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backup  作者: 黒い映像
119/126

118.虹の麓にて

長い時間が経った気がする。

一瞬の間だった気もする。


私とレイルは、ずっと一緒にいた。


家族が消されても、手足を切り刻まれても。

血を抜き取られ続けている間も、磔られて実験されている間も。

ずっと、ずっと……。

同じだけの痛みを、分かち合っていた。


……そして。


痛みと辛さと苦しみの果てに。

私たちは──虹を、見た。




*** *** ***




「……ルア! ジルア! しっかりしてください、ジルアッ!」

「……アルル?」


霞がかかる、ぼんやりとした頭に、親友の声が聴こえた気がした。


「ジルア……! ジルア、ジルアっ!!」


温もりが全身に広がった。

痛みも苦しみもない、優しさだけが、ここにあった。


「ぅ……あ……アル、ル……」

「喋らなくていいですっ! ……なんでこんな、馬鹿げた事、ジルアがしなくちゃいけなかったんですか……! 例え必要だったとしても、もっとやりようはあったはずなのに……!」


ぽたりと、雫が落ちてきた。

長く使う機会の無かった瞳を開く。

歪む視界を必死に合わせると……長い間見てなかった気がする親友の顔が、そこにはあった。

アルルは、泣いていた。


……珍しい気がする。

多分、一度も見たことがなかったはずだ。


震える手で、アルルの頬に触れる。


「泣かない、で……。……ごめん、な」

「……泣いて、ないです。だから、謝らないで下さい」


泣き顔を隠す様に、私の胸に顔を押し付けてきた。

頭を撫でてあげると、アルルはさらに強く抱き着いてきて、嗚咽を漏らし始めた。


「う、ぐす、ジルアぁ……!」

「……ただいま。ちゃんと、帰ってこれただろ」

「~~~ッ! ばかばかばかばかっ! 私が助けてあげなかったら帰ってこれなかったに決まってるじゃないですかっ! 何勝手に過去に飛んじゃってるんですかっ! 私がジルアを見つけてあげられなかったら、どうなってたか分かってるんですかっ!?」

「……うん、ありがとう。……本当、助けられてばかりだな、私」


結局、一人じゃ何もできなかった。

……けど、もう自分を卑下したりすることもない。

私は、最後までイオの……レイルの隣にいられたから。


「肩、貸してくれるか? 本来の目的を果たさないと……レイルが待ってるんだ」

「……わかり、ました。文句は後でたっぷり言います。だから、さっさと終わらせましょう」


力の入れ方を忘れた身体を何とか動かして、アルルの肩を借りながら歩き出した。




***




白い通路を抜けて、金色の光が溢れている場所へと辿り着いた。

広い円状の空間だった。

辺り一面が光り、輝いている。

空には、映写機で映し出されたかのように、とある光景が投影されていた。


「うわぁ……え、これ全部ジルa」

「アルル。ここからは私一人で行かせてくれ」


もうなんか……嬉しいやら恥ずかしいやらで、色々と駄目だった。


「でも、ジルア。その身体じゃあ」

「大丈夫、もう歩ける。だから……二人にしてくれ」


アルルの肩を離れ、自分だけの力で歩き出す。

大丈夫、もう痛くない。身体の動かし方も思い出してきた。


一歩、また一歩と、たどたどしく歩いていく。

この空間の中心地点。

そこに、一人の少年がいた。


地面に寝転がりながら、空に手を伸ばし、宙に映し出されたものに触れようとしている。

……もう会えないとか、おセンチなこと考えてるんだろうな。

まずどう話しかけようかと悩んでしまう。


──ふと、今の傷だらけの私を、レイルに見られたくないと思ってしまった。

だって、こんなボロボロになった私なんて、見せたくない。

見せるなら、少しでも綺麗な私がいい。


……そして、左手の人差し指に付けた、指輪の存在を思い出した。

それをするりと撫でると、あっという間に、黒い靄で包まれた何時ぞやの冒険者スタイルへと早変わりする。

これならいいだろう。


歩いて、歩いて……寝っ転がったままのレイルの横に辿り着く。

あの頃の──子供(イオ)の姿をした、レイルだった。


……ここはレイルの心の中の世界で、自らの心象が反映されている。

これが魂のレイルの姿だというのなら、現実ではあんな大男の姿をしていても、心の中じゃまだ子供のままだったってことか。

だとしたら、あの図体の割に、妙に気弱で臆病な性格にも納得がいく。

私より背がちっちゃいんだもんな……。


「……」


レイルはまだ私に気付いてない。

涙なんか流して、ずぅっと映し出されているものを眺めていた。


どうしてやろうかと考えて、とりあえず私も隣で寝っ転がってみることにした。

映し出されているのは全てレイルの過去の記憶……なのだろう。


──その全てに、私が映っていた。


姿を隠していた頃の私。

冒険中に転ぶ私。

悪人を爆破して喜んでる私。

枕を持ってレイルの部屋を訪ねる私。

挙動不審な私。

とうとう素顔を晒した私。


怒る顔。笑う顔。驚いてる顔。喜ぶ顔。

照れている顔。寝ている顔。悲しむ顔。


……寝ている顔!?


