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backup  作者: 黒い映像
118/126

117.零に至る傷の距離

この場所が心そのものを映し出すというのなら、間違いなくここは地獄と言っていいだろう。

血と肉と骨と臓物がぐちゃぐちゃになって散らばっている、悪夢のような道があった。

地面が見えないほどに散乱していて、歩くたびにそれらが醜悪な音を立てて崩れていく。

それ以外は、何もない。

光なんてどこにも見当たらない。


それでも手探りで進んでいくと、やがて開けた場所に出た。


視界が暗転する。


***


『どうしてお前なんかが代わりに生きてるんだ……! レインは、あいつは、死んだのに!』


不意に聞こえてきた声で、ズキリと身体が痛んだ。

レイルの……いや、イオの時の記憶だ。

父親から謂れの無い言葉と暴力を受けていた時の記憶。


『お前なんかいらなかった! お前が代わりに ねばよかったんだ!」

「──ッ!」


間違っても子供に掛けるような言葉ではない。

残酷な言葉が、そのまま私の身体を抉り取るように襲う。

胸が締め付けられる。


これはレイルが味わった痛み。

レイルが今までずっと抱え込んできたもの。


『お前なんか俺の子じゃねえ! 金を稼いでこなかったらこの家に置いとく義理はねえってこと、その頭に叩き込んどけ!!』


父親はそう吐き捨てると、手に持っていた酒瓶をイオに投げつけた。

ガラスの割れる音が鳴り響き、破片が飛び散っていく。

鈍い痛みが頭を襲って、意識が遠のいてその場に倒れこむ。


「……っぅ、ぁ」


倒れた衝撃で頭が割れるように痛む。

ジンジンとした熱が額に残る。


父親が立ち去った後、イオは部屋の隅へと歩いていった。

そして膝を抱え、小さくなって座った。


『……』


イオは何も言わず、動こうともしない

私はイオの側に寄り添って、そっと小さな体を抱きしめた。

ビクリと震えた体を抱き寄せて、優しく背中をさする。


「大丈夫だよ、私がいる。何があっても、私が絶対に、側にいるから」

『……』


ごめん。

こんなことしかできなくて、本当にごめん。


***


村の外れに大きな田畑があり、イオはそこで働いていた。

家にお金を入れるために、幼少の頃から畑仕事をさせられていた。


『おい、ガキ。今日はここまでだ。さっさと帰れ』

『……はい』


朝から夕方まで黙々と作業を続けて、質の悪い小銅貨を幾つか受け取る。

これだけ働いてたったそれだけの賃金を貰い、文句すらなくイオは家へ戻っていく。

途中、同じ年くらいの子供に馬鹿にされ、石を投げられていた。

私が間に入ってそれを遮った。


家に戻った。父親にたったこれだけかと殴られて、やっと一日が終わる。

部屋の片隅で丸くなって、ただ静かに時間が過ぎるのを待つ。


『ふ……ぐっ……』

「大丈夫。私がいるから。何も心配はいらない。だから、泣かないで……」


涙を流す幼いイオの頬に触れて、溢れ出る雫を拭い去る。

だけど次から次に零れて止まってくれない。

抱きしめて、その温もりを絶やさないように、何度も何度も声を掛け続けた。


何の意味もないと分かっていても、それでもそうせずにはいられなかった。


***


父親は新しい母親を連れてきて仲良くなっていた。

イオのことは邪魔だとばかりに、その存在は無視されて、母親は自分の子供の世話だけをしていた。

けれどそんな新しい母親との生活も長くは続かず、子供だけを残して家を去った。

そして、イオは残された子供の世話を全て任された。

自らも子供なのに、育児すら経験したこともないのに、全てを押し付けられてしまった。


けれど、この出来事は大いにイオの心を癒した。

人生の目的が出来たということだろう。

自分より小さな命を守る使命ができたことに、イオは喜びを感じていた。


父親に女が出来ては別れ、子供だけが増えるというループは何度も起きて、その度にイオの庇護対象は増えていった。

弟妹達のために必死になって働くイオの姿に、未来の片鱗を見つけて少し嬉しくなってしまう。

もう泣いて過ごす夜は無くなったけれど、私はずっとイオを抱きしめてあげていた。


***


『イオ。お前をまっとうな仕事に就かせてやる』

『まっとうな仕事……?』

『ああ、すげぇ金が俺たちの懐に入る。お前が頑張れば一家全員この先安泰だ』

『本当に……!?』


どうしようもない、別離の日が訪れる。

彼らの家族が安泰になることなど無い。

もうイオは帰ってこないし、彼らも後に帝国の研究所へ連れて行かれる。


家族を楽にできると張り切っていたレイルがいた。

私は相変わらずどうしようもなくて、側にいてあげることしかできなかった。


