115.ガチ恋ドラゴン@デレデレ愛重め献身的地雷系インモラル娘
「そんなこと言われて、大人しくハイそうですかって、私が納得できると本気で思ったのか?」
こんなの納得できるハズがない。
レイルとアルルのどちらかなんて、選べるわけがない。
「今すぐ帰ってくれ。私は一人でも平気だから」
「帰ったところでアルルの身体は戻ってきませんよ。もうどうにもできません」
親友の突き放した言い方に、心がくしゃりと潰れそうになる。
それでも諦めたくなかった。
「私の地の龍気でお前の力を代用できないのか?」
「規格が違うので無理です」
「……虹の龍気を私が生み出す方法はないのか?」
「無理です。私自身が時間を掛けてゆっくりと力を回復するしか方法はありません。そんな簡単にポンと出せるものじゃあないんですよ」
レイルを助ける方法はポンポン出してくれた癖に、なんで自分が助かる方法は無理の一点張りなんだ……!
「ねぇ、ジルア。……私たちって、喧嘩を一回もしませんでしたよね。普通の子供の友人付き合いなら絶対にするはずの、些細なことで言い争うことも、私たちはしなかった」
アルルが私の手を握った。
「お互い子供というには少し賢しかったですね。……だから、最後にこうやって、本当の友達みたいになれることが、嬉しいです」
黒い瞳が私を映す。
その眼差しはどこまでも優しく、温かい。
「喧嘩を、しましょう。ジルア」
「……したくない」
「我儘。自分勝手。傲慢。ドジっ娘。意地っ張り」
「……したくないって言ってるだろ」
「ジルアのばか」
「…………」
「ジルアの分からず屋」
「…………」
「ほら、何か返してくれないと喧嘩にならないじゃないですか。……私の最後のお願い、聞いてくれないんですか?」
最後、最後って……なんでそんな、そんなこと……。
「そんなこと、いわないでよぉ……」
「あぁ……もう、泣かないでくださいよ。これじゃ私が一方的に虐めてるみたいじゃないですか」
アルルの言う通り、私は本当にワガママで自分勝手で傲慢だ。
恵まれた環境にいた癖に、自分だけが辛いとばかり思い込んで、好き放題して生きてきた。
我儘が許されるだけの後ろ盾があって、そんなことにさえ気付かず自分の力だけで生きているつもりでいた。
すぐそばに、もっと苦しい境遇で、理不尽な運命に晒されていた人がいたのに。
私は、ただ自分の感情のままに、相棒を好き勝手に振り回していたんだ。
だから……レイルは絶対に助けなければいけない。
──けれど。
そのために、私の初めての友達を──親友を、犠牲になんて、出来るわけがない。
そんなの選べるはずがなかった。
私にとって二人はどちらも大切な存在なのだから。
「ふぅっ……ぐっ、うぅ……!」
泣く事しかできない自分が腹立たしかった。
泣く暇があったら考えを巡らせなければいけないのに……どうしようもないなんて結論しか出てこない頭が、ひたすらに惨めだった。
少しでも自分が賢いなんて勘違いをしていた過去の自分を殴り飛ばしたい。
お前は何も自分の力で救えない、無力で愚かな俗物でしかないんだと知らしめてやりたい。
「……もう時間がありません。私がレイルさんを見つけてきますから、ジルアはここで待っていてください」
「──! 待ってぇ! 待ってよぉ!! お願いだから、行かないで!!」
手が離れていこうとするのを、必死になって掴み直した。
嫌だ。離したくない。
「……ジルア、離してください」
「嫌だ! アルルがいなくなるのは、絶対嫌だ!」
「ジルア。お願いですから、手を、放してください。このまま何もしなかったら全部無駄になっちゃいますよ。レイルさんも助けられないし、私は消えるし、ジルアも帰れない。いいんですか、それで」
「やだぁ……!」
「本当に我儘ですね。いい加減にしてください。聞き分けのない子は嫌いですよ」
「だってぇ……! アルルが、アルルがいなくなったら、私、わたしぃ……!」
「好きな人を助けるんでしょう。しゃんとなさい」
「でも、アルルが……アルルが消えちゃったら意味ないだろぉ……!」
「──……!」
手を、振り払われた。
「さようなら」
「ゃっ! 待って、アルル……!?」
振り返って歩き出したアルルを追いかけようとして──アルルは急に立ち止まった。
何とか服の端を摘まんで、引き止めたけど、アルルはそのままなぜか動かなかった。
「アルル……?」
「な──んで、ここに居るんですか……?」
「え……?」
それは私に向けての言葉じゃなかった。
涙で滲む視界を拭って、アルルの視線の先を追った。
そこに居たのは……襤褸切れの外套を纏った男だった。
黒い髪と瞳。一見して凡庸そうな青年に見える。
けれど、その瞳は、常人には灯らないほどの強い光が宿っていた。
「友達を泣かせるような子には、育ってほしくなかったな」
そんな事を言いながら、私たちに向かって歩いてきた。
穏やかな口調と表情で、決して敵対の意志は感じられなかった。
……私、この人をどこかで知ってる……?
