

「……遅いんだよ、バカ」

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