『お兄ちゃん、無事に帰って来てね……?』

『ああ、絶対に帰ってくる。お前たちを守るのが兄ちゃんの役目だからな』


イオは泣きじゃくる妹を抱きしめて慰めてあげていた。

けれど、もう、二度と会うことはできない。


***


イオが帝国の研究所に収容されて、何かの検査を受け、どこかへ連れて行かれる。

白く清潔感のある部屋に案内され、イオはそこで用意されていた食料に目を輝かせていた。


『すごい……!これ、全部食べていいのかな』


梱包された糧秣のような食品だ。乾パンに魚、肉に野菜とバランスよく詰められている。

いつも食べるような粗末な食事とは大違いで、イオはすぐに口に付け、貪るように食べ始めた。

美味しそうな表情で、次々と口の中に放り込んでいく。

妹や弟に分け与える必要もなく、お腹いっぱいになるまで食べられるのは久々だったのかもしれない。

あっという間に平らげた後、満足そうに息を吐いたイオは、ベッドに寝転ぶと即眠りに落ちてしまった。


普通の子供のように眠るイオの姿は、とっても微笑ましいものだった。

……けれど、イオに安息は与えられない。

もうすぐ、地獄に突き落とされるのだから。


「何があっても、私が側にいるからな」


強く手を握って、同じベッドに横になった。

あどけない横顔が目に入った。

……こんな小さくて可愛いイオが、あんな大男に成長してしまうなんて、信じられないな。


「……」


小さな体を抱き寄せて、胸に抱いた。

強く抱きしめると、私の胸にどうしようもない気持ちが溢れてきた。


ここに来るだけでも、もう私はボロボロだった。

こんなのまだ序の口で、これからが本番だっていうのに。


「ごめん……こんなことしかできなくて……」


イオはこんな小さな体で全部を受け止めているのに、私には側にいてあげることしかできない。

それでも、絶対に最後まで一緒にいるから。


だから、今だけは……夢の中だけでもいいから、ゆっくり休んで欲しい。


***


『今から君には我々の研究の実験体になってもらうわ』

『じっけんたい……?』

『えぇ、そうよ0番君。実験を受ける対象になるの。君が初めての実験体になるわ。光栄でしょ?』


炎の(かみ)に見せられた最後のエピソードへ到達する。

顔も知らない母親の姿をした悪魔に出会うイオ。


あの時は途中でジョウガが止めてくれたけど、きっとここでイオは……。


『……これ、は……?』

(ドラゴン)の心臓よ。これを君の心臓と取り換えるの』


ガラス瓶の中に満たされた緑色の液体の中に、それは脈動しながら動いていた。

……これが、今から、イオの中に……。

その事実に、今更ながら怖気づいてしまう。


『それを……心臓を取り替えたら、俺は父の貰った金額に見合う成果を出せますか?』

『は?』


「──」


イオは……こんな時でさえも、家族のことを考えて……。

ずっと……この子は、自分よりも他人を優先してばかりだった。

いつもそうだ。

自分が傷つくことを厭わず、他人の為に動いてしまう。


『君は可哀想な子ねぇ0番君。その優しさも献身も、もっと真っ当な家に生まれていれば無駄にならなかったでしょうに』

『え……?』


「……一家を離散させた原因が、その顔で語ってるんじゃねえよ!」


何を言っても無駄だと分かっていても、怒りが収まらなかった。

諸悪の根源(ホシザキ)は既に倒している。

……けれど、レイルの記憶に宿るコイツまでは、どうにもできない。


***


『施術中に痛みを感じることはないわ。君は意識のない状態になっているから』

『そうなんですか……?』

『えぇ。寝て、起きたらもう全ては終わっているのよ』


イオが台に寝かされて、その周囲を白い衣服を着たヤツらが取り囲んでいた。

口に何らかの器具を嵌められて、少ししたらイオは意識を飛ばしてしまった。

強制的に意識を無くすような仕組みがあの器具にはあるらしい。


『お休みなさい、0番君。次に目覚めた時には地獄にいるわ』


ホシザキが刃物を手に持った。

イオの身体に手を掛けて……。


「ずっと側にいるから、だから……だから、頑張って……」


***


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!!』


「ぁ……っぅ……!」


痛くない。痛くない。痛くない。こんなの、大丈夫。耐えられる。大丈夫。痛くない。

痛くなんかない。全然、全く、ちっとも、ぜんぜん、痛くない。


「ぎッ……ぅぐッ! ァ……グ……ふー……フー……!」


苦しくない。胸が張り裂けそう/苦しくない、辛い/辛くない。

泣き叫びたいほどに辛い/私は、大丈夫。


「レイ、ル……ッ!」