「お父さん……」
「え……?」
アルルの……お父さん……?
「──アイリス、そんな事はしなくていい。俺からいくらでも取っていけばいいだろう、虹の龍気なんて」
「……そんな、ことは、できませんよ」
「ならどうする。俺の娘が、再び俺の目の前で失われるところを見せてくれるのか?」
「そんなことっ! ……そんな言い方は、卑怯ですよ、ルノア……」
……ルノア……?
ルノアって……思い出した。
この人──、
「お前の力のほぼ全てなんて渡されたって、俺には重すぎるって何度も言っただろ。むしろ過剰な分を返したいくらいなんだ」
「……でも」
「でもじゃない。これで全部上手くいくだろ。お前は元通りになって、娘は友達を失わずに済む。そして王女殿下も泣くことなくレイルに会いに行ける」
話している内容は二人の間だけしか分からないものだろう。
でも……この人、全部分かってるんだ。私たちの事情を。
「お前の愛は重すぎるってそろそろ気付け。自らの全てを差し出すほどの献身は、ただの自己満足でしかないんだよ」
ゆっくりと歩いてくるルノアは、アルルを見つめて言葉を投げかけた。
「人の心もそろそろ分かってきただろ。0か1かで表すことなんざ到底無理なんだよ。理屈だけで割り切れるほど単純なものじゃない。複雑怪奇な生き物なんだ、人は」
「…………」
「お前が消えてしまったら王女殿下はもう前に進めない。レイルを助けたとしても永遠に傷を残す。だから、全部救わないと駄目なんだよ、この物語は」
諭すように、ゆっくりとアルルに語り掛ける。
アルルは俯いて黙ったまま、その言葉を聞いていた。
「ほら。……手を出して、顔を見せてくれ」
手を取った。
アルルは──どんな顔をしているのだろう。
後ろからでは分からない。
「……レイルを見て、俺も勇気を貰ったよ。だから……俺も、そろそろ前を向こうと思うんだ」
「おとう、さん……」
「本当に、遅くなってごめん。……ただいま、アルル」
アルルが顔を上げた。
──瞬間、見えないほどの速さで、アルルは父親の胸に飛び込んでいた。
「お父さん! お父さん、お父さん、お父さん!!」
「長い間待たせてごめんな」
聞いたこともないような感情の高ぶった声で、アルルは長年の想いをぶつけた。
自然と、私の目からも涙が溢れてきた。
……辛かったはずだ。
ずっと父親と離れ離れなんて、きっと想像を絶するような寂しさがあったに違いない。
それでも、アルルは気丈に振る舞っていたんだ。
「すぅーっふぅーっ、すぅーっふぅーっ……はぁはぁ♡」
「こらこら、長旅の後だから汚いよ」
「お父さん、お父さんの匂い♡ おとうさん、おとう、さぁん♡ あ、頭なでてぇ♡ よしよしってしてぇ♡」
「よしよし」
「はふぅ♡ はむはむ、んふー♡ すきぃ♡ だいしゅき♡ おとぉしゃぁん♡ もっとぉ、ぎゅうってぇ、ひてぇ♡」
「はいはい」
「」
「申し訳ございません、ジルア王女殿下。いきなりこのようなものをお見せしてしまい……」
「おとうしゃんもっとだきしめてぇ♡ いっぱいしゃぁせになれるのぉ♡ ぎゅう~~~ってやさひくしてぇ♡♡♡」
「分かったから。帰ったらたくさん抱きしめてやるから、今はこれで我慢してくれ。……王女殿下、少々お待ちを」
「」
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