コイツ……寝てる私の顔をじっと見つめてたっていうのか!?


「そんなじっくり見るくらいなら手を出せよっ!」

「わっ!?」


思わず突っ込んだ声で、ようやく隣に寝転んでいたレイルが私に気付いた。


「え……ジェーン!?」

「……」


思ってた再開の仕方と違う……。

もっとこう……感動的な再開シーンがあった気がするのに……。


「な……何で……え、ジェーン……だよな?」

「……もしかしたら違うかもな」

「ジェーンだ。……はは、何でこんな……夢でも見てんのかな……」

「……ああ、夢だよ夢。こんなところに居る訳ないもんな」


なんか、素直に認めるのも悔しくて、つい意地悪なことを言ってしまった。


「そっか……夢か……いや、夢でも嬉しいよ。だってジェーンとまた会えたんだからさ」

「……そうかよ」


面と向かって言われて、つい目を反らしてしまった。

なんだか癪なので、視線の先にあったもので反撃してみる。


「……で? 何なんだよこれは」

「これ?」

「ん!」


つい、と上映中のブツ(・・)を指差した。


「あ、ぁっ……いや、これは……違くて」

「違う!? 何が違うんだ! はっきり言ってみろ!」

「いや、その、あの」


しどろもどろになっているレイルを見てると、少しだけ溜飲が下がった。


「こんなに私ばっかり。しかも寝顔までばっちり見てるとか、はっきし言って相当だぞ!」

「ごめん、本当にごめんなさい……!」


土下座しやがった。

むっつりめ……。


「オマエ、私の素顔見てから全然日が経ってないんだぞ? なのにこんなに私ばっかり並べ立てて……一体どういう事だ? ん?」

「いや……その本当にすみません……」

「しかも、言うに事欠いて、素顔晒す前は、女って気付いてなかったとか言ってたよなぁ……?」

「いや、それは仕方ないだろ……」

「あ? じゃあなんだ? 顔見て急に女として好きになったってか? そうなのか?」

「うぅ……そう、です……」

「ふーーーん」


……いや、別に全然良いんだけど。というか嬉しい。

確かに、指輪で姿隠してた状態の私は、この映し出されてるものからして訳の分からんキャラだし。

これで女と気付けとか無理があると我ながら思う。

だから、まぁ、うん……照れ隠しみたいなもんだ。


「結局顔って大事だよな。人間ってのは結局第一印象で決まるっていうかぁ。やっぱり最初に会った時にビビッと来るかどうかが重要というかさぁ? 一目惚れなんて言葉もあるくらいだしぃ」


……私は、レイルを外見で好きになったわけじゃない。

私を助けてくれたあの時、今度はコイツを助けてあげなくちゃって思って……パーティを組んでる内にどんどんレイルのダメなところを知って、私が守ってあげなくちゃって思い始めて……。

助けて、助け返されて……それで、いつの間にか、好意が好きに変わってた。

その内面に惹かれたからこそ、ずっとこうして、隣にいる。


「た、確かに……お、俺は! ジェーンに一目惚れしたんだ!」

「ぇ」

「あの時、素顔を見せられて俺は……何かの物語に出てくるようなお姫様がそのまま現実に現れたのかと思った。とっても綺麗だった! 一瞬で心を奪われた! ジェーンの正体がこんな女の子なんだって知って、胸がたまらなく熱くなった! それで……気付いたら大好きになってたんだ!!」

「ま、待って……! そこまで言えとは言ってない……!」


クソッ! 嫌味で言ったつもりなのに開き直られたっ!

ヤバい、こいつ夢だと思ってるから、恥ずかしげもなく本音をぶつけてきてる……!!


「その顔も、声も、小さな手も、何もかもが愛しくなった! 抱きしめたい衝動に駆られた! めちゃくちゃにしたいって思った!」

「め、めちゃくちゃ!?!?」


何言ってんだ! 本当に何言ってんだバカッ!!


「ジェーンが誰かに傷付けられるのがたまらなく嫌だった! 俺以外の男がジェーンに触れるのが許せなかった! 俺だけのものにしたいって思った!」

「わ、分かったからぁ……! もう黙って……頼むから……!」


ヒートアップしすぎて暴走し始めたバカがいる……!


「でも……一番好きだって思った理由は……似てたからだ」

「……え?」


似てる? ……誰に?