こんな痛みなんて、全然耐えられる。だって、レイルは、もっと苦しい思いをしてきたんだから。

だから、私は、絶対に、耐えて見せる。


「ごめん……ごめんね、レイル……こんなに、苦しくて、辛いってこと、分かってあげられなくて……」


自分の状態が分からない。

立っているのか倒れているのか、熱いのか寒いのか、意識があるのか飛んでいるのか。

息をしているのか窒息しているのか、起きているのか夢を見ているのか。

何もかもが曖昧で。

ただ、全身を走り抜ける激痛だけが、やけに鮮明だった。


「私、何も分かってなくて……ッ、レイルがどんな思いで過ごしてきたかなんて、これっぽっちも想像できてなかった……!」


痛みの波が引いて押し寄せての繰り返し。

一つの波がくる毎に私の何かが取り外されて奪われる。


ミシリと何かが罅割れた気がした。


「こんなにもッ、痛くて、辛かったのに……レイルは私に何も言わなかった……!」


感覚が消えていく。

私が私でなくなる。

自分が自分でなくなっていく。


だから、どうした。


「謝って済むことじゃないし……レイルは私に謝ってほしいなんて、ッ……思ってないと思う」


私のただの自己満足。

心の問題。


「それでも……オレは、オマエの相棒でいたいから……ッハァッ……! オレは、この痛みも、苦しみも、受け止める……!」


後、私に何が残っているのか分からない。

頭も腕も消えた気がして、足も腹部も取られた気がする。

だけど、きっとまだ残っているはず。


「オレはもう……オマエを一人にしない……約束する、絶対だ……!!」


罅割れすぎて、バラバラに砕けてしまったかもしれない。

それでも、私は在る。


「だから、待ってて」


必ず会いに行くから。




『……気持ち悪い』




*** *** ***




『くだらん。吐き気がする。何の意味もない。実に愚かな選択だった。当機(オレ)をここまで失望させたのは初めてだぞ、女よ』


温かな何かに包まれていた。

声は聞こえるけど、目が見えない。

足もない。


『なぜそのような馬鹿げた行動を取った? 理解が及ばなさ過ぎて当機(オレ)は恐ろしさまで感じている。答えろ、女。お前にはその義務がある』


なぜ?

なぜって、何回も言ってるだろ。

私のただの自己満足だ。

こうでもしないと、私はレイルの横に立つ資格がない。


『……何の資格なのかさっぱり分からん。いいか? お前はもう死ぬ。それは決定事項であり、覆ることは無い。外世界人(βテスター)の因子を一欠片すら持っていないお前が、耐えられるわけないだろう』


私は、死なない。

約束したから。


『もういい。少しでも賢きものとして認めた当機(オレ)がバカだった。こんなところまで態々見に来る必要はなかったのだ。このまま放置すればお前は勝手に死に絶えるだろう。さらばだ、女』


……。


『……フン。何が愛だ馬鹿馬鹿しい。単なる未熟な生命体のバグだろうが、こんなもの……」


……愛が、理解できないのが、怖いのか?


『……何だと?』


理解できないものを怖がるのは、当然のことだ。

それも、愛なんて形の無い曖昧なものが理解できないなんてのは、誰しも同じだ。


『では何とする。お前は愛という形無きものに、どのような答えを得ている?』


愛は感情だから、言葉にして詳細に言い表すことなんてできないよ。

でも……そうだな。

特別な人のために、してあげたいと思ったこと全てが愛になるんじゃないか……って、私は思う。


『……それが、お前の出した結論という訳か。だからお前はこんなところで死ぬ羽目に陥ったのか、女』


これが私の愛っていうのは、そうだ。

だけど、さっきから何回も言ってる通り、私は死なないぞ。


『……感情。ヒトは感情を律することができぬ生命体だ。未熟にもほどがある生命。だからこのように理解できない行動も平然と行える』


平然とはしてないよ。

多分、私は狂ってる。

熱に浮かされた結果というか……愛っていうのは、とっても強い感情だから、どうしようもなく心が動かされて、普通じゃできないようなことも行ってしまえるんだ。


『熱、だと? ……当機(オレ)の権能にそんなものは含まれていない。一生命体が生み出す感情の熱量などたかが知れている。お前のように突出したエネルギーを生み出すことなどできるはずがない。あの試作体もそうだ。訳の分からないエネルギーを勝手に生み出して、次元の異なる空間に置いてあった禁忌の箱に手を触れた。その上当機(オレ)が施した耐量子暗号すらも一手で解いた! 一体どんな確率だと思っているのだ!説明が付かん! 理解ができん!』


……何言ってるか、あんまり分かってないけど……。

簡単に理解できないなら、時間を掛けてゆっくり理解してみたらどうだ?


『ならん! 時間の無駄に過ぎる! 今答えろ女! 言葉にして当機(オレ)に説明しろ! お前には義務がある!』


時間の無駄って言うなら、こっちだってそんなに暇じゃないんだ。

もうそろそろ戻してくれ。

オレはレイルを助けに行かなくちゃいけないんだ。


『戻れば死ぬと言っているだろうが!』


死なない。

絶対に。


『……愚か。お前の行為は全て無意味だ』


……。


『…………』




*** *** ***




再び地獄に落とされた。

肉体全てを一欠片の肉片に丁寧に切り分けられた上で、その肉片がさらに細かく刻まれ、塵になるまですり潰される。

そんな感覚。

それを延々と繰り返される。


『……ぁー……ぃ……』


イオは……レイルはもう壊れてしまったかのように、泣き叫ぶことすらできなくなっていた。

その声を頼りに、何とかレイルの元にへと進む。

足も腕も、多分肉体全部が消えてるんだとしても、進む。


私の残っている何かで手を握る。感覚が無くて、ちゃんと握れているか分からない。

もう喋ることもできないけど、それでも。


──私は、絶対に側にいるから。

絶対に消えたりしないから。

私がずっと、守ってあげる、から。

約束、する……。


……。

…………。




『……終わりだ。もう何もできん』


……。


『お前は何もできぬままに死ぬ。何も救えないままに終わる。……だが、それでいい。全てを忘れて眠れ。これ以上無駄な苦しみを味わう必要など、ない』


……いや、だ……。

忘れ、たく、ない……。


…………。


『………………チィッ! おい! しっかりせんか馬鹿者め!!』




……何か、温かなものに包まれている気が、する……。


『口だけか! まだ抗えるのならばさっさと立て!!』


口だけなんかじゃ、ない……!

泣いてばかりじゃない……!


私は、レイルを、絶対に、助ける……!


『存在の熱量を高めろ! 薪に火をくべるように、その熱量を炎に転化しろ!』


何となく、フィーリングで、言われた通りにやってみる……!


『そうだ! 魂の存在値を上げろ!』


愛を、感情を、熱量を、力に変える……!


「レイ、ル……!」


声が出て、触覚が蘇る。

レイルの手をちゃんと握れている。


「ぜったいに、会いに、いく、から」


私には、これくらいしかできないんだから、絶対にやり遂げる……!


『……チッ、おいもっと引き出せ! 大口を叩いたのなら行動で示せ!!』


やってる……!

私は、レイルを助ける……!


『意思に力が伴っていない! ……クソッ! おいジョウガ! 見てるのだろう!? 疾く何とかしろ! このままでは本当に死んでしまうぞ!!』


助けなんていらない……!