「俺……昔、辛い環境に居たんだ。ジェーンも聞いてたかもしれないんだけどさ」


……知ってる。

ついさっきまで、私も一緒に居たから。


「俺はずっと一人でさ……父親には嫌われてて、母親は居なかったし、本当に孤独だった」

「……うん」

「毎日が辛くて、苦しかった。生きる意味が分からなかった。夜になったらずっと泣いてたんだ。……そしたらさ、ある日……声が聴こえてきたんだ」

「……え?」

「初めは幽霊でも居るのかと思った。でも、優しい雰囲気でさ。俺をどうこうしようってわけじゃなくて、ただ安心感だけがあって……。もしかしたら、顔も見たことない母親が、化けて出てきたんじゃないかと思ったんだ」


それ……まさか……。


「その声はずっと俺を励ましてくれてた。ありえないけど、温もりも感じてたんだ。そうしてると、不思議と気持ちが落ち着いて眠くなるんだよ。母親の腕の中で寝るってこんな感じなのかなって思ったりしてさ」


……私、なのか……?

ありえない、けど……レイルは私を感じていた……?

私の幻覚じゃなくて、本当に……?


「その声の主はずっと俺の側に居てくれたんだ。どんなに辛くて苦しい時もずっと一緒に居てくれた。……ある時を境に、聴こえなくなっちゃったんだけど。でも、確かにその声があったから、俺はあの地獄を乗り越えられたんだ」

「……その声の主に、私が、似てたのか?」

「うん。初めて本当の声を聴いた時から、なんだか懐かしい気がしてたんだ。……いや、似てたから何なんだって話なんだけどさ」

「────……」


あぁ……。

私のしたことは、何も無駄じゃなかった。

レイルに伝わっていたんだ。

あの時の想いが、ちゃんと届いていた。


──私は、レイルを助ける事が本当にできていたんだ。


「……ジェーン?」

「……ちょっと、こっちに来い」

「え?」

「いいからっ」

「は、はいっ」


有無を言わさず近くに寄らせた。

何の警戒もせずに近寄ってきたレイルに手を伸ばし、そのままぎゅっと抱きしめた。


「え!?」

「……よかった」

「えっ、えっ?」


わたわたと困惑している様子が如実に伝わってくる。

……せっかく好きな人が抱き着いてるんだから、あの時みたいに抱き着き返せばいいのに……。

そういうところだぞ、ばか。


「ジェーン……えっと……?」

「覚えてろよ、好き勝手言いやがって」

「え──」


指輪の効果を消して、間抜け面を晒している顔に、そっと唇を重ねた。

理解が追いついていない隙に、レイルの手に目的の物を握らせた。


「……っはぁ……。お返しだ。勝手に乙女の唇を奪いやがって」

「……ジェーン?」


罅割れた視界に、困惑した顔が映った。

……ああ、もう、こんな姿見せたくなかったのに。


「なんだよ、その身体……? 怪我してるのか……!?」


キスはスルーかよ……。

もう、ホント、バカ。


「……いつまでも夢見てんじゃねえよ。さっさと帰ってこい」


本当、世話が焼けるヤツ。

……でも、これで、私がやるべきことは果たした。


だから……後は任せていいか?


『りょ★ まっかせて!』


多分、居るだろうなぁと思った(かみ)様の声がした。

レイルの手に握らせたオーブムが黄金色の光を放つ。


「えっ!? 何だこれ!? ジェーン!?」


光がレイルの肉体を包み込んでゆく。

……後は、(かみ)様に任せるしかない。


「──帰りましょう。いいですね?」

「……うん」


いつの間にか後ろにいた親友に、振り返ることなく返事をした。




*** *** ***


*** ***


***




【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 に龍因子(ニューロンセル)Ⅰが注入されました。】

【インストールを開始しますか?[Y/N]】


$ y


【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 のHPが要求値を大幅に下回っています。】

【インストール作業を続行しますか?[Y/N]】

【※個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 に重大なエラーが発生する可能性があります。】


$ y


【適合係数 検証中 ・・・・・・ 適合係数97%】

【Link Level:5 に設定されました。】

【インストールを開始しますか?[Y/N]】

【※個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 に重大なエラーが発生する可能性があります。】


$ y


【インストール中です。個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 の生命プロセスを落とさないでください。】



【インストールが完了しました。】

【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 の生命プロセスを再起動してください。】



【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 の情報が変更されました。】

【・クラスが戦士(ウォリアー)から龍の使徒(ヴァレット)に変更されました。】

【・HP向上、MP向上、全ステータス二段階向上、ドラグマスキル、地母龍の権能(限定承認) を獲得しました。】



【地母龍の権能 "オブジェクトクリエイト" を行使しますか?[Y/N]】


$ y


【エラー:管理者権限が必要です。】

【管理者権限で実行してください。】

【セッションを終了します。】


$d.sh -m -neuron -4 -k \\****\****\****\****\****.key


【!SVC割り込みが発生しました!】

【・・・黒淵龍(ジョウガ)の管理者権限が発行されました。】

【権能行使が承認されました。】

【"オブジェクトクリエイト" を実行します。】

【対象を設定してください。】



【個体識別番号2001:0db8:1234:5678:90ab:cdef:0000:0000 のマテリアルモデル が対象に設定されました。】

【対象の再構成を実行します。】



*** 


*** ***


*** *** ***




『起きて、レイルっち!』

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