私は……私だけの力で立って、レイルに会いに行く……。


『ぃ……あ……』


イオの……レイルの声がする。

見たい、レイルの姿が……。

そう願って、意識を集中すると、何とか目が戻ってきた。

罅割れた視界のピントを必死に合わせると、レイルの姿が見えた。


「レイル……」


こんなにも酷い状態なのに、まだ生きてる……。

……当たり前だ。未来にレイルが居るんだから、今ここで死ぬはずがない。

けど……こんなの、生きてるって言えるのか……。


なんで生きてるのかも分からないくらい、絶望しかないのに。


全身がバラバラになりそう。

頭が破裂してしまいそう。

胸の奥が焼けてしまいそう。


身体の表面も内側も、全てが溶かされているような、痛み。


こんなの、身体より先に、心が、壊れてしまう。


「頑張って……レイル……」


一体いつ終わるかも分からない地獄の中で、レイルは、ずっと一人。

ただ、ひたすらに耐え続けるだけの、日々。


「あぁぁ……ああぁぁ……」


それがどれだけ辛いことなのか、きっと地獄(ここ)に落とされた者でないと分からない。


「ごめん……一人にして、ごめん……レイル」


こんなの、一人で耐え続けるなんて、絶対に無理だ。

でも、レイルは耐えてきた。

これから始まる道行きを、一人で、ずっと……。











……ふと、指先に痛み以外の感触があった。

握りしめたレイルの手が、私を必死に握りしめ返していた。


──ありえないことだ。

過去の記憶に介入するなんてことはできやしない。

だから、私の感覚がおかしくなっただけなんだと思った。


──イオの目が、はっきりと私を見ていた。

過去の記憶に存在しないはずの私を、見てくれていた。


レイル(・・・)……!」


痛いほどに握りしめられた右手に、確かな温もりを感じる。

私の存在を認識して、必死に繋ぎ止めようとしてくれている。


「私、ずっと側にいたよ……! ずっと、レイルの側にいるからっ!」


痛みや苦痛が生み出した幻であってもいい。

私の存在を感じていてくれているなら、なんだっていい。


私が、ずっと側にいる。

一人では耐えられない痛みだって、きっと二人なら耐えられる。

どんな痛みも苦しみも、耐え抜いてみせる。

どれだけ長い道のりだって、歩ききって見せる。


そして──未来になったら。

今度は、限りない幸せを、二人で一緒に分かち合おう。




*** *** ***




『……ありえん。どうやってあの状態から魂の損傷を回復できる? なぜ過去に介入している……!?』

『……』


『ジョウガ、貴様何を──……。貴様……まさか、時間軸を動かしたのか……!?』

『……えぇ。ジルアの魂を、限定的に過去に繋ぎました』


『な……何を馬鹿なことを……! どれだけのシステムに影響を及ぼすか分かっていない貴様ではあるまい! それだけの価値を奴らに見出したのか!?』

『貴方だって、さっきジルアに力を与えたでしょう。人を滅ぼすと言った、他でもない貴方が』


『それとこれでは話が違う! 世界を壊す気か!?』

『壊れませんし、きっとどのシステムにも影響は及びません。これは、既定の範囲内の出来事なのですから』


『既定? ……既定だと? あの女が過去に介入することが、定められていたというのか?』

『えぇ。結局のところ、あの子は一人で耐えていた訳ではなかった、ということだと思います。……きっと、二人だったから耐えられたのです』


『……耐えられるはずがないだろう。助けるにしても、もっと確実な方法があるだろうが! なぜこのような不確実で遠回しな方法を取らなければならん!』

『きっとジルアは耐えます。それに、このルートを辿らなければ、現在の時間軸に支障が出ます』


『馬鹿馬鹿しい! 未来によって過去現在が決められていいはずがないだろうが! それは全てを冒涜している考えだぞ!』

『……その考えには同意します。ですが、今回に限って言えば、全て貴方が動いたから、決められたルートが発生したのですよ?』


『…………当機(オレ)が動いたからだと?』

『私たち龍が表層の世界でどれだけ影響を及ぼすか、それを知らない貴方ではないでしょう』


『……ありえん。不愉快だ。もうどうでもいい。こんなくだらん茶番劇、付き合ってられるか』

『力を与えた責任は果たしなさい、スヴァローグ。最後までこの物語と向き合いなさい』


『…………。一つ教えろ、ジョウガ』

『何ですか?』


当機(オレ)は……もはやヒトが理解不能だ。あの女の熱量の意味も、試作体が生んだ謎のエネルギーも、愚かしい選択を積み上げ続ける人類の行動原理も、何もかも分からない。……お前は、一体ヒトに何を見ているのだ?』

『……私は、人の生み出す愛が美しいと感じました。だから、その輝きを守りたいと思った。……私の行動原理はそれだけです』


『……ヒトの汚点に目も向けず、美点のみを見ているだけか。それはただの逃避だ』

『かもしれませんね。ですが、それくらいでいいのだと思います。貴方は少々潔癖が過ぎる。正しさだけで物事が解決できるほど、人はまだ成長できていないのです』


『成長していないだと? 既にヒトは成熟した存在ではないか。数千年の時を重ねておきながら、まだ未熟だというつもりか』

『ええ未熟です。未熟故に長い時を重ねながら、過ちと正解を積み上げて、人は進歩している最中なのです。私達は人がダメな方向に進みそうなときに、手を差し伸べてあげれば、それでいい』


『……それが、貴様の考えか』

『はい。貴方も、もう一度じっくりと人を見つめ直してみればいい。せっかく、好ましいと思う人が出来たのですから』


『……勘違いするな。当機(オレ)は、理解できない事象を、あの女を通して解明したいだけだ。それ以上でも以下でもない』

『そうですか。なら、もう何も言いません。あの子たちの行く末を見守っていてください』

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